竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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会いたい

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 赤い光が窓の外に漏れるくらい広がりやがて落ち着いた頃、そっと目を開けたルカは男たちがたじろいでいるのが見えて首を傾げた。その瞬間何かが頬に触れ驚いてそっちに視線を移すと、赤い毛並の大きな四足獣がいて思わず目を見瞠る。

「……え?」
「これは…陛下の守護精霊…?」
「せ、精霊?」

 こんなに大きくて獣の形をした精霊がいる事は初めて知ったし、精霊だとしてルカが見えるのはどうしてなのか、そもそもどこからどうやって出てきたのか、疑問しか出なくて困惑していると我に返った男が再び手を上げる。

「こ、こんな獣など…我らの力があれば…っ」
『グルルル…』
「…っ…」

 ルカを庇うように前に踏み出した精霊は低く唸り声を上げて男たちを威嚇し、それに怯んだのか声を上げた男が後ろに下がった時、部屋の扉が大きく音を立てて開かれた。

「全員捕らえろ!」

 凛々しい声がして騎士がどっと雪崩込みローブの男たちを一気に押さえ込んでいく。
 リックスが剣を納めたのが視界の端に見え、ソフィアを振り向こうとしたら精霊にベロリと顔を舐められた。目を瞬いていると今度は頬擦りされ、柔らかな毛が肌を撫でる感触に堪らず吹き出す。

「……ふ…あははっ、擽ったいって!」

 ルカの無邪気な笑い声に緊迫していた空気が緩み、男たち以外の全員がホッと息を吐く。
 連れて行くよう騎士たちに指示を出したレイフォードは、近付いて喉を鳴らす精霊を撫でるとルカの耳に触れて苦笑した。

「発動してしまったか」
「何が?」
「耳飾りは御守りだと言っただろう? ルカの命に関わるような危機が迫った時発動するようになっていた」
「…そうだったんだ……ってことは、この子は」
「代々の王が使役する守護精霊で、耳飾りに宿していたんだ」

 耳飾りに指を持っていくと割れていて欠片さえなく、危ないからとレイフォードが外してくれたが今まであった物がなくなって少し寂しく感じた。
 若干軽くなった耳朶を触っていたら、腹に精霊の前足が回され背中がもふもふした毛で包まれる。顔全体が舐められているのにベタベタにならないのは、ある意味概念である精霊だからだろうか。

「わ、ちょ…はは、待てって、こら」
「……戻れ」
『…!』
「あ」

 首筋の匂いを嗅がれ竦めたらレイフォードの手が精霊の額に手を当て地を這うような声で命じる。それにビクリと背筋を正した精霊は小さく鳴いてユラリと姿を消し、あとにはルカとレイフォードとリックスとソフィアが残された。
 やれやれと息を吐いたレイフォードに二人は苦笑し、ルカは部屋の中を見渡す。
 花瓶が倒れたり本が散らばっていたり棚が倒れていたりととても気を休められる状況にはなくて、ルカはセノールから貰った仕掛け絵本を抱えると大きく息を吐いた。

「ソフィアがいつも綺麗にしてくれてたのに…」
「大丈夫ですよ。また綺麗にしますから」
「ごめんな」
「ルカ様のせいではありません。折角ですから、次はルカ様がお好きなお色で纏めてみましょうか。何色がいいですか?」

 元々の色も落ち着いていて良かったが、好きな色と言われて考えたルカはチラリとレイフォードを見ると、仕掛け絵本で口元を隠すようにして小さく呟いた。

「金色と紫」

 それはすなわちレイフォードの髪と瞳の色で、それに気付いたレイフォードは目を瞬き、ソフィアは微笑ましげな笑顔を浮かべる。
 ほんのり頬を染めた姿が見えるのはルカの感情が成長した証ではあるが、その可愛らしさはレイフォードにとってはひどく煽情的で今すぐ寝室に連れ込みたくなるくらいだ。

「真紫ですと主張が激しくなりますから、薄紫や差し色にして金色との相性を見ましょうね」
「うん」

 リックスにさえも生暖かい目で見られて恥ずかしくなったルカが顔を逸らしながらも頷いたら、不意に手が握られてレイフォードに仕掛け絵本が取り上げられた。
 それをソフィアに渡すところを見ていたら抱き上げられる。

「ルカ、邪魔になるから私の部屋に行こう」
「せめて片付けくらい手伝った方が…」
「いいえ、大丈夫ですよ。ルカ様はゆっくりお休み下さい」
「私も手伝います」
「ありがとうございます」

 一緒にルカの傍にいるからか二人はとても仲が良くて、リックスは時折こうしてソフィアの手伝いを申し出ている。恋というものを知ったルカはもしかして二人も特別な間柄なのではと疑ったりもしたが、今のところそんな空気感はないようだ。
 そもそも年も一回り以上離れているから、ソフィアにとってリックスは良くて弟程度にしかならないのかもしれない。
 まずは倒れた棚を起こし何かを確認している二人にお礼を言い、ルカはレイフォードを見上げて腕を伸ばし首に抱き着いた。

「レイも、ありがとう」
「…ああ」
「?」

 いつもなら微笑んで「礼を言われるような事じゃない」とか言ってくれるのに、今は何故か落ち込んでいるように見えてルカは目を瞬く。
 だが何かを言う前に口元にレイフォードの人差し指が立てられ、首を竦めるとそのまま歩き出して二枚扉を潜り、ロッキングチェアの方へと足を進め腰を下ろした。
 横向きにされ髪を撫でられながらこめかみに口付けられる。

「こんなにも自分が不甲斐ないとは思わなかった」
「え?」
「いつも後手に回ってしまう」

 今までで聞いた事ないくらいの沈んだ声に驚き顔を上げると、レイフォードは目を伏せて溜め息をつき額をルカの側頭部に当ててくる。

「ルカを守りたいのに、私が気付くのはいつも事が起こってからだ」
「レイ…」
「情けないな」

 情けないなんて、一番レイフォードには似合わない言葉だ。
 誰よりも強くて、誰からも頼りにされて、難しい事もたくさん知っている彼はルカには自慢の恋人なのに。
 ルカは大きく首を振ると思いっきり抱き着いた。

「そんな事ない。レイはちゃんと俺を守って助けてくれてるよ。だから今もこうして元気なんだし」
「私は、どんな傷もルカに負って欲しくないんだ。何かが起こる前に守りたいんだよ」
「そんなの、ずっと傍にいなきゃ無理じゃん。レイは王様で、みんなの為に頑張ってるだろ? 俺ばかりを見てられないんだし、そこは仕方ないって」

 忙し過ぎない時に限り執務室に行く事があるが、そこで見るレイフォードはとても真剣で、ルカでも分かるくらい真摯にこの世界と向き合っている。だからこそ四六時中一緒にはいられないし、ルカだってレイフォードの足は引っ張りたくなかった。
 危険な目に遭ったとしても絶対に助けに来てくれるレイフォードは、ルカにとってはヒーローそのものだ。

「レイが色んな方法で俺を守ろうとしてくれてるの分かってるから。そんなに自分を責めなくていいよ。いつもありがとう、レイ」
「ルカ…」
「それに俺、足は速いから」

 なんと言っても村中を走り回り野山を駆けて来たのだ、脚力には自信のあるルカが笑って拳を握ると、ようやく肩の力が抜けて微笑んだレイフォードに抱き締められた。
 耳元で小さく「ありがとう」と言われルカもホッとする。
 しばらくそうしていたのだが、言いたい事を思い出したルカは身体を離してレイフォードを見上げると口を開いた。

「それよりレイ、お願いがあるんだけど」
「何だ?」
「母様が儀式を続けようとしたって事は、クレイル兄さんはまだ生きてるって事だよな?」
「そうだな。もう長くはないらしいが…」

 確かにアイリスは時間がないと言っていた。こうして強硬手段に出たのも、クレイルの命の灯火が今にも消えようとしているからだろう。
 アイリスや黒衣の男たちが捕まった以上チャンスは今しかない。

「だったら俺、兄さんに会いたい」

 せめて、話が出来なくてもお別れは言いたかった。
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