20 / 52
< 4 >
4 - 7
しおりを挟む
どうやって帰り着いたかなんて覚えていない。気づいたら自室のベッドに転がって天井を見上げていた。そしてそれからどのくらいの時間が経ったのかもわからない。
辺りが夕闇に飲まれた時、コンコンというノック音で我に返る。
「ユアン様? ドアが開きっぱなしなんだけど。入っていいの?」
返事をするのも億劫だった。どうせヴィクトは入ってくるだろう。
「入るよ」
そして情けない僕の姿を見つけてしまうんだ。
「あれ? 寝てるのかな」
いや、まだそうと決まったわけではない。きっとちゃんと、いつもどおりに振る舞えるはずだ。しゃきっとしないと。
「お、いたいた。ユアン様、体調はどう? 起きてて平気? 祈りの儀式はしばらく休みをもらったんだってね」
「ねぇヴィクト」
「ん?」
言え。言うんだ。なんてことないように。頑張れ、僕。
「王様のところに行こうよ。もう伝わってはいると思うけど、僕は力を取り戻しましたって正式に報告してさ。それでヴィクトを第一部隊に戻してもらえるようにお願いするんだ」
僕は上体を起こすと、口を閉ざしたままの聖騎士を見つめて微笑んだ。反応がない。
「どうかした? あ、それとももう、復帰決まってたり? 確か今日、団長に呼ばれてたんだよね」
なおも聖騎士は言葉を返さない。一転して、ひどく痛ましいものを見るような目つきになった。
「ヴィクト? ほんとどうしたの」
「ユアン様」
彼はベッドの脇までやってくると床に膝をつき、切実な声色で僕に問うた。
「何があった?」
「へ……」
「隠さないで教えて。何かあったんだろう? 顔を見ればわかる」
まさか。どうして。
「そんなことないよ」
「笑うな」
ビクッと肩がはねた。聖騎士はすぐに「すまない」と謝罪を口にする。
「前にもそうやって笑ってた。辛いくせに、無理して笑ってるんだ。違うか?」
「っ……」
どうしてこの人は僕の隠したいものをこんなにも簡単に見抜いてしまうのだろう。
「何があったか言いたくないなら言わなくていい。だが、わかってほしい」
太陽が僕を照らす。
「俺の前では強がらなくていい。泣きたい時は泣いていいし、傷ついた時は傷ついた顔をしていいんだ」
母さんの教えだからと自分に言い聞かせていた魔法の言葉――呪文――は、ほんとのところは弱い自分を見たくないがゆえの逃げ道だった。自分のだめなところ全部、永久凍土の下に埋めて隠していたつもりだった。それをこの男が容赦なく日の元に引きずり出して溶かしていく。
まずい、まずいまずいまずい。
泣きたくなんてないのに。
「ユアン様? いいんだよ。ほら、おいで。俺はあなたの騎士ですから、いくらでもこの胸お貸ししましょう」
もう我慢できなかった。感情が堰を切ったように溢れ出し、僕はヴィクトに縋ってわんわん泣いてしまう。打ち明けるつもりのなかった気持ちが意味をなさない嗚咽に混じって漏れていった。
せっかく魔力が溜まりだしても、負傷者全員を癒せるだけの力がなかったこと。そもそもヴィクトが最初から前線にいれば傷つく人は少なかったこと。復帰を願うヴィクトの気持ちを知っていながら自分のせいでそれが叶わないこと。人の邪魔ばかりしている自分はやっぱり神子失格で、情けなさにどうしようもなくなっていること。
ヴィクトはあやすように背中をさすりながら静かに聞いてくれた。そして僕の心の吐露が終わった時、優しい声音で言う。
「ねぇ、ユアン様さ。俺の騎士服にイタズラしたでしょ?」
ずずっと鼻をすすって、僕は「ごめん」と肯定した。
「俺、自分で言うのもなんだけどわりと腕には自信があるほうで。それでも今回の魔物は強かったし、きっついな、と思った。でもさ、無傷だったんだよ」
そうだ。王城の人々からはもはや英雄視されている。
「魔物の攻撃、二発? だったかな。正面から食らった。肋骨の二、三本はイったはずなんだ」
知らなかった。こんな抱きつくような真似をしてよかったんだろうか。
「ふふっ、大丈夫だって。無傷って言ったろ? なんともなかったんだ。奇跡だなって思った」
で、王城に戻って来てから着替えた時にびっくり、とヴィクトは続ける。
「隊の一人がなんだこれって声上げてさ。そこでみんな気づいた。魔法陣の刺繍がしてあったんだ。……全員の騎士服の裏に」
ヴィクトが耳元で囁くから意思に反して肩がびくついてしまう。それを押さえ込むかのように背中に回った腕に力がこもった。
「まさかエルドラードの全騎士服に施したのか?」
「い、いや……さすがに。聖騎士の分だけだよ。魔物と戦うのは、危険と隣り合わせだから」
「そっか」
ほんの少しの静寂が漂った。僕の涙は知らないうちに止まり、代わりに心臓がせわしなく存在を主張し始めている。ドクドクとうるさくて、ヴィクトに聞こえてしまったらどうしようと別の心配が生まれた。
「ユアン様。大事なこと、言うから。いい? 聞いて」
「う、うん」
「あなたは……――」
辺りが夕闇に飲まれた時、コンコンというノック音で我に返る。
「ユアン様? ドアが開きっぱなしなんだけど。入っていいの?」
返事をするのも億劫だった。どうせヴィクトは入ってくるだろう。
「入るよ」
そして情けない僕の姿を見つけてしまうんだ。
「あれ? 寝てるのかな」
いや、まだそうと決まったわけではない。きっとちゃんと、いつもどおりに振る舞えるはずだ。しゃきっとしないと。
「お、いたいた。ユアン様、体調はどう? 起きてて平気? 祈りの儀式はしばらく休みをもらったんだってね」
「ねぇヴィクト」
「ん?」
言え。言うんだ。なんてことないように。頑張れ、僕。
「王様のところに行こうよ。もう伝わってはいると思うけど、僕は力を取り戻しましたって正式に報告してさ。それでヴィクトを第一部隊に戻してもらえるようにお願いするんだ」
僕は上体を起こすと、口を閉ざしたままの聖騎士を見つめて微笑んだ。反応がない。
「どうかした? あ、それとももう、復帰決まってたり? 確か今日、団長に呼ばれてたんだよね」
なおも聖騎士は言葉を返さない。一転して、ひどく痛ましいものを見るような目つきになった。
「ヴィクト? ほんとどうしたの」
「ユアン様」
彼はベッドの脇までやってくると床に膝をつき、切実な声色で僕に問うた。
「何があった?」
「へ……」
「隠さないで教えて。何かあったんだろう? 顔を見ればわかる」
まさか。どうして。
「そんなことないよ」
「笑うな」
ビクッと肩がはねた。聖騎士はすぐに「すまない」と謝罪を口にする。
「前にもそうやって笑ってた。辛いくせに、無理して笑ってるんだ。違うか?」
「っ……」
どうしてこの人は僕の隠したいものをこんなにも簡単に見抜いてしまうのだろう。
「何があったか言いたくないなら言わなくていい。だが、わかってほしい」
太陽が僕を照らす。
「俺の前では強がらなくていい。泣きたい時は泣いていいし、傷ついた時は傷ついた顔をしていいんだ」
母さんの教えだからと自分に言い聞かせていた魔法の言葉――呪文――は、ほんとのところは弱い自分を見たくないがゆえの逃げ道だった。自分のだめなところ全部、永久凍土の下に埋めて隠していたつもりだった。それをこの男が容赦なく日の元に引きずり出して溶かしていく。
まずい、まずいまずいまずい。
泣きたくなんてないのに。
「ユアン様? いいんだよ。ほら、おいで。俺はあなたの騎士ですから、いくらでもこの胸お貸ししましょう」
もう我慢できなかった。感情が堰を切ったように溢れ出し、僕はヴィクトに縋ってわんわん泣いてしまう。打ち明けるつもりのなかった気持ちが意味をなさない嗚咽に混じって漏れていった。
せっかく魔力が溜まりだしても、負傷者全員を癒せるだけの力がなかったこと。そもそもヴィクトが最初から前線にいれば傷つく人は少なかったこと。復帰を願うヴィクトの気持ちを知っていながら自分のせいでそれが叶わないこと。人の邪魔ばかりしている自分はやっぱり神子失格で、情けなさにどうしようもなくなっていること。
ヴィクトはあやすように背中をさすりながら静かに聞いてくれた。そして僕の心の吐露が終わった時、優しい声音で言う。
「ねぇ、ユアン様さ。俺の騎士服にイタズラしたでしょ?」
ずずっと鼻をすすって、僕は「ごめん」と肯定した。
「俺、自分で言うのもなんだけどわりと腕には自信があるほうで。それでも今回の魔物は強かったし、きっついな、と思った。でもさ、無傷だったんだよ」
そうだ。王城の人々からはもはや英雄視されている。
「魔物の攻撃、二発? だったかな。正面から食らった。肋骨の二、三本はイったはずなんだ」
知らなかった。こんな抱きつくような真似をしてよかったんだろうか。
「ふふっ、大丈夫だって。無傷って言ったろ? なんともなかったんだ。奇跡だなって思った」
で、王城に戻って来てから着替えた時にびっくり、とヴィクトは続ける。
「隊の一人がなんだこれって声上げてさ。そこでみんな気づいた。魔法陣の刺繍がしてあったんだ。……全員の騎士服の裏に」
ヴィクトが耳元で囁くから意思に反して肩がびくついてしまう。それを押さえ込むかのように背中に回った腕に力がこもった。
「まさかエルドラードの全騎士服に施したのか?」
「い、いや……さすがに。聖騎士の分だけだよ。魔物と戦うのは、危険と隣り合わせだから」
「そっか」
ほんの少しの静寂が漂った。僕の涙は知らないうちに止まり、代わりに心臓がせわしなく存在を主張し始めている。ドクドクとうるさくて、ヴィクトに聞こえてしまったらどうしようと別の心配が生まれた。
「ユアン様。大事なこと、言うから。いい? 聞いて」
「う、うん」
「あなたは……――」
7
お気に入りに追加
636
あなたにおすすめの小説
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
召喚先は腕の中〜異世界の花嫁〜【完結】
クリム
BL
僕は毒を飲まされ死の淵にいた。思い出すのは優雅なのに野性味のある獣人の血を引くジーンとの出会い。
「私は君を召喚したことを後悔していない。君はどうだい、アキラ?」
実年齢二十歳、製薬会社勤務している僕は、特殊な体質を持つが故発育不全で、十歳程度の姿形のままだ。
ある日僕は、製薬会社に侵入した男ジーンに異世界へ連れて行かれてしまう。僕はジーンに魅了され、ジーンの為にそばにいることに決めた。
天然主人公視点一人称と、それ以外の神視点三人称が、部分的にあります。スパダリ要素です。全体に甘々ですが、主人公への気の毒な程の残酷シーンあります。
このお話は、拙著
『巨人族の花嫁』
『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』
の続作になります。
主人公の一人ジーンは『巨人族の花嫁』主人公タークの高齢出産の果ての子供になります。
重要な世界観として男女共に平等に子を成すため、宿り木に赤ん坊の実がなります。しかし、一部の王国のみ腹実として、男女平等に出産することも可能です。そんなこんなをご理解いただいた上、お楽しみください。
★なろう完結後、指摘を受けた部分を変更しました。変更に伴い、若干の内容変化が伴います。こちらではpc作品を削除し、新たにこちらで再構成したものをアップしていきます。
転生神子は『タネを撒く人』
香月ミツほ
BL
深い森の中で目を覚ますと、全裸だった。大きな木の根本の、ふかふかの苔の上。人がくる気配はない。
おれは自力で森を抜ける。
「あぁ……、神子様。ようこそこの世界へ」
森の外には神官と騎士、そんな感じの美形な2人がおれを迎えに来てくれていた。
※予告なく性描写が入ります。多いです。
※植物が人間になった世界で、妊娠出産は番外編までありませんが、授乳はあります。
※元が植物なので花粉を撒き散らすように、『愛』をばら撒きます。
※挿入だけが固定です。
美人神官× 主人公
男前騎士× 主人公
※ムーンライトにも掲載しています。
2021.1.7.番外編3話追加しました。
苦手な方には申し訳ありませんが、妊娠出産があります。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
オメガに転化したアルファ騎士は王の寵愛に戸惑う
hina
BL
国王を護るαの護衛騎士ルカは最近続く体調不良に悩まされていた。
それはビッチングによるものだった。
幼い頃から共に育ってきたαの国王イゼフといつからか身体の関係を持っていたが、それが原因とは思ってもみなかった。
国王から寵愛され戸惑うルカの行方は。
※不定期更新になります。
優しく暖かなその声は(幽閉王子は最強皇子に包まれる・番外編)
皇洵璃音
BL
「幽閉王子は最強皇子に包まれる」の番外編。レイナード皇子視点。ある日病気で倒れたレイナードは、愛しいアレクセイに優しくされながら傍にいてほしいとお願いしてみると……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる