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「あなたのことが好きだ」
 そう繰り返して、ヴィクトが回した腕に力をこめた。
「……ずっと知ってたんだ。ユアン様が孤児院に通っていたこと。食事を我慢していたこと。夜遅くまで勉強していたこと。人付き合いが苦手なくせに、いつも人のことばかり考えていたこと。そういうところ全部……好きだった。気持ちを返せないって言われても、何度も思い出した。だからあなたの騎士でいたかった。あなたを守りたかった」
「そんな……っ」
「……ははっ、笑える。守りたかったと言うくせに、ユアン様にまで貫通してるんだから世話ねーな。これはどうか後世に笑い話として伝えてくれ」
「やめてよ、そんなこれが最後みたいな――」
「いい? 剣を引き抜いたら自分を治癒して。俺のことは放っておいてくれ。このくらいじゃ死なない。心配するな」
 ヴィクトはくすりと笑うと音量を押さえて耳元で続ける。
「南端塔から城下への抜け道は王族でもほんの数人しか知らない。必ず逃げて、生き延びろ」
 囁きが鼓膜をくすぐるのと同時にヴィクトがずるりと剣を抜いた。互いの傷口から血が流れ出る。くらりとした。このくらいじゃ死なないなんて嘘だ。
「団長のことは俺が足止めする。早く、行って」
 ヴィクトがふらふらと立ち上がる。僕に背を向け、僕を守るような姿勢を取った。しかし次の瞬間には口からゴフッと大量の血を吐き出してよろめく。
「っ……こほっ……はやく」
 視界が滲んだ。こんなの無理だ。僕は聖騎士に縋り付く。この人を置いて一人で逃げるなんてできない。この人の代わりに一人で生きていくなんてできるわけがない。
 ありったけの力をこめた。全魔力を聖騎士へと直接注ぎ込む。互いの体が淡く発光した。愕然とした様子でヴィクトが振り返る。広間からも戸惑いの声が上がった。
「なにを……ユアン様! やめろ!」
 どんどん体から力が抜けていく。強烈な寒さと眠気に襲われる。一方で聖騎士の体が回復していくのを肌で感じ取った。よかった。本当によかった。
「やめろっ! これではあなたが死んでしまうっ!」
 こんな悲痛な顔ではなくて、最後に笑って見せてほしいな、と思った。大好きなこの人の笑顔を見て死にたい。
「ユアン様っ! ユアン様っ!」
 でもまぁ、いい人生だったな。だってヴィクトに出会えたから。初めて人を好きになって、初めて失恋して、だけどその人の腕の中で終わることができる。幸せじゃないか。僕は太陽に包まれて死ぬんだ。
「ヴィ……ク、ト」
 かはっと音がして口から血が溢れた。ひゅーひゅーと喉が鳴る。見上げた先の二つの太陽からはボロボロと涙が零れ落ちてきた。
 泣かないで、ヴィクト。
 気持ちが溢れた。あなたに出会えて幸せだったと、感謝していると、勝手に言葉が紡がれる。
「ねぇ……お願い。僕は死んでもいい。だけど、ヴィクトには……生きていてほしい。最初で最後の本当のわがままだ。……聞いてくれるよね」
 音が遠のいていく。熱さも冷たさも感じない。できればもう少しこの腕の中でまどろんでいたかったな。
「ユアン様……行かないで……頼む……俺を置いていかないでくれ……」
 ごめんね。
「ヴィクト……大好きだったよ」
 そしてありがとう。
 ありがとう。
 本当に本当に、ありがとう。
 それから、
「僕は、あなたのことを……心の底から……っ、愛していた……」
「――――っ!」
 朦朧とする意識の中、ヴィクトの切羽詰まった声が聞こえた。胸がきゅうっと締めつけられる。悲しませてごめんね。言うのが遅くなってごめんね。たくさん嘘をついてごめんね。
 でも、愛してる。
 愛してるよ、ヴィクト。
 世界の誰よりも。
 どうか元気でいてね。
 幸せになってね。
 僕のことはすぐに忘れてね。
『グルルルルゥ……』
 その時だった。
 自分の体内から何かがスッと抜けていく。それは水の中に落ちていくようにも思えたし、上空に投げられた心地にも似ていた。脳内で鳥がグガガガガと叫び、黒い羽を震わせる。
 違う。これは僕の内側の叫びではない。頭上で羽音が聞こえる。うっすら瞼をあければ黒い巨体が大きな翼を広げて羽ばたいているのが映った。
『少年。確カニ受ケ取ッタ』
 体が熱い。痛みが引いていく。何者かに治癒されている感覚。
『契約終了ダ』
 魔物は満足げにそう言うと、赤い目をぎらつかせて中庭へと飛んでいく。あっという間に吹き抜け部分から姿を消した。
 そうか……そういうことだったのか。
 今度こそ落ちる意識の片隅で、自然と微笑んでいたと思う。くたりと横たわる体をヴィクトに抱え上げられながら、僕はもう一度愛の言葉を囁いた。
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