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代わってあげられたら
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頭のてっぺんから足の指先まで痛くて熱くて堪らない。
身体の中は誰かにぐちゃぐちゃに掻き混ぜられているようなのたうち回るほどの痛みと気持ち悪さがあり、それを強く感じるたびに意識が飛ぶのだが、また同じ痛みで目が覚めるを何度も繰り返していた。
「⋯っ⋯ぅ⋯く⋯」
どれだけ歯を食い縛っても声が漏れるし、シーツに立てた爪が剥がれそうなくらい力が入っているけど、どこもかしこも痛いからきっとそうなったとしても気付かないだろう。
身体を丸めても足を伸ばしてもいくら寝返りを打っても痛くて痛くて堪らない。もうどこからどこまでが自分の身体なのか、境界線が分からないくらい頭が溶けている。
ただこの永遠ともいえる苦しみの中にも一つだけ救いはあった。ほんの僅かな時間だが、痛みが完全になくなる瞬間があるのだ。
実際の時間は分からないが体感的には本当にあっという間で、主にソフィアがそれに気付いて水分を取らせたりしてくれていた。
それでも叫び声すら上げられないほどの苦痛にはひたすら耐える事しか出来ない。
人間の身体は、斯くも脆く弱々しいものだ。
「ルカの様子はどうだ」
どれだけ仕事を精査してもやらなければいけない物は毎日のように積み重なり、それでも必要最低限をこなしているレイフォードはソフィアから受ける報告が唯一の安心材料だった。
「変わらずです。痛みの引いた時にしか水分補給が出来ないので心配ですが、お医者様曰く変異している間は脱水症状などの恐れはないからそこは大丈夫との事です」
「本質的には大丈夫ではないのだがな⋯」
仕事を終え部屋に行くたびに苦しみ悶えるルカを見ては自分の無力さを痛感する。痛みを取り除いてやる事も変わってやる事も出来ないのに、ほんの僅かでさえ緩和もしてやれない。
報告は以上だとソフィアは頭を下げて退出しようとしたのだが、ふと思い付いて足を止めるとレイフォードへと向き直った。
「陛下、お召し物を毎日一枚ずつお借りする事は出来ますか?」
「構わないが、何をするつもりだ?」
「少し前にルカ様のお部屋にシャツをお忘れになりましたよね? 無意識だとは思うのですが、それを見付けて抱き締めたルカ様が少し落ち着いているように見えたので⋯」
「好きなだけ持っていけ」
「ありがとうございます。さっそく一枚お借り致します」
本当にそんなものでルカの痛みや苦しみが少しでも楽になるならいくらでもくれてやる。
ホッとしたように微笑み退出の挨拶をして部屋をあとにしたソフィアを見送ったレイフォードは、日に日に増えていくやるべき仕事の量を見て溜め息をついた。
こんなもの放って一月ずっと、片時も離れずルカの傍にいてやりたいのに、自分の立場がそれを邪魔する。
(最愛の人を竜族に変え番にした王は、こんなもどかしさを抱えて一月も過ごしたのか?)
まるで地獄のようだ、とレイフォードは思った。
自分が唯一と決めた愛しい人が一人であらゆる苦しみに耐えているのに、傍にいてやる事すら出来ない現状がとてつもなく辛い。
(だが、今一番辛いのはルカだ。私がこんな状態では、あの子が耐え抜いた時恥ずかしくて顔も合わせられない。自分がしなくてはいけない事、するべき事はちゃんとしなくてはな)
世界の頂点立つというのはこういう事だ。
もう一度、今度は深く息を吐いたレイフォードは、先ほどまで手掛けていた書類を終わらせると新しいものへと手を伸ばした。
何よりもまずは、目の前の事を片付けてしまうべきだろう。
許可を得てレイフォードの部屋へと入り、彼の匂いがしっかりとついている服を選んだソフィアはそれを手にルカの部屋へと戻った。
「⋯⋯ぅ⋯」
痛みから声を漏らすルカに泣きそうになりながらも傍に寄ったソフィアは、持っていたレイフォードの服を小さな手に握らせる。少しして気付いたのか、それを抱き寄せたルカは顔を埋めるようにして身体を丸めた。
「⋯っ⋯れい⋯」
苦痛に呻く中、こうして日に何度もレイフォードの名前を呼ぶルカには胸が痛くなる。
額に滲む汗と目蓋が真っ赤になり腫れるほど流れ続ける涙をそっと拭いてやり、ソフィアは気休めになればと髪を撫でた。
不思議な事にルカの髪は日が経つごとに伸び始め、今では背中に届こうとしている。竜族へと変わっていく過程によるものなのかは分からないが、整える事も出来ない今、変に絡まないよう注意が必要だった。
「ルカ様、少しだけ失礼しますね」
髪を避けて首の辺りを冷たいタオルで拭いてやるとホッと息を吐く。ずっと高熱が続いており、ルカの全身は思わず声が上がるくらい熱いのだ。
本当は身体中の汗を拭いて着替えさせてやりたいが現状それも無理である為、ソフィアは可能な限りでルカの身を清めていた。
「病気の子供を見て、母親が代わってあげたいと思う気持ちってこんな感じなのね⋯」
未婚で子供もいないソフィアだが、幼いレイフォードを育てたしルカに対しては深い母性愛がある。例え血が繋がっていなくても、種族が違っても、ソフィアにとってルカは我が子同然に愛しい存在だ。
「絶対また笑顔を見せて下さると⋯信じていますからね」
誰よりも明るく輝いていたルカの笑顔を思い浮かべそう呟いたソフィアは、目尻に浮いた涙を拭いレイフォードが戻ってくるまでの間ずっと滑らかな髪を撫でていた。
身体の中は誰かにぐちゃぐちゃに掻き混ぜられているようなのたうち回るほどの痛みと気持ち悪さがあり、それを強く感じるたびに意識が飛ぶのだが、また同じ痛みで目が覚めるを何度も繰り返していた。
「⋯っ⋯ぅ⋯く⋯」
どれだけ歯を食い縛っても声が漏れるし、シーツに立てた爪が剥がれそうなくらい力が入っているけど、どこもかしこも痛いからきっとそうなったとしても気付かないだろう。
身体を丸めても足を伸ばしてもいくら寝返りを打っても痛くて痛くて堪らない。もうどこからどこまでが自分の身体なのか、境界線が分からないくらい頭が溶けている。
ただこの永遠ともいえる苦しみの中にも一つだけ救いはあった。ほんの僅かな時間だが、痛みが完全になくなる瞬間があるのだ。
実際の時間は分からないが体感的には本当にあっという間で、主にソフィアがそれに気付いて水分を取らせたりしてくれていた。
それでも叫び声すら上げられないほどの苦痛にはひたすら耐える事しか出来ない。
人間の身体は、斯くも脆く弱々しいものだ。
「ルカの様子はどうだ」
どれだけ仕事を精査してもやらなければいけない物は毎日のように積み重なり、それでも必要最低限をこなしているレイフォードはソフィアから受ける報告が唯一の安心材料だった。
「変わらずです。痛みの引いた時にしか水分補給が出来ないので心配ですが、お医者様曰く変異している間は脱水症状などの恐れはないからそこは大丈夫との事です」
「本質的には大丈夫ではないのだがな⋯」
仕事を終え部屋に行くたびに苦しみ悶えるルカを見ては自分の無力さを痛感する。痛みを取り除いてやる事も変わってやる事も出来ないのに、ほんの僅かでさえ緩和もしてやれない。
報告は以上だとソフィアは頭を下げて退出しようとしたのだが、ふと思い付いて足を止めるとレイフォードへと向き直った。
「陛下、お召し物を毎日一枚ずつお借りする事は出来ますか?」
「構わないが、何をするつもりだ?」
「少し前にルカ様のお部屋にシャツをお忘れになりましたよね? 無意識だとは思うのですが、それを見付けて抱き締めたルカ様が少し落ち着いているように見えたので⋯」
「好きなだけ持っていけ」
「ありがとうございます。さっそく一枚お借り致します」
本当にそんなものでルカの痛みや苦しみが少しでも楽になるならいくらでもくれてやる。
ホッとしたように微笑み退出の挨拶をして部屋をあとにしたソフィアを見送ったレイフォードは、日に日に増えていくやるべき仕事の量を見て溜め息をついた。
こんなもの放って一月ずっと、片時も離れずルカの傍にいてやりたいのに、自分の立場がそれを邪魔する。
(最愛の人を竜族に変え番にした王は、こんなもどかしさを抱えて一月も過ごしたのか?)
まるで地獄のようだ、とレイフォードは思った。
自分が唯一と決めた愛しい人が一人であらゆる苦しみに耐えているのに、傍にいてやる事すら出来ない現状がとてつもなく辛い。
(だが、今一番辛いのはルカだ。私がこんな状態では、あの子が耐え抜いた時恥ずかしくて顔も合わせられない。自分がしなくてはいけない事、するべき事はちゃんとしなくてはな)
世界の頂点立つというのはこういう事だ。
もう一度、今度は深く息を吐いたレイフォードは、先ほどまで手掛けていた書類を終わらせると新しいものへと手を伸ばした。
何よりもまずは、目の前の事を片付けてしまうべきだろう。
許可を得てレイフォードの部屋へと入り、彼の匂いがしっかりとついている服を選んだソフィアはそれを手にルカの部屋へと戻った。
「⋯⋯ぅ⋯」
痛みから声を漏らすルカに泣きそうになりながらも傍に寄ったソフィアは、持っていたレイフォードの服を小さな手に握らせる。少しして気付いたのか、それを抱き寄せたルカは顔を埋めるようにして身体を丸めた。
「⋯っ⋯れい⋯」
苦痛に呻く中、こうして日に何度もレイフォードの名前を呼ぶルカには胸が痛くなる。
額に滲む汗と目蓋が真っ赤になり腫れるほど流れ続ける涙をそっと拭いてやり、ソフィアは気休めになればと髪を撫でた。
不思議な事にルカの髪は日が経つごとに伸び始め、今では背中に届こうとしている。竜族へと変わっていく過程によるものなのかは分からないが、整える事も出来ない今、変に絡まないよう注意が必要だった。
「ルカ様、少しだけ失礼しますね」
髪を避けて首の辺りを冷たいタオルで拭いてやるとホッと息を吐く。ずっと高熱が続いており、ルカの全身は思わず声が上がるくらい熱いのだ。
本当は身体中の汗を拭いて着替えさせてやりたいが現状それも無理である為、ソフィアは可能な限りでルカの身を清めていた。
「病気の子供を見て、母親が代わってあげたいと思う気持ちってこんな感じなのね⋯」
未婚で子供もいないソフィアだが、幼いレイフォードを育てたしルカに対しては深い母性愛がある。例え血が繋がっていなくても、種族が違っても、ソフィアにとってルカは我が子同然に愛しい存在だ。
「絶対また笑顔を見せて下さると⋯信じていますからね」
誰よりも明るく輝いていたルカの笑顔を思い浮かべそう呟いたソフィアは、目尻に浮いた涙を拭いレイフォードが戻ってくるまでの間ずっと滑らかな髪を撫でていた。
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