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第2章 港湾都市

24話 話しをするということ

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「さて、どうしようかね」
 飯を食い終わって、街を歩きながらレーテがオレを見てくる。
「さあな、適当に歩いてりゃいいんじゃねえの」
 義兄さんのことを考え出すと、なぜか気が沈んだままになってしまう。
 大好きな義兄さんのことのはずなのに、最後の瞬間だけが頭から離れなくて、それ以外が思い出せなくて。
 道を行く大勢の人の視線が、声が、あの日のオレを責めているように感じる。
「なにか思うところがあるようだけれど、言いたいことがあるなら言っておくれ」
 フードを深く被っていて、レーテの視線がどこを見ているのかはわからない。
「ゴーヴァンを連れ出したのも、これから連れ歩こうとしているのも私なんだ。愚痴や不満なら聞くし、私に出来ることなら、可能な範囲でやってあげるさね」
「別に、なんでもねえ」
「そうなのかい? 顔がまるで、泣く寸前の子供みたいだよ」
「ハッ、オレぁ青の氏族の戦士だぞ。泣いたりなんざするかってんだ」
「おやおや、なら良いんだがね。もし泣きたいなら、胸なり膝なり貸そうと思ったんだが、必要ないかい?」
「いらねえよ。青の氏族の戦士はな、人生で泣くのは三度までだ。赤ん坊じゃねえのに、誰がぴーぴー泣くかってんだ」
 フードを被っていて表情が見えねえが、肩震えてる。笑ってんな、コイツ。
「ならいいさね。そうだ、大きな街にいる次いでじゃないけど、一つ大事なことを確認しておこうか」
「大事? なんだよ」
「私の体じゃ使い物になるかわからないし、そもそも別種相手はお互い興味ないだろうからね。ゴーヴァンは、下の相手を買う必要があるのかい?」
 は?
「私はそもそも経験がないし、女だからわからないんだがね。男はそういう相手が必要だと、聞いたことがあるからね」
「待て待て待て、テメエ何を言ってやがんだ!」
「夜の相手をしてくれる女を買うかと聞い、て……ひょっとして、女より男のほうが好みかね?」
「そういう意味じゃねえ! どうして、オレの、そっちの心配を、テメエにされなきゃなんねえんだ!」
 いきなり何の話始めてんだ、コイツは!
「金はレオナルドから貰っているし、必要ならそっちの心配もしたほうが良いと思ってね。それもまあ、生活の一部みたいなものだろう」
「必要ねえ! 大体そういうのは、自分の嫁さんとするもんだろうが。オレぁまだ結婚すらしてねんだぞ」
「ほほう、そういうものなのかね。私の聞いた話とは違うのだが、それはゴーヴァンの故郷でのことなのかね? 世間一般的にかね?」
「義兄さんと姉さんからそう言われたから、そうなんだろ」
 義兄さんと姉さんが言ったんだから、それが正しいんだろう。
「そういうことは妻を娶ってからだって言われたし、人にそういうことを聞いたり話したりするんじゃない、って散々言われたからな」
 ふぅん、へぇ、ほぉ、とレーテは納得したのかしていないのかわからない返事を返してくる。
 適当な返事返しやがって。フード被ってるからどんな顔してるのか、こっちを見てるのかもわかりゃしねえ。
「やっぱり人と話すのは大事だね。自分の知識が古いことを実感するよ」
「知識が古いって、テメェこそどこで何してたんだよ」
「こう見えてもゴーヴァンより、ずっと、歳上なのだよ。ただ、人と一緒にいたことはあまりなくてね。レオナルドと会うまで、長い間、一人だったから考えや知っていることが古くてね」
 ため息のような、笑い出すような息を吐く。
 只人の見た目の年はよくわからねえが、年上と言われても違和感があった。只人は年を取ると顔がしわくちゃになるが、こいつの顔にはシワなんて一つもなかった。
「レオナルドは少し考え方が極端だから、ゴーヴァンのようにこうして話せる相手がいるというのは、本当に良いものだね」
「まるで村の年寄りみたいなこと言うんだな」
「年寄りか、あながち間違えてないのだがね。それらしく言うなら、若い者と話すのは刺激になって楽しいね」
「なんだ、じゃあバアさん呼びでもしたほうがいいか?」
「それは止めとくれね。中身は年寄りかもしれないけど、見た目だけならまだまだ若いんでね。ところでゴーヴァンは、お兄さんとお姉さんの他に家族はいるのかい?」
「オレの家族は義兄さんと姉さんだけだ。父さんと母さんはオレがガキの頃に、流行り病で死んだって聞いてる」
 レーテは何か考えるように腕を組む。
「そのお兄さんとお姉さんの話し、聞いてもいいかね?」
「何だよ急に」
「どんな人に育てられたのか、聞きたくなっただけさね。話したくなければ話さなくてもいいのだよ」
 義兄さんと姉さんの話、か。
「話すのは構わねえけど、つまんねえとか言ったら叩き倒すぞ」
「安心おしね。自分から聞いたのだ、話し終わるまでちゃんと聞くさね」
「なら別にいいけどよ」
 オレたちはどこへ行くというわけでもなく、ただ人並みの中を歩きながら話した。身内の自慢話のような内容ばかりだったが、オレにとって自慢の家族だ。二人のことで話したいことはいくらだってある。
 レーテは相槌を打つだけで、オレの話をただ静かに聞いていた。ただ時折、小さな手でオレの背中を撫でることが何度かあった。
「話したくないことも、話せないことも、今は話さなくていいよ。今は楽しかったこと、嬉しかったこと、それを聞かせとくれね。そういうことを話すときの声、聞いている私も嬉しくなれるし、楽しくなれるからね」
 なんでそんな事を言うのかはわからなかった。ただ義兄さんや姉さんの笑顔を思い出すと、胸が暖かくなるのだけは確かだった。
 ああ、また会えるなら、二人に会いたい。許してはくれないだろう、オレもオレを許すことは出来ない、けど何度だって謝りたい。何度だってありがとうを言いたい。
 泣いちゃいけないとわかっちゃいるが、オレの中にいるガキのオレが泣いているのがわかる。背中を撫でるレーテの手は、オレじゃなくて、ガキのオレを撫でているように思えた。
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