Hollow Faker ─偽造者─

karmacoma

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第六話 血花

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 補給部隊が四ツ谷に到着し、第一から第三小隊への弾薬・物資が行き渡った事で、全員がフル装備となった。しかし10式戦車との激戦で犠牲者が出たことにより、3つの小隊を合わせた総数は122人に留まっていた。

 それでも、火力が増大する事には間違いないと内心胸を撫で下ろしていた。いくら第一小隊が完勝を重ねたとは言え、隊長である達也からすればどれもこれもギリギリの戦いだったからである。もう少し余裕が欲しい、そう思わずにはいられなかった。

「須藤兄さん、なーにおっかない顔してんだよ?」

 いたずらっぽい笑顔を湛えながら、アキラが達也の顔を覗き込んできた。思えばここまで無事に来れたのも、この線の細い青年が影で支えてくれたからこそ成し遂げられたのである。

「アキラ君...俺達、正しい道を歩んでるのかな?」

「何で?」

「いやほら、バイオロイドといいさっきの戦車といい、想定外の事態が続いてるんだよね?成り行きと勢いでここまで来ちゃったけど、他に取るべきルートがあったんじゃないかって思うと、何か不安でね...」

「んーまあ確かに、俺もこんなシチュエーションは初めてだけどさぁ。でも兄さん忘れてない?映画だぜ、映画!楽しまなきゃ損だよ?」

「すごい規模だよね。...街の風景、耳元を掠める弾丸、爆発した時の衝撃波、焼け焦げた血と硝煙の臭い、口にした食料と水の味、迫りくる敵の圧倒的な存在感、そして痛み。

そのどれもがあまりにもリアル過ぎて、気がつけば目の前の状況に必死に食らいついてる自分がいる。ティアーズ・イン・ザ・ムーンでも、ここまで本格的ではなかったよ。VRオプトシネマがこんなにもリアルな世界だったなんて、思いもしなかった...」

「同じVRオプトシネマの中でも、この映画は特別だよ? 行動の選択がある程度自由な上に、異常なまでの拘りようだからね。それこそ、妙な噂の一つや二つ立ってもおかしくないほどに作り込まれてる。俺も最初見た時は目を回したもんだよ」

「映画、か。でも現実では実際に、不破さんも含めて行方不明者が出てる。彼らを探す手がかりが得られればいいんだけど...」

「へへ、兄さんは良くやってると思うぜ? と言うより兄さんが隊長じゃなけりゃ、かなりヤバい状況に陥ってた。それと間違いなく言えるのは、俺達は今確実に別ルートへの道を歩んでるって事。ひょっとしたら探し物が見つかるかも知れないし、もっと自信持ちなって兄さん!」

「...そうだね、ありがとう。何だか慰められちゃったね」

「いいって事。その代わり焼肉忘れないでよ?」

「ハハ、そこは任せて!」

 達也はミニミのキャリングハンドルを右手に持ち、公園内の木陰で通信を行う不破の元に歩み寄った。

「不破連隊長、新橋の様子はいかがでしょうか?」

「少し待て。...了解、交信終わり。今丁度連絡が入った。向こうも多少の損害が出たが、第四・第五・第六小隊も合流が完了したとの事だ。こちらも予定通り外堀通りを南下し、総理官邸前で新橋の部隊と落ち合う手筈だ」

「了解しました」

「青山一丁目で乗り捨てたトラック二台を、補給部隊が持ってきてくれた。ここからは再度トラックで移動する。各隊に通達」

「ハッ!」

 達也は須田と御島を呼び、その旨を伝えた。そして全小隊はトラックの荷台に乗り込み、四ツ谷を出発した。先頭車両の運転席には以前と同じく、アキラ、達也、不破が乗り込んでいる。

 若葉東公園を右折して外堀通りに入った。紀伊国坂まで到達したあたりで、不破は赤坂見附に向けて斥候を放ち、偵察するよう指示した。それと合わせてNHTVにも通信し、敵部隊の動向を確認していく。

『連隊長よりNHTVへ。赤坂見附の様子を確認、送れ』

『こちらNHTV 藤田一尉。赤坂見附の敵部隊は現在、東側・国会図書館方面へ移動した模様』

『了解。斥候部隊、現地を確認せよ、送れ』

『こちら斥候部隊、報告の通りです。赤坂見附オールクリア、送れ』

『了解、本隊が到着するまで監視を続行、交信終わり』

 不破は左耳から手を離すと、右に座る達也を見た。

「チャンスだな。今なら敵と交戦せずに赤坂見附を通過出来る。曹長、少し急ぐぞ。交差点で斥候をピックアップ後、速やかに南下だ」

「了解」

 アキラはアクセルを踏みしめてトラックの速度を上げた。そして赤坂見附交差点の中心にトラックを止めて、斥候部隊を回収すると急いでその場を離脱し、外堀通りを更に南下する進路を取った。

『連隊長より各員へ。本隊は永田町に入った。もう間もなく総理官邸前へと到着する。各自武装を確認し、戦闘準備に入れ。尚第四・第五・第六小隊とは日枝神社境内で合流予定だ。そこから徒歩で東に渡り、総理官邸へ一斉に強襲をかける。制圧後は速やかに政府要人の身柄確保に移れ。いいな?』

『第一小隊了解』

『第二小隊了解』

『だ、第三小隊、了解です』

『こちら須藤三佐。御島隊長、ヤバくなったら第一小隊がカバーする。しっかり頼むぞ』

『は、はい!ありがとうございます!』

 外堀通りを途中で左折し、トラックは日枝神社駐車場へと入った。幸いここにも敵の姿はない。横並びにトラックを駐車し、不破がインカム越しに号令をかけた。

『全員降車、整列!!』

 トラックの前に全隊員が整列した。各部隊の先頭には達也、須田、御島が並び、不破は最前列に立って皆の顔を見渡した。

「諸君、いよいよである!遂に我々はここまで来た。残すは総理官邸と国会議事堂を制圧するのみである!この先敵の大部隊が我々を待ち構えているだろう。しかしここまで切り抜けてきた諸君らの力を持ってすれば、必ずや達成出来ると私は信じている!各員総力を結集し、この難局を乗り越えてもらいたい。いいな!」

『ハッ!』

「各隊、警戒しつつ日枝神社境内に向けて前進!」

 駐車場を抜けて鳥居を潜り、境内へと続く薄暗い森のトンネルを5列縦隊で慎重に歩く。木陰に注意しつつ、達也は全方位に意識を向けた。そして参道を抜けた先には日が差しており、50平方メートル程の広い境内が広がっていた。人の気配はなく、新橋の小隊はまだ到着していない様子だ。それを受けて不破が指示を飛ばす。

「第二小隊、境内の周囲を巡回!異常があれば知らせろ。第三小隊は南側鳥居の歩哨に立て。第一小隊は東側入り口の監視だ」

『了解!』

「高部二尉、第四・第五・第六小隊に連絡。我日枝神社に到着せり」

「ハッ!」

 達也は腕時計に目をやった。午後14時45分。ひと気のない静まり返った境内で、達也は大きく深呼吸した。木々の香りが鼻孔を突き、心も体も静まり返るような気分だった。

 とそこへ、高部二尉が不破と達也の元へ駆け寄ってきた。

「連隊長!」

「どうした?」

「ハッ、第四・第五・第六小隊は現在、特許庁近辺までたどり着いたようですが、そこから北側にある総理官邸前の信号下に、敵数十名と戦車が二両立ち塞がっているらしく、日枝神社までの到着は難しいと連絡がありました!」

「クク、なるほどあのT字路か...厄介だが、この日枝神社東側ゲートを抜けて俺たちが衆議院会館前に出れば、北と南から挟み撃ちに出来るな。どう思うタッちゃん?」

「遅かれ早かれ、排除しなければならない敵です。ならばこの好機を逃がす手はありません。自分は賛成です、早めに潰しておいた方がよろしいかと思われます」

「決まりだね。高部二尉、KU回線を開け。俺から作戦を伝える」

「了解」

「タッちゃんは、第二と第三小隊をここに集合させておいてねぇ」

 達也は即座に左耳のインカムをオンにした。

「了解! こちら須藤三佐。須田隊長、御島隊長。至急隊を率いて第一小隊のいる東側ゲートに集合、繰り返す──」

 そして全隊員が集合し、不破から作戦の指示が皆に伝えられた。

「敵は戦車二両と歩兵が数十名だ。我々は衆議院会館前のT字路があるので敵の弾を躱せるが、南の特許庁側の部隊は直線道路となっているので、一度入り込めば逃げ場はない。

よって今回も陽動作戦を取る。戦車二両を北側に誘い出し、ケツを見せたところを後方と側面から挟撃だ。工兵の持つAT4とスナイパーが鍵となる。指示をよく聞いて、タイミングを合わせろ。いいな?」

『了解!』

「よし、5列縦隊、移動開始!」

 不破と達也、アキラを先頭に部隊は山王坂を通り、衆議院会館前のT字路に差し掛かった。曲がり角に身を隠し、不破と達也はそっと顔だけを半分出した。

「歩兵約50名、10ひとまる式戦車二両。情報通りだな」

「距離、およそ250メートル。ガンの射程内です」

「よし、行けそうだな。工兵、前へ!AT4射撃用意!」

 発射筒を抱えた工兵10名がAT4のセーフティを解除し、肩に担ぎ上げた。達也はインカムに向けて全員に指示を飛ばす。

「斜行陣!全隊斜行陣!!第二小隊は向かいの通りへ。電柱を盾にしろ!第三小隊は壁際から射撃、誤射に注意!まずは歩兵を狙うぞ。ターゲット、左翼分隊支援火器!用意...撃ち方始め!!」

──ダガガガガガ!!
──ドン!ドン!ドン!

 三部隊の一斉射撃が轟音となり、辺りを包み込んだ。第二小隊と第三小隊の練度は思っていたよりも高く、SKロックした敵に向けてしっかりと弾幕を集中させていた。120人分の攻撃を受けて、ガンナーは見るも無残に即死した。

「次、右翼重装兵!狙え...撃ち方始め!!」

 達也はミニミのトリガーを引き絞ったまま、左から右へ薙ぎ払うようにSKロックを行った。重装兵達を数人殺したところで、遂に戦車二両がこちらへ向けて前進し始めた。それを見て達也は怒鳴るようにインカムへ向けて指示する。

『陽動成功、戦車が来るぞ!!全隊T字路の影へ退避!!第二小隊、急げ!!』

『了解!!』

『工兵部隊、準備はいいな?』

『ハッ、いつでも撃てます!!』

『よし、全員そのまま待機!連隊長、上手く行きましたね』

「そうだな。高部二尉、無線機を貸せ」

「ハッ!」

『こちら不破連隊長、陽動に成功せり。第四・第五・第六小隊、敵の背後を突け。攻撃を開始せよ』

 そう言い終わった直後だった。

───ドガァアン!!!

 南側から強烈な爆音が鳴り響いた。何事かと壁際から顔を出して覗くと、戦車後方の燃料タンクからモクモクと黒煙が立ち上り、その場に停車していた。南側からの攻撃が始まったと分かり、達也は咄嗟に指示した。

「チャンスだ、工兵4人、前へ!AT4射撃用意!戦車を完全に沈黙させるぞ」

 敵は後方からの攻撃を受けて混乱している様子だ。やるなら今しかない。

「構え!...AT4撃ち方始め!!」

 凄まじい爆音と共にAT4が二発ずつ命中し、戦車二台の砲塔に風穴を開けた。達也は再度号令をかける。

「スナイパー部隊前へ、援護射撃!新橋の部隊が前進してきている、フレンドリーファイアに注意しろ!ターゲット中央!用意...撃ち方始め!!」

 ───そして雌雄は決した。敵の残存部隊は第四・第五・第六小隊が排除した事で、総理官邸周辺の制圧は完了した。損害ゼロ。達也は深呼吸し、天を仰いで目をつぶった。(やはり持つべきものは仲間だな)と、心の中で独りごちた。

 心機一転、達也は不破の元に駆け寄った。すると不破の目の前に、三人の兵が敬礼している姿が映った。

「達也三佐、ご苦労だったな。紹介しよう、お待ちかねの第四・第五・第六小隊の隊長達だ」

「決起軍第四小隊隊長・土岐 茂とき しげる三佐です!」

「同じく第五小隊隊長・沢田 良和さわだ よしかず三佐です」

「第六小隊隊長・三浦 蒼輝みうら そうき二佐だ。君が噂の第一小隊隊長か?」

「えっと、噂...ですか?」

「何でも犠牲者を一人も出していないそうじゃないか。新橋組の部隊はその話で持ちきりだったんだよ」

「ああ、そういう事でしたか。第一小隊隊長・須藤達也三佐です。土岐さん、沢田さん、三浦さん、よろしくお願いします。皆さんとようやくお会いできて、正直ホッとしております」

「ハッハッ、その様子だとそちらもかなりの激戦だったようだな。ホッとしているのはここにいる皆が同じ気持ちだ。気にするな」

「...さて、自己紹介も終えたところで悪いけど、総理官邸に突入するよぉ?タッちゃん準備はいい?」

「ハッ!問題ありません」

 達也の返事を聞いて、不破は胸ポケットから錠剤の束を取り出し、3錠を口に含むと水筒の水で飲み下した。不破が深呼吸している様子を見て、達也が質問した。

「不破さん、体調が優れないようでしたら、ここで一旦休憩を取った方が...」

「えー、何言ってんのタッちゃぁん?!俺はやる時はやる男だよぉ?分かってるよねぇ?ねえ?!」

「も、もちろん分かっております!ただ、俺は不破さんの事が心配で...」 

「あー、そういう気遣い要らないから。ほら、とっとと行くよぉ総理官邸? 中にいる奴とっ捕まえようぜぇ?」

「...了解しました。全隊右折!総理官邸前に集合。第二、第三小隊は歩哨を頼む。第四・第五・第六小隊は、第一小隊と共に総理官邸内へ突入!身柄を確保せよ」

『了解』

 工兵部隊が門のロックを解除し、四部隊が一斉に総理官邸へとなだれ込んだ。分散して部屋を探し、そして達也は見つけた。二階の閣僚会議室に座る、今の日本を牛耳り政府の中枢を握る人物達を。

内閣総理大臣・諏訪 実すわ みのる

副総理・後藤 義明ごとう よしあき

財務大臣・真田 省吾さなだ しょうご

法務大臣・竹野 卓たけの すぐる

外務大臣・安田 秀仁やすだ ひでひと

厚生労働大臣・浜田 武夫はまだ たけお

内閣官房長官・角頼 豊人かくらい とよひと

 達也は銃口を向けるのも躊躇われた。何故なら、達也の生きる現実世界の閣僚達が目の前にいるからである。偽名でもなく、実在する現政権を握る面々だ。彼らは達也と不破の姿を見て、一様に驚いていた。不破は総理に何の躊躇も無く銃口を向ける。

「はあーい総理、お迎えに上がりましたよぉ?」

「なっ、何だね君たちは?!」

「それも感づかないほどバカなのぉ?ねぇ、バーカ。俺達がここまでたどり着けないと高を括ってたんでしょー?残念だったねぇ、予想が外れて」

「...貴様、不破一佐!!こんな事をして、ただで済むと思っているのか!!」

「あらあら官房長官? そんなとこに座って、俺の名前を覚えておいででしたか。...舐めてんじゃねえぞゴルァ?てめーの運命は今、俺達決起軍が握ってんだよ。

ふざけた真似してみろ、てめぇの頭吹き飛ばしてやんぞ、あ?分かったか?おら、答えろよ。分かったかって聞いてんだよ?汚職まみれのクソ官房長官がよぉ?」

「ぐっ..何が望みだ不破一佐?」

「望みねぇ。とりあえず全員国会議事堂まで来てもらおうか。話はそれからだ。タッちゃん、黒田陸曹長、こいつら全員拘束しろ。念の為ボディチェックもねぇ」

「了解」

二人は言われた通り、閣僚たちのスマホや携帯を取り上げ、結束バンドで彼らの腕を縛り上げた。

「よし、高部二尉、習志野の第一空挺団に連絡。出動準備ってねぇ。あと補給部隊もここに呼んでおいてー」

「了解しました!」

「さて総理、大人しく我々に同行してもらいましょうかね?」

「ふ、不破君、君は間違っている!今ならまだ間に合う、私達を解放したまえ!君達が今投降するなら、決起軍の皆が寛大な処置で済むよう私から取り計らう!」

「えー何?聞こえなーい。..てゆーかさあ、今の今まで俺達にあのクソバイオロイド共を刺し向けてきたくせに、どの口で“寛大な処置“とか言っちゃってるのかなーこの人は?...バカかお前。ゴタゴタ抜かしてっと腕の一本くらいなら持ってくよ?とっとと歩けクソ共」

 後方に待機していた補給部隊のトラックが到着し、不破と達也達第一小隊は他の部隊を引き連れ、総理官邸玄関の外へ出た。

『はーい、各部隊の隊長集合ー!』

 不破がインカム越しに気の抜けた号令をかけると、達也・須田・御島・土岐・沢田・三浦が不破の前に駆け寄った。

「タッちゃんじゃないけどさぁ、全員グッジョブ。ここまでよくやってくれたね。各部隊弾薬の補給後に国会議事堂へ向けて出発。

第一小隊は総理達の身柄を確保しつつトラックで移動、第二から第六小隊は徒歩で護衛に当たれ。議事堂周辺にまだ敵が潜伏してる可能性もあるから、各自最大限の警戒を怠らないように。国会議事堂制圧後は習志野の第一空挺団が降下、援軍に駆けつけてくれる。それまでは籠城戦だ、何としても死守するよ。いい?」

『了解!』

「よし、早速取りかかれ。...さーて総理!リムジンが到着しましたよぉ?トラックで申し訳ないですがねぇ、クク」

「不破君、君の狙いは一体何だ!新しい政府の樹立か?!」

「知りたぁい?でも教えなーい。議事堂に着いてからのお楽しみだよぉ? タッちゃん、こいつらごちゃごちゃ五月蝿いからトラックに押し込んどいてくれる?」

「了解。総理、前に進んでください」

 達也は諏訪総理の背中をミニミの銃口で軽く小突いた。
すると諏訪総理は首だけ背後に振り向き、達也の顔を見た。

「きっ、君は隊長か?私は日本国内閣総理大臣である!つまり君達自衛隊の最高指揮官だ!不破君のこのような暴挙、クーデターを起こした事に対し、それを君は許されると思うのかね?!」

「...俺が信じるのは不破さんだけです。トラックに乗車してください」

 その言葉を聞き、不破は喜々として諏訪総理の顔を覗き込んだ。

「ちょっと聞いたぁ総理?!持つべきものは優秀な部下だよねぇ?そう思わない?」

「ぐっ...! ...後悔する事になるぞ、不破君」

「そのセリフ、そっくりそのままお返しするよぉ? タッちゃん構わないから、そいつらトラックに押し込んじゃって」

「了解。全員乗れ!」

 不承不承ながら閣僚たちは、73式大型輸送トラックの荷台に乗り込んだ。その後に続き第一小隊各員も乗車する。

「黒田陸曹長、君も荷台に乗ってこいつらを監視してくれ。閣僚たちが怪しい動きをしたら捻じ伏せろ。タッちゃんは運転を頼む」

『ハッ!』

 すると各部隊の隊長が駆け寄ってきた。

「連隊長、全部隊の補給が完了しました!」

「よろしい!全隊出発。国会議事堂へ向けて前進!」

 第一小隊はトラック二台に分けて乗り込み、総理官邸前をゆっくりと右折した。達也は徒歩で周囲を護衛する部隊の歩調に合わせて、軽くアクセルを踏みながらトラックを前進させた。茱萸坂(ぐみざか)を通り抜け、左折して国会正門前へと進む。

 …不気味なほど静かだった。左耳に手を当てて索敵を行ったが、想定していた敵兵の待ち伏せもない。空が朱色に染まってきたのを見て、達也は腕時計を確認した。午後16時53分。そろそろ日も落ちる頃だ。

 達也はふと、左の助手席に座る不破を見た。座席の背もたれに寄りかかり、目を閉じて脱力しきっている。口元には微笑を湛え、何やらとても嬉しそうな表情に映った。こんなにリラックスした不破樹を間近に見られるとは思いもよらず、達也は自分が隊長という役職にある事を感謝した。

 達也も不破に釣られて自然と笑顔になり、正面を向いて運転に集中した。国会正門前まであと400メートル足らず。トラックはゆっくりと前進した。

 とその時、不意に鼻歌が聞こえてきた。優しい旋律、心に染みるメロディ。当然隣にいる不破が歌いだしたものだが、達也はその歌を知っていた。そして衝撃を受けた。それは今から遥か172年前に存在した、今では知るものも少ないアイルランドの古い民謡だったからである。

 達也はその歌の詩を記憶していた。何度も同じメロディを気持ち良さそうにリフレインする不破に合わせ、達也は歌詞を乗せて不破と共に歌い始めた。


...Cold as the northern winds,In December mornings
(12月の朝にそよぐ 北風のように冷たく)

Cold is the cry that rings,From this far distant shore
(はるか遠くの島から 叫び声が響いてくる)

Winter has come too late,Too close beside me
(遅かりし冬が 心の中まで凍らせる)

How can I chase away,All these fears deep inside?
(深く根付いた恐怖を どうしたら振り払えるの?)

I'll wait the signs to come,I'll find a way
(奇跡を待ちましょう 道が開けるまで)

I will wait the time to come,I'll find a way home
(その時を待ちましょう 家路をたどる日まで...)

My light shall be the moon,And my path the ocean
(月の光を足がかりに 海の小道をたどりましょう)

My guide the morning star,As I sail home to you
(明けの明星を目印に あなたのいる故郷へ渡っていきましょう)

I'll wait the signs to come,I'll find a way
(奇跡を待ちましょう 道が開けるまで)

I will wait the time to come,I'll find a way home
(その時を待ちましょう 家路をたどる日まで...)

Who then can warm my soul?
(私の魂を暖めてくれるのは誰?)


Who can quell my passion?
(私の情熱を和らげてくれるのは誰?)

Out of these dreams a boat
(夢から覚めたら、1隻の舟に乗り)

I will sail home to you
(あなたのいる故郷へ渡っていきましょう)


 不破と達也は歌い切ると、笑顔でお互いの顔を見やった。

「タッちゃあん、やっぱり俺達気が合いそうだねぇ?」

「不破さんこそ、こんなマイナーな歌を知っているなんて驚きましたよ。俺昔から大好きなんですよ、この歌」

「やっぱ音楽はいいよねぇ」

「ええ、そうですね。心が安らぎます」

「予想してた敵部隊も無し、か。このミッションが終わったらさぁ、カラオケにでも行くかぁタっちゃん?」

「光栄です、是非そうしましょう!」

 そんな話をしている内に、トラックは国会正門前へとたどり着いた。不破が身を乗り出して周辺を確認する。

「門は閉まってるねー、当然か。タッちゃん、門壊しちゃって」

「了解。工兵前へ!ゲートブレイカーを使用しろ!」

 トラックと隊員たちが安全距離まで後退し、工兵の仕掛けたC4爆薬が起爆した。門は跡形もなく吹き飛び、達也は正門の中へとトラックを進入させた。不破がインカムに向けて指示する。

『全員降車、整列!』

 トラックの荷台にいた隊員たちが一斉に降車し、捕らえた閣僚たちと共に不破の前に整列した。目の前には中央塔が聳え立ち、左右対称に鉄筋コンクリート作りの建物が伸びている。向かって左が衆議院、右が参議院だ。

「第一・第二小隊は衆議院側、第三・第四小隊は中央塔、第五・第六小隊は参議院側の制圧にかかれ。敵が潜んでいたら全て排除しろ。いいな?」

『了解!』

「状況開始!!」

 第一から第六小隊は、高さ約4メートル・幅2メートル程のブロンズ製ドアを開け放ち、一気に突入して散開した。不破と達也は閣僚達を連れながら控室らしき小部屋を調べていき、その奥にある衆議院第一委員室もチェックしたが、そこは無人だった。そして最奥部にある衆議院本会議場に着くと、不破は中央通路で閣僚達に指示した。

「はいとうちゃーく。総理、官房長官。全員その場に跪け」

「こ、こんな所に連れてきて、何を企んでいる?!」

「うるせーなオラァ!!さっさと跪けって言ってんだよクソが!!」

 不破は諏訪総理の後ろ膝を蹴飛ばし、強引に跪かせた。それを見て恐怖に駆られたのか、他の閣僚たち六人も自ら両膝をつく。不破はインカムに向けて確認を促した。

『各隊、状況送れ』

『こちら中央塔、敵は発見されず』

『こちら参議院本会議場、同じく敵影無し。完全に無人です』

『よろしい、各部隊警戒態勢のままその場に待機、以上』

 インカムから手を離し、不破は高部を呼んだ。

「高部二尉、習志野の第一空挺団に通達。我国会議事堂制圧に成功せり。至急出動されたし」

「了解!」

 それを聞いた隊員たちが一斉に雄叫びを上げた。その声が本会議場の壁面に木霊する。

「うおおおおーー!!」
「やったぜ畜生!!」
「第一小隊全員無傷だ!!」
「須藤隊長様々だぜ!!!」
「ヒャッホウ!!今夜オフ会しよーぜ!!」
「いいねぇ!!やろうやろう!」
「最高だなおい!!」

 皆が飛び跳ねて喜んでいるところへ、不破が号令を飛ばした。

「あーみんな!!水を差して済まないけど、よく聞け!第二小隊は全員、本会議場の外を見張れ。習志野の部隊が到着するまでの間、油断するなよ!いいな須田隊長?」

「了解、外の監視に当たります!」

「よろしく頼む」

 そして第二小隊が去り、本会議場にいるのは第一小隊63名と閣僚7名のみとなった。不破は入り口の鍵を閉めると、第一小隊皆の顔を見渡した。

「さーて、こっからがお楽しみだよぉ?」

 不破はM4カービンのコッキングレバーを引いて装弾すると、その銃口を内閣官房長官・角頼 豊人の額に突きつけた。

「ひっ?!な、気は確かか不破一佐!!」

「確かですよぉー? お前一番に決ーめた。とりあえず死ねよ、お前」

──ダァアン!!

 本会議場中央通路のレッドカーペットに、官房長官の脳漿が弾け飛んだ。不破の目は大きく見開かれ、その顔には狂気の様相が迸っていた。

「キャハハハハ!!あーらら死んじゃったぁ?!次は誰にしようかなぁ?まあ立場順で言うと、逆からがいいよねぇ?! ねえ...浜田さん?」

 ニタァと笑いながら、厚生労働大臣・浜田 武夫の眉間に不破は銃口を突きつけた。

「まっ、待て不破君!!欲しいのは金か?!金だなそうだろう?!金ならいくらでも用意する!だから命だけは──」

「バカだねー、お前ほんとにバカ。クハハハ!!仕事場の本会議場で派手に死ねるんだ、感謝してもらわないとねえ? さあほら死んじゃうよぉ?!どうする?どうする浜田さぁあん?!」

「ひっ!!やっ、やめぇええぇええ!!」

──ダガァアン!!

 浜田の後頭部が吹き飛び、真っ赤な鮮血と共に大脳がボロリと垂れ下がっていた。それを見た他の閣僚たちは戦慄する。閣僚の誰かが失禁したのか、アンモニア臭が僅かに漂っていた。

 達也はその光景を見て、完全にフリーズしていた。狂気に走る不破、死に怯える閣僚。これが映画だという事も忘れ、体に反して達也の脳内では思考が高速で駆け巡っていた。

「つ・ぎ・は・だ・れ・に・し・よ・お・か・な?...外務大臣の安田さーん!!クハハハハハ!!ざまあねえなおい?!ほーら、これから死んじゃいまちゅよー、いいでちゅかー?安田ちゃーん?」

「やめてくれ!!やめてくれ頼む!!命だけは、命だけはどうか!!助けてくれ!!頼む!!」

「ケハハ!!死ねぇ!!!」

──ガアァアン!!

 安田が撃たれた姿を見て、達也は後ろで黙って見つめるアキラと真希に向けて叫んだ。

「アキラ君、真希ちゃん!!止められないのか!!あの人たちは丸腰だぞ?!」

「止めたきゃ撃てば? ただね兄さん、これはもうエンディングに入ってるんだ。ここで不破連隊長を撃てば、フレンドリーファイアの扱いになっちまう。つまり脱落する。黙って見てるしかないのさ」

「そ、そんな...」

「達也お兄ちゃん、我慢して。もう私達は閲覧モードに入ってる。手出しは出来ないんだよ」

「こ、こんな...こんなものがエンディングだって言うのか?」

 達也の思惑を他所に、不破はますます狂気に染まっていく。

「はい次ー!!法務大臣・竹野さぁーん?野球ぅーうすーるなら、こういう具合にしにゃさんせ、アウト!セーフ!よよいのよい!!はい、アウトーー!!クハハハハ!!!」

──ダァアアン!!

 厚生労働大臣の脳漿が飛び散った。残るは三人。不破が財務大臣に銃口を向けたところで、達也はその間に身を呈して割り込んだ。不破の狂気の目が達也を射抜く。

「ちょっとタッちゃーん、何してるの?邪魔。そこどいてくれる?」

「不破さん、彼らは無抵抗な上に丸腰です!そんな彼らを撃ったところで、なんの意味がありましょうか!!」

「クハハハハハ!!!タッちゃーん、こいつらが一般市民とでも言いたいのぉ?バカも休み休み言ってねぇ?こいつらのせいで今の日本はダメになったんだよぉ?殺しちゃった方がこの国のためなんだよ、わかるぅ? 分かったらそこどきなよタッちゃーん」

「...どきません!」

「ふーん、ならタッちゃんごと撃つけどいいね?」

「...お好きにどうぞ」

「はぁーあ、めんどくせーなー。よっと!!」

「?!」

 不破は両手を広げる達也の腕を取り、一本背負を決めて通路の端へ軽々と放り投げた。達也は腕と背中をしたたかに打ち、呼吸困難に陥っていた。

「ぐっは...!!」

「さーて、何か部下が勘違いしてるみたいだから、お前もさっさと死んでねー。財務大臣・真田さん?」

「やめろ....やめろ、やめろ!!」

「やめなーい。よ?はい残念。キャハハハハハハ!!」

──ガアァアン!!

 五人の脳漿が飛び散り、辺りに鉄臭い血の匂いが充満し始めていた。達也は息も絶え絶え立ち上がった。しかし不破の凶行は止まらない。

「ああ~、後藤さーん。俺は副総理のあんたを尊敬してた時期もあったんですよー。こんな事になっちゃって、誠に遺憾ではありますがぁ~、死んでもらえます?」

「なっ、何が目的だね不破一佐?!事と場合によっては、総理と共にその目的成就に向けて計画を練ろうじゃないか!私と総理、そして君との三人でだ!!どうかね、考え直してはもらえんかね?」

「あー、最後に言い残す事はありますかぁー?」

「お、おのれ、クソ!!わ、私の妻と娘に伝えてくれ。心より愛していたと!!」

「...面倒くさいこと言うねぇ。伝えなーい、クハハハハハ!!!はい死ねえ!!!」

──ダガァアン!!!

 後藤副総理の脳漿が弾け飛び、動かぬ肉塊となった。達也は未だ動けずにいる。目が霞む中、不破は遂に総理へと銃口を向けていた。

「はーい総理、お待たせー。やっと死ぬ順番が回ってきましたよぉ?」

 達也はそれを見て、必死に声を振り絞った。

「ふ、不破さん、だめだ、いけない。無抵抗な者を撃つなど...」

「んー、聞こえなーい!...企業複合体・軍産複合体と手を組んできたこんな政府、なくなっちゃえばいいんだよねえ?!そうだろうタッちゃんよお?!クハハハ!!ここで終わりにしてやるよお、なあ?!諏訪総理よお?!」

「...この日本が、そして世界各国がどんな窮地に立たされているのか、不破君、君は分かっていない!私達に任せてくれれば、全てが上手く回るのだ!この地球で起こる事象を各国が手と手を握り合い、乗り越えていく。それこそが日本政府の今あるべき姿だ!」

「ご高説ごもっとも。でもねえ、あんた達は末端を見ていない。汚職にまみれた企業の末端で働く人間たちを、全く見ていない!!そのくせてめぇらは企業複合体と手を組み、甘い汁を吸ってきたわけだろうが、ああ?!」

「もう一度いう不破君。私に任せてくれれば、この日本は上手く回る。君たちでは到底及ばない事態にも対応できる。もう一度、考え直してはくれんか」

「はー、却下。お前らがのさばってたから、日本はここまで退廃しちまったんだろうが。クハハハ!!もういいや面倒くせえ、お前いいから死ね!!」

───ガォオオン!!

 不破は、内閣総理大臣の眉間を撃ち抜いた。そこに残されたのは、M4カービンを構える不破の狂気に満ちた形相だった。

 達也はそれを見て立ち上がった。目の前で起きた事態に達也は我が目を疑い、ミニミのキャリングハンドルを握りしめて不破を見返す。

「く、狂ってる...」

「ん?なーにタッちゃん、何か文句あるの?」

「彼らは非武装な上に、無抵抗だった!!連隊長、何故いとも簡単に殺したんですか!!」

「それがこの国のために一番だと思ったからだよぉ?」

「不破さん、それでも...それでも、こんなやり方は間違っている」

達也はミニミのトリガーに指を添えた。

「...何だよタッちゃん、何か言いたそうだなぁ?いいぜぇ?話し合おうよ?!もう全員死んだしぃ、これはいらねーよなあ?!」

不破は手にしたM4カービンを地面に投げ捨てた。達也はそれを見るも、警戒を緩めない。

「彼ら閣僚を、生かして対話に持ち込むという選択肢もあったんじゃないですか?」

「そんなものはないねぇ?!鼻っからこいつらは全員殺すつもりでいたしぃ?」

「では何故、その目的を事前に話してくれなかったんですか?」

「今のタッちゃんみたいに反論する奴が出てくるかも知れなかったからねぇ?そんなの面倒くさいし、いちいち相手にしてたら作戦の進行にも影響が出たからね。だから黙っておいた」

「死んだ者たちの言葉に、耳を貸す余地もなかったと?」

「無いねぇ、居なくなってくれた方が、この日本の為になるんだから」

「そんな理由で無抵抗な人間を.. .あなたは、あなたは、狂っている」

 そう言った直後だった。ミニミを握る達也の左手と右手が勝手に動き、不破に焦点を定めた。達也は照準を逸らそうと必死に抗ったが、どんなに力を込めても体が勝手に動いてしまう。

 照準は正確に不破の眉間を狙っていた。そして右手人差し指がトリガーに手をかけようとしている。達也は咄嗟に叫んだ。

「アキラ君、真希ちゃん、御子柴さん!!体が勝手に動いて...止まらない!!止めてくれ、早く!!」

「だめだ兄さん!俺たちはもう完全に閲覧モードになっちまってる、身動きが取れねえんだ!!」

「お兄ちゃん!!」

「隊長、済まねえ!俺も動けねえ!!」

「そ、そんな...」

 その姿を見た不破は両手を左右いっぱいに広げ、達也に向かって吠えた。

「何だよ...おいタッちゃん? 俺を撃とうってのか?クハハハ!!いいぜ、俺は丸腰だぜぇ?ほら、撃てよ。撃っちゃえよタッちゃん?」

 その刹那、達也の脳内にフューリーの声が響いた。

『最終フェーズです。この先にあなたが取る行動により、物語は大きく分岐します。以下の三択から決断してください。

A.不破連隊長を撃つ

B.不破連隊長を撃つ

C.不破連隊長を撃つ

猶予は10秒間です。選択してください』

「おい!!フューリー何だこの理不尽な選択は!!」

『カウントを開始します。10、9、8、...』

「くっそ!アキラ君、真希ちゃん!!何とかならないのか?!」

「だめだ兄さん!!俺たちもフリーズされてる!!」 

「ごめんお兄ちゃん、あたしも体が...動かない!」

 達也の照準は、強制的に不破の眉間を捉えている。その向こうにある不破の目を見た瞬間、走馬灯のように今までの経験が思い起こされた。自分がずっと憧れていた存在、拙い会話、彼の笑顔、一緒に過ごした時間、そして歌の旋律。達也は全身に力を込めたが、微動だにしない。

『7・6・5・4・3・2・1・』

 無情にもカウントが続き、達也は叫んだ。

「いやだ....いやだ! いやだあああああ!!!!」

 達也は咄嗟に左腰に差したベレッタM92Fを抜き、自分の右腕に向かって撃ち込んだ。しかし右腕に構えたミニミのトリガーは引かれ、不破に向かって銃弾が撃ち込まれた。二人は同時に地面へと倒れる。

「不破さん!!」

 その瞬間に、隊員達全員を拘束していた体の自由が戻った。達也は右腕の痛みも忘れ、倒れた不破に駆け寄り体を抱き起こした。

「ちっくしょう、何だよこれ、こんなつもりじゃ....不破さん、しっかりしてください不破さん!!」

 達也の撃った弾は、弾道が逸れて不破の右肩を貫いていた。不破は達也に優しい目を投げかける。

「ば、バカヤロウが...狙うならここ、だろ? 一発で仕留めろよ..ボケナスが...」 

 不破は左腕で自分の眉間を指差し、脱力した。

「不破さん、しっかりしてください!!真希ちゃん、不破さんの治療を頼む!!」

「いや、タッちゃん。このくらいの傷...何ともない」

「ご無理はなさらないでください!真希ちゃん、頼む」

「了解。連隊長、動かないで。緊急治療アージェントヒール!」

 真希のヒールが発動したが、何故か傷口が塞がらない。
それを見て達也は慌てた。

「真希ちゃん、これはどういう事?」

「わ、分からない、あたしにも分からないよ!とにかく治療出来ない!」

「スキルが...無効化されている?」

 その時突然、第一小隊全員の脳内にフューリーの声が響き渡った。皆はハッとして動きを止め、その声に傾聴する。

『警告。不破一等陸佐が回復不能の重体に陥った為、第一から第六小隊への全指揮権がこれより移譲されます。尚移譲対象者は。これまでの戦闘で最もキルレートの高かった者及び、負傷者の救出に最も貢献した者に与えられます。それでは発表します、最高得点者は....』

 皆が固唾を飲み、次の言葉を待った。

『─────須藤 達也三等陸佐です!!』

───ウォオオオーー!!

 一斉に隊員達の歓声があがった。フューリーが更に言葉を継ぐ。

『尚全隊指揮権移譲に伴い、これ以後のストーリー進行は須藤 達也三等陸佐に一任されます。十二分に熟考の上、この先に待つルートを進んでください』

「さすが隊長!!」
「やべえ、鳥肌立ってきた!」
「こんなの初めて見たぞ?!」
「俺、第一小隊で良かった...」
「てかこれ、完全に別エンディングだよな?」
「遂に来たんじゃね?!」

 隊員たちが歓喜する中、達也は呆然としながら現状の把握に努めた。下を見ると、不破の傷口からドクドクと出血が今なお止まらない。ます優先するべきは不破の命だ。その気配に気づいたのか、真希が身を乗り出してきた。

「とにかく包帯で止血だけでもする、お兄ちゃん支えてて! 不破さん少し痛みますよ、我慢してください」

 真希が手際よく肩に包帯を巻き付けて、ギリリと音を立ててキツく縛り上げた。

「ぐッ!!...い、いいんだ真希隊員。ありがとうな。それと、タッちゃん」

「は、はい、不破さん!」

 達也は胸の上に乗った不破の右手を握りしめた。

「お、おめでとうタッちゃん。これで晴れて、決起軍の連隊長に...なった訳だな。お前なら、やると思っていたよ...」

「ここまで来れたのは、不破さんと皆の協力があったからこそです!」

「そうか、タッちゃん。お前は、さ、最後の最後まで、俺の事を信じてくれたな。済まなかったな、胸糞悪いもん...見せちまって..」

 不破の顔から血の気が引き、呼吸が荒くなってきた。

「不破さん、もういいんです!それ以上喋らないで!」

 達也は自分が撃ってしまったという罪悪感に苛まれ、溢れる涙を堪えきれなかった。それを見た隊員達は騒ぐのをやめ、達也と不破、真希の三人を取り囲むようにして、固唾を飲み見守った。達也の流した涙が数滴、膝下に抱える不破の頬に落ちる。

「いいんだタッちゃん、ごめんな。でもお前には...いや、ここまで生き残った第一小隊のお前達にだけは、俺の本当の目的を話しておく必要がある」

「本当の...目的?」

「ああ。...研究所だ。研究所に行こうタッちゃん」

「? 研究所?不破さん、それは一体どういう...」

「...いいか、よく聞いてくれ。この国会議事堂の地下には、有事の際に政府要人たちが脱出するための広大なトンネルが、網の目のように張り巡らされている。

その一角に、これまで政府と企業複合体がひた隠しにして開発を進めてきた、とある研究施設が存在する。そこに俺を...連れて行ってくれ、頼む。...今から地図を転送する」

 不破が左耳に手を乗せると、達也を含め第一小隊隊員たちの視界に広域マップデータが表示された。それを見て達也が呟く。

「この位置は...議事堂の中央塔1階最奥部、御休所?確か皇族しか入ることを許されない、立入禁止区画の筈ですが」

「その通りだ。済まないタッちゃん、肩を貸してくれ」

 不破は上体を起こし、達也の肩を掴んで立ち上がった。達也はふらつく体を支え、不破の左腕と腰を抱えこむ。

「不破さん、お怪我に障ります!もう少し休んでからの方が...」

「俺なら大丈夫だ」

「達也お兄ちゃん!自分で撃った右腕見せて、治すから」

「あ、ああ、すっかり忘れてたよ。済まない頼む」

 真希は達也の下腕に包帯を巻き付けて、緊急治療アージェントヒールを発動した。そして痛みの取れた達也は腰を支え直し、再度不破の顔を見た。

「しかしそこまでして、一体何の研究施設があると言うのですか?」

「クク、行けば分かるさ。敵の増援が来るかもしれない、少し急ごう」

「...分かりました。アキラ君、手を貸してくれ。皆も聞いてほしい!これより第一小隊は、不破さんの言う地下研究施設へ向かおうと思う。了承してくれるかな?」

『了解!!』

 隊員達皆が、達也に向かい敬礼した。

「OK。不破さん、しっかり捕まって」

 アキラは不破の右腕を首にかけた。両脇を支えられながら、不破と第一小隊は本会議場の扉の施錠を解除し、中央塔へ向けて通路を前進した。



────────────────────────

■用語解説

73式大型輸送トラック

 73式大型トラックは、人員及び物資輸送などに用いられる汎用キャブオーバートラックで、陸上自衛隊の部隊では全ての職種部隊に配備されている車両である。国内で度々起こる津波災害時に、他の自衛隊車両が津波による水没で次々と行動不能になる中で唯一稼働するなど、高い耐久性を証明している。

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