竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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「よぉ、竜妃サマ」

 聞きたい事があり、図書館へと足を運んだルカは、扉を開けるなり上から降ってきた言葉に思いっ切り眉を顰めた。

「セノールにまでそんな呼び方されたくないんだけど」
「何でだよ。っつか、城ん中すげぇ湧いてんな」
「みんなの目が怖い」

 以前からルカと親しくしてくれている人たちは変わりないが、あまり関わりのない使用人はルカと廊下で擦れ違うたびに目を輝かせて見てくる。一人二人ならまだしも、庭師も商人も同じような目で見てくるから視線恐怖症になりそうだ。
 引き攣った笑いを浮かべるルカを鼻で笑ったセノールは、降りてくるとテーブルのセッティングを始める。

「仕方ねぇよ。アザ持ちの竜妃が現れたのは何千年振りだからな」
「何で今までのアザ持ちって、竜妃にならなかったんだろ」
「そりゃまぁ、竜族に対して恐怖心があったりアザに気付かなかったり、気付いても面倒だったりいろいろあるんじゃね?」
「あー…なるほど」

 そもそも大きな街に住んでいなかったら、ルカのように竜族やアザの事自体を知らない人もいるのかもしれない。
 もしかしたら歴代の竜王は、レイフォードのように捜さなかったという可能性もある。

「で? 今日は何しに来たんだ?」
「教えて欲しい事があって」
「お前は俺を辞書か何かだと思ってんのか?」
「辞書並に知ってるじゃん」

 この国で一番物知りと言っても過言ではないだろうと目を瞬くと、呆れた顔をしたセノールはソファに座り足を組む。そんな友人に苦笑しつつも隣に腰を下ろしたら頭に手刀が降ってきた。

「何を教えて欲しいんだよ」
「抱くってどういう意味なんだ?」
「……はぁ?」

 何だかんだ言いながら教えてくれるセノールに何気なく問い掛けると、一拍置いたあと盛大に顔を顰められた。
 その反応にえ、と目を瞬いたら人差し指を振ってどこからか本を抜き出し膝に置かれる。

「念の為聞くけど、誰に言われた?」
「俺が言われた訳じゃなくて、レイが王女様に、俺以外を抱く気はないって言ってた」
「何で陛下に聞かねぇの?」
「聞いたけど、俺が分かってから教えるって言われて…ヒントもなしには無理じゃないか?」
「…マジで陛下には同情するわ」

 膝に置かれた本を開こうとしたら表紙が押さえられ、部屋で読めと目で訴えられる。仕方なくそのままにして答えてたら、深い溜め息をついたセノールが片足首を反対の膝に乗せ頬杖をついた。

「何でレイが同情されるんだ。困ってるのは俺だぞ」
「お前は無知にもほどがある。何かこう…漠然とも分かんねぇの?」
「何を?」
「その言葉に対してだよ」
「…?」
「……お前は自分でヌいた事もねぇのか」
「抜く? 野菜なら引っこ抜いた事あるけど」
「ちっげーよ!」

 傍から見ればお笑いのようなやり取りだが、ルカもセノールも大真面目である。ルカに至ってはセノールが怒っている理由も分からなくて、ツッコミのように再び振り下ろされた手刀に涙目になった。

「地味に痛い…」
「言っとくけど、この件に関して俺は全面的に陛下の味方だからな」
「裏切り者」
「うるせー」

 いつも以上に口が悪い気がしてルカもさすがに申し訳なくなる。分からないからって聞きすぎたかと俯いていたら、お茶を一気飲みしたセノールが「分かった」と口にした。
 それからルカに向き直り肩を掴む。

「今から俺が言う事を今夜にでも実行しろ」
「う、うん」
「まず陛下の部屋に行って、〝夜這いしに来た〟って言え」
「よばい?」
「そこはもう気にするな。んで、恐らく陛下は驚くだろうけど、陛下の首に腕を回してルカから口付けろ」
「え」

 真剣に聞いてはいたが、自分からと言われて小さく声を上げるとじろりとセノールに見られる。

「お前、それもまだとか言うんじゃねぇだろうな」
「し、してる。口と口は何回もくっつけてる」
「じゃあ出来るよな? っつか出来なくてもやれ」

 横暴とはまさにこの事か。背後に黒いものが見えたルカは慌てて何度も頷くと自分もお茶に口を付けた。
 すっかり冷めてしまっていたが、今はそれが丁度いい。

「そしたらもうあとは陛下に任せろ」
「任せていいのか?」
「そこまですりゃ陛下も分かるだろうし、お前はただ受け入れりゃいい」
「そっか」

 任せた結果がどうなるのかはルカは知り得ないだろうが、セノールはそれだけでも一歩進めるだろうとレイフォードの端正な顔を思い浮かべる。
 あの見目と穏やかな性格と広大な世界の王という絶対的地位を持つレイフォードは、昔からそれはそれはモテていた。引く手あまたで縁談の申し込みも途切れる事なく、しかし全てに断りを入れただひたすらにアザ持ちが現れるのを待ち、現れたら現れたで必死に探していたのだ。
 結果として連れて来たのは目の前にいる美少年なのだが、彼がアザ持ちだった事はレイフォードにとっては僥倖だっただろう。

(だからこそ惹かれたのか? …いや、ねぇな。そんなお方じゃねぇし)

 二人が並んでいる姿は見た事はないが、聞く限りレイフォードはルカを相当溺愛しているらしい。アザが分かる前からそうなのだから、あってもなくてもルカなら良いのだろう。
 真剣な顔で考え込んでいるルカにふっと笑ったセノールは、カップにお茶のお代わりを入れて口元に寄せた。
 その後の報告が楽しみだ。



 そうしてやってきた就寝時間。
 ルカはレイフォードが部屋に戻っている事をソフィアから聞くと、枕を抱えて二枚の扉を抜けて入って行った。
 ベッドに腰掛け何かを見ていたレイフォードは突然現れたルカに目を瞬いていたが、すぐに微笑みに変わると手にしていた物をサイドテーブルに置いて腕を広げる。
 それに引かれるように傍に行くと頬を撫でられた。

「どうした?」
「えっと、よばいしに来た」
「……ん?」

 ルカの口から絶対に出るはずのない言葉が発せられ、聞き間違いかとレイフォードは聞き返す。
 だが、ルカは真っ直ぐにレイフォードを見ると、物凄く澄んだ綺麗な目ではっきりと声高に言ってきた。

「よばい、しに来た」
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