焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【十九ノ星】そわそわ

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 今日は龍惺の誕生日前日であり、詩月が龍惺の部屋に一足先にお邪魔する日だ。少し前から細々とした物を準備しており、今回ばかりは大荷物でのお宅訪問になる。
 楽しみすぎて早くから目が覚めた詩月は、聞いていた出発時間に合わせてメッセージを送った。返事は『行ってくる』の一言だったが全然構わない。
 プレゼントや持っていく物を忘れないようしっかり確認して玄関に纏めて置いておく。
 昼くらいまでは仕事をしようと思っていたから、飲み物を用意して机に向かうと、パソコンを立ち上げペンを握り依頼された構図や背景などを確認しながら描き始めた。


 一段落ついた頃、時間を見ると既にお昼は過ぎていて詩月は少し驚いた。意外にも順調に筆が進み、ラフ画だけでも予定より多く描けて非常に満足だ。
 全て保存し、パソコンをシャットダウンさせると凝り固まった腰や肩を伸ばして解す。まだ20代だが、在宅メインのせいか身体は30をも超えていそうで何だか切ない気分だ。

「……もう行っちゃおうかな」

 このまま家にいてソワソワするより、龍惺の部屋に行って待っている方が落ち着くかもしれない。
 そう決めた詩月はショルダーバッグを下げると、玄関の荷物を両手で抱えて部屋を飛び出した。





 一時間後、ドサッと上り框に荷物を下ろした詩月はここに来るまでの間に体力的にも精神的にもヘトヘトになっていた。
 バスと電車を乗り継いで来たはいいものの、龍惺がいない状態で中に入るのは初めてで緊張してしまい、コンシェルジュへの挨拶もぎくしゃくしてしまった。不審者感丸出しだったのに通報されなかったのは、コンシェルジュが顔を覚えていてくれたおかげだろう。
 やはりプロはすごい。

 手洗いと嗽を済ませた詩月は、明日使うものは普段龍惺さえも使っていない部屋に押し込め、当日の料理の下準備を始めた。
 食材は必要な物はカットしておけば明日は炒めるなり煮るなり焼くなりするだけで済むし、諸々の時短になるからやっておいて損はない。
 下拵えしたものを全部タッパーに詰めて冷蔵庫にしまうと、今度は部屋の片付けに取り掛かった。
 脱ぎっ放しの物を洗濯機に放り込んで中に入っていたものと一緒に回す。その間にテーブルの上の紙束は纏めてキッチンカウンターの端に置いた。
 元々散らかすような人ではないが、やりっ放しは良くやるらしく来ると高確率でテーブルに書類が広がっているのが少し可愛く思える。
 詩月には見ても分からないからいいけど、こういう物はこんな風に無造作に置いていい物ではない気がするのだが。
 ちなみに龍惺は、知らない人に部屋へ入られる事が嫌だという理由でハウスキーパーなどは頼んでおらず、自分で出来る範囲で家事はやっているそうだ。

(会社でもお仕事して、家でもお仕事して……大変だなぁ)

 と言っても、詩月が来ている時にはそんな姿は一度も見た事がないから一応公私は分けているらしい。
 仕事をしている龍惺も好きな詩月としては少し残念だけど。

 遅めの昼食で軽くお腹に入れたあとは、せっかくたくさんあるのだからDVDでも見ようと収納されている棚を覗き込んだ。
 しばらく悩んで、タイトルからしてファンタジーな物を選んだ。セットして再生する。
 魔法を使う映画はいつ見ても面白い。もし魔法が使えるとしたらどんな魔法がいいか、誰しも一度は考えるだろう。詩月の場合は空を飛べたらとか瞬間移動が出来たらとかそんな単純なものだけど、たまに考えてしまう事もあった。

 もし過去に戻れるなら、あの頃をやり直せるなら、戻ってやり直したいと思うだろうかと。

(やり直したとしたら……僕たちは恋人のままで今も一緒にいるのかな。八年……もう九年前か。お父さんの転勤について行かなければ、何も変わらなかったのかな)

 変わらないという事は、龍惺もあのまま詩月の気持ちに不安に抱きながら浮気を続けていたかもしれないし、詩月はそんな龍惺の思いに気付かないまま苦しみ続けていたかもしれない。
 ただ、大人になった時にどうなっていたかは分からないが。
 それでもきっと、詩月はここまで強くなれていない。
 それならやっぱり、お互いのためにも過去の出来事は必要だったのだろう。

(たらればの話なんて考えても仕方ないのに…………早く会いたいな)

 この部屋は龍惺の匂いに満ちているけど、広すぎて落ち着かない。
 ソファに寝転んだ詩月はクッションを抱き締めて目を閉じた。



 入浴も食事も済ませた詩月は今ぼんやりと時計を眺めている。
 予定では、あと一時間後もすれば龍惺は帰ってくるはずだった。
 だが向こうでトラブルがあったようで21時は過ぎるらしく、最悪日付を跨ぐかもとメッセージが来た時はガッカリしたけど、無事に帰って来てくれるならもうそれだけでいい。
 ピッタリに祝えなくても誕生日には変わりないし。
 でももしかしたらを考えてギリギリまでは待つつもりだ。

 21時が過ぎ、22時が過ぎ、23時を回った。長針が6まで来た時、いても立ってもいられなくて玄関前に膝を抱えて座る。日付が変わる瞬間にでも帰って来てくれたら、ここでおめでとうが言えるからと待つ事に決めて。

 10分ほど経った頃、玄関の鍵が開く音がして詩月は勢い良く立ち上がる。扉が開いて龍惺の姿が見えた瞬間には身体が動き飛び付いていた。よろめきながらも抱き留めてくれた龍惺は笑いながら頭を撫でてくれる。
 いくつか言葉を交わし、シャワーを浴びると言う彼を急かす形にはなったがどうやら間に合いそうだ。

 詩月は片耳だけワイヤレスイヤホンを嵌め、スマホと連動させると時報に繋げて龍惺が戻って来るのを待った。

(何か、緊張する)

 恐らく龍惺は、明日が自分の誕生日だという事も覚えていないだろう。だからきっと驚いてくれるはずだ。
 扉が開く音がして、髪を拭きながら戻って来た龍惺は不思議そうな顔をしている。だがまだネタばらしをする訳にはいかない詩月はとりあえずソファに座らせて微笑んだ。
 途中左耳のイヤホンに突っ込まれそうになったが、人差し指を口に当ててそれ以上は言わせないようにすると、さすがの龍惺も諦めたのか肩を竦めた。
 ソワソワしながら時報に耳を澄ませる。

 耳元のイヤホンが23時59分50秒を知らせた。音に合わせてカウントダウンを始めた詩月は頭の中で数字を辿り、3秒前になる直前に龍惺の膝に跨ると自分よりも太くてしっかりした首に抱き着く。

「龍惺、お誕生日おめでとう!」

 0時を告げる音声と自分の声が重なり、詩月は念願叶って、無事に日付が変わった瞬間に龍惺を祝う事が出来たのだった。

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