この人以外ありえない

鳳雛

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13. 知らない顔 (前編)

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井場(いば)化学工業薬品、Z 室。

「それじゃあ糸くん、申し訳ないけどよろしくねぇ」
「いえ、全然大丈夫です」
私はいつもこの総務部で雑用をしている。
施設・設備・備品の管理、来客対応、社内イベントの企画・運営、その他何でも。
だから O 室(営業部、広報部、宣伝部)のように、普段から外に出ることも部外者と直接かかわることもない。
けど、今日は久しぶりに外に出る。

配送を委託している業者が定休日の場合は、今日みたいに自社で薬品の運送を行うことになっている。
その運送を任されるのは、マニュアルや中型の免許を持っている Z 室の社員。
つまり私一人だ。
「プール消毒用塩素とグラウンド用石灰ですね」
「そうそう!届け先は宙読(そらよみ)高校だよ」
「宙読?」
それって…
「学校とか懐かしいよね~」
「…そうですね」
「!、ね、そうだよね!」
「やあ糸くん! これから配送に行くんだって?」
課長が来た。
「お疲れ様です。はい、これから出ます」
「そうか~。今日は直帰していいからね!
車もそのまま持って帰って、明日の出勤時に車庫入れとけばいいから」
「わかりました」
明日は車出勤か、贅沢だな。
…業務用のバンだけど。
「それにしても悪いねぇ、糸くん。
キミのような優秀な社員にこんな雑用をお願いしてしまって…」
「いえ、全然」
雑用はいつものことだ。
むしろ他に免許保持者がいないんだから、これは私にしかできない貴重な仕事だ。
「パワハラじゃないからね!」
「わかってます。それでは、行ってきます」
課長と仕訳担当の人に挨拶をして車庫に向かう。

「糸くん、今日もクールだな~」
「え、そうなんです?」
「そう。毎日 顔色ひとつ変えずに僕のボケをスルーしてくれるよ~…」
「でもさっき笑ってましたよ?」
「え?」
「え?」

**************************

午後2時。
守衛から入校許可証を受け取って宙読高校に入る。
たまに依を迎えに来てるけど、学校の中に入るのは初めて。
私立だから校舎は綺麗だし、規模も大きい。
こんな都市の中に広い校舎だけじゃなく運動施設もある。
体育館なんかいくつあるんだってくらいある。
駐車場も広い。
アミューズメント施設か。

「こんにちはー!」
どこに駐車しようか考えていると、校舎から人が出てきた。
車の窓を開ける。
「どうも!自分は宙読高校の教員です!」
背の高い体育会系の教員が爽やかに挨拶してきた。
「こんにちは。井場化学工業薬品です」
車を降りて名刺を差し出す。
「ああ!今日消毒剤と石灰を届けにいらっしゃるって聞いていました!
第2グラウンドとプールに運んでもらいたいと思います!自分が案内します!」
「わかりました、それでは助手席に乗ってください」
教員を助手席に乗せて車を発進させる。

「え!糸さんって女性なんです?!」
「はい」
徐行でプールに向かいながら車内で教員と話をしていた。
「かっこよくてわかんなかったっすよ~」
この教員、よくしゃべる。
「自分はバレー部の顧問で~
体は丈夫なのに病院通いで~」
プールはまだか。
「なんか糸さん、あの人に似てます」
「あの人?」
「うちの教員で、自分の隣の席にいる人っす!髪は糸さんより長くて背も低いっすけど」
どこが似てるんだ。
「クールなところがそっくり!」
「その教員、無口なんですか?」
「はい~、自分が話しかけてもそっけない感じで~」
塩対応されてるはずなのに、なんだその笑顔。
「でも、笑うと可愛いんすよ~」
デレデレかよ。
「笑ったところ一瞬しか見たことないっすけど!!」
・・・。
「好きなんですね。その人のこと」
「な…!// 糸さんってば!うちの生徒みたいにからかうのやめてくださいよ~!!!」
本当によくしゃべる。

「着きました!ここです!」
プール付近に駐車して消毒用塩素を降ろす。
隣にグラウンドがあるので石灰もついでに降ろす。
これで仕事は完了だ。
「先生」
今日は直帰していいんだっけ。
「はい!」
それなら、
「学校の中、見学させてもらってもいいでしょうか?」
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