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 魔物だ。
「緊急警戒! 王城近くで大型の魔物の発生を複数確認! 中型、小型の魔物についてはその数……百、いや二百近いとのこと! 軍列を組んでこちらに接近中! すでに第一部隊の数名が応戦している! 繰り返す、緊急警戒――」 
「なんだって!」
 随所で悲鳴にも似た驚きの声が聞こえた。大型の魔物が複数、加えて中型小型が二百。前代未聞だ。
「総員に告ぐ! 直ちに配置に付け! これは王都存続をかけた戦いになる! 気を引き締めろ!」
 王都存続どころか、もし聖騎士部隊が持ちこたえられなければそれは王国存亡の危機となるだろう。臓腑がひやりとした。汗が出てくる。
 ……聖騎士全滅だなんて考えたくもない。
「緊急警戒! 城内にいる市民は神官の指示に従って地下シェルターへ退避! 騎士、魔導士は戦線へ! 繰り返す、市民は即時退避! 戦える者は武器を持て! 聖騎士たちを援護しろ! 彼らが頼みの綱だ!」
 考えることはみな同じのようだ。聖騎士を守らなくては。僕は弾かれたように駆け出す。横にいた近衛騎士が慌てて追いかけてきた。
「神子様どちらへ! 一般市民と共にシェルターへ参りましょう! 退避です! 神子様をここで失っては、のちの負傷者たちが――」
「それでは遅いっ」
 中央広間を抜け、北塔へと入る。とにかく急いだ。確か北塔の屋上は展望台になっていて、城の前庭や城壁が見渡せるのではなかったか? いつかヴィクトが言っていた。
「今、命をかけて戦っている者を守らなくては! 地下に逃げ込んで待っているだけでは遅いんだ! 死んでしまっては意味がない……死んでしまっては生き返らせることはできないっ」
 展望台への階段はどこだ、と叫べば、覚悟を決めたような表情の近衛騎士と目が合った。こちらですという案内のもと、息を切らして駆け上がる。
「っ……はぁっ、はぁっ……はぁっ」
 聖騎士の顔が浮かんだ。青銅色の髪を躍らせ、聖剣を軽やかに唸らせる。きっと彼は誰よりも早く最前線に繰り出したのではないだろうか。今この瞬間も、数多の魔物相手に命を賭して戦っているのではないだろうか。
 螺旋階段の終わりが見える。体が日の光に包まれた。そして僕は自分の予想が正しかったことを知る。
「ヴィクト……っ!」
 眼下では、聖騎士たちが魔物を城内に入れるまいと死闘を繰り広げていた。その中でもひと際目を引くエルドラード最強の背中。その剣にためらいはなく、目にも止まらぬ速さで魔物をなぎ倒していった。
 小型を五体、一気に切り裂いたかと思えば中型を一突き。直後現れた大型の吐き出した毒液を身を翻して躱し、首を横薙ぎにする。勢いのまま胴体の核を一閃。休む間もなく近くの中型をぶった斬る。
 グワンッ、グワンッ、と剣が鳴る。ヴィクトだけではない。聖騎士たちの決死の一振り一振りが空気を震わせた。しかしあまりにも魔物が多い。じりじりと彼らが後退しているのがわかる。すでに正門は落ち、前庭の中にまで魔物は迫って来ていた。城壁のさらに向こうからも大量の魔物の気配がする。
 グルルゥ……。
 僕の中の同族が警戒を露わにした。冷や汗が垂れる。まさかとは思いたくないがこの感じは……。
「いや、とにかくまずは魔法陣の発動だ。集中しろ」
 自分にそう言い聞かせると、空間治癒の準備に入った。展望台の石造りの床に跪いて、両手を組み、体中の魔力をかき集める。
 中央広間で初めて成功させた時とは異なるやり方だ。さらに研究と訓練を重ね、ここに辿り着いた。
「こ、これは……」
 近衛騎士が目線を上げて呆然と呟く。魔法陣が展開した。空に。
「とりあえず発動はしたが……まだ弱い。全然だめだ」
 陣は淡く光っている。翡翠色をしていた。それは聖騎士たちの戦う前線一帯を覆っている。おそらく疲労を軽減できるくらいの効果は発揮しているだろうが、流血を伴うような怪我を治すには出力がまるで足りていなかった。
「集中しろ。祈れ、祈るんだ」
 僕は立ち上がると展望台の縁まで歩いて行って両手を組み直した。眼下では聖騎士を援護するべく騎士や魔導士が戦いに加わっていた。まぶたを閉じ、ひたすらに祈る。
 どうか、彼らが無駄な血を流しませんように。
 無駄な痛みに苦しみませんように。
 誰一人として命を落としませんように。
 そして――
「ヴィクトが無事に帰ってきますように」
 目を開ける。翡翠色の強い光が地上に降り注いでいた。それに気づいたのか、歓声のようなものが下から届く。ちらと青銅色の聖騎士に視線をやれば、驚いたことに彼もこちらを見ていた。刹那、視線が交差する。熱の孕んだそれは僕の心臓を高鳴らせるには十分だった。
 落ち着け、落ち着け、落ち着け。とにかくこれで心臓を一突きでもされない限りは大事には至らなくなった、はずだ。
 そうして一時はエルドラードの勢力が魔物の暴力的進行を押し戻した。
 問題はその一時が終わった後だった。
「あっ!」
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