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3話 騎士

後編

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「マジで? マジでバルトロス女になっちゃってるの?!」
 冒険者ギルドへより、声をかけてきたクラウディアと話をしていると、バルトロスの違和感に気づいた彼女の似あれこれ聞かれたので、昨日のことを話して聞かせると、ジョッキ片手に腹を抱えて笑い出した。
「ないでしょ、普通! 何したら男が女になるわけ?!」
 クラウディアの笑いを聞き、周りにいた冒険者達の視線がこちらに集まる。
 リンドブルムは横に座っているバルトロスを見る。鎧は着てはいるが、いつも着ている鈍色の鎧ではない。手入れこそされているものの、ところどころ歪にへこみ、傷だらけになった鎧だ。
 自分の鎧が大きさが合わなくなってしまったため、王宮騎士の鍛錬用の鎧の中から着られるものを装備してきたのだ。
 しかし鎧を着込んでくれたお陰で、胸を意識しなくていいことにリンドブルムは安心した。本当にあの大きな胸が気になって仕方ないのだ。
「それは私達も知りたいところだ。これをやらかした魔法使いに聞いてくれ」
「いやぁ、やらかしたって話じゃないでしょ」
 自分の笑い声をツマミにしているかの勢いで酒をあおるクラウディア。
「じゃあ何、おっぱいとか大きくなっちゃった訳? どうよ、おっぱい着いた感想は」
 笑いながら話すクラウディアにバルトロスは溜め息で返事をする。
「正直な話、女性を前に言うことではないですが邪魔で仕方ないです」
「は? 邪魔?」
「ええ、固定しないと下に引っ張られて痛いけど、固定したらしたでキツくて痛苦しいし……世の女性ってこんな大変な思いをしているんだな、と」
「ちょっろ待っれ、ちょっろ待っれ。どんだけデカくなったの?」
 少し考えた後、バルトロスは両手で球を書くように胸の前で動かす。
「このくらい、ですかね」
「ちょっろちょっろちょっろ、なにそれ見らいんらけど」
「まあ、鎧を着るのを手伝ってくれるなら構いませんけど?」
「いいよ、手伝う。だから早く鎧抜いで」
 クラウディアに急かされ、バルトロスは鎧を外し始める。
 鎧を外したとき、その果実は自由へ開放されたかのように揺れて見えた。
 クラウディアが特大の、酒臭いため息を吐く。
「自慢か、その胸は自慢か?」
 鎧を外し、胸を見せたバルトロスにクラウディアが発した最初の言葉が、それだった。
 リンドブルムの視線が二人の体を見比べる。片方が天へ続く山脈とするなら、片方はなだらかな田園地帯である。
「王子、今アタシとバルトロスの胸、見比べたでしょ」
「み、見ておらぬ。見ておらぬぞ!」
「ったく男はデッカイ胸見るとすーぐそうなんだからさ。このスケベ! ほらイルマ、アンタもなんか言っれやれ!」
「ええ、わ、ワタシですか?!」
 少し困った様子でイルマがリンドブルムを見る。
 しかし彼は感じていた。その表情に、本当に見比べてたんですか? という感情がこもっていたことを。
「しっかし、詰め物でしてんのかっれくらいの大きさだわ」
「でもこれ、本物なんですよ。ワタシ着替えの手伝いのときに触りましたけど、すっごいハリがあるんです」
「はあ? デカい上にさわり心地までいいろか何の反則、それ!」
 クラウディアの目が据わっている。間違いなく酔っているめだ。
「触らせれ」
 獣が獲物に飛び掛かるごとく、静かに、そして早くクラウディアの両手が伸びていた。
「まっ、ふぅ……ん。なんで、そんっ……あっ、触りか、た」
「うっわ、本物だ。これ本物だわ」
 バルトロスの首筋の毛が逆立つのが見える。
「ねえねえ、ちょっと触ってみなよ。バルトロス、凄いことになっちゃってるよ」
 適当に近くにいた女冒険者に声をかけ、バルトロスの胸を触らせる。
「すっご! このこがバルトロスなの?!」
「これが元男の胸? てかどうやったらここまで大きくなるの?」
「何このわがままな体! アタシの体重少し持っていけ!」
「ちょ、ちょっと、服の中に手を入れているの、誰ですか?!」
 あっという間にギルド内にいた女冒険者が集まり、バルトロスの周りに人の壁ができる。
 バルトロスはいつの間にか立ち上がらされ、人垣の中央でいいように体中を触られていた。
「な、ちょっ……どこ、さわっ」
「うっそ、本当についてない。て言うか、どうなっちゃってるの?」
「本当になくなってるの?」
「ワタシにもさわらせてよ」
「うわ、ホントだ。なくなっちゃってる」
「待ってください。誰ですベルト引っ張ってるのは! ちょっと、脱がさないでくださ、あっ、コラ!」
「おお、男じゃなくなっちゃってるわ」
 周りにいた女冒険者達が集まり、バルトロスで玩具のように遊び始める。
 遊んで入るのだがそこにはある種の団結感があり、周りにいる男冒険者達を一切近づけさせず、厚い女の壁を作り外と中が入れ代わり立ち代わりバルトロスの体に触れていく。
「うわぁ、バルトロス卿揉みくちゃにされちゃってますね……王子様、鼻血! 鼻血出てます!」
 リンドブルムにはバルトロスが何をされているのか、周りより背が高すぎるせいで見えた。初めて見る光景だった。すごかった。
 見てはいけないものを見てしまった気すらするが、その光景は刺激が強すぎた。
 何でかはわからないが、鼻血が出ていた。
「だれか、だれか布か何か持ってきてくださ……王子様! 鼻血すごい、すごいですから! 上むいて、上むいてください!」
 鼻血を垂れ流すリンドブルムと一人アタフタするイルマを置いて、女冒険者はバルトロスの体観察に勤しみ、男冒険者達はバルトロスが何をされているのか意地でも見ようとし、ギルド内はある種の混沌に包まれていた。
 その後どれだけの時間いいようにされただろう、ようやく開放されたバルトロスは着衣を直しながら一息つく。
「初めてですよ、医者以外の前でした脱がされた挙げ句、足開かされたのなんて」
「あの、なんていうか……お疲れ様、でした?」
「力の加減がわからないから、全力で振り払うことも出来ないし、本当にされるがままでしたよ」
 結局誰も着るのを手伝ってくれない鎧を一人で着ながら、バルトロスは疲れた息を吐き出す。
「で、王子はどうしたんです。椅子に座ってあんなに前かがみになって」
「途中までバルトロスさんが揉みくちゃにされてるのを見ながらすごい鼻血出してたんですけど、途中であんな感じで座って前かがみになっちゃったんですよね」
 今は女だが、同じ男としてバルトロスはすぐに察した。
「少し放っておいてあげましょう。王子には刺激が強すぎたんです」
「はあ、そうなんですか」
 結局その日はどこにも行かず、リンドブルムが動くまで一行は冒険者ギルドにとどまることになった。


 王宮の自室、寝間着に着替えたリンドブルムは疲れ切っていた。枕に顔を埋め、行き場のない感情をうめき声に変えるほど疲れていた。
 別に体を酷使したわけでも、政務で精神をすり減らしたわけでもない。ただただ、バルトロスのことで疲れていた。
 王宮に戻ったバルトロスは鎧姿からメイド服に着替えたのだが、胸が、腰が強調されているかのようにすら思えるその姿に、ギルドでのことを思い出しリンドブルムを落ち着かない気持ちにさせる。
 早く元に戻す薬ができないものかと考えていると、扉をノックする音が聞こえた。
 ほとんど投げやりのような言い方で入室を許可すると、見慣れた、だが見慣れない顔が入ってきた。
「失礼いたします。今日はもうお休みになられるということで、疲れが取れますよう、気付けの薬を持って参りました」
 バルトロスだ。
 手にした銀の盆の上には水差しとコップ、丸薬が数錠入れられた小さな皿が乗っている。
 その所作はいつもの服装であれば、男装の麗人と言っても差し支えのないものであるが、つい昨日は男だったのだ。いや、本来バルトロスは男なのだ。
「お顔がお疲れの様子です。どうぞ、お飲みください」
 リンドブルムの目の前に盆が差し出された。その向こうに見える豊満。服越しだと言うのにその向こうに深い谷間があることを想像させる。
 少しでも視線と意識をそらせようと、独特の匂いの薬を口に含み、水で一気に流し込む。
 空になったコップを渡すと、部屋から出ていくのではなく、サイドテーブルに銀色の盆を置き、リンドブルムの前に立つ。
「どうしたのだ、バルトロぅおおおっ!」
 突然押し倒された。
 天井にバルトロスの顔が重なって見える。
「王子、このまま何もしてくれないんですか?」
「は、はあぁ?」
「胸、触ってくれないんですか?」
 胸の上に心地よい圧力を感じ視線をそちらへやると、己の武骨な胸の上に柔らかな実りが触れていた。
 改めてバルトロスの顔を見る。近い、少しでも頭を起こせばキスできそうな程、近い。
「俺はこの体じゃなければ出来ないこと、色々してみたいんですけど、ね」
「いい、いいいいろいろ?!」
 耳元に口を近づけ、一言呟く。
 それは予想してた言葉であった。だが、いざ直接言われると感情と思考を狂わせる。
「王子は俺じゃ、嫌ですか?」
 最早まともな思考はできなかった。バルトロスから香る甘い香りが思考を止め、感情を高ぶらせる。
 リンドブルムの大きな手がバルトロスの肩に触れる。
 細いな、と思った。
 鍛えられていないわけではない、ただ本来のバルトロスに比べると華奢に思える体つきだ。
 頬に手をやる。
 こういう場合どうしたら良いのか、リンドブルムは迷った。
 バルトロスの顔をじっと見る。目を細め、耳を小刻みに動かすバルトロスが映る。
 その表情に幼い頃、共に遊び、学んで過ごした時の姿が思い浮かぶ。
 子供の頃は何かイタズラを考えついたとき、バルトロスはよく、こういう表情を浮かべていたものだな、と。
 イタズラ、その単語が頭に浮かんだ瞬間、リンドブルムの意識が引き戻される。
「オイ、バルトロス」
「何でしょうか、殿下?」
「そなた、遊んでおるな」
「あ、バレました」
 クスクスと笑いながらバルトロスはリンドブルムの上から降りると、ベッドサイドに腰掛ける。
「すいません、王子の反応が面白いのでつい。悪ふざけが過ぎました」
「悪ふざけが過ぎた、ではないっ! 私は危うく、越えてはならない一線を超えるかと思ったのだぞっ!」
「その心配はしてませんでしたね。王子にそんな甲斐性があったら、今頃どこぞの姫君と浮名の一つくらい流しているでしょうから」
 声を上げて笑い出すバルトロス。
「そ、そう言う事を言っているのではないっ! 万が一のことがあったら、どうするつもりだったのだっ!」
「その時はその時で、人生滅多に出来ない経験を楽しませて頂くつもりだったので、ご安心ください」
「私が安心できぬわっ!」
 体を起こし、バルトロスの横に並んで座る。
「全く、昨日今日の私の疲労は何だったのだ」
「心労をおかけしたことは、謝罪いたします。本当に申し訳ありません。でもまあ、王子がご婦人の胸に対して、非常に興味がある、ということが分かっただけでもいいのでは?」
 わざと胸を強調するような姿勢をとり、笑みを浮かべる。
「そう言うことをするな。視線のやり場に困る」
「でも、お好きなんでしょう?」
「……うむ」
 バルトロスが楽しそうな笑い声をあげる。
 リンドブルムもつられて笑っていた。バルトロスとはこういう関係が正しいのだと思い、笑った。
 二人で笑っているとノックの音が聞こえ、バルトロスはすぐに立ち上がり姿勢を正す。
「入って構わん」
「失礼致します、殿下」
「メイド長、何かあったか」
「魔法省よりバルトロス卿を元に戻す薬が完成したとのことですので、お持ち致しました」
 メイド長が一本の小瓶を差し出す。
「おお! それでバルトロスが元の体に戻れるのか!」
 リンドブルムは小瓶を受け取り、バルトロスへ渡す。
「さあ、早く試すのだ」
「畏まりました。しばしお待ち下さい」
 部屋から出ていくバルトロス。恐らく使用人用の控室へ向かったのであろう。
 暫く待つと、扉をノックする音が聞こえてきた。
「バルトロスか、入れ」
「失礼致します。ご覧ください殿下、この通り、元に戻りました」
 上着を開き、胸を見せる。厚く逞しい、男としてのバルトロスの胸だった。
「おお! 元に、元に戻れたのだな!」
「はい! 全て、きっちり、かっちり、元通りでした!」
 思わずバルトロスを抱きしめる。硬く、男性としての匂いが香油の香りにまざる。
 これだ、これがバルトロスなのだ。友人として気安く付き合える、それが彼バルトロスなのだとリンドブルムは実感した。
 そんなリンドブルムの背を、子供をあやすようにバルトロスが撫でる。
「殿下がお喜びいただけだようで幸いにございます。ではバルトロス卿、こちらを」
 メイド長が先程とは違う小瓶を取り出す。
「何ですこれは?」
「バルトロス卿の体を殿方からご婦人に買える薬です」
「何ですって?!」
「何だと?!」
 メイド長の言葉に、二人同時に素っ頓狂な声で返事を返してしまう。
「ご婦人になれるということは、殿下とご結こ」
「待て、待つのだっ! メイド長、なぜそうなるっ!」
「殿下、大きな声はいけないといつも申し上げておりますでしょう」
「す、すまぬ。いや、それは今はいい。そんなことより何故に、私とバルトロスが結婚せねばならぬのだ!」
 やれやれと言った雰囲気で、首を横に振るメイド長。
「何故にと申されましても、殿下がいつになっても恋人すらお連れにならないからでございます」
「意味がわからぬ! バルトロスは男なのだぞ、結婚できるわけがなかろう!」
「ですからその薬でご婦人になっていただくのです。ご婦人であれば、妃殿下として問題ございません」
「だ、だとしてもだ! 魔法薬で変わった体で子がなせるのか? 人と獣人とでは子がなせぬだろう!」
「それに関してはヴィルヘルミーナに聞きました。今の殿下は人の身でありますが、竜の身でもあるため試さなければわからない、とのことです」
 何を言っているのか分からなかった。リンドブルムもバルトロスも理解できなかった。訳が分からなかった。
「ですので、もし殿下に恋人が出来ない場合は、その薬をバルトロス卿に飲んでいただこうと考えております」
「いや、いや、何故そうなるのだ! 私が恋人としてご婦人を連れてくれば良い話ではないか!」
「それは、いつになるのでございますか?」
 言葉につまるリンドブルム。
「陛下も妃殿下も、もうお年でございます。何より殿下、ご自身が今年でお幾つになられたかお忘れではございませんでしょう」
 両親と年齢のことを言われると、ぐうの音もでない。
「ですので、最終手段です。身近な殿方にご婦人になっていただき、殿下の恋人となっていただきます」
「メイド長、王家に見も心も捧げて使える身ですが、何かもう色んな物捧げることになりません、俺?」
「その通りです、バルトロス卿。あなたが全てを殿下に捧げることで王家の、強いては王国の為となるのです。仕える身としてこれ以上の幸福はありませんでしょう」
 何をどこからどう言い返せば良いのか分からなかった。
「せぬ、せぬぞ! バルトロスと結婚なぞ! バルトロスは我が生涯の友であって恋人などではない!」
「では如何されるのですか、殿下?」
「つ、次だ……次の私の誕生日までに皆が認めるか否かは別にして、私の恋人を連れてくるっ! それで問題はなかろうっ!」
「そのように仰ると言うことは、ご自信があられる、と言うことで宜しいでしょうか?」
「当然だっ!」
 メイド長は息を一つ吐く。
「分かりました。次の殿下のお誕生日まで恋人をお連れすること、陛下と妃殿下にお伝えします」
「いや、待て。父上と母上にはだな」
「きっと次のお誕生日は将来の妃殿下のお披露目になります。国をあげての盛大な催しになるでしょう。では私は陛下達にこの事をお知らせしますので、失礼致します」
 満面の笑みでメイド長は礼をし、部屋から出ていってしまった。
「ば、バルトロス……どうすればいい?」
「どうするもこうするもないですよ。王子が結婚相手を見つけないと、俺と結婚です」
 二人、しばしその場に固まる。
 が、何かを思い付いたかのようにリンドブルムは着替えを始める。
「バルトロス、今すぐ旅に出る」
「は? 突然なに言ってるんですか?!」
「次の私の誕生日までに一年ないのだぞっ! まだ声をかけたこともないご婦人は国中、いや隣国にも大勢いるはず! そんなご婦人全員に声をかけていくしかないかろうっ!」
 今にも泣き出しそうな声で訴えてくるリンドブルム。
 仕方ないなと、バルトロスは旅支度の手伝いを始める。
 どうせ自分もついて行くのだし、最悪の場合は生涯の運命共同体だ。ならどんな結果になるであれ、この人について行くことにしよう。
「では王子、まずはどちらへ向かわれますか?」


 リンドブルムの一年に満たない、短くも長い旅が始まろうとしていた。
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