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第43話 オッサン、お城に行く
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メルクリオ王子は俺達を城に連れて行くと決めたら、後の行動は早かった。
護衛の兵士に、道に伸びているゴロツキ達の後始末と取り調べを指示し、自らは2台の辻馬車を拾ってきて、俺達をそこに押し込んだ。
乗車人数の関係で俺とムジカ、モルソとミィナと別々になってしまった。
俺達の乗っている馬車は王子も一緒なので、車内は微妙な空気になっている。
「既に高名な医師に診てもらった後なのでしょう? 一介の薬師にあまり期待はしないで下さい」
「言ったであろう、私は藁にも縋ると。もし分からなくともそなたの責任ではない。駄目で元々なのだ」
「それなら良いのですが」
そう言ったきり、ムジカは口をつぐみ。
王子も何も喋ろうとはしなかった。
ただ俺だけが気まずい空気に耐えていると、フッと外の景色が変わった。
街並みが消え、木々が増え、道が上り坂になった。
やがて見えてきた光景に俺は目を奪われる。
ゼルドナ王国の王都ネージュを見下ろすように、その城は立っていた。
城壁の向こうに白い居館が見え、用途の分からない塔が幾つもそびえ立っている。
写真や映像で見た城のどれかに似ているようで、どれにも似ていない、そんな巨大で優美な建造物がそこにはあった。
「………俺、こういうお城って、初めて見た………綺麗だなあ……」
初めて見る西洋風の城に、俺がぼうっと見惚れていると、隣りでクスッと笑う声がした。
「笑うなよ。俺の住んでた場所の城っていうのは、これとは全然違ったんだよ。まあ、アレはアレで趣があって俺は好きだけど……」
オッサンなのに子供っぽい言動だったと、俺は恥ずかしくなってモゴモゴ言い訳をする。
「いいえ。揶揄ったりなんかしませんよ。ただ、可愛らしいなと思って」
「なっ!?」
言うに事欠いて、こんなオッサンを可愛らしいとか!?
ムジカの声も、王子への対応が真水だとしたら、俺に対しては砂糖の飽和水溶液くらいの違いがある。
本当にムジカの俺に対する脳内イメージは、子どもどころか幼児なのでは!?と、疑いたくもなる。
「ふっ」
ほら見ろ。一国の王子に失笑されたぞ。
「いや、すまない。そなた達はヒトとエルフなのに、とても仲が良いな」
「まあ……彼は俺の命の恩人ですから」
「それを言うなら、ユイだって森のエルフ族の恩人ですよ?」
「ほお?」
ムジカの一言で、王子が俺に興味を持ったようだ。
今までムジカに向いていた視線が、俺の顔に移る。
しかし何を思ったか、王子の視線をムジカが手で塞いでしまう。
「おい!」
「狭い車内で大きな声を出すな。私は気にしていない」
王子の護衛で同乗していた兵士が、ムジカの不敬を咎めるが、王子本人がそれを制した。
「私の不躾な視線が気に障ったのだろう。私の方こそ失礼した」
「ご理解頂ければ良いのですよ」
ムジカの『エルフの族長』という立場からすれば、一国の王子と対等であってもおかしく無いのだろうが、今はあくまで『一介の薬師』だ。
護衛の兵士のこめかみがピクピク動くたび、俺の方がひやひやしてしまう。
「ヒトとエルフの種族を越えて、そなた達がどうして仲が良いのか気になってな」
「メルクリオ殿下は、市井のエルフと親しげに見えましたが……」
兵士の顔色を窺いつつ、俺は口を出してみる。
実際、王子とこの街に住むエルフは、良い関係を築いているように思えた。
「ああ、彼らの事ではない。………そうだな、これは私個人の問題だ」
「?」
幼さを残した顔に似合わぬ憂いを滲ませて、彼は自嘲のような笑みを浮かべた。
その後、俺達の会話は続かず、車内は微妙な空気を保ったまま城に到着する。
「早速で悪いが、父を診てもらえるか?」
「ええ。ユイ、迷子にならないよう、私のそばを離れないで」
王子は到着するなり、俺達一行を躊躇う事なく王の寝室まで案内した。
「凄い建物だねー」
王子に先導されて、俺達は城の中を進む。
先頭を歩くムジカの表情はフードに隠れて分からないが、ミィナとモルソは俺同様、初めて入る城の内部をキョロキョロ見ている。
特にミィナはキラキラした内装に興味津々のご様子だ。
「診察が終わったら、城の中を案内しよう………さあ、ここだ」
城の中で一番豪華な作りの部屋の前で、王子が立ち止まった。
王の部屋の前を守る近衛兵に不審な顔をされつつ、俺達は中に通される。
「失礼します……」
何となく元いた世界の癖で声を掛けてから入ったが、これまた庶民には縁遠い豪奢な部屋の作りに、俺は息を呑む。
寝室と言うには広過ぎる空間で豪華な家具に囲まれて、この部屋の主人は静かに眠っているように見えた。
壮健な頃なら威厳に溢れていたであろう相貌が、今は青白くやつれ果てている。
死者のように眠る国王からは、精気がまるで感じられなかった。
「いつからこのような状態に?」
ムジカは俺とミィナを部屋の片隅の椅子に待機させると、モルソを連れて王の寝台に近付いた。
「父上の体調が悪くなったのが一年程前……目覚めなくなったのが半年前くらいか」
「……王の身体に触れても?」
「もちろん。それで何かが分かるなら、どんどん診てくれ」
ムジカは王子の言葉に頷き「失礼」と眠る王に断り、モルソの手も借りて、王の身体を隅々まで調べた。
やがて調べ終わったのか、はだけさせた夜着を元に戻すと、王子に向き直った。
「王の体調が変化した直前の、食べた物が分かる記録は残っていませんか?」
「……そうだな、料理長なら分かるかもしれない。誰か、呼んできてくれ!」
王子が室内にいた従者に命令すると、程なくしてこの城の料理長が来た。
彼は恐る恐る紙束を王子に手渡す。
「これが陛下にお出しした食事の一覧です。何か、私の料理に問題がございましたでしょうか?」
「いや。以前に散々検討して、食事に毒物を入れられた可能性は低いと言う結論になったんだ。これは念のため」
「いいえ、これで王が毒を盛られたのが決定的になりました」
「なんだと!?」
「わ、私はそんな事しておりません!」
ムジカの放った一言で、室内は騒然となった。
咄嗟に近衛兵が料理長を拘束しようとしたのを、ムジカは手で諌める。
「おそらく犯人は彼ではありません」
「では誰だと言うのだ!?」
王子が興奮気味にムジカに詰め寄る。
さすがに場をわきまえているのか、モルソがいつものように噛み付くのではなく、王子とムジカの間に静かに割って入る。
「そんなの一介の薬師に分かるわけねえだろ。ただ状況からみると、毒は故意に入れられてる」
「…………………凄い、モルソが賢そうに見える……」
「両親が薬師だけあって、見る目だけは確かなのよね。本当に意外だけど」
「そこの外野ごちゃごちゃうるせえぞ!」
ミィナとコソコソ話してたら、しっかり本人に聞こえてしまった。
俺達のくだらないやりとりで冷静さを取り戻した王子は、スッとムジカから一歩引く。
「詳しく教えては貰えないだろうか」
「王に盛られた毒物——毒草はクローロンモドキです」
「クローロン……モドキ?」
どうやら俺を含め、ヒト族にはピンとこない名前らしい。王子も首を傾げている。
「ユイ、スープに緑の葉っぱがよく入っているでしょ?」
「ああ、緑が綺麗で香りが良い葉っぱ?」
「そう! それがクローロン草。それによく似てるけど毒があるのがクローロンモドキなの」
ミィナがお姉さんらしく、実に分かり易く俺に解説してくれる。
「クローロン草はスープの他に、生でサラダにするとか、様々な料理に使います。それに、この城でお出しする料理は専用の農場で作られています。いくら似ていても毒草が混入する事は……」
料理長が困惑したように、制服の裾を握り締める。
「だから故意だって言ってんだろ。クローロンモドキはエルフの森の中にしか自生しない。誰かがわざと入れたに決まってるんだ」
「っ!…………なんて事だ、それで、治療する手立ては!?」
王子の必死の問い掛けも虚しく、ムジカがゆるりと首を振る。
「摂取した直後なら手はあったかもしれません。しかし、今となっては………。ヒト族には馴染みのない毒草なので、いくら高名な医師でも看破するのは難しかったでしょう」
「そうか………」
「ただ、王の状態は今のところ安定しています。目覚める事はなくとも、すぐに亡くなると言う事もないでしょう」
「ふっ、それは朗報だな………」
王子は俯き、苦々しく笑った。
王子と言っても、まだ少年で子どもだ。
痛々しい姿に声を掛けようにも、俺ごときの言葉など何の慰めにもならないだろう。
しかし今なら——この世界の俺なら、気休めの言葉より確実にこの状況を覆せる手段を持っている———
「あの、俺が」
「メルクリオ殿下、これ以上私には何も出来ません。殿下に対して、気分の落ち着く薬を出して差し上げるくらいは可能ですが」
俺の言葉を遮って、ムジカが用は済んだとばかりに、座っていた椅子から立ち上がる。
「あ、ああ。そうだな。ご苦労であった。先に言ったように、この城で今夜の宿と夕食と朝食を提供しよう。もちろん、帰る際には今回の謝礼も持たせる。そなた達エルフの見識が無ければ、父上が何故倒れたのかすら、私は分からなかった」
「簡単に信用なさって良いんですか? 私が出鱈目を言っている可能性もあるのに」
「信用なら最初からしている。悪人ならいくら同族を助けるためとは言え、あんな人数的に不利な戦いに首を突っ込んだりしないだろう?」
王子がニコリと笑うと、ムジカも「それは光栄です」と、初めて彼に対して笑みを返した。
王の寝室から廊下に出ると、
「それでは夕食まで時間はある。私が城の中を案内しよう」
と、王子自ら城内ツアーのガイドを買って出た。
それはとても贅沢な提案だが、当然のように近衛兵達に止められる。
「殿下! いくらこの者達に恩があるからと言って、殿下自らそのような事をされては」
「そうです! 私どもが案内しますので!」
「礼を返すのを他人任せにせよと言うのか、そなた達は。私を恩知らずな王子にさせないでくれ」
「しかし!」
収拾がつかないようなら俺達の方から辞退するかと考えた時、良く通る綺麗な声が廊下全体に響いた。
「どうなさいました、メルクリオ殿下」
お嬢様だ。
宝石付きの髪飾りでハーフアップしたロングヘアに、パッチリと意志の強そうな瞳。
歳の頃は20代半ばくらいか。
上品な落ち着いた薄紫色のドレス。それを着慣れている者の優雅な身のこなしでこちらに歩いて来る。
けれど、彼女よりも先に1人の男性がツカツカと急ぎ足で、王子の前に立った。
「兄上、また街に出てひと騒動起こしたと聞きましたよ!」
「それは酷い言い掛かりだな、クヴェレ。私は街に蔓延る悪を退治したまでだ」
「何も第一王子である兄上自ら手を下さずとも……全く、ハラハラするこっちの身にもなって下さい! リーウス嬢だって心配してるんですよ!」
「私は別に」
男性はこちらも20代半ばくらいで、怒っていてもどことなく育ちの良さが滲み出ている。
…………………………しかし今の会話内容は、違和感しか感じないな。
俺の胡乱な目に気付いたわけでも無かろうが、王子はさっとこちらに掌を向ける。
「クヴェレ、今日はこの者達に助太刀してもらったのだ。聞けば薬師だと言うから、父上の病状も診てもらった。………まあ、そちらの結果はやはり芳しくなかったが」
「そうなのですか」
クヴェレと呼ばれた男性は、王子の報告に落胆するでも無く受け止める。
国王の現状はある程度の諦めを持って、彼らは受け入れていると言う訳か………。
「それで、礼として今夜の宿と食事の提供を申し出たのだ。この城にも興味があるそうなので、今私自ら案内するところだ」
「ああ、だからまた近衛兵達とやり合っていたのですね。はあ……、兄上は上に立つ者として、彼らの立場もお考え下さい」
「上に立つ者だからこそ、その立場に胡座をかいてはいかんだろう」
「メルクリオ殿下、そちらの方々は? 失礼ながらエルフの森から出て来たばかりで、ゼルドナ王国の王侯貴族の方々を存じ上げないのですが……」
俺が目の前の状況に困惑してるのを察してか、ムジカがさり気なく彼らの紹介を王子に要請する。
「ああ、そうか。我が国の民なら既知であろうが、こっちにいるのが私の弟、第二王子クヴェレ・リクイドだ」
「義理の弟さんとかではなく……?」
思わず心の声が口から漏れてしまった。
しかしメルクリオ王子は、俺の無礼を咎める事も無く苦笑した。
「良く言われるが、正真正銘実の兄弟だ。私達の祖母がハーフエルフの祖父と子を成して、その孫である私に何故かエルフの形質が現れてしまってな」
「あ!」
彼が髪を掻き上げると、わずかに尖った耳が現れた。
「ちなみに私が28歳、クヴェレが24歳だ」
そう言って悪戯っぽく笑う顔はどう見ても10代の少年だが、中身は成人男性だったのか。
「そして彼女が私の婚約者、ヴィーバル侯爵家御令嬢の、リーウス・ヴィーバルだ」
メルクリオ王子に紹介された侯爵令嬢は、ニコリとも笑わぬまま、俺達に向けて優雅にお辞儀をしたのだった———
護衛の兵士に、道に伸びているゴロツキ達の後始末と取り調べを指示し、自らは2台の辻馬車を拾ってきて、俺達をそこに押し込んだ。
乗車人数の関係で俺とムジカ、モルソとミィナと別々になってしまった。
俺達の乗っている馬車は王子も一緒なので、車内は微妙な空気になっている。
「既に高名な医師に診てもらった後なのでしょう? 一介の薬師にあまり期待はしないで下さい」
「言ったであろう、私は藁にも縋ると。もし分からなくともそなたの責任ではない。駄目で元々なのだ」
「それなら良いのですが」
そう言ったきり、ムジカは口をつぐみ。
王子も何も喋ろうとはしなかった。
ただ俺だけが気まずい空気に耐えていると、フッと外の景色が変わった。
街並みが消え、木々が増え、道が上り坂になった。
やがて見えてきた光景に俺は目を奪われる。
ゼルドナ王国の王都ネージュを見下ろすように、その城は立っていた。
城壁の向こうに白い居館が見え、用途の分からない塔が幾つもそびえ立っている。
写真や映像で見た城のどれかに似ているようで、どれにも似ていない、そんな巨大で優美な建造物がそこにはあった。
「………俺、こういうお城って、初めて見た………綺麗だなあ……」
初めて見る西洋風の城に、俺がぼうっと見惚れていると、隣りでクスッと笑う声がした。
「笑うなよ。俺の住んでた場所の城っていうのは、これとは全然違ったんだよ。まあ、アレはアレで趣があって俺は好きだけど……」
オッサンなのに子供っぽい言動だったと、俺は恥ずかしくなってモゴモゴ言い訳をする。
「いいえ。揶揄ったりなんかしませんよ。ただ、可愛らしいなと思って」
「なっ!?」
言うに事欠いて、こんなオッサンを可愛らしいとか!?
ムジカの声も、王子への対応が真水だとしたら、俺に対しては砂糖の飽和水溶液くらいの違いがある。
本当にムジカの俺に対する脳内イメージは、子どもどころか幼児なのでは!?と、疑いたくもなる。
「ふっ」
ほら見ろ。一国の王子に失笑されたぞ。
「いや、すまない。そなた達はヒトとエルフなのに、とても仲が良いな」
「まあ……彼は俺の命の恩人ですから」
「それを言うなら、ユイだって森のエルフ族の恩人ですよ?」
「ほお?」
ムジカの一言で、王子が俺に興味を持ったようだ。
今までムジカに向いていた視線が、俺の顔に移る。
しかし何を思ったか、王子の視線をムジカが手で塞いでしまう。
「おい!」
「狭い車内で大きな声を出すな。私は気にしていない」
王子の護衛で同乗していた兵士が、ムジカの不敬を咎めるが、王子本人がそれを制した。
「私の不躾な視線が気に障ったのだろう。私の方こそ失礼した」
「ご理解頂ければ良いのですよ」
ムジカの『エルフの族長』という立場からすれば、一国の王子と対等であってもおかしく無いのだろうが、今はあくまで『一介の薬師』だ。
護衛の兵士のこめかみがピクピク動くたび、俺の方がひやひやしてしまう。
「ヒトとエルフの種族を越えて、そなた達がどうして仲が良いのか気になってな」
「メルクリオ殿下は、市井のエルフと親しげに見えましたが……」
兵士の顔色を窺いつつ、俺は口を出してみる。
実際、王子とこの街に住むエルフは、良い関係を築いているように思えた。
「ああ、彼らの事ではない。………そうだな、これは私個人の問題だ」
「?」
幼さを残した顔に似合わぬ憂いを滲ませて、彼は自嘲のような笑みを浮かべた。
その後、俺達の会話は続かず、車内は微妙な空気を保ったまま城に到着する。
「早速で悪いが、父を診てもらえるか?」
「ええ。ユイ、迷子にならないよう、私のそばを離れないで」
王子は到着するなり、俺達一行を躊躇う事なく王の寝室まで案内した。
「凄い建物だねー」
王子に先導されて、俺達は城の中を進む。
先頭を歩くムジカの表情はフードに隠れて分からないが、ミィナとモルソは俺同様、初めて入る城の内部をキョロキョロ見ている。
特にミィナはキラキラした内装に興味津々のご様子だ。
「診察が終わったら、城の中を案内しよう………さあ、ここだ」
城の中で一番豪華な作りの部屋の前で、王子が立ち止まった。
王の部屋の前を守る近衛兵に不審な顔をされつつ、俺達は中に通される。
「失礼します……」
何となく元いた世界の癖で声を掛けてから入ったが、これまた庶民には縁遠い豪奢な部屋の作りに、俺は息を呑む。
寝室と言うには広過ぎる空間で豪華な家具に囲まれて、この部屋の主人は静かに眠っているように見えた。
壮健な頃なら威厳に溢れていたであろう相貌が、今は青白くやつれ果てている。
死者のように眠る国王からは、精気がまるで感じられなかった。
「いつからこのような状態に?」
ムジカは俺とミィナを部屋の片隅の椅子に待機させると、モルソを連れて王の寝台に近付いた。
「父上の体調が悪くなったのが一年程前……目覚めなくなったのが半年前くらいか」
「……王の身体に触れても?」
「もちろん。それで何かが分かるなら、どんどん診てくれ」
ムジカは王子の言葉に頷き「失礼」と眠る王に断り、モルソの手も借りて、王の身体を隅々まで調べた。
やがて調べ終わったのか、はだけさせた夜着を元に戻すと、王子に向き直った。
「王の体調が変化した直前の、食べた物が分かる記録は残っていませんか?」
「……そうだな、料理長なら分かるかもしれない。誰か、呼んできてくれ!」
王子が室内にいた従者に命令すると、程なくしてこの城の料理長が来た。
彼は恐る恐る紙束を王子に手渡す。
「これが陛下にお出しした食事の一覧です。何か、私の料理に問題がございましたでしょうか?」
「いや。以前に散々検討して、食事に毒物を入れられた可能性は低いと言う結論になったんだ。これは念のため」
「いいえ、これで王が毒を盛られたのが決定的になりました」
「なんだと!?」
「わ、私はそんな事しておりません!」
ムジカの放った一言で、室内は騒然となった。
咄嗟に近衛兵が料理長を拘束しようとしたのを、ムジカは手で諌める。
「おそらく犯人は彼ではありません」
「では誰だと言うのだ!?」
王子が興奮気味にムジカに詰め寄る。
さすがに場をわきまえているのか、モルソがいつものように噛み付くのではなく、王子とムジカの間に静かに割って入る。
「そんなの一介の薬師に分かるわけねえだろ。ただ状況からみると、毒は故意に入れられてる」
「…………………凄い、モルソが賢そうに見える……」
「両親が薬師だけあって、見る目だけは確かなのよね。本当に意外だけど」
「そこの外野ごちゃごちゃうるせえぞ!」
ミィナとコソコソ話してたら、しっかり本人に聞こえてしまった。
俺達のくだらないやりとりで冷静さを取り戻した王子は、スッとムジカから一歩引く。
「詳しく教えては貰えないだろうか」
「王に盛られた毒物——毒草はクローロンモドキです」
「クローロン……モドキ?」
どうやら俺を含め、ヒト族にはピンとこない名前らしい。王子も首を傾げている。
「ユイ、スープに緑の葉っぱがよく入っているでしょ?」
「ああ、緑が綺麗で香りが良い葉っぱ?」
「そう! それがクローロン草。それによく似てるけど毒があるのがクローロンモドキなの」
ミィナがお姉さんらしく、実に分かり易く俺に解説してくれる。
「クローロン草はスープの他に、生でサラダにするとか、様々な料理に使います。それに、この城でお出しする料理は専用の農場で作られています。いくら似ていても毒草が混入する事は……」
料理長が困惑したように、制服の裾を握り締める。
「だから故意だって言ってんだろ。クローロンモドキはエルフの森の中にしか自生しない。誰かがわざと入れたに決まってるんだ」
「っ!…………なんて事だ、それで、治療する手立ては!?」
王子の必死の問い掛けも虚しく、ムジカがゆるりと首を振る。
「摂取した直後なら手はあったかもしれません。しかし、今となっては………。ヒト族には馴染みのない毒草なので、いくら高名な医師でも看破するのは難しかったでしょう」
「そうか………」
「ただ、王の状態は今のところ安定しています。目覚める事はなくとも、すぐに亡くなると言う事もないでしょう」
「ふっ、それは朗報だな………」
王子は俯き、苦々しく笑った。
王子と言っても、まだ少年で子どもだ。
痛々しい姿に声を掛けようにも、俺ごときの言葉など何の慰めにもならないだろう。
しかし今なら——この世界の俺なら、気休めの言葉より確実にこの状況を覆せる手段を持っている———
「あの、俺が」
「メルクリオ殿下、これ以上私には何も出来ません。殿下に対して、気分の落ち着く薬を出して差し上げるくらいは可能ですが」
俺の言葉を遮って、ムジカが用は済んだとばかりに、座っていた椅子から立ち上がる。
「あ、ああ。そうだな。ご苦労であった。先に言ったように、この城で今夜の宿と夕食と朝食を提供しよう。もちろん、帰る際には今回の謝礼も持たせる。そなた達エルフの見識が無ければ、父上が何故倒れたのかすら、私は分からなかった」
「簡単に信用なさって良いんですか? 私が出鱈目を言っている可能性もあるのに」
「信用なら最初からしている。悪人ならいくら同族を助けるためとは言え、あんな人数的に不利な戦いに首を突っ込んだりしないだろう?」
王子がニコリと笑うと、ムジカも「それは光栄です」と、初めて彼に対して笑みを返した。
王の寝室から廊下に出ると、
「それでは夕食まで時間はある。私が城の中を案内しよう」
と、王子自ら城内ツアーのガイドを買って出た。
それはとても贅沢な提案だが、当然のように近衛兵達に止められる。
「殿下! いくらこの者達に恩があるからと言って、殿下自らそのような事をされては」
「そうです! 私どもが案内しますので!」
「礼を返すのを他人任せにせよと言うのか、そなた達は。私を恩知らずな王子にさせないでくれ」
「しかし!」
収拾がつかないようなら俺達の方から辞退するかと考えた時、良く通る綺麗な声が廊下全体に響いた。
「どうなさいました、メルクリオ殿下」
お嬢様だ。
宝石付きの髪飾りでハーフアップしたロングヘアに、パッチリと意志の強そうな瞳。
歳の頃は20代半ばくらいか。
上品な落ち着いた薄紫色のドレス。それを着慣れている者の優雅な身のこなしでこちらに歩いて来る。
けれど、彼女よりも先に1人の男性がツカツカと急ぎ足で、王子の前に立った。
「兄上、また街に出てひと騒動起こしたと聞きましたよ!」
「それは酷い言い掛かりだな、クヴェレ。私は街に蔓延る悪を退治したまでだ」
「何も第一王子である兄上自ら手を下さずとも……全く、ハラハラするこっちの身にもなって下さい! リーウス嬢だって心配してるんですよ!」
「私は別に」
男性はこちらも20代半ばくらいで、怒っていてもどことなく育ちの良さが滲み出ている。
…………………………しかし今の会話内容は、違和感しか感じないな。
俺の胡乱な目に気付いたわけでも無かろうが、王子はさっとこちらに掌を向ける。
「クヴェレ、今日はこの者達に助太刀してもらったのだ。聞けば薬師だと言うから、父上の病状も診てもらった。………まあ、そちらの結果はやはり芳しくなかったが」
「そうなのですか」
クヴェレと呼ばれた男性は、王子の報告に落胆するでも無く受け止める。
国王の現状はある程度の諦めを持って、彼らは受け入れていると言う訳か………。
「それで、礼として今夜の宿と食事の提供を申し出たのだ。この城にも興味があるそうなので、今私自ら案内するところだ」
「ああ、だからまた近衛兵達とやり合っていたのですね。はあ……、兄上は上に立つ者として、彼らの立場もお考え下さい」
「上に立つ者だからこそ、その立場に胡座をかいてはいかんだろう」
「メルクリオ殿下、そちらの方々は? 失礼ながらエルフの森から出て来たばかりで、ゼルドナ王国の王侯貴族の方々を存じ上げないのですが……」
俺が目の前の状況に困惑してるのを察してか、ムジカがさり気なく彼らの紹介を王子に要請する。
「ああ、そうか。我が国の民なら既知であろうが、こっちにいるのが私の弟、第二王子クヴェレ・リクイドだ」
「義理の弟さんとかではなく……?」
思わず心の声が口から漏れてしまった。
しかしメルクリオ王子は、俺の無礼を咎める事も無く苦笑した。
「良く言われるが、正真正銘実の兄弟だ。私達の祖母がハーフエルフの祖父と子を成して、その孫である私に何故かエルフの形質が現れてしまってな」
「あ!」
彼が髪を掻き上げると、わずかに尖った耳が現れた。
「ちなみに私が28歳、クヴェレが24歳だ」
そう言って悪戯っぽく笑う顔はどう見ても10代の少年だが、中身は成人男性だったのか。
「そして彼女が私の婚約者、ヴィーバル侯爵家御令嬢の、リーウス・ヴィーバルだ」
メルクリオ王子に紹介された侯爵令嬢は、ニコリとも笑わぬまま、俺達に向けて優雅にお辞儀をしたのだった———
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大和撫子
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俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか?
「君、どうかしたのかい?」
その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。
黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。
彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。
だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。
大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?
更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!
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