焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【十ノ星】夕飯

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 龍惺から連絡があったのは、その日の夕方を回った頃だった。
 夕飯の支度をしていた詩月はその手を止めて確認する。内容は、高崎製薬会社の件はどうにか一段落ついた事、テレビで詩月の名前が出ているが気にしない事等が綴られており、最後に、夜に行ってもいいかという問い掛けで締め括られていた。
 昨日の今日で? と目を瞬いた詩月だが、忙しくしているなら諸々の対応で食事も満足に摂れていない可能性がある。今は最も体力を必要とする時期だと考え夕飯に誘う事にした。

『何食べたい?』
『ハンバーグ』

 間髪入れずに返ってきた内容に笑みを零すと、『待ってるね』と返信してさっきまで下拵えをしていた食材を片付ける。
 挽き肉はないからスーパーに買いに行く準備をして、財布とスマホとエコバックが入った手提げを手に取り上着を羽織った。マフラーも肩に掛け靴を履く。
 玄関から出た瞬間の寒さに思わず身震いした詩月は、掛けたままのマフラーをしっかりと巻いてからスーパーに向かった。

 街中はハロウィンの後くらいからクリスマス色に染まっていて、もうすぐ訪れるイブを心待ちにしている人達で溢れていた。
 子供たちはその日の夜に届くサンタさんからのプレゼントがすでに楽しみで仕方がないらしく、擦れ違う時に聞いた会話はその事ばかりだ。
 無邪気で可愛い、と詩月は思わず微笑む。

 龍惺と付き合っていた時、クリスマスは龍惺の部屋で過ごした。スーパーでチキンやオードブルを調達して、小さなケーキも買って二人きりで炭酸飲料で乾杯した。彼なりに線引きはしていたらしく、イベント行事では絶対に詩月といてくれてホッとしたのを覚えている。
 プレゼントで貰った手袋は使い過ぎてボロボロになったけど、今も詩月の実家に大事にしまわれているばすだ。

 そういえば、今年はどうしたらいいのだろう。
 友達同士だってクリスマスプレゼントはあげるはずだから用意しても何も問題はないのだが、もし龍惺が用意していなかったらお互いに気まずくならないか。もしくは詩月だけ舞い上がってると思われたら。それはそれで恥ずかしい。
 そんな事を思いながら歩いていると、いつものスーパーが見えてきた。歩き慣れた道は考え事をしながらでも辿り着けるから有り難い。
 詩月は一度頭を切り替え、買う物を思い出しながら店の中に入る。
 店内では誰もが知ってるクリスマスソングが流れていた。



 もうすぐ着く、という連絡を貰ってから数分後、インターホンが鳴って詩月は玄関に向かった。
 扉を開けて出迎えると、昨日と同じくスーツ姿にコートを羽織った龍惺が立っていて、「よ」と右手を上げてくる。

「おかえりなさい」
「…え、あ、た、ただい、ま…」
「?」

 声をかけたあと一瞬驚いた顔をした龍惺はなぜかどもりながら返してくる。それを不思議に思いながらも招き入れると、先にリビングに行って貰い夕食の支度を整える事にした。おおよその時間は聞いていたからまだ熱々だ。
 お皿に盛り付け、スープとご飯をよそいテーブルに運ぶ。小鉢にマッシュポテトとほうれん草とベーコンのバターソテーも用意して並べると龍惺が声を上げた。

「すげぇ、めっちゃ美味そう」
「龍惺の好きな味付けかは分からないけど……。あ、コートとジャケットここに掛けとくね」
「サンキュー」

 ハンガーにそれぞれ掛けてパイプハンガーに引っ掛けておく。
 昨日と同じ場所に座って手を合わせると、龍惺もそれに倣いすぐに食べ始めた。大きな一口であっという間にハンバーグが半分になる。

「龍惺、お代わりあるよ?」
「ん、貰う」

 自分だけなら一つで充分だったが、龍惺がどれくらい食べるか分からなかったため念の為三つ余分に作っておいた。余れば次の日にでも食べられるし、と思っていたけど、全部食べてしまいそうな勢いだ。
 詩月が食べている間に龍惺の皿はどんどん空になっていく。
 お代わりをしているにも関わらず、だ。

(龍惺が食べるのが早いのか、僕が遅いのか……)

 ようやく食べ終わる頃には満足げな龍惺がソファで寛いでて、昨日の今日なのに馴染んでるなと詩月は思った。
 片付けを手伝おうとした龍惺を押し止め、シンク前に立ち洗い物を始める。こんなに食器を使ったのは引っ越して来て以来初めてだ。
 食器が触れ合う音を聞きながら洗っていると、不意に後ろから抱き締められた。

「詩月、ありがとな。すげぇ美味かった」
「どういたしまして。口に合って良かった」
「久しぶりに人の手料理食った」
「いつもは何食べてるの?」
「出前とかインスタントとか。会食ん時は店のだけど……詩月のが一番美味かった」
「そんな事ないのに…」

 一人暮らしは三年目だが、料理自体はそれ以前からも必要に駆られてやっては来た。ただやはりたまに失敗はするしあまり彩りもバランスも考えられない。
 今日のハンバーグはたまたま上手に出来ただけだ。

「ンな事あるんだって」

 腹のところで緩く組まれていた手が腰を抱くように回される。
 頭に頬擦りされて少しだけドキッとした。

「あ、の、龍惺?」
「ん?」
「水、跳ねちゃうよ?」
「いい。…もうちょっとだけ」

 本人が構わないのならいいのだが、本音を言うと洗い物がしにくい。だがそうしおらしくお願いされるとダメとも言えなくて、詩月は仕方なくそのまま続ける事にした。

 結局全て洗い終わるまで離してくれなくて、手を拭いた詩月は終わった事を知らせるために龍惺を振り向く。だが思いの外近くに顔があって驚いていると、そのまま唇が塞がれた。
 シンク下の収納扉に足がぶつかりガタッと音がしてよろける。いつの間にか龍惺の手が詩月を囲うようにシンクの縁についていて、戸惑った詩月は彼の胸元を軽く押し返した。

「龍惺…あの、ちょっと待っ……」

 もう一度塞がれる。触れては離れて、また触れて離れるを何度か繰り返したあと、ようやく龍惺は一歩下がってくれた。
 逆に詩月は真っ赤になってしまったが、少しだけ怒った顔をするとふっと笑った龍惺に頭を撫でられる。

「悪い。でもキスはいいんだろ?」
「こ、こんなにたくさんは、聞いてない」
「分かった、もうたくさんはしねぇよ。あっち行ってる」

 あれが軽いキスなのは詩月にも分かっている。けれど限度というものがあるだろう、と叫びたいくらい恥ずかしかった。
 あの頃よりも大人になった今の方が、こういう行為には羞恥を覚えるものなのだろうか。

(友達以上恋人未満って…難しい)

 火照った顔を手団扇で仰ぎながらそう心の中で零した詩月は、気分を変えようとマグカップを取り出し、新しく買ったばかりのコーヒーの封を切った。
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