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第43話 オッサン、お城に行く

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メルクリオ王子は俺達を城に連れて行くと決めたら、後の行動は早かった。
護衛の兵士に、道に伸びているゴロツキ達の後始末と取り調べを指示し、自らは2台の辻馬車を拾ってきて、俺達をそこに押し込んだ。

乗車人数の関係で俺とムジカ、モルソとミィナと別々になってしまった。
俺達の乗っている馬車は王子も一緒なので、車内は微妙な空気になっている。

「既に高名な医師に診てもらった後なのでしょう? 一介の薬師にあまり期待はしないで下さい」
「言ったであろう、私は藁にも縋ると。もし分からなくともそなたの責任ではない。駄目で元々なのだ」
「それなら良いのですが」

そう言ったきり、ムジカは口をつぐみ。
王子も何も喋ろうとはしなかった。
ただ俺だけが気まずい空気に耐えていると、フッと外の景色が変わった。
街並みが消え、木々が増え、道が上り坂になった。

やがて見えてきた光景に俺は目を奪われる。

ゼルドナ王国の王都ネージュを見下ろすように、その城は立っていた。
城壁の向こうに白い居館が見え、用途の分からない塔が幾つもそびえ立っている。
写真や映像で見た城のどれかに似ているようで、どれにも似ていない、そんな巨大で優美な建造物がそこにはあった。

「………俺、こういうお城って、初めて見た………綺麗だなあ……」

初めて見る西洋風の城に、俺がぼうっと見惚れていると、隣りでクスッと笑う声がした。

「笑うなよ。俺の住んでた場所の城っていうのは、これとは全然違ったんだよ。まあ、アレはアレで趣があって俺は好きだけど……」
オッサンなのに子供っぽい言動だったと、俺は恥ずかしくなってモゴモゴ言い訳をする。
「いいえ。揶揄ったりなんかしませんよ。ただ、可愛らしいなと思って」
「なっ!?」
言うに事欠いて、こんなオッサンを可愛らしいとか!?
ムジカの声も、王子への対応が真水だとしたら、俺に対しては砂糖の飽和水溶液くらいの違いがある。
本当にムジカの俺に対する脳内イメージは、子どもどころか幼児なのでは!?と、疑いたくもなる。

「ふっ」

ほら見ろ。一国の王子に失笑されたぞ。

「いや、すまない。そなた達はヒトとエルフなのに、とても仲が良いな」
「まあ……彼は俺の命の恩人ですから」
「それを言うなら、ユイだって森のエルフ族の恩人ですよ?」
「ほお?」

ムジカの一言で、王子が俺に興味を持ったようだ。
今までムジカに向いていた視線が、俺の顔に移る。

しかし何を思ったか、王子の視線をムジカが手で塞いでしまう。

「おい!」
「狭い車内で大きな声を出すな。私は気にしていない」
王子の護衛で同乗していた兵士が、ムジカの不敬を咎めるが、王子本人がそれを制した。

「私の不躾な視線が気に障ったのだろう。私の方こそ失礼した」
「ご理解頂ければ良いのですよ」
ムジカの『エルフの族長』という立場からすれば、一国の王子と対等であってもおかしく無いのだろうが、今はあくまで『一介の薬師』だ。
護衛の兵士のこめかみがピクピク動くたび、俺の方がひやひやしてしまう。

「ヒトとエルフの種族を越えて、そなた達がどうして仲が良いのか気になってな」
「メルクリオ殿下は、市井のエルフと親しげに見えましたが……」
兵士の顔色を窺いつつ、俺は口を出してみる。
実際、王子とこの街に住むエルフは、良い関係を築いているように思えた。

「ああ、彼らの事ではない。………そうだな、これは私個人の問題だ」
「?」
幼さを残した顔に似合わぬ憂いを滲ませて、彼は自嘲のような笑みを浮かべた。
その後、俺達の会話は続かず、車内は微妙な空気を保ったまま城に到着する。


「早速で悪いが、父を診てもらえるか?」
「ええ。ユイ、迷子にならないよう、私のそばを離れないで」
王子は到着するなり、俺達一行を躊躇う事なく王の寝室まで案内した。

「凄い建物だねー」
王子に先導されて、俺達は城の中を進む。
先頭を歩くムジカの表情はフードに隠れて分からないが、ミィナとモルソは俺同様、初めて入る城の内部をキョロキョロ見ている。
特にミィナはキラキラした内装に興味津々のご様子だ。

「診察が終わったら、城の中を案内しよう………さあ、ここだ」

城の中で一番豪華な作りの部屋の前で、王子が立ち止まった。
王の部屋の前を守る近衛兵に不審な顔をされつつ、俺達は中に通される。

「失礼します……」

何となく元いた世界の癖で声を掛けてから入ったが、これまた庶民には縁遠い豪奢な部屋の作りに、俺は息を呑む。

寝室と言うには広過ぎる空間で豪華な家具に囲まれて、この部屋の主人は静かに眠っているように見えた。
壮健な頃なら威厳に溢れていたであろう相貌が、今は青白くやつれ果てている。
死者のように眠る国王からは、精気がまるで感じられなかった。

「いつからこのような状態に?」
ムジカは俺とミィナを部屋の片隅の椅子に待機させると、モルソを連れて王の寝台に近付いた。
「父上の体調が悪くなったのが一年程前……目覚めなくなったのが半年前くらいか」
「……王の身体に触れても?」
「もちろん。それで何かが分かるなら、どんどん診てくれ」
ムジカは王子の言葉に頷き「失礼」と眠る王に断り、モルソの手も借りて、王の身体を隅々まで調べた。

やがて調べ終わったのか、はだけさせた夜着を元に戻すと、王子に向き直った。
「王の体調が変化した直前の、食べた物が分かる記録は残っていませんか?」
「……そうだな、料理長なら分かるかもしれない。誰か、呼んできてくれ!」
王子が室内にいた従者に命令すると、程なくしてこの城の料理長が来た。

彼は恐る恐る紙束を王子に手渡す。
「これが陛下にお出しした食事の一覧です。何か、私の料理に問題がございましたでしょうか?」
「いや。以前に散々検討して、食事に毒物を入れられた可能性は低いと言う結論になったんだ。これは念のため」
「いいえ、これで王が毒を盛られたのが決定的になりました」
「なんだと!?」
「わ、私はそんな事しておりません!」

ムジカの放った一言で、室内は騒然となった。

咄嗟に近衛兵が料理長を拘束しようとしたのを、ムジカは手で諌める。
「おそらく犯人は彼ではありません」
「では誰だと言うのだ!?」
王子が興奮気味にムジカに詰め寄る。
さすがに場をわきまえているのか、モルソがいつものように噛み付くのではなく、王子とムジカの間に静かに割って入る。

「そんなの一介の薬師に分かるわけねえだろ。ただ状況からみると、毒は故意に入れられてる」

「…………………凄い、モルソが賢そうに見える……」
「両親が薬師だけあって、見る目だけは確かなのよね。本当に意外だけど」
「そこの外野ごちゃごちゃうるせえぞ!」
ミィナとコソコソ話してたら、しっかり本人に聞こえてしまった。

俺達のくだらないやりとりで冷静さを取り戻した王子は、スッとムジカから一歩引く。
「詳しく教えては貰えないだろうか」
「王に盛られた毒物——毒草はクローロンモドキです」
「クローロン……モドキ?」
どうやら俺を含め、ヒト族にはピンとこない名前らしい。王子も首を傾げている。

「ユイ、スープに緑の葉っぱがよく入っているでしょ?」
「ああ、緑が綺麗で香りが良い葉っぱ?」
「そう! それがクローロン草。それによく似てるけど毒があるのがクローロンモドキなの」
ミィナがお姉さんらしく、実に分かり易く俺に解説してくれる。

「クローロン草はスープの他に、生でサラダにするとか、様々な料理に使います。それに、この城でお出しする料理は専用の農場で作られています。いくら似ていても毒草が混入する事は……」
料理長が困惑したように、制服の裾を握り締める。
「だから故意だって言ってんだろ。クローロンモドキはエルフの森の中にしか自生しない。誰かがわざと入れたに決まってるんだ」
「っ!…………なんて事だ、それで、治療する手立ては!?」

王子の必死の問い掛けも虚しく、ムジカがゆるりと首を振る。
「摂取した直後なら手はあったかもしれません。しかし、今となっては………。ヒト族には馴染みのない毒草なので、いくら高名な医師でも看破するのは難しかったでしょう」
「そうか………」
「ただ、王の状態は今のところ安定しています。目覚める事はなくとも、すぐに亡くなると言う事もないでしょう」
「ふっ、それは朗報だな………」
王子は俯き、苦々しく笑った。

王子と言っても、まだ少年で子どもだ。
痛々しい姿に声を掛けようにも、俺ごときの言葉など何の慰めにもならないだろう。
しかし今なら——この世界の俺なら、気休めの言葉より確実にこの状況を覆せる手段を持っている———

「あの、俺が」
「メルクリオ殿下、これ以上私には何も出来ません。殿下に対して、気分の落ち着く薬を出して差し上げるくらいは可能ですが」
俺の言葉を遮って、ムジカが用は済んだとばかりに、座っていた椅子から立ち上がる。
「あ、ああ。そうだな。ご苦労であった。先に言ったように、この城で今夜の宿と夕食と朝食を提供しよう。もちろん、帰る際には今回の謝礼も持たせる。そなた達エルフの見識が無ければ、父上が何故倒れたのかすら、私は分からなかった」
「簡単に信用なさって良いんですか? 私が出鱈目を言っている可能性もあるのに」
「信用なら最初からしている。悪人ならいくら同族を助けるためとは言え、あんな人数的に不利な戦いに首を突っ込んだりしないだろう?」
王子がニコリと笑うと、ムジカも「それは光栄です」と、初めて彼に対して笑みを返した。


王の寝室から廊下に出ると、
「それでは夕食まで時間はある。私が城の中を案内しよう」
と、王子自ら城内ツアーのガイドを買って出た。

それはとても贅沢な提案だが、当然のように近衛兵達に止められる。
「殿下! いくらこの者達に恩があるからと言って、殿下自らそのような事をされては」
「そうです! 私どもが案内しますので!」
「礼を返すのを他人任せにせよと言うのか、そなた達は。私を恩知らずな王子にさせないでくれ」
「しかし!」
収拾がつかないようなら俺達の方から辞退するかと考えた時、良く通る綺麗な声が廊下全体に響いた。

「どうなさいました、メルクリオ殿下」

お嬢様だ。
宝石付きの髪飾りでハーフアップしたロングヘアに、パッチリと意志の強そうな瞳。
歳の頃は20代半ばくらいか。
上品な落ち着いた薄紫色のドレス。それを着慣れている者の優雅な身のこなしでこちらに歩いて来る。
けれど、彼女よりも先に1人の男性がツカツカと急ぎ足で、王子の前に立った。

「兄上、また街に出てひと騒動起こしたと聞きましたよ!」
「それは酷い言い掛かりだな、クヴェレ。私は街に蔓延る悪を退治したまでだ」
「何も第一王子である兄上自ら手を下さずとも……全く、ハラハラするこっちの身にもなって下さい! リーウス嬢だって心配してるんですよ!」
「私は別に」

男性はこちらも20代半ばくらいで、怒っていてもどことなく育ちの良さが滲み出ている。
…………………………しかし今の会話内容は、違和感しか感じないな。

俺の胡乱な目に気付いたわけでも無かろうが、王子はさっとこちらに掌を向ける。
「クヴェレ、今日はこの者達に助太刀してもらったのだ。聞けば薬師だと言うから、父上の病状も診てもらった。………まあ、そちらの結果はやはり芳しくなかったが」
「そうなのですか」
クヴェレと呼ばれた男性は、王子の報告に落胆するでも無く受け止める。
国王の現状はある程度の諦めを持って、彼らは受け入れていると言う訳か………。

「それで、礼として今夜の宿と食事の提供を申し出たのだ。この城にも興味があるそうなので、今私自ら案内するところだ」
「ああ、だからまた近衛兵達とやり合っていたのですね。はあ……、兄上は上に立つ者として、彼らの立場もお考え下さい」
「上に立つ者だからこそ、その立場に胡座をかいてはいかんだろう」

「メルクリオ殿下、そちらの方々は? 失礼ながらエルフの森から出て来たばかりで、ゼルドナ王国の王侯貴族の方々を存じ上げないのですが……」
俺が目の前の状況に困惑してるのを察してか、ムジカがさり気なく彼らの紹介を王子に要請する。

「ああ、そうか。我が国の民なら既知であろうが、こっちにいるのが私の弟、第二王子クヴェレ・リクイドだ」
「義理の弟さんとかではなく……?」
思わず心の声が口から漏れてしまった。
しかしメルクリオ王子は、俺の無礼を咎める事も無く苦笑した。
「良く言われるが、正真正銘実の兄弟だ。私達の祖母がハーフエルフの祖父と子を成して、その孫である私に何故かエルフの形質が現れてしまってな」
「あ!」

彼が髪を掻き上げると、わずかに尖った耳が現れた。
「ちなみに私が28歳、クヴェレが24歳だ」
そう言って悪戯っぽく笑う顔はどう見ても10代の少年だが、中身は成人男性だったのか。

「そして彼女が私の婚約者、ヴィーバル侯爵家御令嬢の、リーウス・ヴィーバルだ」

メルクリオ王子に紹介された侯爵令嬢は、ニコリとも笑わぬまま、俺達に向けて優雅にお辞儀をしたのだった———
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