この人以外ありえない

鳳雛

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5. 時間を奪った罰

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宙読(そらよみ)高校、夕日が差し込む放課後の空き教室。

「依(より)先生、好きです」
「・・・」

依は男子生徒に告白されていた。
「ごめんなさい、その気持ちには応えられない」
答えはもちろんこれだ。

依は告白されることに慣れている。
端正な顔立ちでスタイルもよく、小柄でかわいらしくもある。
性格も温厚…で、空手が強いというギャップまで備えている。
放っておくなという方が無理だ。
中学、高校、大学とモテ続けてきたが、それは社会人になってからも続いている。

「それじゃあ、また明日」
依は部活の無い日はすぐに帰宅する。
たとえ部活がある日でも帰りを急いでいる。
「ま、待ってください!」
依が教室を去ろうとしたとき、その男子生徒が依の手首を掴んできた。
「・・・」
依は思案する。
依であれば、この手を振り払うことは簡単だ。
しかし、相手は生徒ということで多少のためらいがある。
そこで話し合うことにした。
「手、放してもらえる?帰りたいんだけど」
教師としてもこれが正解だと依は思った。
「いや、放さないね」
「っ」
男子生徒の顔色が変わって手首を掴まれる力がぐっと強くなった。
「おい、入ってきていいぞ」
その生徒の合図で、教室に複数の男子生徒が入ってきた。
依は教室の外に生徒がいたことに気づいてはいたが、告白の応援か野次馬だと思って見過ごしていた。

ガチャ

空き教室に鍵をかけられた。
男子生徒複数人に対して背の低い女性教師1人。
彼らの目的は依の体だった。

「今まで指くわえてみてたんだよ、依せんせぇ」
「ブククっ、あの体がもう目の前に…」
「国語の授業の時いっつも黒板の上の方に手が届かなくて、そんで背伸びしてるときの体のラインが…」
「ああ、あれはエロいよな!」
聞くに堪えない下賤な言葉が依の耳に入ってくる。
依は非常に不快そうだが、彼らの発言に対してそう思っているわけではない。
今日はもう早く帰ることができないとわかったからだ。
「あー?依ちゃん全然ビビってないじゃん」
「叫んだっていいんだよ?誰も来ないから!!」
「てかビビるどころか、怒ってもない?」
「もしかして依ちゃんったらレイプ願望あり~?!」
ギャハハハハハ!!
「マジかよ依先生!こんなにかわいい顔して頭ん中ド変態なわけぇ?!」
「ちょ~そそる!」
「まぁ依ちゃん先生って若いしな。そーゆーことに飢えてるんじゃん?実際」
「なぁ、もういいだろ?はぁ、はぁ」
「ああ、やっちまおうぜ…!!」
グイッ
一人の男子生徒が依の服を脱がしにかかったその時、

ガタガタ、ガッシャーン!

「「!?」」
「?」
誰かがドアを蹴破って、事態が起こる寸前の教室に入ってきた。
「お前ら、依先生に何してるんだ」
夕日がその正体を照らす。
「繋(けい)先生…」
その人物は、依の同僚である繋だった。
「やっべ」
「こいつ今日 通院じゃなかったのかよ」
「よ、よぉ繋せんせー!これは補習だよ補習!」
「そうそう!古文の!」
「教室に鍵をかけてか?
それに、男子生徒複数人が先生を取り囲んで、一人は手首を掴んで一人は服を掴んでいるこの状況、とても補習をしていたようには見えないな」
「っ…」
繋が依と男子生徒たちに近寄る。
「依先生から離れろ、今すぐ!」
「くっ…おい、こいつやっちまえ!」
「おう!」
2人の男子生徒が繋に向かって駆け出した。
繋を力ずくで黙らせて予定通り依を犯すつもりなのだ。
「くたばれ!!」
「来い…!」
繋が応戦しようとした瞬間―――

「おえぇええ!!」
「いっでぇええ!!」
「ぐはっ!ああああ!!!」

聞こえてくるはずのない叫び声が次々に上がっていた。
「なっ…」
「嘘だろ…」
繋を襲おうとした2人の生徒は唖然とする。
「え…」
繋も同じく、その光景を見て思考が止まる。
「・・・」
依が、背の低い女性教師が、自分の周りにいた男たち全員を床に転がしていたのだ。
「…さて、保護者呼ぼっか。ああ、警察の方がいいかな?」
ためらいが消えた声で問いかけながら、依は残りの2人に近づいていった。

******************************

「それでは、彼らは全員 退学処分にします」
宙読高校、理事長室。
あの後、依と繋はここに来て先ほど起こったことを理事長に報告した。
依を襲った生徒たちは理事長の判断で退学となるようだ。
「依先生、さぞかし恐ろしい思いをしたことでしょう。申し訳ありません」
「いえ、理事長が謝ることではありません」
「いや、本当に…繋先生も、危ない目に合わせてしまいました」
「い、いえ!自分は何も!それより彼ら…」
「はい、彼らも"事故"で怪我を負ったようですが、それも彼らが招いたことです。
さあ、今日はお疲れでしょう。また明日に報告書等を作成しますので、ご協力よろしくお願いします」
「承知しました。失礼します」
「し、失礼します!」

依と繋は理事長室を出て職員室で帰り支度をする。
もう夜は更けており、他の教員は誰も残っていなかった。
依と繋は机が隣同士なので、並んで荷物をまとめる。
「あの、依先生」
「はい」
「すみませんでした。
渡り廊下からあの教室が見えて、そこにいた依先生の様子がおかしいのに気づいて助けに行ったのに、何もできなくて…」
「いいんですよ」
「・・・」
繋は空き教室での出来事を思い返す。
繋は当然、依が空手をやっていることを知っている。

しかし、だからと言って、誰があのようなことをすると想像できただろうか。

「繋先生、早く帰りましょう」
「…はい!」
目の前の美女は、人間の骨を素手で折っていたのだ。
一人ひとり、涙を流して許しを請う人間に対して、本来曲がるはずのない方向に、ゆっくり、ゆっくりと…
そんな異様な光景を忘れろという方が無理だ。

その時の彼女の表情は、
「こんな時間まで学校にいたの初めてです」
「・・・」
西日の逆光で 繋には見えなかった。
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