竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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君のためだけの翼

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 二週間後、城の前では困った光景が広がっていた。

 レイフォードの視察場所に一緒に行ける事になったルカは、聞いた日からソフィアと一緒に持って行くものを選んで準備を進めていた。
 視察自体に同行出来るかは分からない為、宿に一人でいる場合を考えて仕掛け絵本と勉強道具は持って行く事にし、服や履き物などはソフィアに一任したのだがその量が馬車一台分と知り言葉を失う。
 今も目の前には荷物用の馬車があり、みんなでせっせと運び込んでいた。
 ちなみに護衛であるリックスとバルドーとアルマ、ルカの専属メイドであるソフィアはレイフォードやルカと共に飛んで行く事になっており、この荷物は町にある転移装置で向こうの街に送られるらしい。
 そこまでしなくてもとは思うが、持って行かないなら現地で仕立てると言われ口を噤んだ。
 手伝いを申し出ても断られる事が分かっているルカは、それを横目に被っていたフードを外して上空を見上げて苦笑する。
 ルカの視線の先では精霊たちがぷんすかしていて、誰がルカと一緒に行くかを言い合っていた。

―わたしがいく―
―だめだよ、ぼくがいくの―
―ぼくがいちばんルカとなかよしなんだから―
―ちがう、わたしよ―

 正確に言えばみんな同じくらい仲良くはしてると思うのだが、これをどう収めればいいか分からないルカは口も挟めなくて途方に暮れる。
 精霊が見えるようになってからは、レイフォードといる時以外は誰かしら傍にいて話し相手になってくれる彼らにはルカも感謝いていた。アザのおかげとはいえこんなに好いてくれて嬉しい限りだが、みんなが困るから喧嘩するのだけはやめて欲しい。

「これは⋯誰か一人でも連れて行こうものなら、大変な事になりそうだな」
「選ぶとか、そんな偉そうな事したくないんだけど…」
「なら、全員断るべきだな」
「⋯⋯胸が痛い」

 一緒に行きたい気持ちは痛いほど分かるからごめんねをするのが物凄く申し訳なくて、それでもこのままでは出発も出来ない為ルカは覚悟を決めると大きく息を吸って精霊たちに呼び掛けた。

「あ、あのさ、みんなの気持ちは嬉しいんだけど⋯連れて行くといろいろ大変だから待っててくれない、かな」

―え、どうして?―
―ルカとなんにちもあえないなんてやだ―
―さみしい―

「う、うん。俺も寂しいけど、みんなにはここを守って欲しいんだ。帰ってきた時みんなの顔が見れたら安心するし」

 精霊が減ると町の人たちも心配するだろうし、王であるレイフォードもルカもいない状況だからこそ世界の要である精霊にはここにいて欲しい。
 首を傾げながらそうお願いすると、精霊たちは顔を見合わせたあとルカの周りをクルクル回り頷いた。

―わかった―
―ルカがそういうなら―
―ぼくたちここでまってるね―

「良かった。うん、待っててな」

 どうにか納得して貰えたと胸を撫で下ろしたルカは、さっきまでの言い合いがなかったかのようにふよふよと城の入口の方に移動する精霊を見て小さく笑う。
 どうやら仲良くお見送りしてくれるようだ。

「ルカ」
「あ、うん」

 城に残る使用人たちの頭の上を行ったり来たりする様子を眺めていたら、腕を広げたレイフォードに声をかけられ頷いて飛び付くとそのまま抱き上げられる。
 銀色の大きな翼がレイフォードの背中に現れ一度の羽ばたきで一気に宙に浮いた。

―ルカ、おうさま、いってらっしゃい―
―おしごとがんばってね―
―こまったら、あっちのせいれいにいうんだよ―

「うん、分かった」
「留守は頼んだぞ、ハルマン、ナイアス」
「はい、お任せ下さい。ご無事のお帰りをお待ちしております、竜王陛下、竜妃陛下」
「ど、道中お気を付けて行ってらっしゃいませ⋯!」
『行ってらっしゃいませ』

 ナイアス、とはつい最近見習い宰相として城にやってきた青年で、レイフォードと何度も面談し信用に値する者として選出され、現在少しずつ仕事を学んでいる最中だ。ただまだ勉強途中で留守を任される事になりその表情は不安そうで少し可哀想にも見える。
 ルカも何度か話した事はあるが、真面目で実直を絵に書いたような青年だからきっと大丈夫だろう。
 もしかしたら、戻ってきた時には驚くほど成長しているかもしれない。

 みんなが見送りの声を上げ、精霊たちの短くて小さな手が精一杯振られてルカも落ちないよう気を付けながらみんなに手を振り返す。

「ルカ。一応休憩は挟むが、疲れたら我慢せずに教えてくれ」
「分かった。レイも、疲れたら休まないとダメだからな?」
「ああ、分かってる」

 人を抱いて飛ぶ大変さはルカには分からないが、一人の時よりは勝手がきかないというのは何となく分かる。しかも落とさないようにと気を張ってくれているはずだからやはり負担も大きいはずだ。
 レイフォードの翼、ソフィアを抱くリックスの翼、荷物を持つバルドーとアルマの翼を見たルカは、自分の後ろへと視線をやり溜め息をつく。

「俺にも翼が出来れば良かったのに⋯」
「私はなくて良かったと思ってるよ」
「何で?」
「この翼はルカの為にある。ルカを抱いて飛ぶのは私だけの特権であり喜びだからな。これがなくなってしまうのは寂しいよ」

 そうすればレイフォードの負担を少しでも減らせたのになと思っていると額に薄い唇が触れ優しい声がそう言ってくれる。
 目を瞬いて見上げたらぎゅっと抱き締められた。

「いつだって、ルカを空に連れて行くのは私だから」

 広い肩越しに見える青空はいつもより近くて、ぽかんとして眺めていたルカはレイフォードの言葉にハッとする。
 ルカだって出来る事なら彼に抱いて飛んで欲しいと思ってはいるのだ。
 それを当たり前のように望んでくれるレイフォードの首に抱き着いたルカは、彼の頬に口付けると満面の笑顔で頷いた。
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