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そして

それから

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 街に帰って来て、もうすぐで一年立つ。
 オレたち家族は、相変わらずルクレツィアの家で暮らしている。
 けど、この一年で変わったことも結構あった。
「よう、レーテ」
「おや、ゴーヴァン。今日もルクレツィアのところかね」
 ここの連中と同じ服を着たレーテが、こっちへ歩いてくる。
 レーテは今、学院の生徒ってことになってる。
「まさか今更になって、勉強することになるなんて思ってなかったからね」
「なんだ、勉強ってつまらねえのか?」
「いや、むしろ面白いね。
 長くは生きてきたけれど、知らないことが多かったことに気付かされてね。
 今は毎日が楽しいね」
 そう言って笑うレーテを見て、思う。
「オメェ、初めてあった時みたいな笑い方、しなくなったな」
「私はそんなに、おかしな笑い方をしていたのかね?」
 首を傾げるレーテ。
「んー。なんて言うか、毒蛇が笑ったみたいな顔してたっていうか、気味の悪い笑い方だったて言うか」
 突然レーテが笑い出す。
 オレ、いま変なこと言ったか?
「本人を前に、そんなこと言うかね。
 でもそうか、私はそんな顔で笑っていたのだね」
 笑いながらオレを見上げる。
 両目は黒くて丸い板でハッキリと見えないが、薄く見える目も、口元も、毒蛇とは遠い笑顔だった。
「今はなんて言うか、花みたいだな。
 カンムリソウの花みたいにキレイな顔してるな」
 レーテが声を上げて笑い出す。
「ゴーヴァン、そう言うのはね、本気で好いた相手に言っておあげね。
 いや、ゴーヴァンにはそう言う気持ちはまだ、少し早いのかね」
 何そんなに面白げに言ってんだ?
「私が卒業するまでに、そう言う話しが聞けるのを楽しみにしているからね」
 どんな話しだよ、どんな。



「ほら教授、議会への提出案、明後日までに出さなくちゃいけないんだから、さっさと働いて」
「ええぇ、明後日だろ? 明日作ればいいじゃないか」
「そう言っていつも面倒な仕事後回しにするんだから、やれることはすぐにやる!」
 カルロはルクレツィアの扱いに、すっかり慣れてきていた。
「ゴーヴァン兄ちゃん、ちょっと、いや昼過ぎまで待っててくれない。
 すぐにやらせなきゃいけない仕事がいくつかあるから、それ片付けさせないとなんだ。
 今日の午後の講義は昼一番じゃないから、昼飯食べてすぐなら時間あるからさ」
「なあ、カルロ。
 もういっそ、オメェがルクレツィアの代わりに全部やった方が、早くねえか?」
 カルロが特大のため息を一つ吐く。
「そう言うのじゃないんだって、教授がちゃんとやってくれないと困るだって。
 この人、放っておくと本当に自分の研究以外何もしないんだよ。
 議会議員の仕事とか、自分でやらなきゃいけないのに、全部誰かに丸投げしようとするんだから」
 机に突っ伏してるルクレツィアの前に、どこから持ってきたのか大量の紙束を山のように積む。
「ほら教授、午前中にこれ全部に目を通して! サインする書類にはサインして!」
「ゴーヴァン、カルロが私を働かせようとするぅ……助けてくれぇ」
 うーん、これ、ルクレツィアがわるいんだよな。
「じゃあ、昼飯食ったらまた来るな」
 ルクレツィアの情けない声と、カルロの厳しそうな声を背中で聞きながら、オレはルクレツィアの部屋から出ていった。
 ちなみにこの日は、ルクレツィアが駄々をこねて仕事をしなかったとかで、会えずじまいで終わった。



 ダネルとは毎日のように一緒に飯を食っては、あれこれ言い合ってる。
「今回は僕の勝ちだ。片膝しかついてなかったからな」
「違うだろ。オメェの方が先にヒザついてたろう!
 大体オレは、今度も素手でやっただろうが! 剣使ってりゃ勝ってた!」
「食べながら話すな。口の中の物が飛んでくる」
 口の中の食い物を飲み込んで、水を一口飲む。
「ぷはっ、それにオメェが魔術使えなくなったところでオレの勝ちだ」
 そういやダネルのヤツ、最近は鍛えてるのか一発二発殴ったくらいじゃ、倒れなくなったな。
「使えなくなったんじゃない。魔力は枯渇してなかった。
 あのまま殴り合いにならなかったら確実に僕が勝ってた」
 ダネルのおかげで、魔術師相手でも結構戦えるようになった。
「まあ、私みたいな見てる側からすると、いい見世物だけれどね。
 で、今回で何勝何敗何引き分けになるのかね?」
「一勝無敗三十引き分けです」
「違うだろ! 勝ってるのはオレの方だろうが!」
「いいや。あの一回は僕の勝ちだ」
「オレの勝ちだろ、あれは」
 ダネルとしばらく睨み合った後、レーテを二人で見る。
「さあ、二人揃って気を失ったみたいからね。
 あの時意識があって、覚えていた方が正しいのだろうね」
 あの時、二人揃ってやりすぎて、二人揃って気を失ったことを思い出す。
 レーテ以外にも結構な見物人がいたと思うんだが、誰に聞いてもどっちが勝ったが教えてくれなかった。
「それでも魔術師の能力の高さは分かっただろう。
 剣の腕だけ鍛えても意味はないんだ。攻めに必要なのは手数と手段だ」
「そう言うのはオレに勝ってから言えってんだ。
 大体オレは、オメェ相手にろくに剣を使ってないんだからな」
 会うたびにこんな感じだが、なんだかんだでコイツと話すのも、鍛錬するのも楽しいから好きだ。
 街で暮らしてて、こんな友達がいて、本当に良かったと思ってる。



「妊娠? 子供を授かったのか?」
 義兄さんが顎が外れたのかってくらい、口を上げて姉さんの腹を見ている。
「最近、体調がおかしかったから、治療院で診てもらったの。
 いま三ヶ月目だって」
 義兄さんは姉さんを抱きしめ、アズは姉さんの腹をなで、顔を見合わせて笑みをこぼす。
「姉さん、男の子が生まれるのか? それとも女の子か?」
「それは、生まれるまでわからないわ。
 生まれるのだって、まだしばらく先のことだもの」
 そう言う姉さんの顔は、今まで見たことないくらいキレイだった。
 姉さんの腹をなでていたアズが、不思議そうな顔をして義兄さんと姉さんを見上げる。
「ねえ、おとうさん、おかあさん。赤ちゃんってどうやって、おかあさんのおなかの中に来るの?」
 アズに聞かれて、義兄さんも姉さんも気まずそうな顔をしてた。
「アズ、そりゃ夫婦になってだな」
「あー! ちょっと待てゴーヴァン!」
「アズ、アズがもう少し大人になったらわかるから、ね」
 何で教えてやらねえんだ?
「どう言えばいいんだろうな……ゴーヴァン、俺がちゃんと教えられなかったことに問題があるのは確かなんだが、アズにはまだ早いから、このことを聞かれたら、適当にごまかしてくれ」
「いいのか、義兄さん。そんなウソつくようなこと」
 義兄さん、何でそんな頼み込むような顔でオレのこと見るんだ?
 オレいま、そんな悪いことしてたのか?



 オレはって言うと、今日はルクレツィアに呼び出されて、二人で話をしてる。
「魔砲使いで部隊を作る? なんだそりゃ」
「砲術隊、とでも言えばいいのかな。
 魔砲で武装した人間を集めた戦士の集団、とでも思ってくれ」
「なんで、その話をオレにしてんだ?」
「なんでって、ゴーヴァンに隊長を、隊のまとめ役をやってもらうからな」
 はあ!?
「何でオレなんだよ! そう言うのはオレより……そうだ、義兄さんのほうが向いてるだろ!」
「ガーウェイ君にはもう言ったよ。
 そうしたら、ゴーヴァンにやらせてやってくれ、って言われたからこうやって話してるんだ」
 え、義兄さんが?
「あいつは俺に甘えてるところがあるから、そろそろ独り立ちできるようにさせてやりたい、とか言われてたぞ」
 オレ、そんなに甘えてるか?
「ということで、人集めのために面接とかいろいろやるから、ゴーヴァンも一緒に頼んだぞ」
「イヤ、急に言われたって何すんだかわかんねえだろうが」
「お前の部下にするのにいい奴、選ぶだけだろうが」
 だから、何するのか言えっていうの。
「選ぶって何して選ぶんだよ。戦えばいいのか?」
「そんなことする訳……説明するより実践だ実践!
 今日面接分の人間は集まってるからな、さっさとやるぞ」
「はあ、聞いてねえぞ」
「当然だろ、いま言ったんだから」
 さっさとどこかへ向かっていこうとするルクレツィアの後ろをついていく。
 オレ今度は、なにやらされるんだ?
 まあ、なにがあってもオレはオレのやれることをやって、生きて生きて、最高の生き方をするだけだ!
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