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14. 知らない顔 (後編)
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宙読(そらよみ)高校、職員玄関。
「糸(いと)さん!お待たせしました!」
背の高い体育会系の教員が『GUEST』と書かれた名札を手にして現れた。
この学校の理事長から入校許可が下りたらしい。
『備品補充の提案』という名目で潜入成功だ。
名札を受け取り、左胸に付ける。
「それでは本館をご案内します!
改めて、自分は繋(けい)と言います。よろしくお願いします!」
「こちらこそ、お願いします」
**************************
午後2時半。
繋という教員に教室棟を案内してもらう。
今は授業中らしい。
制服 黒シャツなんだ、かっこいいな。
「?」
「あ」
授業中の教室をじろじろ見ていると、一人の男子生徒と目が合ってしまった。
騒ぐな、頼む。
その生徒に向かって人差し指を口に当てて黙るように合図する。
ガタタッ ドテッ
「おいどうした!?」「大丈夫か?!」
あれ。
その男子生徒が椅子ごと倒れて教室が騒ぎに…
…無視しよう。
「何かあったんですか?」
先を歩いていた繋が異変に気付いて教室を見る。
「さあ」
**************************
広い校舎をひたすら歩いていると、やっと行き止まりに突き当たった。
目の前には大きな扉がある。
「ここはホールです。文化部の地区大会予選会場になったりもしていますが、普段は授業で使われてます。今は3年生全クラス合同の現代文の授業が行われてます!」
繋が詳細に説明する。
現代文、ということは…
「扉の大きさからして、中もきっと広いんでしょうね」
「いやあ、うちマンモス校ですから!中 見ていきます?」
この教員、私がただの業者ということを忘れてないか?
しかし、その提案を待っていた。
「はい、お願いします」
繋が扉をそっと開けて、私を大教室へ招き入れた。
中は想像以上に広い。
私が入ってきたこの扉からステージまで、100メートルくらいあるんじゃないか?
そこまでは広くないとしても、ここからではステージに立っている人の顔がわからない。
前方の座席には大勢の生徒が座り心地のよさそうな椅子に座っている。500人以上はいそうだ。
一方、ステージ上にはタブレット端末やプロジェクターを使って授業を行う教員の姿があった。
その教員がマイクを通して声を発する。
「この指示語は直前の文ではなく、前の段落全体を指しています」
声を聞いて確信する。
間違いない。
依(より)だ。
「はぁ…かっこいいなぁ、依先生」
そして、隣にいる繋の表情からすべてを理解した。
クールで、そっけなくて、笑うと可愛い人。
この教員の好きな人。
「・・・」
でもそれは、ただの好きとは何か違う表情。
「…ふーん」
「?、どうしました?」
「奥が深いですね。現代文の授業って」
**************************
放課後。
本館の備品を点検し終わり、明日に提案リストを送る約束をした。
「お疲れ様です!どうでしたか、うちの学校!」
「非常に先進的な学校だと思います。生徒も明るく、真面目そうですね」
「ありがとうございます~!」
繋は嬉しそうに笑う。
「ついでに部活も見ていきますか?
今日はバレー部の練習が休みなので、自分がまた案内します!」
私がお願いしようとしていたことを向こうから勧めてきた。
「ぜひお願いします」
「おっけいです!じゃあどこに行きます?」
「そうですね…繋先生の行きたいところでいいですよ」
「え?!」
「先生も他の部活を見る機会はあまりないと思うので」
「そ、そうですか~?じゃあ空手部行きましょう!!」
「はい」
簡単だな、こいつ。
「ちなみに糸さんは高校の時 何部だったんすか?」
「陸上競技部です」
**************************
宙読(そらよみ)高校、道場。
「いち!」
「セイ!」
「に!」
「セイ!」
おお、すごい。
道場では正拳突きの練習が行われていた。
部員は男女合わせて80人くらい?
人気だな。
「声出てない!脇開き過ぎ!腰回ってる!」
「「押忍!!」」
その部員を束ねているのが、依。
空手着姿なんて初めて見た。
それに、メリハリのある声、鋭い指摘、厳しい表情。
私の前で甘えるいつもの依とは別人だな。
「すごいですね、空手部」
繋に話しかける。
「・・・」
?、返事が返ってこない。
さっきまであんなにおしゃべりだったのに。
「・・・」
繋の顔を見ると、無表情だった。
自分の好きな人を見る顔をしてない。
こいつは何を見てる…?
「繋先生」
「っ!な、なんでしょう?」
肩をたたくと、やっと私の言葉に反応した。
「空手部、強いんですね」
「ああ、はい!今年も全国大会出場決定ですから!
彼ら入学前は無名だったのに、依先生が教えたらメキメキと力をつけて~」
「そこ!私語厳禁!!」
「え!?」
「・・・」
おしゃべりめ。
繋の言葉を聞いた依が、こちらに注意してきた。
「いと、ちゃん…?」
**************************
「…10分休憩後、各自なわとび開始!部長、副部長、しばらくお願い」
「「押忍!!」」
依が部員に指示を出してこちらに向かって走ってくる。
「依先生!先ほどの私語、失礼しま―――」
「いとちゃーん!!」
「おっと」
依が抱き着いてきた。
繋と空手部員が驚いている。
「なんで糸(いと)ちゃんが学校いるの??」
「仕事だよ」
「そっか~、お仕事か~。ふふっ」
もう少し疑問を持て。
抱き着いた依は私から離れようとしない。
「い、糸さんって、依先生と知り合いだったんすか?」
「いいえ」
「えぇ…?」
知り合いなんかじゃない。
恋人同士だ。
「糸ちゃん。いとちゃ~んっ」
一緒に住んでて毎日顔を合わせてるのに、どんだけ嬉しいんだよ。
「依ちゃん先生、めっちゃ女の子してる…」
「何あの乙女!」
「依ちゃんかわい~!」
「てかあの人誰?」
「俺たちの依ちゃんが取られる~!」
部員はこちらの様子に釘付けみたいだ。
"依先生" のこんな姿を見たことがないんだろう。
隣で唖然としているこの教員も。
「私、そろそろ帰るから」
「えー!やだやだぁ!一緒に帰る~!」
子供か。
「依ちゃん先生、完全に高校生」
「あれ彼氏と一緒に帰りたい彼女じゃん」
ほら、部員たちに好き勝手言われてるぞ。
「依先生、今日は糸さんに宙読をご案内していまして―――」
「糸ちゃんも空手やる?」
「・・・」
繋の言葉を無視するように、依は私に話しかける。
こいつ、また周りのこと見えてない。
さっきまで100人近い部員の練習を細かく見ていたとは思えないほど、視野が狭い。
でも、私のところに駆け寄って来る前に、依は空手部に休憩やなわとびの指示を出していた。
もしかして、本当はちゃんと周りの人を認識できるんじゃ…
「…依ちゃん、学校ではクールでかっこいいんだね」
「ん?」
「授業とさっきの練習見てたけど、厳しくて堂々としてた」
「?」
「家ではいつもニコニコしてるのにね」
「??」
「・・・」
話が通じないようだ。
どうやら周りが見えていないだけじゃなく、自分のこともさっぱり見えていないらしい。
本当に、私だけなんだ。
「糸ちゃん?」
「依、やっぱり先に帰ってるよ」
「待って!」
依に呼び止められる。
「糸ちゃん、うれしくないの?せっかく学校でも会えたのに」
「そんなわけない。すごくうれしいよ」
「でも…」
「ほら、もう帰るから」
「・・・」
私は依から離れる。
この時、依の異変に気付いていればよかったんだけど。
「繋先生」
「・・・」
「私、そろそろ帰りますね」
「・・・」
繋はまた静かになった。
道場に入った時とは違う、わかりやすい理由で黙り込んでいる。
「今日はご案内ありがとうございました。それでは、失礼します」
放心状態の繋を置き去りにして、私は道場を出た。
**************************
車を出して、宙読高校を後にする。
今日は学校での依を知ることができた。
それと、依の周りの人間も。
「依はモテモテだなぁ」
私以外の人間と接する依の様子を見て、本当に私以外には興味がないんだとわかった。
学校では "クールで、そっけなくて、笑うと可愛い" んだもんね。
だから、依の外での表情を見るのは初めてだった。
私は依に好かれているから、"好きじゃない人" に向ける顔なんて知らなかった。
でも、どんな依もやっぱり可愛いよ。
「免許 持っててよかった」
あいつらは永遠に知ることはないんだろうな。
依の本性も。
依の心からの笑顔も。
「糸(いと)さん!お待たせしました!」
背の高い体育会系の教員が『GUEST』と書かれた名札を手にして現れた。
この学校の理事長から入校許可が下りたらしい。
『備品補充の提案』という名目で潜入成功だ。
名札を受け取り、左胸に付ける。
「それでは本館をご案内します!
改めて、自分は繋(けい)と言います。よろしくお願いします!」
「こちらこそ、お願いします」
**************************
午後2時半。
繋という教員に教室棟を案内してもらう。
今は授業中らしい。
制服 黒シャツなんだ、かっこいいな。
「?」
「あ」
授業中の教室をじろじろ見ていると、一人の男子生徒と目が合ってしまった。
騒ぐな、頼む。
その生徒に向かって人差し指を口に当てて黙るように合図する。
ガタタッ ドテッ
「おいどうした!?」「大丈夫か?!」
あれ。
その男子生徒が椅子ごと倒れて教室が騒ぎに…
…無視しよう。
「何かあったんですか?」
先を歩いていた繋が異変に気付いて教室を見る。
「さあ」
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広い校舎をひたすら歩いていると、やっと行き止まりに突き当たった。
目の前には大きな扉がある。
「ここはホールです。文化部の地区大会予選会場になったりもしていますが、普段は授業で使われてます。今は3年生全クラス合同の現代文の授業が行われてます!」
繋が詳細に説明する。
現代文、ということは…
「扉の大きさからして、中もきっと広いんでしょうね」
「いやあ、うちマンモス校ですから!中 見ていきます?」
この教員、私がただの業者ということを忘れてないか?
しかし、その提案を待っていた。
「はい、お願いします」
繋が扉をそっと開けて、私を大教室へ招き入れた。
中は想像以上に広い。
私が入ってきたこの扉からステージまで、100メートルくらいあるんじゃないか?
そこまでは広くないとしても、ここからではステージに立っている人の顔がわからない。
前方の座席には大勢の生徒が座り心地のよさそうな椅子に座っている。500人以上はいそうだ。
一方、ステージ上にはタブレット端末やプロジェクターを使って授業を行う教員の姿があった。
その教員がマイクを通して声を発する。
「この指示語は直前の文ではなく、前の段落全体を指しています」
声を聞いて確信する。
間違いない。
依(より)だ。
「はぁ…かっこいいなぁ、依先生」
そして、隣にいる繋の表情からすべてを理解した。
クールで、そっけなくて、笑うと可愛い人。
この教員の好きな人。
「・・・」
でもそれは、ただの好きとは何か違う表情。
「…ふーん」
「?、どうしました?」
「奥が深いですね。現代文の授業って」
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放課後。
本館の備品を点検し終わり、明日に提案リストを送る約束をした。
「お疲れ様です!どうでしたか、うちの学校!」
「非常に先進的な学校だと思います。生徒も明るく、真面目そうですね」
「ありがとうございます~!」
繋は嬉しそうに笑う。
「ついでに部活も見ていきますか?
今日はバレー部の練習が休みなので、自分がまた案内します!」
私がお願いしようとしていたことを向こうから勧めてきた。
「ぜひお願いします」
「おっけいです!じゃあどこに行きます?」
「そうですね…繋先生の行きたいところでいいですよ」
「え?!」
「先生も他の部活を見る機会はあまりないと思うので」
「そ、そうですか~?じゃあ空手部行きましょう!!」
「はい」
簡単だな、こいつ。
「ちなみに糸さんは高校の時 何部だったんすか?」
「陸上競技部です」
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宙読(そらよみ)高校、道場。
「いち!」
「セイ!」
「に!」
「セイ!」
おお、すごい。
道場では正拳突きの練習が行われていた。
部員は男女合わせて80人くらい?
人気だな。
「声出てない!脇開き過ぎ!腰回ってる!」
「「押忍!!」」
その部員を束ねているのが、依。
空手着姿なんて初めて見た。
それに、メリハリのある声、鋭い指摘、厳しい表情。
私の前で甘えるいつもの依とは別人だな。
「すごいですね、空手部」
繋に話しかける。
「・・・」
?、返事が返ってこない。
さっきまであんなにおしゃべりだったのに。
「・・・」
繋の顔を見ると、無表情だった。
自分の好きな人を見る顔をしてない。
こいつは何を見てる…?
「繋先生」
「っ!な、なんでしょう?」
肩をたたくと、やっと私の言葉に反応した。
「空手部、強いんですね」
「ああ、はい!今年も全国大会出場決定ですから!
彼ら入学前は無名だったのに、依先生が教えたらメキメキと力をつけて~」
「そこ!私語厳禁!!」
「え!?」
「・・・」
おしゃべりめ。
繋の言葉を聞いた依が、こちらに注意してきた。
「いと、ちゃん…?」
**************************
「…10分休憩後、各自なわとび開始!部長、副部長、しばらくお願い」
「「押忍!!」」
依が部員に指示を出してこちらに向かって走ってくる。
「依先生!先ほどの私語、失礼しま―――」
「いとちゃーん!!」
「おっと」
依が抱き着いてきた。
繋と空手部員が驚いている。
「なんで糸(いと)ちゃんが学校いるの??」
「仕事だよ」
「そっか~、お仕事か~。ふふっ」
もう少し疑問を持て。
抱き着いた依は私から離れようとしない。
「い、糸さんって、依先生と知り合いだったんすか?」
「いいえ」
「えぇ…?」
知り合いなんかじゃない。
恋人同士だ。
「糸ちゃん。いとちゃ~んっ」
一緒に住んでて毎日顔を合わせてるのに、どんだけ嬉しいんだよ。
「依ちゃん先生、めっちゃ女の子してる…」
「何あの乙女!」
「依ちゃんかわい~!」
「てかあの人誰?」
「俺たちの依ちゃんが取られる~!」
部員はこちらの様子に釘付けみたいだ。
"依先生" のこんな姿を見たことがないんだろう。
隣で唖然としているこの教員も。
「私、そろそろ帰るから」
「えー!やだやだぁ!一緒に帰る~!」
子供か。
「依ちゃん先生、完全に高校生」
「あれ彼氏と一緒に帰りたい彼女じゃん」
ほら、部員たちに好き勝手言われてるぞ。
「依先生、今日は糸さんに宙読をご案内していまして―――」
「糸ちゃんも空手やる?」
「・・・」
繋の言葉を無視するように、依は私に話しかける。
こいつ、また周りのこと見えてない。
さっきまで100人近い部員の練習を細かく見ていたとは思えないほど、視野が狭い。
でも、私のところに駆け寄って来る前に、依は空手部に休憩やなわとびの指示を出していた。
もしかして、本当はちゃんと周りの人を認識できるんじゃ…
「…依ちゃん、学校ではクールでかっこいいんだね」
「ん?」
「授業とさっきの練習見てたけど、厳しくて堂々としてた」
「?」
「家ではいつもニコニコしてるのにね」
「??」
「・・・」
話が通じないようだ。
どうやら周りが見えていないだけじゃなく、自分のこともさっぱり見えていないらしい。
本当に、私だけなんだ。
「糸ちゃん?」
「依、やっぱり先に帰ってるよ」
「待って!」
依に呼び止められる。
「糸ちゃん、うれしくないの?せっかく学校でも会えたのに」
「そんなわけない。すごくうれしいよ」
「でも…」
「ほら、もう帰るから」
「・・・」
私は依から離れる。
この時、依の異変に気付いていればよかったんだけど。
「繋先生」
「・・・」
「私、そろそろ帰りますね」
「・・・」
繋はまた静かになった。
道場に入った時とは違う、わかりやすい理由で黙り込んでいる。
「今日はご案内ありがとうございました。それでは、失礼します」
放心状態の繋を置き去りにして、私は道場を出た。
**************************
車を出して、宙読高校を後にする。
今日は学校での依を知ることができた。
それと、依の周りの人間も。
「依はモテモテだなぁ」
私以外の人間と接する依の様子を見て、本当に私以外には興味がないんだとわかった。
学校では "クールで、そっけなくて、笑うと可愛い" んだもんね。
だから、依の外での表情を見るのは初めてだった。
私は依に好かれているから、"好きじゃない人" に向ける顔なんて知らなかった。
でも、どんな依もやっぱり可愛いよ。
「免許 持っててよかった」
あいつらは永遠に知ることはないんだろうな。
依の本性も。
依の心からの笑顔も。
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