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本編

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「子爵家から呼び出し?」

「さようでございます」

執事から報告を受けて怪訝な顔をする。このところ夜会の警護に出て特にミスをした覚えはなかったと思うのだが。

「先日、レーガン子爵家で旦那様が捕らえた間者の件でぜひお礼がしたいとのことです」

「あの子爵家からはすでに受け取ったと思ったが。断ることはできるのかロイ」

ロイと呼ばれた50ぐらいの男性執事はかぶりを振る。

「さすがに子爵家当主自らの書状ですのでお断りできませんかと…」

「面倒ごとがなければいいが…」

「レーガン家は評判もいい家ですし、無茶なことを言われるとは思いませんが…」

「わかった。日はいつだ?」

「明後日になっております」

ご丁寧に休日まで調べられているらしい。わかったと返事をして執事を下がらせる。とりあえず今日は休もう。



子爵家の屋敷へ向かう当日、邸にいる執事とメイドに見送られ家を出る。

「お待ちしておりました」

子爵家に着くと応接間に案内された。子爵家はつつましく一見、男爵家のようなたたずまいだ。そこにはすでに子爵と夫人が座っていた。

「本日はお招きいただきありがとうございます。待たせてしまったようで申し訳ありません」

そういって頭を下げる。まさか、すでに待っていたとは思わなかった。よほど重要な話なのだろうか?

「いえ、こちらこそ呼びつけてしまって申し訳ない。かけたまえ」

子爵に促されソファに座る。すぐにそばにいた侍女が私と子爵様たちに紅茶を入れてくれる。

「さて、本日の話ですが先日の褒賞ということでしたが…」

子爵が何を考えているのかわからなかったので、失礼かと思ったが本題を切り出す。

「ふむ、君は中々頭の回転が速いようだ。実は先日、間者をとらえた時に令嬢が一人近くにいただろう、覚えているかね?」

「確かに可愛らしい令嬢がお一人おられましたが…」

まあっと夫人がうれしそうに微笑む。何なのだろうか?確かにあの時ご令嬢が一人、こちらを見ていた。おびえている様子でもなかったが、捕らえる時に巻き込んではならないと視線を向けたのでクレームでも来たのだろうか?

「実はその令嬢は私の娘でね。おてんば姫と巷では呼ばれている様だが君も聞いたことぐらいあるだろう?」

「ええ、確かに同僚がそのような話をしていたような…」

剣術の腕は中々のものだと警備隊の奴らも言っていたな。この二人は何が言いたいのだろうか?まさか稽古でもつけて欲しいというのだろうか。さすがにご令嬢相手にはなどと思っていると子爵夫人が話を続けられた。

「娘はこれまでずっと剣術に明け暮れておりましたの。傷が付いたと話を聞けばバラに触ったのではなく、走り回った生傷だと。本を開けば剣術書。それでも礼節は大事だと書かれていたのでマナーは大丈夫ですが…」

夫人がこれまでの苦労を顔ににじませている。よほど苦労してきたのだろう。

「そんな娘が初めて剣以外に興味を持ったのです。あれから毎日のように貴公のことを尋ねられてな、失礼だと思ったが身辺を調べさせていただいたら、まだ、独身だというではないか」

「騎士爵では珍しくありません。我々は王家の剣となって王宮を守る任についておりますので、剣に生きる故、同僚の中にも未婚のものは大勢おります」

「そうはいっても婚約者がいないものは少ないと聞いた」

子爵はいったいどこからその情報を聞きつけたのだろう。確かに王宮警備隊になれば王都に一軒家を貸与され、執事とメイドをそれぞれ1人ずつ付けられる。もっともその給料は王家と折半だが。そのため騎士爵という1代限りの爵位の家にも嫁のなり手は大勢いる。退役時には家を返す代わりに王都に小さいながらも新たな家がもらえるためだ。それを売るなり住むなりすれば快適に暮らせるのである。

「それで、私たち夫婦はこれはもう運命だと思いましたの。これまであんなに異性に興味のなかったあの子が興味を持つなど2度とないのではと」

「それで、今日は先日のお礼とともに、娘との縁談をと思ってな」

「いや、私のような騎士爵などではなく、もっと良い縁談があるのではないですか?」

これはまずい。完全に2人は婚約話を持ち掛ける気だ。

「それが恥ずかしい話ですが、娘はおてんば姫とあだ名されこれまで婚約の話も来ず、こちらから送った縁談もすべて断られておりますのよ」

夫人が悲しそうにうつむく。夜会で見た感じではそんな感じは受けなかったのだが…。

「そうはいっても私たちも親として実際に見てみないと、ということで来てもらったのだが、娘のことをよく知らないとはいえ偏見を持たずに接してくれるようだし、改めて婚約をしてくれないか?」

ずずいっと子爵が顔を近づけてくる。夫人には見えないようにしているが、顔は全く笑っていない。なあ、わかってるよな、きちんと面倒見ろよという顔だ。話をしている分には娘のことを思いやってはいるのだろうが、縁談に関しては夫人の言葉通り断られ続けているのだろう。さすがに騎士爵ごときの身分でこれを断れというのは無理だろう。

「ですが私は騎士爵の身です。そのような生活は耐えられないのでは?」

無理だと思うが最後の抵抗を試みる。

「それが、元々我が家はそこまで贅沢をしない上に、娘は剣術書の清貧という言葉が気に入ったらしく、普段からあまり物も買わず、厨房に入っては料理までする始末でな」

「それもあって逆に伯爵様などの縁談は来たとしても断らざるを得ませんの。あまりの無作法に先方が目を回されますわ」

なるほど、普段からじっとできない性分なのか。貴族としては生き辛いご令嬢のようだ。

「という訳だ。心配はいらない」

ここまで言われてはもはやこれまでだ。

「わかりました。受けさせていただきます」

「おおっ、受けてくれるか!ありがとうレイノル殿」

「よかったわね、あなた。私この縁談を断られたらどうしようって昨日から眠れなかったの」

「そうか話ももう終わりだし、休んでおいで」

「すみませんレイノル様。お先に失礼いたします」

そういって夫人は出て行かれた。よほど心配していたのか安心して足元がふらついている様だ。

「いやあ、すまないね。縁談に際してこちらの紙に記入をお願いするよ。それと娘のことだがこれまで結婚に興味がなく剣ばかりだったから、引き続き君には迷惑をかけるが、娘をよろしく頼むよ。もちろん生活費は払うから」

「はあ」

と書類に目を通すとそこには結婚までの間、レーガン嬢はレイノル騎士爵家にて生活することと書いてあった。

「子爵様、これはさすがに…」

「もちろん君のことは信頼しているよ。早々に不貞を働くこともないということも報告からわかっている。だからこそ、これからの生活に一刻も早く慣れるためにという親心だよ。正直、夜会嫌いのあの子がこれで出ずに済むとほっとしている」

抗議しようとしたのだが、そう言われてしまっては仕方ない。確かにあの時、会場から出てきた姿も楽しそうではなかった。貴族としての義務で参加していたのだろう。そう思うと私は書類にサインをして家に持ち帰ったのだった。

    
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