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嫌な気持ち
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「さむーい!」
ある日の午前、部屋の中にいる事が退屈になったルカは、リックスを連れて庭へと散歩に来ていた。
季節はだんだんと冬に向かっており日が出ても肌寒さを感じる頃になっているのだが、庭に続く扉を抜けた瞬間吹いた風にルカは身を縮こめる。その後ろから苦笑を浮かべたリックスが来て窘められた。
「ですから、何か羽織りましょうって申し上げましたのに⋯」
「いや、ここまでとは思ってなかったんだって」
「すぐにお持ちしますから、入り口から離れないで下さいね?」
「うん。ありがとう、リックス」
ルカが住んでいた村は比較的暖かな地域に存在していた為、冬と言ってもそこまで気温が下がる事はなかったから油断していた。北に行くともっと寒いらしいが、今感じている寒さ以上は想像もつかないからルカには未知の世界だ。
「身体が勝手に震える⋯」
「これはこれは。お久し振りで御座います」
「!?」
静かな庭を眺めていると突然人の声がしてビクリと肩が跳ねた。
誰もいないと思っていたルカは慌てて振り向き、そこにいる人物を見て困惑する。
いつぞやかレイフォードと一緒にいたウォルター・ジル・エルディアが生け垣の方から現れ、こちらへと歩み寄るとにこやかな表情でルカへと頭を下げてきた。
「あ…え、えっと⋯」
「ウォルターで御座います、ルカ様」
「ウォルター、さん⋯?」
名前を覚えていなかったルカに嫌な顔の一つもしない彼に慌てて会釈を返す。今はルカ一人しかいないから、レイフォードの為にも粗相のないようにしなければと気を引き締めたものの同時にふとした疑問が浮かんだ。
どうしてこの人はここにいるのだろうか。
「えっと⋯⋯どうしてここに?」
「登城した際には散策させて頂いているのです。お城のお庭はそれはもう素晴らしいものですからね」
「そ、そう、ですね。確かに綺麗です…」
「ええ。⋯⋯本当にお美しい」
「⋯⋯っ」
不馴れながらも話し方に気を付けて頷くと、庭を見回していたはずのウォルターが何故かルカを見てそう呟く。その意味深な視線にぞわりと肌が粟立ち、戸惑いつつ腕を擦っていると更に近付いて来た彼が手を伸ばしてきた。
何をするつもりかと身構えていたら、下ろしたままの髪が細い毛束で掬われ口付けられる。
「⋯!」
驚いて髪を引くとするりと指先から抜けたが、ウォルターの唇が触れたところが感覚などないはずなのにゾワゾワしている。レイフォードにされてもこんな嫌な気持ちにはならなかったのに。
「失礼。あまりにも綺麗でしたのでつい…」
「⋯⋯」
「黒は人をより美しく魅せる色ですからね。お美しいルカ様に大変似合っておいでです」
「⋯あ、りがとう⋯ございます⋯」
褒められてはいるのだろうが、正直に言えばいい気持ちはしなかった。
ソフィアに髪を整えられる時も、レイフォードがたまに手遊びするように触れるのも何とも思わないのに、どうしてか彼にだけは嫌悪を抱く。まだ言葉を交わしたのも二度目なのに、何かが引っ掛かるのだ。
目を伏せるルカの視界にウォルターの足先が見え、思わず一歩下がったルカの背中に何かがぶつかった。
「何をしている、ウォルター卿」
聞き慣れてはいるけどいつもよりも低い声が頭上から降ってくる。顔を上げようとしたルカの髪が首元から掬うように背中に流され肩に何かが掛けられた。
温もりがじんわりと全身を包むと同時に仄かな香りが広がって、強張っていた身体から力が抜ける。
「これは陛下。もしや、お約束したお時間を過ぎてしまいましたか?」
「いや、まだ時間にもなっていない。ウォルター卿、私は庭の散策は許可したが、ルカに触れる事は禁じたはずだ」
「申し訳御座いません。美しいものを見ると触れたくなってしまうのです」
「二度目はない、と忠告もしたはずだが?」
静かだが明らかな怒りを含んだ声にルカの方が不安になる。
こんなに怒っているレイフォードを見るのはあの時以来だが、怯えてそれどころじゃなかったルカにとってはこんなにハッキリと感じる怒りは初めてで心臓がドクドクしていた。
顔を見たかったのに、今は視線を上げる事も出来ない。
だがルカは唇を噛んでぎゅっと肩に掛けられたマントを掴むと、思い切って振り返り広い胸元に抱き着いた。
ビクリと反応したレイフォードからヒリついた雰囲気がなくなる。
「レイ、ちょっと怖い」
「⋯⋯すまない」
溜め息混じりに謝罪を口にしたレイフォードは、ルカの肩からずり落ちそうになったマントで包んで抱き上げると、さっきよりは落ち着いた声でウォルターへと話しかける。
「今後は不用意にルカに近付くな。次は本当にない」
「申し訳御座いません。ルカ様、大変失礼致しました」
「⋯ううん⋯」
顔だけで振り向き小さく首を振ると、さっきまでの不気味な空気がなくなったウォルターが柔和に微笑み、頭を下げて元来た道を戻って行った。
その背中を見送り完全に見えなくなった頃、ルカは長く息を吐いてからレイフォードの顔を両手で挟むとぐいっと顔を近付ける。
じーっと綺麗な蒼碧の瞳に見つめられ困惑したのはレイフォードだ。
「⋯⋯ん、いつものレイだ」
「いつもの、と言われても良く分からないが⋯⋯さっきは怖がらせてすまなかった」
「それはもういいよ。ってか、レイあったかいな」
「竜族は体温が高めだからな」
色んな意味でひんやり冷えていた身体が温まる。
もぞもぞと動いてマントに手を突っ込み暖をとっていたルカは、ある事に気付いて「あ」と声を上げた。
「そっか、それならリックスに抱き着けば良かったのか」
「⋯⋯ルカ」
「うん?」
「私以外に触れるのは禁止だ」
「え、何で?」
再びピリッとした空気になり目を瞬いていると、意味の分からない事を言われて更に頭の中がハテナで埋まる。だがレイフォードの顔は至極真剣で、冗談で言っているようには見えなかった。
首を傾げるルカの額に唇を押し当てたレイフォードは、ポカンとしている顔を見下ろして歩き出す。
「君がリックスに触れようものなら、嫉妬で奴を喰ってしまうかもしれない」
「!?」
「ルカのおかげで、自分の狭量さを知れたからな」
「な、何言ってるのか分かんないけど、リックスを食べたら嫌いになるからな!」
「それは困る」
「じゃあ食べないよな?」
「ルカが私だけと決めてくれるなら、リックスは生かしておこう」
「意味分かんない! とにかくリックスを食べるの禁止!」
「お二人共、物騒な事を仰らないで下さい」
「リックス!」
扉を開け城の中へと入った瞬間、知った声が横から聞こえどこか怯えたように二人のやり取りを止めに入ってきた。それに気付いたルカは目を見開いて名前を呼び降りようとするのだが、レイフォードは離してくれないどころか長い腕で完全にホールドしてくる。
城の中は暖かく、マントに包まれ体温の高いレイフォードの腕の中にいる状態はむしろ暑いとすら感じるのに、手を出せないから無理矢理離れる事も出来ない。
「レイ、暑い。降ろせ」
「⋯⋯」
「溜め息をつくな」
いかにも渋々といった様子で降ろしてくれたが、まるで子供みたいな態度にルカの方が呆れてしまう。マントを剥がし、レイフォードへと返したルカは眉尻を下げているリックスを見上げて問い掛けた。
「ところで、リックスは何でここにいるんだ?」
「カーディガンをお持ちしたところ、エルディア侯と陛下がいらしていたので待機しておりました」
「ごめんな。わざわざ部屋まで取りに行ってくれたのに」
「いいえ、これも私の仕事ですから」
リックスの腕には厚手のカーディガンが掛けられていて、どうして一人だったのかを思い出したルカは結局使う事がなくなり申し訳なくなる。
そろそろリックスにも自分がどれだけ感謝してるか伝えなければいけないが、手紙だと二番煎じ感がして書く気にならない。せめて得意な事があれば良かったのだが、如何せん田舎育ちには力仕事以外に出来る事が思い浮かばなかった。
「お部屋で、ソフィアが温かいお飲み物をご用意してお待ちになっております」
「じゃあ戻ろうか。レイはこれから仕事だろ?」
「ああ」
「あんま無理すんなよ」
「ルカは優しいな」
また顔色の悪いレイフォードを見るのは嫌だからそう言ったのに、彼は頷く事なく微笑むものだから眉根を寄せたら今度は肩を竦めて両手を上げる。その様子に、必要ならハルマンにでも言えばいいと諦めて部屋へ戻ろうとしたルカは途中でピタッと動きを止めた。
振り向き、再びレイフォードの傍へと駆け寄る。
「レイ」
「ん?」
「ちょっと、髪触ってくんない?」
「髪?」
戻って来て早々突拍子もない要求をされて首を傾げるも、ルカのお願いならと頭を撫でそのまま毛束を取り先まで指を滑らせたらルカは安堵の息を吐いてからにこっと笑った。
手招きされ顔を寄せると頬に柔らかな唇が触れる。
あんな事をされてもお礼はするのかとつい思ってしまった。
「うん、なくなった。ありがとう」
「なくなった?」
「じゃ、仕事頑張ってな」
「ああ⋯」
その言葉に僅かに眉を顰めるも、ずいぶんとスッキリした顔で一歩下がったルカは大きく手を振りこちらへ背を向けてリックスさえも置き去りにする勢いで今度こそ走り出した。
「し、失礼致します。ルカ様、危ないですよ!」
慌てて頭を下げあとを追うリックスに大変だなと苦笑し、ウォルターが待つ応接室に向かうべく歩き出したレイフォードは、ある事を思い出し足を止めて片手で口元を押さえる。
確かレイフォードが気付いた時、ウォルターはルカの髪へと口付けていた。もしそれを消したくてあんなお願いをしたのだとしたら⋯。
(可愛過ぎるだろう⋯)
自分が触れただけであんなに安心した顔をして、あんなにも可愛らしい笑顔で手を振ってくれて、レイフォードは今すぐルカを追い掛けて抱き締めたい衝動に駆られてしまう。
だが今は人を待たせているし、仕事も山積みだ。
ニヤけそうになる顔をどうにか抑えながら、レイフォードは再び応接室へと続く廊下を歩き始めた。
ある日の午前、部屋の中にいる事が退屈になったルカは、リックスを連れて庭へと散歩に来ていた。
季節はだんだんと冬に向かっており日が出ても肌寒さを感じる頃になっているのだが、庭に続く扉を抜けた瞬間吹いた風にルカは身を縮こめる。その後ろから苦笑を浮かべたリックスが来て窘められた。
「ですから、何か羽織りましょうって申し上げましたのに⋯」
「いや、ここまでとは思ってなかったんだって」
「すぐにお持ちしますから、入り口から離れないで下さいね?」
「うん。ありがとう、リックス」
ルカが住んでいた村は比較的暖かな地域に存在していた為、冬と言ってもそこまで気温が下がる事はなかったから油断していた。北に行くともっと寒いらしいが、今感じている寒さ以上は想像もつかないからルカには未知の世界だ。
「身体が勝手に震える⋯」
「これはこれは。お久し振りで御座います」
「!?」
静かな庭を眺めていると突然人の声がしてビクリと肩が跳ねた。
誰もいないと思っていたルカは慌てて振り向き、そこにいる人物を見て困惑する。
いつぞやかレイフォードと一緒にいたウォルター・ジル・エルディアが生け垣の方から現れ、こちらへと歩み寄るとにこやかな表情でルカへと頭を下げてきた。
「あ…え、えっと⋯」
「ウォルターで御座います、ルカ様」
「ウォルター、さん⋯?」
名前を覚えていなかったルカに嫌な顔の一つもしない彼に慌てて会釈を返す。今はルカ一人しかいないから、レイフォードの為にも粗相のないようにしなければと気を引き締めたものの同時にふとした疑問が浮かんだ。
どうしてこの人はここにいるのだろうか。
「えっと⋯⋯どうしてここに?」
「登城した際には散策させて頂いているのです。お城のお庭はそれはもう素晴らしいものですからね」
「そ、そう、ですね。確かに綺麗です…」
「ええ。⋯⋯本当にお美しい」
「⋯⋯っ」
不馴れながらも話し方に気を付けて頷くと、庭を見回していたはずのウォルターが何故かルカを見てそう呟く。その意味深な視線にぞわりと肌が粟立ち、戸惑いつつ腕を擦っていると更に近付いて来た彼が手を伸ばしてきた。
何をするつもりかと身構えていたら、下ろしたままの髪が細い毛束で掬われ口付けられる。
「⋯!」
驚いて髪を引くとするりと指先から抜けたが、ウォルターの唇が触れたところが感覚などないはずなのにゾワゾワしている。レイフォードにされてもこんな嫌な気持ちにはならなかったのに。
「失礼。あまりにも綺麗でしたのでつい…」
「⋯⋯」
「黒は人をより美しく魅せる色ですからね。お美しいルカ様に大変似合っておいでです」
「⋯あ、りがとう⋯ございます⋯」
褒められてはいるのだろうが、正直に言えばいい気持ちはしなかった。
ソフィアに髪を整えられる時も、レイフォードがたまに手遊びするように触れるのも何とも思わないのに、どうしてか彼にだけは嫌悪を抱く。まだ言葉を交わしたのも二度目なのに、何かが引っ掛かるのだ。
目を伏せるルカの視界にウォルターの足先が見え、思わず一歩下がったルカの背中に何かがぶつかった。
「何をしている、ウォルター卿」
聞き慣れてはいるけどいつもよりも低い声が頭上から降ってくる。顔を上げようとしたルカの髪が首元から掬うように背中に流され肩に何かが掛けられた。
温もりがじんわりと全身を包むと同時に仄かな香りが広がって、強張っていた身体から力が抜ける。
「これは陛下。もしや、お約束したお時間を過ぎてしまいましたか?」
「いや、まだ時間にもなっていない。ウォルター卿、私は庭の散策は許可したが、ルカに触れる事は禁じたはずだ」
「申し訳御座いません。美しいものを見ると触れたくなってしまうのです」
「二度目はない、と忠告もしたはずだが?」
静かだが明らかな怒りを含んだ声にルカの方が不安になる。
こんなに怒っているレイフォードを見るのはあの時以来だが、怯えてそれどころじゃなかったルカにとってはこんなにハッキリと感じる怒りは初めてで心臓がドクドクしていた。
顔を見たかったのに、今は視線を上げる事も出来ない。
だがルカは唇を噛んでぎゅっと肩に掛けられたマントを掴むと、思い切って振り返り広い胸元に抱き着いた。
ビクリと反応したレイフォードからヒリついた雰囲気がなくなる。
「レイ、ちょっと怖い」
「⋯⋯すまない」
溜め息混じりに謝罪を口にしたレイフォードは、ルカの肩からずり落ちそうになったマントで包んで抱き上げると、さっきよりは落ち着いた声でウォルターへと話しかける。
「今後は不用意にルカに近付くな。次は本当にない」
「申し訳御座いません。ルカ様、大変失礼致しました」
「⋯ううん⋯」
顔だけで振り向き小さく首を振ると、さっきまでの不気味な空気がなくなったウォルターが柔和に微笑み、頭を下げて元来た道を戻って行った。
その背中を見送り完全に見えなくなった頃、ルカは長く息を吐いてからレイフォードの顔を両手で挟むとぐいっと顔を近付ける。
じーっと綺麗な蒼碧の瞳に見つめられ困惑したのはレイフォードだ。
「⋯⋯ん、いつものレイだ」
「いつもの、と言われても良く分からないが⋯⋯さっきは怖がらせてすまなかった」
「それはもういいよ。ってか、レイあったかいな」
「竜族は体温が高めだからな」
色んな意味でひんやり冷えていた身体が温まる。
もぞもぞと動いてマントに手を突っ込み暖をとっていたルカは、ある事に気付いて「あ」と声を上げた。
「そっか、それならリックスに抱き着けば良かったのか」
「⋯⋯ルカ」
「うん?」
「私以外に触れるのは禁止だ」
「え、何で?」
再びピリッとした空気になり目を瞬いていると、意味の分からない事を言われて更に頭の中がハテナで埋まる。だがレイフォードの顔は至極真剣で、冗談で言っているようには見えなかった。
首を傾げるルカの額に唇を押し当てたレイフォードは、ポカンとしている顔を見下ろして歩き出す。
「君がリックスに触れようものなら、嫉妬で奴を喰ってしまうかもしれない」
「!?」
「ルカのおかげで、自分の狭量さを知れたからな」
「な、何言ってるのか分かんないけど、リックスを食べたら嫌いになるからな!」
「それは困る」
「じゃあ食べないよな?」
「ルカが私だけと決めてくれるなら、リックスは生かしておこう」
「意味分かんない! とにかくリックスを食べるの禁止!」
「お二人共、物騒な事を仰らないで下さい」
「リックス!」
扉を開け城の中へと入った瞬間、知った声が横から聞こえどこか怯えたように二人のやり取りを止めに入ってきた。それに気付いたルカは目を見開いて名前を呼び降りようとするのだが、レイフォードは離してくれないどころか長い腕で完全にホールドしてくる。
城の中は暖かく、マントに包まれ体温の高いレイフォードの腕の中にいる状態はむしろ暑いとすら感じるのに、手を出せないから無理矢理離れる事も出来ない。
「レイ、暑い。降ろせ」
「⋯⋯」
「溜め息をつくな」
いかにも渋々といった様子で降ろしてくれたが、まるで子供みたいな態度にルカの方が呆れてしまう。マントを剥がし、レイフォードへと返したルカは眉尻を下げているリックスを見上げて問い掛けた。
「ところで、リックスは何でここにいるんだ?」
「カーディガンをお持ちしたところ、エルディア侯と陛下がいらしていたので待機しておりました」
「ごめんな。わざわざ部屋まで取りに行ってくれたのに」
「いいえ、これも私の仕事ですから」
リックスの腕には厚手のカーディガンが掛けられていて、どうして一人だったのかを思い出したルカは結局使う事がなくなり申し訳なくなる。
そろそろリックスにも自分がどれだけ感謝してるか伝えなければいけないが、手紙だと二番煎じ感がして書く気にならない。せめて得意な事があれば良かったのだが、如何せん田舎育ちには力仕事以外に出来る事が思い浮かばなかった。
「お部屋で、ソフィアが温かいお飲み物をご用意してお待ちになっております」
「じゃあ戻ろうか。レイはこれから仕事だろ?」
「ああ」
「あんま無理すんなよ」
「ルカは優しいな」
また顔色の悪いレイフォードを見るのは嫌だからそう言ったのに、彼は頷く事なく微笑むものだから眉根を寄せたら今度は肩を竦めて両手を上げる。その様子に、必要ならハルマンにでも言えばいいと諦めて部屋へ戻ろうとしたルカは途中でピタッと動きを止めた。
振り向き、再びレイフォードの傍へと駆け寄る。
「レイ」
「ん?」
「ちょっと、髪触ってくんない?」
「髪?」
戻って来て早々突拍子もない要求をされて首を傾げるも、ルカのお願いならと頭を撫でそのまま毛束を取り先まで指を滑らせたらルカは安堵の息を吐いてからにこっと笑った。
手招きされ顔を寄せると頬に柔らかな唇が触れる。
あんな事をされてもお礼はするのかとつい思ってしまった。
「うん、なくなった。ありがとう」
「なくなった?」
「じゃ、仕事頑張ってな」
「ああ⋯」
その言葉に僅かに眉を顰めるも、ずいぶんとスッキリした顔で一歩下がったルカは大きく手を振りこちらへ背を向けてリックスさえも置き去りにする勢いで今度こそ走り出した。
「し、失礼致します。ルカ様、危ないですよ!」
慌てて頭を下げあとを追うリックスに大変だなと苦笑し、ウォルターが待つ応接室に向かうべく歩き出したレイフォードは、ある事を思い出し足を止めて片手で口元を押さえる。
確かレイフォードが気付いた時、ウォルターはルカの髪へと口付けていた。もしそれを消したくてあんなお願いをしたのだとしたら⋯。
(可愛過ぎるだろう⋯)
自分が触れただけであんなに安心した顔をして、あんなにも可愛らしい笑顔で手を振ってくれて、レイフォードは今すぐルカを追い掛けて抱き締めたい衝動に駆られてしまう。
だが今は人を待たせているし、仕事も山積みだ。
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