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私の名はイリス=レイバン。リディアス王国の侯爵令嬢だけど、現在すこぶる機嫌が悪い。それというのも…。
「こ、こ、こ、婚約白紙ですってーーーーーーっ!!」
「お嬢様、落ち着いてください!」
「テレサ! どこをどう見て落ち着けっての! ただでさえ、お父様がプレイボーイで『あら今日もお綺麗ですねイリス様。お父様とは髪色も違いますがその赤い髪が素敵ですわ!』とお茶会ごとに言われ続けた私の! ようやくの相手だったのよ!!」
「では、次の相手に期待しましょう」
「うるさい! いいから出てけっ!」
プレイボーイなお父様は学生時代からそれは悪評まみれで、婚約者を奪うこと四度、破棄させること六度、妊娠させること二度と最低最悪の男だ。そのせいで、お母様が嫁いだ後に生まれたお兄様と私にも本当に悪評が付きまとった。
曰く、あの父親から生まれた息子だ。近寄ったら傷物にされる。曰く、あの父親の娘だ。近寄ったら財産を搾り取って捨てられるぞ。そんな噂が後を絶たなかった。擁護? そんな物はない! だって、下位貴族はかなりの数が被害にあっているんだから。
「お父様が高位貴族にでも手を出して、怒られればよかったものを……」
学園平等と謳ってはいるものの、学外では当然そんなことはなく、相手の爵位が子爵家以下ばかりで強く出られないところを狙ったのだ。それも、相手から近付いてきたと。確かに子爵家の令嬢からしたら、侯爵家に嫁入りできるなんて夢の様かもしれないけど、その気持ちを逆手に取るなんて……。中には親の命令だった子もいただろう。
「おかげで私の婚約はこれまで浮きっぱなしで、ようやく伯爵家の縁談がつぶれたところに割り込めたのに……」
元婚約者となった伯爵家の令息には元々婚約相手がいたのだけど、相手が酒の席で別の方と体の関係を持ってしまい、涙ながらに別れたのだという。政略で結ばれた婚約ではあったものの、幼馴染同士で彼の方は好きだったようだ。その失意の淵に付け入って話を進めたというのに。
「何が、お父様の再婚相手のことを聞き、『あなたの家に婚礼金を支払うなど騎士の名折れだ!』よ! 確かに後妻のケイトはまだ十六歳のガキだけど、お前は慰めてくれたメイドとできてんだろうがっ! こっちは知ってんだ!」
手紙を投げ捨て、怒りに震える。いまだに後妻の話を受けた時のことを思い出す。こんなことなら断っておけばよかった。
「ああ、イリス、クレイ。二人に話があるんだが……」
夕食時に何の話かと思いはしたが、いいですけどとお兄様と二人で了承する。
「実はな、わしに再婚の話が来てな。後妻を迎えようと思うんだ」
「は、後妻?」
「うむ、もうすぐクレイには家督を譲るし、イリスも婚約者が決まっただろう? 別にいいよな」
「まあそういわれれば……」
むしろいまだに夜遊びが多い父を思えば、後妻がいる方が嫌な噂もそっちに向かってくれていいかもしれない。収まりが良ければ今後の悪評も多少は改善するかもしれないし。
「私は別に構いませんよ」
お兄様も同じ考えのようで、逆にほっとしているようだ。
「そうかそうか。なら、今度連れてくる。婚約発表とか式は今更だからいらんな」
そうルンルン気分なお父様を疑問には思ったけど、まさか連れてきたのが――。
「は、初めまして、クレイ様、イリス様。わ、わたし、エルマン子爵の娘のケイト=エルマンと申します」
「あっ、えっ!?」
挨拶した令嬢はどこをどう見ても童顔というレベルではなく、幼さの残る顔というか明らかに若い。そう、私よりも。
「お、お、お父様!? これは一体?」
「なんだ、説明しただろう? 再婚相手、つまり後妻だね。しかも、ぴちぴちの十六歳だよ」
「あ、あ、あ、あほかぁーー!」
私とお兄様の抗議もむなしく、無事に? 結婚手続きは受理され、彼女は我が家の一員となった。それを機にお父様は彼女と別館に移り、実質お兄様が当主となった。苛つくのはあおりを受けて次期当主の伴侶ではない私も別館に移らなければいけなくなったことだ。
以来ケイトは出会えばイリス様イリス様と、うっとおしいのよ! 絶対にお義母さまなんて言ってやんないんだから! あれ以降、せめてもの抵抗としてお父様を侯爵様、ケイトを呼び捨てで呼んでいる。
そして冒頭の出来事だ。
「ああ~、これからどうすれば。ようやく見つけた相手だったのに……」
別に愛とかなんていらない。伯爵家のあいつだってメイドとできてようが、要は結婚して生活できればいいんだから。向こうは伯爵家、こっちは侯爵家。追い出すなんてできやしないし、家格もそこそこの最良物件だったのに。
「うぐぐぐ。残る物件は一つか……だけど、あそこは最も望み薄だわ」
いまだに令嬢からも密かに人気のある物件が一つだけ残っている。フィスト=ローラント侯爵だ。侯爵家で国境警備隊隊長だから家にいないことも多くて、リラックスできそうな令嬢あこがれの物件だけど、彼に会えた令嬢はいないというぐらい女嫌いで、見合いも全部断っている。国王陛下の引き合わせでも断ったというのだから、まず無理だろう。
そんな風に思っていたのだが――。
「お嬢様もうよろしいでしょうか?」
「テレサ、なんか用なの?」
私は小さい頃から専属使用人として仕えているテレサに声を掛ける。いつもなら面倒だと、もう部屋から出ていっているはずだけどなんだろう?
「いえ、実は来客の予定があると旦那様より伺っておりまして……」
「誰が来るの。この家に!」
「ローラント前侯爵夫妻です」
「な、な、な、なんですって! いつ、何時、何分!」
「落ち着いてください。明後日の昼前には着くとのことです」
「ふふふふふ、あははははは」
「お、お嬢様?」
「運が向いてきたわよ~~。見てなさい! 私を振ったこと後悔させてやるわ!」
ネギがカモじゃなかった……カモがネギ背負ってやってきたわね!
「こ、こ、こ、婚約白紙ですってーーーーーーっ!!」
「お嬢様、落ち着いてください!」
「テレサ! どこをどう見て落ち着けっての! ただでさえ、お父様がプレイボーイで『あら今日もお綺麗ですねイリス様。お父様とは髪色も違いますがその赤い髪が素敵ですわ!』とお茶会ごとに言われ続けた私の! ようやくの相手だったのよ!!」
「では、次の相手に期待しましょう」
「うるさい! いいから出てけっ!」
プレイボーイなお父様は学生時代からそれは悪評まみれで、婚約者を奪うこと四度、破棄させること六度、妊娠させること二度と最低最悪の男だ。そのせいで、お母様が嫁いだ後に生まれたお兄様と私にも本当に悪評が付きまとった。
曰く、あの父親から生まれた息子だ。近寄ったら傷物にされる。曰く、あの父親の娘だ。近寄ったら財産を搾り取って捨てられるぞ。そんな噂が後を絶たなかった。擁護? そんな物はない! だって、下位貴族はかなりの数が被害にあっているんだから。
「お父様が高位貴族にでも手を出して、怒られればよかったものを……」
学園平等と謳ってはいるものの、学外では当然そんなことはなく、相手の爵位が子爵家以下ばかりで強く出られないところを狙ったのだ。それも、相手から近付いてきたと。確かに子爵家の令嬢からしたら、侯爵家に嫁入りできるなんて夢の様かもしれないけど、その気持ちを逆手に取るなんて……。中には親の命令だった子もいただろう。
「おかげで私の婚約はこれまで浮きっぱなしで、ようやく伯爵家の縁談がつぶれたところに割り込めたのに……」
元婚約者となった伯爵家の令息には元々婚約相手がいたのだけど、相手が酒の席で別の方と体の関係を持ってしまい、涙ながらに別れたのだという。政略で結ばれた婚約ではあったものの、幼馴染同士で彼の方は好きだったようだ。その失意の淵に付け入って話を進めたというのに。
「何が、お父様の再婚相手のことを聞き、『あなたの家に婚礼金を支払うなど騎士の名折れだ!』よ! 確かに後妻のケイトはまだ十六歳のガキだけど、お前は慰めてくれたメイドとできてんだろうがっ! こっちは知ってんだ!」
手紙を投げ捨て、怒りに震える。いまだに後妻の話を受けた時のことを思い出す。こんなことなら断っておけばよかった。
「ああ、イリス、クレイ。二人に話があるんだが……」
夕食時に何の話かと思いはしたが、いいですけどとお兄様と二人で了承する。
「実はな、わしに再婚の話が来てな。後妻を迎えようと思うんだ」
「は、後妻?」
「うむ、もうすぐクレイには家督を譲るし、イリスも婚約者が決まっただろう? 別にいいよな」
「まあそういわれれば……」
むしろいまだに夜遊びが多い父を思えば、後妻がいる方が嫌な噂もそっちに向かってくれていいかもしれない。収まりが良ければ今後の悪評も多少は改善するかもしれないし。
「私は別に構いませんよ」
お兄様も同じ考えのようで、逆にほっとしているようだ。
「そうかそうか。なら、今度連れてくる。婚約発表とか式は今更だからいらんな」
そうルンルン気分なお父様を疑問には思ったけど、まさか連れてきたのが――。
「は、初めまして、クレイ様、イリス様。わ、わたし、エルマン子爵の娘のケイト=エルマンと申します」
「あっ、えっ!?」
挨拶した令嬢はどこをどう見ても童顔というレベルではなく、幼さの残る顔というか明らかに若い。そう、私よりも。
「お、お、お父様!? これは一体?」
「なんだ、説明しただろう? 再婚相手、つまり後妻だね。しかも、ぴちぴちの十六歳だよ」
「あ、あ、あ、あほかぁーー!」
私とお兄様の抗議もむなしく、無事に? 結婚手続きは受理され、彼女は我が家の一員となった。それを機にお父様は彼女と別館に移り、実質お兄様が当主となった。苛つくのはあおりを受けて次期当主の伴侶ではない私も別館に移らなければいけなくなったことだ。
以来ケイトは出会えばイリス様イリス様と、うっとおしいのよ! 絶対にお義母さまなんて言ってやんないんだから! あれ以降、せめてもの抵抗としてお父様を侯爵様、ケイトを呼び捨てで呼んでいる。
そして冒頭の出来事だ。
「ああ~、これからどうすれば。ようやく見つけた相手だったのに……」
別に愛とかなんていらない。伯爵家のあいつだってメイドとできてようが、要は結婚して生活できればいいんだから。向こうは伯爵家、こっちは侯爵家。追い出すなんてできやしないし、家格もそこそこの最良物件だったのに。
「うぐぐぐ。残る物件は一つか……だけど、あそこは最も望み薄だわ」
いまだに令嬢からも密かに人気のある物件が一つだけ残っている。フィスト=ローラント侯爵だ。侯爵家で国境警備隊隊長だから家にいないことも多くて、リラックスできそうな令嬢あこがれの物件だけど、彼に会えた令嬢はいないというぐらい女嫌いで、見合いも全部断っている。国王陛下の引き合わせでも断ったというのだから、まず無理だろう。
そんな風に思っていたのだが――。
「お嬢様もうよろしいでしょうか?」
「テレサ、なんか用なの?」
私は小さい頃から専属使用人として仕えているテレサに声を掛ける。いつもなら面倒だと、もう部屋から出ていっているはずだけどなんだろう?
「いえ、実は来客の予定があると旦那様より伺っておりまして……」
「誰が来るの。この家に!」
「ローラント前侯爵夫妻です」
「な、な、な、なんですって! いつ、何時、何分!」
「落ち着いてください。明後日の昼前には着くとのことです」
「ふふふふふ、あははははは」
「お、お嬢様?」
「運が向いてきたわよ~~。見てなさい! 私を振ったこと後悔させてやるわ!」
ネギがカモじゃなかった……カモがネギ背負ってやってきたわね!
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