Hollow Faker ─偽造者─

karmacoma

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第七話 終焉

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 衆議院本会議場を出た第一小隊だったが、外で監視に当たっていた筈の第二小隊の姿がどこにも見当たらない。窓の外を見たが、降下してくるはずの第一空挺団の姿もなく、静寂の中に夕闇が落ちようとしていた。達也は不審に思い、不破に肩を貸しながら背後にいる高部に声をかけた。

「高部さん、無線で第二小隊の現在地確認をお願いします」

「了解しました」

 高部は背中に背負ったFC netを起動し、KU回線で各部隊に呼び掛けた。

「こちら第一小隊、第二小隊及び各部隊応答せよ、送れ。繰り返す、各部隊状況を知らせよ、送れ!...隊長だめです、応答がありません!」

「そんな...一体どこへ消えたんだ?!」

 すると両脇を支えられた不破が、吐息を漏らすように力なく答えた。

「へへ...タッちゃん気にするな、こちらの任務の方が優先だ。先を急ごう」

「しかし不破さん、このまま放っておくわけには...」

「いいんだ。大丈夫、彼らは無事だ。俺達は俺達の成すべき事をする、それだけだ。さ、行こうタッちゃん」

「...分かりました、そこまで仰るなら」

 そして第一小隊は周囲を警戒しながら、国会議事堂中央塔へと辿り着いた。

 中央広間から中央階段を上った先に、御休所へと続く漆塗りの扉があった。ドアノブ・錠共に古めかしい金メッキが施されており、不破を心配して先頭に立った真希が重厚な扉を開けた。室内は広く、天井も5メートル程の高さがある。

 床には絹緞通の美しい絨毯が敷き詰められており、天井からは水晶であしらわれた豪華なシャンデリアが煌々と室内を照らし出していた。壁・扉共に総檜造りの本漆塗で、天井の格間にも一面に錦織が張り巡らされている。正に当時の建築・工芸の粋を結集したであろう、華麗な造りであった。

 その部屋の中心やや右寄りに、ポツンと木造りの机と椅子が置かれている。達也とアキラに両脇を支えられた不破をその椅子の上に降ろして座らせ、隊員たちが全員部屋の中に入ると扉を閉めた。不破は隊員たちに指示する。

「この部屋のどこかに、地下へと通じる隠し通路があるはずだ。みんな探してみてくれ」

 しかしそうは言っても机と椅子以外は伽藍洞の部屋であり、特に怪しい箇所は見当たらない。止む無く隊員達は壁や天井・床を見渡して部屋の隅々を調べて回った。しばらくすると部屋の左隅にいた御子柴が何かを見つけたらしく、達也に声をかける。

「隊長!恐らくこれじゃないですかね?」

 達也は歩み寄って御子柴の視線を追うと、ほんの僅かではあるが絨毯の一部が不自然に盛り上がっている箇所があった。達也は足で踏み、その感触を確かめる。

「絨毯をめくってみよう。御子柴隊員、手伝ってくれ」

「気をつけてください、罠かも知れませんぜ」

 二人は絨毯の角を持つと、慎重にゆっくりと絨毯をめくり上げた。するとそこには、床を支える寄木に上手くカモフラージュされているが、木製の扉らしき切れ目が現れた。引き込み式の金属製取っ手があり、床の切れ目を見ると縦1.5メートル・横3メートルほどの広さを持つ大きな扉だ。

 達也はその取っ手を握るとゆっくり上に引き上げ、腰に力を込める。施錠はされておらず、扉はいとも簡単に開いた。中を覗き込むと、コンクリート製の下り階段が伸びている。先が暗くて見えなかった為、達也は胸に差したL字型のサーチライトを奥に向かって照らした。

 かなり奥まで階段が伸びており、下から風が僅かに吹き上がってきている。達也は立ち上がり、椅子に座る不破に歩み寄った。

「不破さん、入り口を見つけました」

「よし。悪いタッちゃん、また肩貸してくれ」

「はい」

 不破の左肩を支えて立ち上がらせると、達也は皆に指示した。

「これより地下へと向かう。各自マップを確認しつつ周囲の警戒に当たれ!不破さんは俺が連れて行く。アキラ君、御子柴隊員、二人は先導してくれ」

『了解!』

 そして第一小隊は謎の地下へと侵入した。四方を壁に囲まれた打ちっぱなしの地下通路で、折返し型の階段が延々と下まで続いている。息の詰まる狭い通路の中、隊員達はサーチライトを照らして黙々と用心深く進む。

 そうして100メートルは降りただろうか。階段が終わり地面に着くと、急に視界が開けた。目の前に、横幅12メートル・高さ7メートル程のトンネルが姿を見せた。

 壁の両脇には20メートル間隔程で蛍光灯が設置されており、天井には航空障害灯にも似た赤いランプがポツポツと通路を照らしている。

 達也は左耳に手を乗せて広域マップを開き、現在地を確認した。かなり入り組んだ地下通路のようで、周辺地図を見るだけでも相当な広さを持つ事が伺えた。目的地を示す青いナビゲーションの導線が北西に向かって伸びている。

「不破さん、この導線の通りに進めばいいんですね?」

「はぁ、はぁ...そうだ、そのナビゲーションに従えば、研究所に着く」

 息の上がった不破を見て、真希が心配そうに声をかけた。

「連隊長、痛みますか?少し包帯を緩めましょう」

「い、いや真希隊員、大丈夫だ。このままでいい、先を急ごう」

「でも...少し休んだ方が...」

「大丈夫だと言っている!!...いてて、あまり大声出させんなよなぁ?ヤバくなったらちゃんと言うからさぁ...な、真希隊員」

 優しく微笑んで返す不破の顔を見て、真希は仕方なく頷いた。

「わ、分かりました、そこまで言うなら」

「いい子だ。タッちゃん、行くぞ」

「了解」

 そして第一小隊はトンネルの奥に向けて出発した。物音一つしない静まり返った通路をサーチライトで照らしながら、一歩一歩進んでいく。左折と右折を繰り返しながら、部隊は着実に北西方向へと進路を取った。

 敵を示す赤いシグネチャーも表示されないまま、軽く3、4キロは歩いただろうか。僅かに空調のような低周波のルームノイズが聞こえてきた。先へ進むに連れて、その音は次第に大きくなっていく。達也に支えられながら、不破は道の先を指差した。

「あ、あそこの角を右折して真っ直ぐ進んだところだ」

「了解。アキラ君、先行してくれ」

「OK」

 100メートル程進んだ先の曲がり角まで走り、アキラはそっと顔半分を出して先を覗いた。するとアキラは左手の握りこぶしを掲げ、(待て)のハンドサインを出した。隊員達は片膝を付き、銃を構える。達也はインカムに向けて確認した。

『アキラ君、どうした?』

『兄さん、道の先に扉がある。行き止まりだ、距離およそ200メートル』

『敵の姿はあるかい?』

『いや、それはない。ただあの扉の先に敵がいたら、逃げ場はないぜ。どうする?』

『少し待って。不破さん、ここが研究所で間違いないですね?』

「そうだ。安心しろ、中に敵はいない」

「...どうしてそれが分かるんですか?」

「行けば分かるさ。達也三佐、先へ進むぞ」

「了解」

 第一小隊は前進し、遂に研究所と思われる扉の前に来た。分厚い鉄製の扉で、鉄格子の向こうから光が漏れている。達也がドアノブに手を触れた瞬間、(バシュン!)とエアロックの解除されるような音が聞こえた。

「アキラ君、不破さんを頼む」

 不破の体をアキラに託し、達也はミニミを構えながらゆっくりとドアノブを回して、扉を開けた。

 その先は直線の廊下と、一面真っ白な壁に覆われていた。まるで病院の中のように無機質な通路である。ツンとアルコール消毒液のような香りが達也の鼻孔を突いた。

 達也が進む後ろを、不破とアキラ・第一小隊隊員達が後に続く。しばらく通路を進むと、左手に大きな窓ガラスが見えてきた。達也は音を立てないよう近づき、そっとガラスの向こうにある部屋を覗く。

 するとそこには、メガネをかけてビニールキャップをかぶり、口にマスクをした白衣姿の男が二人いた。実験室のような室内で、目の前に何十本と並ぶ試験管の液体をスポイトで吸い上げ、別の試験管に移すという何かの作業を行っている。

 そのガラスの手前には、室内へ入るためのドアがあった。そしてふと、その白衣の男は顔を上げて廊下に立つ達也に気づいた。達也は咄嗟にミニミを構えるが、白衣の男は全く動揺する素振りを見せない。それどころか、達也を見てニッと笑い、笑顔を見せたのである。

 それを見た達也は実験室の扉を開けて、中へと押し入った。

「動くな!!両手を頭の上に乗せて跪け!!妙な真似をすれば即座に発砲する!」

 銃口を向けた達也の警告を聞いたにも関わらず、中にいた白衣の男二人は気にする様子もなく作業を続けながら、達也を平然と見返していた。そして試験管から手を離すと、達也に向き直った。

「やあ、よく来たね。待っていたよ」

「待っていた?それはどう言う...」

「君達、博士の知り合いだろう?博士なら奥の部屋だ。挨拶してくるといい」

 そう言うと、白衣の男二人は何事もなかったかのように、また作業へと戻っていった。訳のわからない対応を受け、達也は向けていた銃口を外した。

 部屋の外へと出た達也を、アキラに寄りかかる不破が待ち構えていた。

「へへ、言ったろタッちゃん。ここに敵はいない。間違っても撃つなよ」

「不破さん、これは一体どういう事ですか?!ここは一体どこなんですか?教えてください!」

「もっと奥に行こう。自分の目で確かめるといい」

 達也達は更に廊下の奥へと進んだ。そして今度は右側の壁面にガラスがあり、その部屋の中を除き込んだ達也と隊員達は愕然とした。

 手術室のような室内では無影灯が照らされ、手術台の上には顔面蒼白な人間が開腹手術を受けていたのである。脇に吊るされた点滴には、白い液体が満たされていた。

 そして開腹手術のみならず、頭蓋骨の上半分が切り取られ、大脳が完全に露出した状態だった。その脳には何十本もの電極が刺さっており、どんなに贔屓目に見ても何かの人体実験としか思えなかった。

 しかし達也は気づいた。開腹された内臓が人間のそれではなく、無機質なホースで繋がれた人工臓器だった事に。そう、バイオロイドを殺した時に何度も目にした、あの白い血液の流れる臓器だったのである。

 そしてその手術台の奥には、冷凍保存されたようなカプセルの中に横たわる、数十体の人間と思しき者が眠りについていた。

 達也は混乱していた。何故不破は自分をこんな所へ連れてきたのだろうか。

「不破さん、ここはバイオロイドの研究所なのですか?」

「そうだよ。但し俺たちに襲いかかってきたバイオロイドとは違う、もっと別種のものを取り扱う研究施設だ」

「別種ですって?」

「会わせたい人がいる。この奥を左に曲がった部屋だ。ついてきてくれ」

 アキラに支えられながら不破が進む中、達也はその背中を追った。何故国会議事堂の下にこんな施設があるのか、企業と政府は一体何を考えてバイオロイドを地下で研究してたのか?

 そこに意味などないのかも知れない。何故ならこれは映画だ。これが真の結末だと言うのなら、しかとこの目で見てやろうと達也は気持ちを切り替えた。

 左折してすぐ右側の部屋にアキラと不破は入った。そこには雑多な書類が机の上に散らばり、奥には診察台がある。その手前のリクライニングチェアに、年齢不詳な一人の美しい女性が座っていた。黒髪を肩まで伸ばし、緩いウェーブのかかったミディアムロングの髪型に黒縁のメガネをかけ、切れ長の目に高い鼻が異国情緒を漂わせる。

 白衣をまとったその女性は不破と達也達の姿を見ると、リクライニングチェアから立ち上がった。

「...遅い!どこで道草食ってた!!」

「へへ...色々あってな、悪いねぇ」

「全く...何あんたその肩、怪我してるの?」

「ああ。このタッちゃんに撃たれちまってよぉ、ヘヘ」

 それを聞くと、白衣の女性は達也を睨みつけた。

「はぁ?!あんたが撃っただあ?!」

「いえ!!その、不可抗力でして!申し訳ありません!!」

「...んー、まあいいわ。樹、服とアーマー脱いで。診察台に横になりなさい」

「はいよ」

 右腕が動かせない不破のアーマーを達也は取り外し、キツく巻かれた包帯を解いてシャツを脱がせ、診察台に寝かせた。その傷口を女性はまじまじと眺める。

「ん、弾は貫通してるね。縫合すれば治るっしょ。麻酔打つから楽にしてな」

 その女性は針と縫合糸を用意し、傷口周りをアルコールで消毒すると、麻酔を手早く打つ。そして慣れた手付きで肩の前と後ろに開いた銃槍を、十分もかからずに縫い上げてしまった。絆創膏を貼り女性は腰を上げる。

「はい終わり!傷が塞がるまで派手に動くんじゃないよ」

「ああ、助かったぜ姉ちゃん」

『姉ちゃん?!』

 それを聞いていた隊員達の口から、驚愕の声が上がった。不破が上体を起こし、皆の顔を見渡す。

「タッちゃん、皆にも紹介する。俺の姉貴の不破 竜姫(ふわ たつき)だ」

『ええぇええええ?!』

 隊員達は空いた口が塞がらなかった。その様子を見て竜姫はキョトンとしている。

「何そんなに驚いてるの?...弟が世話になったようね。あんたらが噂の第一小隊かい?」

 アキラはまじまじと竜姫の顔を見た。隊員達も息を呑む。

「に、似てねえ...」
「てか、若くね?」
「いや、むしろ似ずに良かったんじゃ...」
「連隊長に姉弟がいるなんて、全く知らんかった」
「美人だよな...信じられん」
「連隊長の気が強いのは、姉貴譲りか...」

 皆の注目が集まる中、竜姫は目の前の達也に優しい目を落とした。

「ふーん。君が隊長さん?」

「は、はい!須藤 達也 三等陸佐です」

「樹、この子で間違いないのね?」

「ああ姉ちゃん。そいつは最強だぜ」

「なるほどねぇ、よろしくタッくん!そして第一小隊の諸君、陸軍第101研究所へようこそ。歓迎するよー」

 竜姫は両腕を広げて皆の顔を見渡した。達也は現状を把握しようと、あれこれと思考を巡らせていた。

「あ、あの連隊長、これはどう言う...」

「黙ってて済まなかったな。お前達がここへ辿り着く為には、3つの要素が必要だった。

一つは、小隊の損害ゼロで国会議事堂を制圧する事。もう一つは、俺を殺さずに生き延びさせる事。最後に、決起軍内での最高得点者が該当する小隊内に存在する事。この3つをクリアする事により、研究所への道が開ける。そういう仕組みだ」

「最初から、ここが目的だったんですか?」

「俺と竜姫の間で、この研究所の情報を共有していた。竜姫は政府存続中の間はここを動けない。そこで俺がクーデターを起こし、政府の機能を麻痺させた段階で、選ばれたものをここへ導く。それが俺の真の役目だ」

「で、では不破さんが現実世界で行方不明になった理由は?」

「何度もヒントを与えただろう?俺はとある場所で生きている。今こうしてタッちゃんの前にいる俺は、オプトネットを通じてVRオプトシネマに直接ダイブしているに過ぎない。俺はAIでも何でもなく、現実世界に生きる不破 樹そのものだ」

「それなら、過去に行方不明となった映画視聴者達の消息は?」

「それは後で竜姫から説明がある。それを聞いて納得するかしないかは、お前達次第だ」

「...不破さんは、映画が上映する度にVRオプトシネマへ直接ダイブして、導いているのですか?」

「違う。それはオプトネットの使用履歴から判別される。タッちゃん、君は過去にティアーズ・イン・ザ・ムーンでトッププレイヤーだったという実績がある。そういった優秀な実績を持つ視聴者がログインした時に限り、俺本人が直接ダイブして指揮を取る。それ以外はAIの不破 樹が対応している」

「そう...だったんですか。では俺が第一小隊の隊長になった事も、偶然ではなく...」

「そうだ。オプトネットの使用履歴から優先して役職が割り振られる。だがそれだけではない。第一小隊には優秀な履歴を持つ視聴者が率先して配属される。

タッちゃんだけでなく、お前を支えてくれた黒田陸曹長や真希隊員、御子柴隊員などがそのいい例だ。お前達は共に協力しあい、見事このセルフ・ディフェンス・フォースを制した。改めて、おめでとうと言いたい」

「ありがとう...ございます」

 達也は考えた。ある程度の裏は取れたが、不破は何故そこまでしてこの映画に肩入れするのか。不破以外の行方不明者はどこへ消えたのか。この陸軍第101研究所の存在意義とは何か。その疑問を知ってか知らずか、竜姫が皆に言い放った。

「はいみんな、大体わかったわねー?この話の続きはミーティングルームでしましょう。私についてきてね」

 竜姫のいる診察室を出て、皆は大会議室へと案内された。全員が席につくと、不破と竜姫は最前列の教壇席に立った。

「さて、じゃあ始めるわよ。君たち第一小隊に来てもらったのは他でもない。セルフ・ディフェンス・フォースで優秀な成績を残した君たちには、新型バイオロイドのサンプルとしてその体を提供してもらいたい。その為に集まってもらったのよ」

 それを聞いて隊員達はざわめいた。突拍子のない理由に笑い出す者さえいた。隊員の一人がふざけた口調で質問する。

「竜姫さーん、それ映画の設定ですかー?!」

「いいえ、設定ではないわ。あなた達の現実の体を提供してもらいたい。そう言っているのよ。これを見て」

 教壇の背後にある巨大スクリーンに、20名ほどの顔写真と氏名が映し出された。それを見て一部の隊員たちがどよめいた。竜姫は正面に向き直る。

「...見覚えのある人たちもいるようね。そう、ここに映された人達はセルフ・ディフェンス・フォース視聴後に行方不明となった者たちのリスト。今では風化しつつあるデータの一部よ。そしてこの行方不明者は、今私達と共に生きている!」

 達也には何かが見え始めていた。竜姫の隣に立つ不破の真剣な表情を見て、徐々にその考えが確信に変わっていく。竜姫は更に言葉を継いだ。

「つまりここに載った行方不明者は、新型バイオロイドの被験体として私達に身を捧げてくれた人達!何度も言うようだけど、当然今も生きているわ。昔のままの姿でね」

 話がきな臭くなってきたところで、別の隊員が竜姫に質問した。

「バイオロイドなんて、本当に存在するんですかー?」

「ええ、存在するわ!現にあなた達がここまで戦ってきたとおりよ。あれは初期型バイオロイドの試作品を忠実にモデリングしたもの。今のバイオロイドは、それよりも遥かに強力な仕様にアップグレードしている」

「じゃあ何でバイオロイドなんてもんが必要なんですか?」

「それを今から説明するわ。これを見て」

スクリーンの映像が切り替わり、日本地図の拡大画像と棒グラフが表示された。

「皆も知っての通り、この日本だけでも複数の企業複合体が存在する。ここに表示されているのは、各企業の分布図と資源埋蔵量よ。

日本だけでなく世界規模で、現在資源の枯渇化が深刻になってきている。そしてその資源獲得に向けて、各企業体同士の戦争が近々始まろうとしている。もう秒読み段階に来ているわ。

私達はそれに備えて、新しい技術を使用したバイオロイドの開発を急いでいる。そしてそれには、優秀な知能と戦略・戦闘力を持つあなた達の力が必要なの!この戦争の被害を少しでも抑える為に、どうか私達に協力してほしい!」

 達也はそれを聞いて挙手した。隊員皆の注目が集まる。

「竜姫さん、あなたの所属する企業はどこですか?」

「ゼルガ・エンターテインメントの親会社と言えば、察しがつくかしら?」

「...やはり、ブラウディクス・コーポレーションですか」

「その通りよ。ブラウディクスは、どの政治・企業派閥にも属さない。可能な限り戦災者を減らしたいと思っている。しかしそのためには、防衛する為の軍事力がどうしても必要。その切り札となるのが、バイオロイド開発なの」

「この話を断ったら、どうなりますか?」

「その時は、今日セルフ・ディフェンス・フォースを見たという記憶を抹消して、退場してもらうわ」

「バイオロイドに検体として体を捧げることでのメリットは?」

「まず電脳化処置を受けることで、半永久的な命を手に入れることになるわ。それと戦端が開かれた際、その戦火から完全に守られる環境を提供する。当然給料と衣食住も保証される。今約束できる事は、このくらいね」

「なるほど。これに対して不破連隊長はどう思われますか?」

「どうもこうも、俺の現実世界の体は既にバイオロイド化している。つまり、この映画出演受諾と同時に、被験体への申し出を了承したって事さ」

「分かりました。質問は以上です」

「それでは、今から契約書を配ります。契約内容をよく読んだ上で、了承される方は右下にサインをお願いします」

 竜姫が配って周り、第一小隊皆の机の上に契約書とペンが置かれた。達也はざっと約款に目を通すと、右下にフルネームでサインした。

 両隣に座っていたアキラと真希が、達也の机を覗き込んできた。

「兄さんどうする...って早っ!!もうサインしたの?」

「別にこんな廃れた国に未練はないからね。それに最後までこの映画の結末を見たいしさ」

「さすが兄さん!じゃあ俺もサインしよっかな。真希もするよな?」

「うん!達也お兄ちゃんともっと一緒にいたいし!」

「...二人共、本当にいいの?家族が心配するんじゃない?」

「へへ、兄さん。俺たちの両親はもう...亡くなってるんだ。家族は誰もいなくて、兄妹二人暮しだったんだよ」

「兄貴が働きに出て、あたしの分まで食べさしてもらってたんだ」

「だから、兄さんと会えたのが嬉しくてさ。だから俺たち、兄さんについていくよ」

「うん!パフェはまた今度でもいいからさ!」

「二人共...何だ、俺と同じだったんだね。俺にも家族はいないし悔いもない。アキラ君、真希ちゃん。これからずっと一緒だね」

「兄さん、頼りにしてるよ!」

「お兄ちゃん大好き!」

「ハハ、よし二人共サインだ!」

 そして竜姫は机を周り、契約書を回収すると皆の方へ向き直った。

「ご協力ありがとうございます。さてみなさん。本契約書にサインしたという方、正直に挙手して下さい!」

 達也・アキラ・真希はすぐに挙手した。ふと後ろの席を振り返ると、御子柴や知った顔の隊員も挙手しており、全隊の半分ほどがサインしていると分かった。達也はそれを見て、何故か妙な高揚感に襲われた。

「結構です。サインした方は私についてくるように。サインしなかった者は樹の講義を聞いた後に退出するように。では行きましょう、タッくん」

 達也・アキラ・真希は連れ立って席を立ち、大会議室の向かいにある大部屋に連れて行かれた。そこに入ると、歯医者によくあるようなユニットチェアが縦横にずらりと並んでおり、白衣の医者らしき男性も5人ほどが控えていた。彼らに促され、順番に椅子に座らされる。

 そして手首に分厚い革製の拘束バンドをはめられると、達也は身動きが取れなくなった。竜姫が達也の顔を覗き込んでくる。

「フフ、大丈夫よ、リラックスして。これから頭に電極つけるからね」

 頭に電極の付いたヘアバンドを被せられ、眉間にも吸盤式の電極が装着される。

「はい、タッくんお口開けてー」

 達也は言われるままに口を開けると、鋭利に尖った金属製の器具を差し込んできた。

「少し圧迫感があるから、我慢してねー」

 すると左の下顎に(ガン!!)とハンマーで叩きつけられたかのような衝撃が走った。達也はその箇所を舌で嘗めたが、異物感がある。

「はい、それじゃ目を閉じてー。これから起動モードを実行するからね。各班、準備は?」

「いつでもOKです」

「タッくんリラックス。後でまた会おうね」

(パチ!)と音がした瞬間、目を閉じたまぶたの裏に高速でプログラムの羅列が流れていく。それが進むに連れて、達也は強烈な睡魔に抗えなくなった。

━━Boot sequence complete

 その文字を最後に、達也の意識は無くなった。


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 ...小刻みに伝わる振動、体を揺するエンジン音。しかしまた眠りに落ちるには激しすぎる高周波の騒音。肩と腰に強い圧迫感を感じ、薄っすらと目を開いたが、目の前が霞んでぼやけている。右から眩しい光を感じ、その方向に目を向けた。楕円形の窓があり、そこから強い日差しが目に刺さってくる。

 目をこすると、幾分視界が戻ってきた。左を見ると腕に点滴の針が刺さっており、上を見上げると白い薬剤の入った真空パックが吊るされている。再度右の窓から外を見ると、小さく映る街の向こうに海が見えた。それを見て、自分が空の上にいるのだとようやく自覚した。

 自分の胴体に目を落とすと、4点シートベルトで肩と腰が強力にロックされている。腰の中央にあるボタンを押すと、シートベルトが弾け飛ぶように解除された。ようやくまともに深呼吸し、再度窓の外を見た。幾重にも並ぶ高層ビルと、その向こうに広がる海岸が眼下に広がっている。自分が今どこにいるのか、周囲を見渡した。

 高い天井に無骨なスチールの壁面。広い奥域、周期的に聞こえてやまない(バタタタタタ!!)とういう轟音。そのことから、自分はヘリに乗っているのだと自覚した。立ち上がって周囲を確認しようとしたが、足に力が入らない。そしてその瞬間、一番重要な事に思い至った。

「自分は、誰だ?」この最重要とも思える記憶が、完全に欠落している。言いようのない恐怖と不安に駆られ、前の席の頭を掴んで立ち上がろうとした時だった。

 その前席に座っていたものが後ろを振り返り、身を乗り出してこちらに顔を覗かせた。それに驚いて手を滑らせ、元いた自分の座席に叩きつけられる。

 前に座る男は目を大きく見開き、こちらを興味深げに凝視してきた。そしてこれ以上ない凶悪な笑みを持って、更に近づこうと身を乗り出してきた。

「...起きたぁ?兄さぁん」

 その男の顔には見覚えがあった。しかしはっきりと思い出せない。しかし敵ではないという確信だけが何故か胸に残った。

「随分と長いこと寝てたねえ?」

 そう言われて、男の顔を再度見る。線の細いシャープな顔立ちだが。顔色は青白く頭髪が一切無い。顔立ちに不釣り合いなスキンヘッドが、その男のニタリ顔を更に際立たせていた。

 すると突然その男の左座席に座っていた者も、男と同じように身を乗り出して背後を向いてきた。男と同じく線が細く、可愛らしい女の子だった。しかしその子にも頭髪がなく、完全にスキンヘッドだった。よく見ると頭の所々に幾何学的な亀裂があり、まるで前頭葉・頭頂葉・後頭葉ときれいに分割する為の亀裂に見えた。

「起きた?達也お兄ちゃん」

 その言葉を聞いた瞬間だった。まるで洪水が押し寄せるかのごとく、記憶が一気に蘇ってきた。そうだ、俺の名は須藤達也。そしてこの男の子は黒田 晶、女の子は黒田 真希。俺はあのユニットチェアに座らされ、ブートシークエンスと共に気を失った。達也は二人に声をかけた。

「アキラ君、真希ちゃん、思い出したよ。ここは一体?」

「わかんねーけど、どっかに連れてかれるみたいよぉ」

「そ、そうか。真希ちゃんは大丈夫?」

「んー、あんま大丈夫じゃないかも」

「体調悪いの?」

「んー、ちょっと、ね」

「そんな事より見てよぉ兄さん!俺の体!!」

 薄手のシャツ一枚を着たアキラは、横向きに胸を強調するポーズを取った。別に細い体だったので大して迫力はなかったが、達也はそれを見て微笑んだ。

「う、うん。元気そうだね」

「違う違ーうそうじゃなくて!バイオロイドの体だよ!俺たちもうバイオロイドになったんだぜ?!」

 達也はそれを聞いて、右手を握ったり開いたりした。感覚的には、人間の頃とそう変わらない。達也は再度アキラに顔を向けた。

「まあ、とりあえずは生きて帰れたって事だよね?」

「へへー兄さん、それだけじゃないんだぜぇ?ほら見ててよ、見ててよ俺の事おおお!」

 アキラは両腕で力こぶを作った。しかしその直後に異変が起こった。アキラの全身から突如、ありえない量の分泌物が流れ出してきた。それと同時にアキラの体が大きく腫れ上がり、身長までもが伸びていく。その筋肉はみるみる発達して膨張し、達也の膝下にまで分泌液が流れ出してきた。

 その分泌物は薄っすらと黄色く、とろりとした粘液状で、淡いシリコン臭を漂わせている。達也は何が起きているのか把握できなかった。アキラの体が、まるでアメコミのヒーローのような筋肉の塊とも言える体型に変わってしまった。

「兄さぁああん!!こんな事もできちゃうんだぜええ、すげーだろぉぉおお?!」

 悪夢だった。達也はただ、身長2メートル程に巨大化したアキラを見上げる事しかできない。すると今度は、真希が座席を跨いで身を乗り出した。

「真希ちゃん!危ないって」

「達也お兄ちゃん、あたしのも見て?」

「いやだから、転ぶよ?怪我するってほら!」

「んー、抱っこして?お兄ちゃん」

「ちょっ...!!」

 達也は仕方なく、半身を乗り出した真希を抱えあげ、自分の膝下に下ろした。達也の太ももに跨った真希の吐息が顔にかかる。

「お兄ちゃん、あたしもねー、出来るんだよ」

「出来るって、何が?」

「...見てて」

 体をブルンと震わせると、真希の体からもアキラと同じようなトロリとした分泌液が全身から吹き出した。するとシャツとホットパンツを着た真希の胸が急激に膨張し、手足の長さも伸びていく。そして毛髪までもが一気に生え始め、達也の全身はもはや粘液塗れとなっていた。

「ほらぁあ、達也お兄ちゃん見てぇええ!私の体ぁ、こんなに大人になれるんだよぉぉおお?!」

「ま、真希ちゃん分かった!!分かったからもうやめて!!」

 背中を支えた真希の体が再びブルンと震え、ようやく成長が止まった。達也はただ、驚愕の表情で真希を見上げる。

「...達也お兄ちゃん、ほら。あたしもう大人だよ?」

「あ、ああ、そうだね!よく理由は分からないけど...」

「...達也お兄ちゃぁん...」

 真希は達也の首に手を回すと、顔を近づけてきた。

「ちょっ、ま、真希ちゃん?!何を」

「んー、ちゅーしよう?達也お兄ちゃん」

「ダメダメダメダメダメ!」

「ん...」

 真希は急接近し、達也の口に舌を滑り込ませた。真希の唾液と甘いシリコン臭が、達也の味覚を包み込んでいく。達也は咄嗟に真希の両肩を掴み、唇を引き剥がした。

「っはぁ!!だめだっていってるでしょ真希ちゃん!!アキラ君も何とか言ってよ!!」

「あーー、いいなぁ須藤兄さん?真希は兄さんの事が大好きなんだなぁー」

「そんな事言ってる場合じゃ...」

 騒がしい事に気づいたのか、操縦席の方から大柄な男が近付いてきた。その男は達也と目が合うと、ニャァと不気味に笑い二人を見下ろした。

「何だよタッちゃーん?随分とお楽しみじゃなぁい。俺も混ぜてよー」

「ふっ、不破さん?!」

 達也はその姿を見ると、真希の体を抱えあげて左隣の座席にドサッと移した。それを受けた真希は不満そうに膨れっ面になる。

「ちぇー、つまんなーい」

「とりあえずみんな落ち着け!!不破さん、これは一体どういう事なんですか?!」

「まあほら、バイオロイドになりたての頃は心が極度に不安定になるからさぁ。ちゃんとその間二人の面倒見てあげるんだよぉタッちゃん?クク」

「それよりも、何故アキラ君と真希ちゃんの体はこんなに成長したりするんですか?!」

「...可変強化型バイオロイド。状況に応じて体の一部を強化したり、マイクロマシンで損傷箇所を自動修復したり出来るんだよねぇ。これが俺の姉ちゃんが研究していた、究極のバイオロイドなのさぁ。まあ詳しくは今度教えてあげるよぉ?」

「...なるほど、よく分からんですが何となく納得しましたよ。我々はどこへ向かってるんです?」

「まあ、もうすぐ着くからさあ。ゆっくり待っててねえ」

 そう言うと不破は操縦席の方へ戻ってしまった。達也の左肩にに寄りかかる真希の頭を抱き寄せ、目の前で身を乗り出すアキラの頬を撫でた。アキラはそれを受けて目を閉じる。

「...二人共、これで良かったの?」

「いいに決まってるじゃん、兄さん」

「大好き。達也お兄ちゃん」

「そうか...」

 悪夢のような一幕が過ぎ、ヘリはどこかに着陸したようだった。達也達は、着の身着のままヘリを降りて周りを確認した。どこかの高層ビル屋上に設営されたヘリポートのようだった。ヘリを降りる際に、搭乗員から黒いナップザックを手渡された。

 うしろを振り返ると、ヘリコプターの全景が見えた。CH47J大型輸送ヘリコプター。道理で中が広かったわけである。

 ビル内に案内され、不破を先頭にエレベーターに乗り込む。ヘリに搭乗していた他の第一小隊の顔ぶれも散見された。

「御子柴隊員、久しぶり。体は大丈夫?」

「へへ、隊長こそ。俺は絶好調でさぁ」

「そっか」

 エレベーターが一階に到着し、ビルの外へと誘導される。周りには関係者以外人の気配はなく、車も一切通っていない。前で不破連隊長が何が指示をしている。見ると、隊員達がナップザックの中を開けているようだった。

 達也もそれに習うと、中には身分証を示すIDとシャツにズボン、靴下と、それにスニーカーが入っていた。達也はホットパンツの上から黒いズボンを履き、シャツを着てソックスとスニーカーも履いた。そうして案内されたが、達也はビルの立ち並ぶこの光景に見覚えがあった。

「海浜幕張、か」

 都心同様、封鎖された埋立地。アキラと真希に気を使いながら、達也は案内された先にあるバス停に到着した。そこには窓全面にスモークが貼られた、大型観光バスが二台止まっている。達也は不破の乗る一号車に乗りこんだ。

 バスは発車した。達也はその間、アキラ、真希、御子柴と雑談しながら過ごした。どうせどこに連れて行かれるかは分からないのである。周りの隊員達は緊張しているのか、皆一様に黙り込んでいたが、決断したのは彼ら自身である。部隊行動となれば話は別だが、今はその時ではない。

 二時間ほどバスに揺られて、どこかの駐車場に入った。達也たち四人はナップザックを手にバスを降りた。その目の前には、近代的な鉄筋コンクリート造りの大きな建物が目に入った。建物脇を見ると、石碑と共に建物の名前が記してあった。(土浦市民会館)

 遠くはるばる土浦まで来た。心なしか肌寒さを感じる。30名ほどのバイオロイド化した隊員達は、不破の後をついて行った。そして1200席ほどある大ホールに案内され、皆は指定した順番に前から腰を下ろす。

 部隊の上には、一本のマイクスタンドが設置してある。最前列に座らされた達也は誰が出てくるのかとソワソワしていたが、舞台の上手からグレーのスーツを来た美しい女性が現れた。髪は緩いウェーブのかかったセミロング・黒縁のメガネをかけたその女性に、達也は既視感と共に全てを思い出した。

 不破 竜姫。達也がTOKIOSシネマ渋谷のセルフ・ディフェンス・フォース舞台挨拶で見た女性と、瓜二つだったからである。達也は(してやられた)と内心悔しがった。

「みなさんこんにちは!そしてお疲れ様でした。あなた達は見事、VRオプトシネマ━セルフ・ディフェンス・フォースをクリアしました!おめでとうございまーす!」

 ここで拍手喝采ともなれば良いが、耳鳴りがするほど静寂に包まれていた。

「コホン!えーみなさーん!もうお分かりかと思いますが、現時点で映画と勘違いしていらっしゃる方はまさかいないと思いますが...一応お伝えしておきましょう。今はもう映画ではありませーん!皆様は晴れて真エンディングに辿り着き、その体は既に、可変強化型最新バイオロイドに成り代わっておりまーす!よろしいですね?」

 分かりきったことを言う女だ。達也は足を揺さぶり、イライラを隠し通せなかった。

「さてみなさーん!当面の予定についてですが、可変強化型バイオロイドの訓練及び試験は、この土浦市民会館の地下で行います!

ちなみに企業複合体との戦争に関しては、あと1、2ヶ月後に勃発すると思われますので、みなさんそれまでは訓練に励んでくださいね!契約書にも記載されておりますが、みなさんには実戦に出てもらう可能性もありますので、鍛錬を怠らないよう注意してください!

それではご不明な点もあると思いますので、ここからは質問コーナーとさせていただきます!質問のある方は挙手願います!!」

 達也は即座に手を挙げた。

「はい、ちょっと目つきが怖いタッくん!」

 不破がワイヤレスマイクを持って達也に手渡した。

「質問1。映画が終わったあと、第一小隊の視聴者をどうやって映画館から連れ出した?」

「契約書にサインしてくれた方のみ、オプトネットをオンラインにしたまま、他のお客様に気づかれないよう連れ出しました!ちなみに今はバイオロイド手術後から一ヶ月経ってます!」

「質問2。俺達以外の生き残った生還者サバイバー達はどうした?」

「彼らには予め用意された別エンディングを見てもらい、ご満足頂いてお帰りいただきました!」

「質問3。この映画は最初から被験者を得ることを目的にしてたんだよな?」

「...あ?ごちゃごちゃうるせぇなあ。そうだよ、言ってみれば合法的な徴兵だな!どうせ戦争が始まったら嫌でも徴兵されるんだよ。それよりお前らは遥かにマシな環境で働けんだ、感謝しやがれよタッくーん?」

「質問4。テメエが気に食わねえ。今ここでグチャグチャにぶっ殺してやる。いいな竜姫姉ちゃんよぉ?」

 達也がキレた瞬間、達也の両手が大鎌のように鋭利な刃物へと形状変化した。

「...やってみろバラガキがぁ?返り討ちにしてやんぜタッくーん?!」

 達也が舞台上に飛び出そうとした刹那、不破が達也の肩を掴んで引き止めた。

「タッちゃん、やめとけ。姉ちゃんも大人気ねえぞ、落ち着け!!」

「何であたしが文句言われなきゃなんないのよ?!吹っかけてきたのタッくんだよ?!」

「いいから!!な?タッちゃんも姉ちゃんもこれから組んで行くんだ。ケジメは違うとこでつけようぜ、な?」

「...ふ、不破さんがそう言うなら...」

「ちょっと何よ、樹の言う事ならそんな素直に従うの?!...もう、あったま来ちゃう...」

「オーケー。二人共仲良くな。姉ちゃん、まだ話あんだろ?」

「え? ええ、そうね。今日はあんた達のウェルカムパーティーよ。酒もしこたま用意したわ。まあ元は同じ第一小隊なんだし、見知ってるとは思うけど、改めてチームを大切になさい。特にタッくん!あんたにはリーダーやってもらうから。いい?」

「...了解、竜姫姉さん」

 達也は渋々了解した。パーティーと聞いて、アキラと真希は飛び跳ねて喜んだ。

「ヒャッホウー!!焼肉焼肉!!」

「あたしはパフェ!!やったねお兄ちゃん!」

「ああ、そうだな。今夜は騒ぐか!!」

 そしてその晩、土浦市民会館地下の大広間で宴は行われた。会場には過去に行方不明とされていた部隊も参加し、盛大に執り行われた。

 ビュッフェ形式の食事で、ステーキからフォアグラ・フレンチ・うな重・スイーツまで、世界中のありとあらゆる食材が並んでいた。達也は食事もそこそこに、バーコーナーで酒を注文した。

「マスター、モヒート。ミント大盛りでね」

「畏まりました」

 バーテンダーが注文どおり大量のミントをすり潰しモヒートに入れてシェイクしていると、その隣に立った女性が声をかけてきた。

「こんばんは。あなたね、噂の新人と言うのは」

 フェアリーボブの艷やかな髪型に大きな目、スラリと伸びた鼻に薄い唇が印象的な、美しい女性だった。ブラックのタイトなドレスを着こなし、実に気品がある。

「あ、はい!須藤 達也です。ランクは三等陸佐でした」

「私は日比谷 那月ひびや なつき。二等陸佐だった者よ。よろしくね須藤君」

「日比谷 那月...さん? その名前、どこかで」

「あら、知ってるの?...フフ、それもそうね。一年前の上映の時、行方不明者リストのトップに載っていたし」

「や、やっぱり!てことは、あなたがこのバイオロイド部隊の初代隊長?」

「そういう事になるかしらね。これから組む事もあるだろうし、まずは乾杯しない?」

 するとマスターが気を利かし、酒を注いでくれた。

「お待たせしました、モヒート大盛りでございます」

「ありがとうマスター。じゃあ、光栄です。初代隊長に!」

「セルフ・ディフェンス・フォースを初見クリアした、化物のような新人に!」

『乾杯!!』

 二人はグイッとカクテルグラスを飲み干した。

「くうー、美味い!!戦いのあとはやっぱ最高だな!マスターもう一杯!」

「いい飲みっぷりね。マスター私もブラッディーマリーをちょうだい」

「畏まりました日比谷様、須藤様」

 達也は天井を見上げながら、深呼吸した。

「しかしこんなに豪華な宴を開いてもらえるなんて、思いもしませんでしたよ」

「まだここの感覚が分からないかも知れないけど、私達サバイバーは言わば、特待生扱いなのよ。企業も金は惜しまないって事ね」

「ブラウディクスかー。実は俺、リアルでの仕事はブラウディクスの下請けだったんですよね」

「そういう所も当然チェックされていると思うわ。電脳化の手術を受けた以上、もう私達に寿命と呼べるものは存在しない。永遠にこき使われるかもね?」

「初代隊長が入れば、俺も心強いですよ」

「私も同じよ。一緒にがんばりましょうね」

 その時だった。背後から突如達也の首に手が伸び、完全に頸動脈を捉えた裸絞めが見事に決まった。

「たーつーやーお兄ちゃん!そろそろいいですかねえ? 一緒にパフェ食べましょうねー?」

「グッハ!!真希ちゃん、絞まってる!!絞まってるマジで!!」

 達也は真希の腕にタップした。すると真希は達也の襟首を掴み、日比谷に一礼した。

「おほほほほ!失礼致しました」

「フフ、大人気ね。須藤くん、隊員達にちゃんとお礼言いなさい?」

「り、了解...」

 達也は真希に連れられて、スイーツビュッフェコーナーでチョコバナナパフェを頬張っていた。

「んー!甘すぎなくて美味しいねお兄ちゃん!」

「ああ、これなら俺でも食べれるよ。そう言えばアキラ君は?」

「あー、兄貴ならあっち」

 真希が指差す方向には、ステーキコーナーで焼けるのを待つアキラの姿が目に入った。

「なるほどねえ。ほんとに肉食いたかったんだね」

「そういうお兄ちゃんは、食べたい物ないの?」

「あーまあ、俺は酒飲みながらちょこちょこ摘んでるから。大丈夫だよ」

「達也お兄ちゃん、お酒飲むんだねー。それなら一人、いいのがいるよ?」

「おお、誰?」

「今連れてくるね。...はい!御子柴さーん!」

「な、何ですかい真希隊員?」

「達也お兄ちゃんの飲み友になってあげてくださーい!」

「お、おう。御子柴さん、飲んでるかい?」

「へへ!キメキメでさあ!」

「よし、真希ちゃんもバーカウンター行こう!」

「だーめ。私未成年ですー」

「ノンアルコールのシャンパンがあるから大丈夫だよ」

「何それー!じゃあ行くー」

 そして達也たちは三人でバーカウンターの席に着いた。

「マスター、ミニャールの白あります?」

「ご用意してございます」

「ナイス!じゃあそれを真希ちゃんへ。俺はマティーニを頼む。御子柴さんは?」

「じゃあ俺は、クレメンタインをダブルで」

「畏まりました」

 そしてドリンクが並び、達也はカクテルグラスを高く掲げた。

「はい、それじゃ真希ちゃん御子柴さん、乾杯!」

『カンパーイ!!』

 真希はそっと一口飲む。

「何これあまーい!美味しいよ達也お兄ちゃん!」

「それはイタリアのノンアルコールシャンパンだよ。美味しいでしょ?」

「うん!!」

「御子柴さん、また渋いの飲みますね」

「この一杯のために生きているってもんでさぁ!」

「ハッハー!ちげえねえ!」

「なるほどー、酒飲みはこうやって楽しむもんなんだねー。何か分かった気がした」

「ごめんね。オヤジ臭いでしょ?」

「そんな事ないよ!達也お兄ちゃんはあたしの物だから」

「隊長、モテモテじゃないですかー!」

「いやー、まあ正直嬉しいかなー」

「ほんと?じゃあ達也お兄ちゃん、またチューして」

「それはダメ!」

「ハッハッハ、こいつぁいいや!」

 そして夜は更けていき、皆が次々と寝静まったころ、達也は一人バーカウンターに腰掛けていた。グラスを磨くバーテンを眺めながら、達也は言葉をかける。

「マスター、すいませんね。遅くまで付き合わせちゃって」

「何、このくらい。今日は皆さん楽しそうでしたので、私も幸せな気分になれましたよ」

「そうですか、なら良かった」

 達也はモヒートのグラスを揺らしながら、今日という日々を思い返していた。すると背後からツカツカと人が近寄り、達也の隣にドスンと腰掛けた。

「あー!飲み足りねえ。マスター、テキーラサンライズ!ダブルで!!」

「ハッハ!お疲れ様です。畏まりました」

 達也はその姿を見て驚いた。

「竜姫さん... 」

「あー、タッくん何も言わないで。あたしはただ飲みたいだけなの!ずっとお偉いさんの相手ばっかりして、飲む暇もあったもんじゃない...」

 達也はそれを聞いて、何故か心が踊った。

「お待たせしました、竜姫様」

「はー来た来た!さー飲もうっと」

「待った!竜姫姉ちゃん」

「何よ、邪魔する気?!」

「違うって。今朝の詫びをしようと思ってさ。...ごめんな。俺の八つ当たりだった」

「ふ、ふん!私もちょっと言い過ぎたわ。これで貸し借りなしよ。いいわね?!」

「ああ。乾杯。ありがとうな、竜姫姉ちゃん」

「乾杯。タッくん」

 二人はグラスをぶつけると、グラスを仰いだ。竜姫が早々に飲み干し、お替りを注文する。

 達也はモヒートが飽きてきたことを受け、マスターに訪ねた。

「マスター、シェリー酒は置いてあります?」

「はい須藤様、各種取り揃えております」

「アモンティリヤードを一つ頼むよ」

「畏まりました」

 それを聞いた竜姫が、怪訝そうな表情で達也を見た。

「タッくん、飲みっぱなしなんでしょ?そんなに強いの飲んで大丈夫?」

「何言ってんだよ、今夜は祝杯だ!付き合うぜ、竜姫姉ちゃん」

「か、勝手にすれば?明日どうなっても知らないからね」

「へへ、大丈夫だよん」

 達也にシェリー酒が注がれた事で、二人は再度乾杯した。二人はグラスを仰ぎ、一息つくとお互いを見やった。

「...なーに見てんのよ」

「いや、理由はないよ」

「...何だそれ」

 竜姫は一気に飲み干したせいで、酔いが深く回っていた。達也はグラスを揺らしながら、竜姫に訪ねた。

「...なあ、竜姫姉ちゃん」

「んー?」

「その、戦争って、ほんとに起こっちまうのか?」

 その言葉を聞いて、竜姫はテキーラサンライズの入ったグラスに目を落とした。

「...うん、起きるよ。間違いなく」

「秒読み段階って、言ってたよな?」

「...あれは嘘でも何でもない。本当の話よ」

「あの言い方からすると、日本だけに留まらないって感じだったよな?」

「うん。世界中が戦火に巻き込まれる事になるでしょうね」

「...姉ちゃん、俺、役に立つよ。だから、止めよう?」

「タッくん..」

「姉ちゃんの話が本当だって、俺わかった。姉ちゃんが本気で戦争を止めたいって気持ちも分かった。だから俺、何でも手伝うよ」

「...ありがとう、タッくん」




 そして西暦2160年5月22日。竜姫と達也の思いも虚しく、全世界同時に企業複合体同士の戦争が始まった。



━━━それから5年後


『こちら東京・丸の内第一小隊。敵戦車大隊殲滅完了!各部隊、状況送れ』

「こちら渋谷区第二小隊・日比谷、間もなく敵鎮圧完了」

『了解。新宿区第三小隊、アキラ君!そっちの様子はどう?』

『こちら第三小隊・黒田、現在敵と交戦中!ちょいと押され気味だなあ』

『了解、渋谷区の第二小隊は敵殲滅後、新宿区の増援に回れ』

『日比谷了解』

『世田谷区第四小隊・不破さん、状況送れ』

『こちら不破。連隊長、仕事が早いねぇ?敵部隊殲滅完了ー、現在警戒待機中』

『了解、流石です隊長。足立区第五小隊・真希ちゃん、様子はどう?』

『こちら第五小隊。敵影無し、至って平和。眠くなりそー...』

『もう少しの我慢だよ。江戸川区第六小隊・御子柴隊長、状況送れ』

『こちら第六小隊。現在市川市側の敵部隊と川を挟んで、にらめっこの最中でさぁ。今の所襲ってくる気配もなし。小康状態ってとこです』

『こちらから先制出来るか?』

『真希隊長の部隊をこっちに回してもらえりゃ、速攻で潰して見せますぜ?』

『了解。第五小隊・真希ちゃん、江戸川区の援護に回ってくれ』

『待ってましたー!了解、お兄ちゃん』

『ガガ・・・こちら港区統合参謀本部・不破 竜姫。どうタッくん、このまま行けそう?』

『こちら須藤連隊長。ええ、竜姫姉さん、問題ありません。各地区への補給部隊派遣を要請します』

『了解、至急手配するわ。以上』

『了解、交信終わり』

━━━達也達はブラウディクス・コーポレーション専属・第101特殊レンジャー大隊として、周辺企業と睨み合いながら首都圏の防衛任務に明け暮れていた。達也を連隊長として筆頭に、日比谷・不破・アキラ・真希・御子柴という五人の小隊長に支えられ、何とか戦局を維持している。

 皮肉にも政府中枢の機能は、セルフ・ディフェンス・フォースと同じく麻痺しており、企業複合体が分担して統治するという図式になっていた。その中でも各地区の小競り合いは続いており、首都周辺の都道府県から企業所属の敵部隊が送り込まれ、絶えず攻め込んできていた。

 首都の大半を掌握しているブラウディクス・コーポレーションは、そういった敵部隊から都市を防衛する為、第101特殊レンジャー大隊を創設。初代連隊長には達也が選ばれたのだった。

 あれから5年。セルフ・ディフェンス・フォースという映画に出会った事より、達也達の運命は大きく変わり、未来へと邁進していた。終わりの見えない戦争ではあるが、達也は友...いや家族とも呼べる仲間達に支えられ、満ち足りた時間を過ごしていた。

「人生どこでどう転ぶのか分からない、な」

 誰にともなく独りごち、達也は丸の内ビル街の夕焼け空を見上げ、そよ風を受けて気持ち良さそうに微笑んでいた。





━━━Fin━━━



────────────────────────

■用語説明

可変強化型バイオロイド

 ブラウディクスコーポレーションから不破 竜姫が出向し、陸軍第101研究所と共同で極秘裏に開発・製造が行われていた、戦闘特化型バイオロイド。その正体は、生きた人間を電脳化し、それを移植して稼働する量子コンピュータ搭載のバイオロイドだった。体内を巡るマイクロマシンの影響で、体に受けた損傷個所は自動的に修復され、且つその場の状況に応じて筋組織や骨格までも自在に変化させる事が出来る仕様となっている。また外部からの放射線に対しても強い抵抗力があり、人間では致死レベルの放射線を放つ区域での作戦行動にも適している。総じて可変強化型バイオロイド一体で、陸軍一個師団に相当する強大な戦闘力を誇る。尚この開発が完了した際、不破 竜姫は自らの体を検体として提供。可変強化型バイオロイドの試作第一号となった。


CH47J 大型輸送ヘリコプター

 CH-47 チヌーク (CH-47 Chinook) は、アメリカで開発されたタンデムローター式の大型輸送用ヘリコプター。2160年現在、配備開始から2世紀が経とうと言う今でも、最新モデルが生産されており、未だに後継機は登場していない。エンジン換装や燃料タンクの増設などが何度も行われた為に最新の機体と初期型は、全く違う機体といえるほどに各性能が改良されている。

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