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第22話 オッサン、覚醒する
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「くっそ!! あのババア!!」
フュジが魔法で吹き飛ばした輩は、ごく一部だったようだ。
森の奥からお仲間らしき人々が、ワラワラと湧いて出る。
「行きなさい! ユイ、スコラ!」
フュジはそう言いながら、悪党どもを魔法でちぎっては投げちぎっては投げしているが、いかんせん数が多い。彼女の足元は徐々に押されて後退し、額に汗が滲み始めた。
もしフュジが崩れたら、あの鬼畜どもに嬲り殺しにされかねない。
俺はどうすればいい!?
はっきり言って俺は足手纏いだ。だけどフュジとミィナを見捨てられない。
この世界に来た時に近衛兵から受けた暴力を、こんな時に思い出して情けなくも足が震えてしまう。
「大丈夫。ユイはボクが守るよ」
自分だって怖いだろうに俺の怯えを見逃さず、スコラが敵から俺を守るために立ち塞がった。
「スコラ……」
「ハッ! エルフなのに騎士気取りかよ」
「笑わせんなよ、ガキが!!」
悪党どもが今にもスコラに襲い掛かろうとした、その時———
ゴオオォォォォォォン!!!
大音量で鐘の音が鳴り、俺達は堪らず耳を塞ぎ、ヤツらは出鼻を挫かれた。
「何だよ、この、うっせー音!!」
「おい! あそこ見てみろ、アレじゃねえか? あのジジイが——」
「レヴリ爺さん!!!」
俺とスコラが同時に叫んだ。
俺が宴で披露したお寺の鐘を、レヴリが真似て弓を弾き、ヤツらの注意を逸らしてくれたんだ!
彼の見えない目が、何故か俺を凝視する。
「歌え!」
「え?」
「それが自分と他の誰かを守る力になる!」
爺さんの言葉は意味が分からない。
だけど彼の行動のお陰で分かったこともある。
俺が歌えば、ヤツらの注意を一時的にでもスコラやフュジから引き離せるかもしれない!
「スコラ、俺が注意を引きつけるから、ムジカ達を呼んできてくれ」
「え!? でも、ユイは」
「大丈夫。アイツら全員ヒト族なら、俺はなんとか逃げ切れるから。頼む、スコラ!」
スコラは一瞬躊躇った後、頷いて走り出した。
「あっ!! おい、このガキ!! 逃げるな!!」
ギュイーンッ!!
俺はさっきのレヴリの鐘よりもさらに大音量で、エレキギターの音を鳴らした。
「——おいおい、俺を無視するなよ。雑魚どもが!!」
俺の人生の中で、一番悪い顔をして一番相手を馬鹿にするセリフをキメてみた。
「なんだと、テメエ……」
「ガキより、コイツを先に殺すか」
「ああ、ガキは後だ!」
良かった。俺の安い挑発に彼らは乗ってくれるようだ。
後は救援が来るまで、なんとかコイツらを引きつけて逃げ回れば良い。
簡単な事じゃないけど………。
「歌いながら片手間に相手してやるから、ついて来いよ! ゴロツキども!!」
俺はヤツらを心底舐め腐った態度で挑発してから身を翻した。
「ぜってー殺す!!」と物騒なセリフを吐きながら、俺の思い通り追って来る。
囲まれれば勝機はないが、ここはエルフの森だ。連日スコラに案内してもらっていた俺に地の利はある。
サイクロプス居住地にいるムジカ達が戻って来るまで、ここに残ったエルフ達には手を出させない! 消極的だが、これが俺の戦い方だ。
おっと、敵にも味方にも俺の居場所が分るように歌わないと………こんな状況なら、やっぱりロックが良いな!
ステージに立つ歌手のように、走りながら歌うなんて初体験だが、意外となんとかなるもんだ。
思ったより声量も出てるし、何故か身体も軽い。
もしかして、俺って普通に走るより、歌いながら走った方が調子良いのか?
「ふざけやがって、この野郎!!」
息を切らして悪党の一人が背後に迫る。そして間髪入れず牛刀を振り上げ、俺に襲い掛かってきた!
「何があっても歌い続けろ!!」
どこで見ているのか、レヴリの声が一瞬刃物に怯んだ俺の心を叱咤する。
そうだ。ムジカ達が戻るまで、俺がここに残ったエルフ全員を守るんだ!
振り下ろされたた刃は、幸いな事に空振りで終わった。
危機一髪だ。
俺に刃を向けた当人が、何故か怪訝な顔をしていたが、構っている暇などない。
その後も追い付いたヤツらから、鈍器や刃物など、ありとあらゆる凶器で攻撃されたが、どれも俺に当たる事なく終わった。
本当に今日はついている。
俺は大音量で歌いながら森の中を逃げ回り、サイクロプス居住地の『境』にヤツらを誘導していった。
昨日ムジカにお説教されつつも、丁寧に道順を教えてもらったので、俺一人でも大丈夫だ。
敵を全てムジカ達に集中させてしまうのは申し訳ないが、他に方法がない。
シュッ!
俺を掠め、木の幹に矢が突き刺さった。
ヤツらの中にも弓使いがいたらしい。
——いや、問題なのは矢が前方から飛んできた事だ。
つまり、前後で挟まれた!?
俺の悪い予想通り、後ろのヤツらに追い付かれ、前からも木々に隠れていた新たな敵が現れた。
俺はここで口をつぐみ、足を止めざるを得なくなった。
「残念だったなあ」
追っかけてきた一人が、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら近付いてくる。
「ユイに触るな!」
よく通る声と共に、俺に触ろうとした男の腕に、一本の矢が真っ直ぐに突き刺さった。
「うぎゃあああっ!?」
「くそ! 仲間がいやがったか!?」
「散れ! 狙い撃ちされるぞ!!」
男達は弓の的になる事を恐れ、バラバラに木の影に隠れた。
「ムジカ!」
俺は彼の名を呼んだ。
間に合った。
やっぱり、助けに来てくれた!
俺はムジカの顔を見て、安堵のあまり周囲の警戒が疎かになっていた。
「ユイっ! 後ろです!!」
「え?」
警告の意味に気づく前に背後を取られた。
腰と腕に食い込む指と、首筋に当てられたヒヤリとした刃物の感触が、俺にもう手遅れだと告げている。
「弓を置け。そうだ。両手を頭の後ろに上げて跪け。おい、そこのお前、そいつの手を縛り上げろ」
俺の背後にいるフードを目深に被った男が、ムジカと周りの男達に指示を出す。
その声は、こんな状況じゃなければ、耳に心地良い声だった。
他の荒くれ男達が文句も言わずに従っている様子から、コイツがリーダーなのか?
「馬鹿だねえ、先走って一人で助けに来ちゃって」
抵抗出来ないムジカの手を縛り終えると、何を思ったか突然男はムジカの腹を殴った。
「がっ!!」
殴られた衝撃に身を折るムジカ。
「よせ! 彼を傷つけるな!!」
喉元に刃を突き付けられていることも忘れて、俺は滅茶苦茶に暴れた。
しかし背後のフード男にガッチリと拘束されて、ムジカの側に寄ることも許されない。
「やめろ、そいつの顔は金になる。傷つけるな。それにエルフの族長様とやらだから、コイツよりも人質の価値がある」
侵入するにあたって、この森の事は徹底的に調査済みなのか。
フード男は冷静に他の男達に指示を出す。
「もうすぐコイツらを助けに他のエルフも来る。そこを一網打尽にしろ。見目の良いものは捉え、抵抗するものは殺せ。エルフの死体も金になるからな」
頭が真っ白になる。
優しいエルフ達が、こんな卑劣なヤツらに蹂躙されるなんて———
コイツらの描こうとしている直近の未来図——地獄絵図と、俺の中で煮え立つ感情がぐるぐると白濁した頭の中で渦巻いている。
「そいつも用無しなら殺しちまおうぜ。つうかさあ、そいつヒトじゃねえ? 耳長くねえし、美形でもねえ普通のオッサンだし。何でエルフの森なんかにいるんだよ」
悪党達の「殺せ」コールの中、フードの男は俺の顔を掴んでジッと覗き込んだ。
「確かにヒトだな。ヒトの中にはエルフなら何でも良いという物好きもいるから、逆もいるだろう。コイツも飼われてたんだろうよ。そこの族長様に」
プツリと、俺の中で何かが切れる音がした。
次いで、レヴリの言葉が頭の中で木霊する。
『何があっても歌い続けろ!!』
何故彼はあんな事を言ったのか、考える前に口が動いた。
「おいおい、殺されるって分かって、気が触れたかー? コイツ歌い出したぞ」
「さっき逃げてる時も歌ってたな。元々おかしいんじゃねえの」
悪党どもの戯言は聞こえていても、俺の意識をすり抜けて行った。
俺の中にあるのは、コイツらに対する純粋な怒り——
サイクロプスの王、ラークを罠にかけて傷つけた事。ミィナとムジカへの暴行。ムジカの名誉を汚す発言。自分の利益の為なら、誰かを傷つける事を厭わない連中だ。きっと過去にもっと酷い行いをしている事だろう——そしてこれからも。
『歌い続けろ!!』
レヴリの声が繰り返し頭の中に響き続ける。
俺は感情に突き動かされるまま、天に向かって歌った。
「おかしいって言えば、コイツに全然攻撃当たらなかったよな」
「それはお前が下手なんだよ」
「違うわ! なんっつうか当たるはずなのに当たらない……みたいな」
「オレもそれあったわ。コイツが避けたんじゃなくて、矢の軌道を曲げられたような……」
「ハッ、寝ぼけたこと言ってんじゃ」
「………おい、空、何か変じゃねえか?」
これは祈りの歌だ。
「何で、こんなに光って……」
「見ろ! 何か降りて来たぞ!?」
「ヒト? いや、翼がある。それに弓矢——」
幻覚……なのか?
雲の隙間から、弓矢を持ったたくさんの天使が降りてくるのが、俺にも見える。
天使には顔がない。
それでも彼らが俺の願いを待っているのが分かる。
だったら今、叶えてくれ。
この悪党どもを殲滅する力を俺に———!
天使は頷き弓を引いた。
何百という光の矢は、そのまま地上の悪党達の頭を、目を、腕を、足を、心臓を、過たず貫き、俺の歌は末期の絶叫で掻き消された。
「うわああああぁぁぁぁ!!!」
「助け、助けて、痛い、痛いよう」
「ひっ、許しっ、ゴフッ!!」
「ひっ、ひゅっ……っ…………」
「…………………」
それは一瞬にも、永遠にも思える時間だった。
天使と光の残滓が消えた頃、穏やかな日が差すエルフの森の中に、地獄が展開されていた。
飛び散る血と肉と、ヒトだった物の身体の一部が散乱している。
バクバクと踊る心臓と、目の前の光景を受け入れられない俺の心が麻痺して、身体の中で乖離していく。
「ユイ!」
肉塊を蹴散らす勢いで、呆然と立ち尽くす俺の元までムジカが駆け寄って来た。
「怪我は!? どこも怪我はないですか?」
パタパタと慌ただしく俺の身体を確認する彼の手は、皮膚が破れて血が滲んでいた。
拘束を無理やり解いたからだろう。
「ユイ! ムジカ! 無事か!?」
俺達を呼ぶ声が聞こえて、ラヴァンドとスコラ達が姿を現した。
「今、凄い数の光の矢が」
「ラヴァンド! スコラに見せちゃ駄目です!!」
ムジカの注意は一足遅かった。
「うっ……」
地獄のような光景を目にし、脳が理解する前にスコラは気絶した。
「これは………まさかお前がやったのか、ムジカ?」
気絶したスコラを木の根元に横たえた後、ラヴァンドがムジカに聞いた。
「いいえ、私ではなく———」
ムジカの瞳が躊躇いがちに俺を見る。
俺?
俺は歌って、ただ願っただけだ。
こんなオッサンに超自然的な——それこそ魔法のような力は備わっていない。
俺が否定しようとした、その時———
「………ゲフッ、嘘だろ……」
死体の中から男が一人、ズタボロになりながらも這い出して来た。
聞き覚えのある耳触りの良い声は、俺を拘束したフードの男、悪党達のリーダーだった。
ムジカが背後に俺を庇う。もはや男に攻撃する力は残っていないが、場の空気が再び緊張する。
しかし男の目はムジカではなく、ただひたすら俺に向けられている。
血反吐を吐きつつ、彼は言った。
「お前が、歌姫だったのか——!!」
フュジが魔法で吹き飛ばした輩は、ごく一部だったようだ。
森の奥からお仲間らしき人々が、ワラワラと湧いて出る。
「行きなさい! ユイ、スコラ!」
フュジはそう言いながら、悪党どもを魔法でちぎっては投げちぎっては投げしているが、いかんせん数が多い。彼女の足元は徐々に押されて後退し、額に汗が滲み始めた。
もしフュジが崩れたら、あの鬼畜どもに嬲り殺しにされかねない。
俺はどうすればいい!?
はっきり言って俺は足手纏いだ。だけどフュジとミィナを見捨てられない。
この世界に来た時に近衛兵から受けた暴力を、こんな時に思い出して情けなくも足が震えてしまう。
「大丈夫。ユイはボクが守るよ」
自分だって怖いだろうに俺の怯えを見逃さず、スコラが敵から俺を守るために立ち塞がった。
「スコラ……」
「ハッ! エルフなのに騎士気取りかよ」
「笑わせんなよ、ガキが!!」
悪党どもが今にもスコラに襲い掛かろうとした、その時———
ゴオオォォォォォォン!!!
大音量で鐘の音が鳴り、俺達は堪らず耳を塞ぎ、ヤツらは出鼻を挫かれた。
「何だよ、この、うっせー音!!」
「おい! あそこ見てみろ、アレじゃねえか? あのジジイが——」
「レヴリ爺さん!!!」
俺とスコラが同時に叫んだ。
俺が宴で披露したお寺の鐘を、レヴリが真似て弓を弾き、ヤツらの注意を逸らしてくれたんだ!
彼の見えない目が、何故か俺を凝視する。
「歌え!」
「え?」
「それが自分と他の誰かを守る力になる!」
爺さんの言葉は意味が分からない。
だけど彼の行動のお陰で分かったこともある。
俺が歌えば、ヤツらの注意を一時的にでもスコラやフュジから引き離せるかもしれない!
「スコラ、俺が注意を引きつけるから、ムジカ達を呼んできてくれ」
「え!? でも、ユイは」
「大丈夫。アイツら全員ヒト族なら、俺はなんとか逃げ切れるから。頼む、スコラ!」
スコラは一瞬躊躇った後、頷いて走り出した。
「あっ!! おい、このガキ!! 逃げるな!!」
ギュイーンッ!!
俺はさっきのレヴリの鐘よりもさらに大音量で、エレキギターの音を鳴らした。
「——おいおい、俺を無視するなよ。雑魚どもが!!」
俺の人生の中で、一番悪い顔をして一番相手を馬鹿にするセリフをキメてみた。
「なんだと、テメエ……」
「ガキより、コイツを先に殺すか」
「ああ、ガキは後だ!」
良かった。俺の安い挑発に彼らは乗ってくれるようだ。
後は救援が来るまで、なんとかコイツらを引きつけて逃げ回れば良い。
簡単な事じゃないけど………。
「歌いながら片手間に相手してやるから、ついて来いよ! ゴロツキども!!」
俺はヤツらを心底舐め腐った態度で挑発してから身を翻した。
「ぜってー殺す!!」と物騒なセリフを吐きながら、俺の思い通り追って来る。
囲まれれば勝機はないが、ここはエルフの森だ。連日スコラに案内してもらっていた俺に地の利はある。
サイクロプス居住地にいるムジカ達が戻って来るまで、ここに残ったエルフ達には手を出させない! 消極的だが、これが俺の戦い方だ。
おっと、敵にも味方にも俺の居場所が分るように歌わないと………こんな状況なら、やっぱりロックが良いな!
ステージに立つ歌手のように、走りながら歌うなんて初体験だが、意外となんとかなるもんだ。
思ったより声量も出てるし、何故か身体も軽い。
もしかして、俺って普通に走るより、歌いながら走った方が調子良いのか?
「ふざけやがって、この野郎!!」
息を切らして悪党の一人が背後に迫る。そして間髪入れず牛刀を振り上げ、俺に襲い掛かってきた!
「何があっても歌い続けろ!!」
どこで見ているのか、レヴリの声が一瞬刃物に怯んだ俺の心を叱咤する。
そうだ。ムジカ達が戻るまで、俺がここに残ったエルフ全員を守るんだ!
振り下ろされたた刃は、幸いな事に空振りで終わった。
危機一髪だ。
俺に刃を向けた当人が、何故か怪訝な顔をしていたが、構っている暇などない。
その後も追い付いたヤツらから、鈍器や刃物など、ありとあらゆる凶器で攻撃されたが、どれも俺に当たる事なく終わった。
本当に今日はついている。
俺は大音量で歌いながら森の中を逃げ回り、サイクロプス居住地の『境』にヤツらを誘導していった。
昨日ムジカにお説教されつつも、丁寧に道順を教えてもらったので、俺一人でも大丈夫だ。
敵を全てムジカ達に集中させてしまうのは申し訳ないが、他に方法がない。
シュッ!
俺を掠め、木の幹に矢が突き刺さった。
ヤツらの中にも弓使いがいたらしい。
——いや、問題なのは矢が前方から飛んできた事だ。
つまり、前後で挟まれた!?
俺の悪い予想通り、後ろのヤツらに追い付かれ、前からも木々に隠れていた新たな敵が現れた。
俺はここで口をつぐみ、足を止めざるを得なくなった。
「残念だったなあ」
追っかけてきた一人が、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら近付いてくる。
「ユイに触るな!」
よく通る声と共に、俺に触ろうとした男の腕に、一本の矢が真っ直ぐに突き刺さった。
「うぎゃあああっ!?」
「くそ! 仲間がいやがったか!?」
「散れ! 狙い撃ちされるぞ!!」
男達は弓の的になる事を恐れ、バラバラに木の影に隠れた。
「ムジカ!」
俺は彼の名を呼んだ。
間に合った。
やっぱり、助けに来てくれた!
俺はムジカの顔を見て、安堵のあまり周囲の警戒が疎かになっていた。
「ユイっ! 後ろです!!」
「え?」
警告の意味に気づく前に背後を取られた。
腰と腕に食い込む指と、首筋に当てられたヒヤリとした刃物の感触が、俺にもう手遅れだと告げている。
「弓を置け。そうだ。両手を頭の後ろに上げて跪け。おい、そこのお前、そいつの手を縛り上げろ」
俺の背後にいるフードを目深に被った男が、ムジカと周りの男達に指示を出す。
その声は、こんな状況じゃなければ、耳に心地良い声だった。
他の荒くれ男達が文句も言わずに従っている様子から、コイツがリーダーなのか?
「馬鹿だねえ、先走って一人で助けに来ちゃって」
抵抗出来ないムジカの手を縛り終えると、何を思ったか突然男はムジカの腹を殴った。
「がっ!!」
殴られた衝撃に身を折るムジカ。
「よせ! 彼を傷つけるな!!」
喉元に刃を突き付けられていることも忘れて、俺は滅茶苦茶に暴れた。
しかし背後のフード男にガッチリと拘束されて、ムジカの側に寄ることも許されない。
「やめろ、そいつの顔は金になる。傷つけるな。それにエルフの族長様とやらだから、コイツよりも人質の価値がある」
侵入するにあたって、この森の事は徹底的に調査済みなのか。
フード男は冷静に他の男達に指示を出す。
「もうすぐコイツらを助けに他のエルフも来る。そこを一網打尽にしろ。見目の良いものは捉え、抵抗するものは殺せ。エルフの死体も金になるからな」
頭が真っ白になる。
優しいエルフ達が、こんな卑劣なヤツらに蹂躙されるなんて———
コイツらの描こうとしている直近の未来図——地獄絵図と、俺の中で煮え立つ感情がぐるぐると白濁した頭の中で渦巻いている。
「そいつも用無しなら殺しちまおうぜ。つうかさあ、そいつヒトじゃねえ? 耳長くねえし、美形でもねえ普通のオッサンだし。何でエルフの森なんかにいるんだよ」
悪党達の「殺せ」コールの中、フードの男は俺の顔を掴んでジッと覗き込んだ。
「確かにヒトだな。ヒトの中にはエルフなら何でも良いという物好きもいるから、逆もいるだろう。コイツも飼われてたんだろうよ。そこの族長様に」
プツリと、俺の中で何かが切れる音がした。
次いで、レヴリの言葉が頭の中で木霊する。
『何があっても歌い続けろ!!』
何故彼はあんな事を言ったのか、考える前に口が動いた。
「おいおい、殺されるって分かって、気が触れたかー? コイツ歌い出したぞ」
「さっき逃げてる時も歌ってたな。元々おかしいんじゃねえの」
悪党どもの戯言は聞こえていても、俺の意識をすり抜けて行った。
俺の中にあるのは、コイツらに対する純粋な怒り——
サイクロプスの王、ラークを罠にかけて傷つけた事。ミィナとムジカへの暴行。ムジカの名誉を汚す発言。自分の利益の為なら、誰かを傷つける事を厭わない連中だ。きっと過去にもっと酷い行いをしている事だろう——そしてこれからも。
『歌い続けろ!!』
レヴリの声が繰り返し頭の中に響き続ける。
俺は感情に突き動かされるまま、天に向かって歌った。
「おかしいって言えば、コイツに全然攻撃当たらなかったよな」
「それはお前が下手なんだよ」
「違うわ! なんっつうか当たるはずなのに当たらない……みたいな」
「オレもそれあったわ。コイツが避けたんじゃなくて、矢の軌道を曲げられたような……」
「ハッ、寝ぼけたこと言ってんじゃ」
「………おい、空、何か変じゃねえか?」
これは祈りの歌だ。
「何で、こんなに光って……」
「見ろ! 何か降りて来たぞ!?」
「ヒト? いや、翼がある。それに弓矢——」
幻覚……なのか?
雲の隙間から、弓矢を持ったたくさんの天使が降りてくるのが、俺にも見える。
天使には顔がない。
それでも彼らが俺の願いを待っているのが分かる。
だったら今、叶えてくれ。
この悪党どもを殲滅する力を俺に———!
天使は頷き弓を引いた。
何百という光の矢は、そのまま地上の悪党達の頭を、目を、腕を、足を、心臓を、過たず貫き、俺の歌は末期の絶叫で掻き消された。
「うわああああぁぁぁぁ!!!」
「助け、助けて、痛い、痛いよう」
「ひっ、許しっ、ゴフッ!!」
「ひっ、ひゅっ……っ…………」
「…………………」
それは一瞬にも、永遠にも思える時間だった。
天使と光の残滓が消えた頃、穏やかな日が差すエルフの森の中に、地獄が展開されていた。
飛び散る血と肉と、ヒトだった物の身体の一部が散乱している。
バクバクと踊る心臓と、目の前の光景を受け入れられない俺の心が麻痺して、身体の中で乖離していく。
「ユイ!」
肉塊を蹴散らす勢いで、呆然と立ち尽くす俺の元までムジカが駆け寄って来た。
「怪我は!? どこも怪我はないですか?」
パタパタと慌ただしく俺の身体を確認する彼の手は、皮膚が破れて血が滲んでいた。
拘束を無理やり解いたからだろう。
「ユイ! ムジカ! 無事か!?」
俺達を呼ぶ声が聞こえて、ラヴァンドとスコラ達が姿を現した。
「今、凄い数の光の矢が」
「ラヴァンド! スコラに見せちゃ駄目です!!」
ムジカの注意は一足遅かった。
「うっ……」
地獄のような光景を目にし、脳が理解する前にスコラは気絶した。
「これは………まさかお前がやったのか、ムジカ?」
気絶したスコラを木の根元に横たえた後、ラヴァンドがムジカに聞いた。
「いいえ、私ではなく———」
ムジカの瞳が躊躇いがちに俺を見る。
俺?
俺は歌って、ただ願っただけだ。
こんなオッサンに超自然的な——それこそ魔法のような力は備わっていない。
俺が否定しようとした、その時———
「………ゲフッ、嘘だろ……」
死体の中から男が一人、ズタボロになりながらも這い出して来た。
聞き覚えのある耳触りの良い声は、俺を拘束したフードの男、悪党達のリーダーだった。
ムジカが背後に俺を庇う。もはや男に攻撃する力は残っていないが、場の空気が再び緊張する。
しかし男の目はムジカではなく、ただひたすら俺に向けられている。
血反吐を吐きつつ、彼は言った。
「お前が、歌姫だったのか——!!」
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