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22. 話さない ― 新婚旅行4日目 ―
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Side.糸(いと)
『わかりました。報告ありがとうございます、糸さん。帰国後には必ず診察を受けてくださいね』
「うん。心配かけてごめん、母さん」
ホテルのロビーで雨を眺めながら母さんと電話する。
昨日、車にひかれかけて怪我をした。
母さんにはその事実だけを伝えた。
依(より)が私の傷口に噛みついたことはもちろん、話さない。
『依さんは無事なのですね?』
「うん。今は部屋で休んでる」
**************************
Side.依
「・・・」
ベッドの上で柔らかい毛布にくるまりながら、昨日の状況を整理する。
糸ちゃんが車からアタシを守ってくれて、糸ちゃんはその時に怪我をした。
しばらくしたらパトカーの音がして、その後はホテルに戻って眠って――――
待って。おかしいよね。
パトカーの音が聞こえてからホテルに戻るまでの間、本当に何もなかった?
それともアタシ、気絶でもしてた?
いや、そんなわけない。
糸ちゃんがずっとそばにいてくれた記憶はあるんだから。
思い出せ。
「車、パトカー」
考えろ。
「音、声」
思考を止めるな。
「糸ちゃん、ママ…?」
さっきの糸ちゃんとの会話を思い出す。
『じゃあ、母さんに電話かけてくるね』
「あ…」
どうして気づかなかったんだろう。
今まで見えていた"あれら"は背景ではなく、人間だったんだって。
昨日、糸ちゃんがアタシを守ってくれた後、
"近くにいた人たち" がアタシたちを心配して、"警察" がやってきて、アタシをひきかけた "車に乗ってた人" が連れていかれて、
糸ちゃんや "周りの人たち" が警察に状況を説明して、
その後、糸ちゃんがアタシを気遣ってホテルに戻ることになったんだ。
ああ、わかった。
すべてがつながった。
何かがおかしいって感じてた。
糸ちゃんと一緒にいる時だけ、人が背景に見えていたんだから。
見えてはいたけど、ただそれだけだったんだよ。
ガチャ
「依ちゃん、戻ったよ」
糸ちゃんが電話から戻ってきた。
「…糸ちゃん」
「なに?」
「アタシ、どうして糸ちゃんママだけはわかってたんだろう」
「依ちゃ…依」
糸ちゃんは、多分ぜんぶ知ってる。
**************************
Side.糸
母さんとの電話を終えて部屋に戻ると、依は大人びた顔で訊いてきた。
直感的に質問の意図を理解する。
「ねえ、答えて?糸ちゃん」
私と一緒にいるとき、依は私以外の人間を認識できていなかった。
でも、母さんは例外だった。
その理由は、なんとなくわかっている。
けど、それを聞いて依が納得するかはわからない。
周りの人間が私を見ることすら嫌がっていた依だ。
逆上して、今度こそ私を監禁するかもしれない。
嘘をつくことはいくらでもできるけど、
「・・・」
幼さが消えた今の依には、嘘を伝えてはいけない気がした。
依と並んでベッドに座って、一緒に毛布をかぶる。
「・・・私にとって、母さんは大切な存在なんだ。
唯一の家族だった。特別な人で、私には母さんだけだった」
まだ怒らないでくれ。
「それを依は無意識に理解していたから、母さんを認識したんだと思う。
私の大切なものは、依にとっても大切なものだと思うから」
最後まで話を聞いてくれ。
「でも、今は依が家族になってくれた。
依が一番になった。信じてほしい」
「・・・」
これまでの依だったら、母親だろうが関係なくその存在を消しに行っていたかもしれない。
でも、今の依は驚くほど落ち着いている。
「依…」
本心を知りたい。
自分以外を"大切"と言われて傷つかなかったか。
自分以外のすべての人間に嫉妬していないか。
依は笑顔で眼を閉じる。
「糸ちゃんにね、プロポーズしてもらって、やっと気づいたことがあるんだ」
「…他の人を、認識できたこと?」
「違うよ。
確かに、今まで糸ちゃん以外の人のことわからなかったし、これからもよく見えないかもしれない。
でも、糸ちゃんのイチバンになってわかったの」
依が私を抱きしめる。
「最初っから、周りなんてどうでもよかった」
「・・・」
「今まで周りに気づけなかったのは、きっと周りを気にしてなかったからだし、
そのことに気づいた今でも何とも思っていないのは、やっぱり周りなんてどうでもよかったから」
依が私を見つめる。
「糸ちゃんだけいればいいの」
そして、私に口づけた。
予想外の行動に、体が硬直する。
まったく動けない。
「糸ちゃん?」
「…依がそう思っててくれて、うれしい」
「ふふっ、糸ちゃんニコニコ」
依が両手で私の頬を包む。
私の笑顔をキープさせようとしているらしい。
もっと他になかったのか?
本当に、賢いのに視野が狭い。
私のことだけを考えている依。
世界で一番 愛しい人。
でも、ごめんね、依。
私は依に隠してることがたくさんあるんだ。
今まで他人を認識できていないことを伝えなかったこと。
高校で会った時に、依が空手部の部員だけはギリギリ認識できていたこと。
無意識に包丁を手にしていること。
昨日、依が私の傷口を噛んだこと。
依の隠し事を、私が知っていること。
嘘をついているわけじゃない。隠してるだけ。
その秘密を暴いたら、私たちはもっと近づけるのかな。
『わかりました。報告ありがとうございます、糸さん。帰国後には必ず診察を受けてくださいね』
「うん。心配かけてごめん、母さん」
ホテルのロビーで雨を眺めながら母さんと電話する。
昨日、車にひかれかけて怪我をした。
母さんにはその事実だけを伝えた。
依(より)が私の傷口に噛みついたことはもちろん、話さない。
『依さんは無事なのですね?』
「うん。今は部屋で休んでる」
**************************
Side.依
「・・・」
ベッドの上で柔らかい毛布にくるまりながら、昨日の状況を整理する。
糸ちゃんが車からアタシを守ってくれて、糸ちゃんはその時に怪我をした。
しばらくしたらパトカーの音がして、その後はホテルに戻って眠って――――
待って。おかしいよね。
パトカーの音が聞こえてからホテルに戻るまでの間、本当に何もなかった?
それともアタシ、気絶でもしてた?
いや、そんなわけない。
糸ちゃんがずっとそばにいてくれた記憶はあるんだから。
思い出せ。
「車、パトカー」
考えろ。
「音、声」
思考を止めるな。
「糸ちゃん、ママ…?」
さっきの糸ちゃんとの会話を思い出す。
『じゃあ、母さんに電話かけてくるね』
「あ…」
どうして気づかなかったんだろう。
今まで見えていた"あれら"は背景ではなく、人間だったんだって。
昨日、糸ちゃんがアタシを守ってくれた後、
"近くにいた人たち" がアタシたちを心配して、"警察" がやってきて、アタシをひきかけた "車に乗ってた人" が連れていかれて、
糸ちゃんや "周りの人たち" が警察に状況を説明して、
その後、糸ちゃんがアタシを気遣ってホテルに戻ることになったんだ。
ああ、わかった。
すべてがつながった。
何かがおかしいって感じてた。
糸ちゃんと一緒にいる時だけ、人が背景に見えていたんだから。
見えてはいたけど、ただそれだけだったんだよ。
ガチャ
「依ちゃん、戻ったよ」
糸ちゃんが電話から戻ってきた。
「…糸ちゃん」
「なに?」
「アタシ、どうして糸ちゃんママだけはわかってたんだろう」
「依ちゃ…依」
糸ちゃんは、多分ぜんぶ知ってる。
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Side.糸
母さんとの電話を終えて部屋に戻ると、依は大人びた顔で訊いてきた。
直感的に質問の意図を理解する。
「ねえ、答えて?糸ちゃん」
私と一緒にいるとき、依は私以外の人間を認識できていなかった。
でも、母さんは例外だった。
その理由は、なんとなくわかっている。
けど、それを聞いて依が納得するかはわからない。
周りの人間が私を見ることすら嫌がっていた依だ。
逆上して、今度こそ私を監禁するかもしれない。
嘘をつくことはいくらでもできるけど、
「・・・」
幼さが消えた今の依には、嘘を伝えてはいけない気がした。
依と並んでベッドに座って、一緒に毛布をかぶる。
「・・・私にとって、母さんは大切な存在なんだ。
唯一の家族だった。特別な人で、私には母さんだけだった」
まだ怒らないでくれ。
「それを依は無意識に理解していたから、母さんを認識したんだと思う。
私の大切なものは、依にとっても大切なものだと思うから」
最後まで話を聞いてくれ。
「でも、今は依が家族になってくれた。
依が一番になった。信じてほしい」
「・・・」
これまでの依だったら、母親だろうが関係なくその存在を消しに行っていたかもしれない。
でも、今の依は驚くほど落ち着いている。
「依…」
本心を知りたい。
自分以外を"大切"と言われて傷つかなかったか。
自分以外のすべての人間に嫉妬していないか。
依は笑顔で眼を閉じる。
「糸ちゃんにね、プロポーズしてもらって、やっと気づいたことがあるんだ」
「…他の人を、認識できたこと?」
「違うよ。
確かに、今まで糸ちゃん以外の人のことわからなかったし、これからもよく見えないかもしれない。
でも、糸ちゃんのイチバンになってわかったの」
依が私を抱きしめる。
「最初っから、周りなんてどうでもよかった」
「・・・」
「今まで周りに気づけなかったのは、きっと周りを気にしてなかったからだし、
そのことに気づいた今でも何とも思っていないのは、やっぱり周りなんてどうでもよかったから」
依が私を見つめる。
「糸ちゃんだけいればいいの」
そして、私に口づけた。
予想外の行動に、体が硬直する。
まったく動けない。
「糸ちゃん?」
「…依がそう思っててくれて、うれしい」
「ふふっ、糸ちゃんニコニコ」
依が両手で私の頬を包む。
私の笑顔をキープさせようとしているらしい。
もっと他になかったのか?
本当に、賢いのに視野が狭い。
私のことだけを考えている依。
世界で一番 愛しい人。
でも、ごめんね、依。
私は依に隠してることがたくさんあるんだ。
今まで他人を認識できていないことを伝えなかったこと。
高校で会った時に、依が空手部の部員だけはギリギリ認識できていたこと。
無意識に包丁を手にしていること。
昨日、依が私の傷口を噛んだこと。
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