竜王陛下の愛し子

ミヅハ

文字の大きさ
上 下
93 / 126

代わってあげられたら

しおりを挟む
 頭のてっぺんから足の指先まで痛くて熱くて堪らない。
 身体の中は誰かにぐちゃぐちゃに掻き混ぜられているようなのたうち回るほどの痛みと気持ち悪さがあり、それを強く感じるたびに意識が飛ぶのだが、また同じ痛みで目が覚めるを何度も繰り返していた。

「⋯っ⋯ぅ⋯く⋯」

 どれだけ歯を食い縛っても声が漏れるし、シーツに立てた爪が剥がれそうなくらい力が入っているけど、どこもかしこも痛いからきっとそうなったとしても気付かないだろう。
 身体を丸めても足を伸ばしてもいくら寝返りを打っても痛くて痛くて堪らない。もうどこからどこまでが自分の身体なのか、境界線が分からないくらい頭が溶けている。
 ただこの永遠ともいえる苦しみの中にも一つだけ救いはあった。ほんの僅かな時間だが、痛みが完全になくなる瞬間があるのだ。
 実際の時間は分からないが体感的には本当にあっという間で、主にソフィアがそれに気付いて水分を取らせたりしてくれていた。
 それでも叫び声すら上げられないほどの苦痛にはひたすら耐える事しか出来ない。
 人間の身体は、斯くも脆く弱々しいものだ。





「ルカの様子はどうだ」

 どれだけ仕事を精査してもやらなければいけない物は毎日のように積み重なり、それでも必要最低限をこなしているレイフォードはソフィアから受ける報告が唯一の安心材料だった。

「変わらずです。痛みの引いた時にしか水分補給が出来ないので心配ですが、お医者様曰く変異している間は脱水症状などの恐れはないからそこは大丈夫との事です」
「本質的には大丈夫ではないのだがな⋯」

 仕事を終え部屋に行くたびに苦しみ悶えるルカを見ては自分の無力さを痛感する。痛みを取り除いてやる事も変わってやる事も出来ないのに、ほんの僅かでさえ緩和もしてやれない。
 報告は以上だとソフィアは頭を下げて退出しようとしたのだが、ふと思い付いて足を止めるとレイフォードへと向き直った。

「陛下、お召し物を毎日一枚ずつお借りする事は出来ますか?」
「構わないが、何をするつもりだ?」
「少し前にルカ様のお部屋にシャツをお忘れになりましたよね? 無意識だとは思うのですが、それを見付けて抱き締めたルカ様が少し落ち着いているように見えたので⋯」
「好きなだけ持っていけ」
「ありがとうございます。さっそく一枚お借り致します」

 本当にそんなものでルカの痛みや苦しみが少しでも楽になるならいくらでもくれてやる。
 ホッとしたように微笑み退出の挨拶をして部屋をあとにしたソフィアを見送ったレイフォードは、日に日に増えていくやるべき仕事の量を見て溜め息をついた。
 こんなもの放って一月ずっと、片時も離れずルカの傍にいてやりたいのに、自分の立場がそれを邪魔する。

(最愛の人を竜族に変え番にした王は、こんなもどかしさを抱えて一月も過ごしたのか?)

 まるで地獄のようだ、とレイフォードは思った。
 自分が唯一と決めた愛しい人が一人であらゆる苦しみに耐えているのに、傍にいてやる事すら出来ない現状がとてつもなく辛い。

(だが、今一番辛いのはルカだ。私がこんな状態では、あの子が耐え抜いた時恥ずかしくて顔も合わせられない。自分がしなくてはいけない事、するべき事はちゃんとしなくてはな)

 世界の頂点立つというのはこういう事だ。
 もう一度、今度は深く息を吐いたレイフォードは、先ほどまで手掛けていた書類を終わらせると新しいものへと手を伸ばした。
 何よりもまずは、目の前の事を片付けてしまうべきだろう。



 許可を得てレイフォードの部屋へと入り、彼の匂いがしっかりとついている服を選んだソフィアはそれを手にルカの部屋へと戻った。

「⋯⋯ぅ⋯」

 痛みから声を漏らすルカに泣きそうになりながらも傍に寄ったソフィアは、持っていたレイフォードの服を小さな手に握らせる。少しして気付いたのか、それを抱き寄せたルカは顔を埋めるようにして身体を丸めた。

「⋯っ⋯れい⋯」

 苦痛に呻く中、こうして日に何度もレイフォードの名前を呼ぶルカには胸が痛くなる。
 額に滲む汗と目蓋が真っ赤になり腫れるほど流れ続ける涙をそっと拭いてやり、ソフィアは気休めになればと髪を撫でた。
 不思議な事にルカの髪は日が経つごとに伸び始め、今では背中に届こうとしている。竜族へと変わっていく過程によるものなのかは分からないが、整える事も出来ない今、変に絡まないよう注意が必要だった。

「ルカ様、少しだけ失礼しますね」

 髪を避けて首の辺りを冷たいタオルで拭いてやるとホッと息を吐く。ずっと高熱が続いており、ルカの全身は思わず声が上がるくらい熱いのだ。
 本当は身体中の汗を拭いて着替えさせてやりたいが現状それも無理である為、ソフィアは可能な限りでルカの身を清めていた。

「病気の子供を見て、母親が代わってあげたいと思う気持ちってこんな感じなのね⋯」

 未婚で子供もいないソフィアだが、幼いレイフォードを育てたしルカに対しては深い母性愛がある。例え血が繋がっていなくても、種族が違っても、ソフィアにとってルカは我が子同然に愛しい存在だ。

「絶対また笑顔を見せて下さると⋯信じていますからね」

 誰よりも明るく輝いていたルカの笑顔を思い浮かべそう呟いたソフィアは、目尻に浮いた涙を拭いレイフォードが戻ってくるまでの間ずっと滑らかな髪を撫でていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

【完結】旦那の病弱な弟が屋敷に来てから俺の優先順位が変わった

丸田ザール
BL
タイトルのままです アーロ(受け)が自分の子供っぽさを周囲に指摘されて素直に直そうと頑張るけど上手くいかない話。 イーサン(攻め)は何時まで生きられるか分からない弟を優先してアーロ(受け)を蔑ろにし過ぎる話 【※上記はあくまで"あらすじ"です。】 後半になるにつれて受けが可哀想になっていきます。受けにも攻めにも非がありますが受けの味方はほぼ攻めしか居ないので可哀想なのは圧倒的受けです ※病弱な弟くんは誰か(男)カップリングになる事はありません 胸糞展開が長く続きますので、苦手な方は注意してください。ハピエンです ざまぁは書きません

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

騎士団やめたら溺愛生活

愛生
BL
一途な攻め(黒髪黒目)×強気で鈍感な受け(銀髪紫目) 幼なじみの騎士ふたりの溺愛もの 孤児院で一緒に育ったアイザックとリアン。二人は16歳で騎士団の試験に合格し、騎士団の一員として働いていた。 ところが、リアンは盗賊団との戦闘で負傷し、騎士団を退団することになった。そこからアイザックと二人だけの生活が始まる。 無愛想なアイザックは、子どもの頃からリアンにだけ懐いていた。アイザックを弟のように可愛がるリアンだが、アイザックはずっとリアンのことが好きだった。 アイザックに溺愛されるうちに、リアンの気持ちも次第に変わっていく。 設定はゆるく、近代ヨーロッパ風の「剣と魔法の世界」ですが、魔法はほぼ出てきません。エロも少な目で会話とストーリー重視です。 過激表現のある頁に※ エブリスタに掲載したものを修正して掲載

処理中です...