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それから二週間、一心不乱に魔法陣の発動練習に打ち込んだ。構築の時とは桁違いにするすると上達していくから我ながら驚きだ。現状成功率は五分五分。安定して発動できるようになった暁には王に報告に行こう、とヴィクトと話し合って決めた。
正直、安定したらなんて言ってないで早く報告しに行きたい気持ちで爆発寸前だ。なんてったってついに、僕にも役に立てる時が来たんだからな!
「メアリー、お願いがあるんだ」
「はい、何用でございましょうか」
僕は膨らむ衝動への応急処置として、あることを思いついた。まずは部屋に顔を出した侍女に刺繍道具を貸してもらえるよう頼む。次には侍女繋がりで王城の洗濯係とのツテを紹介してもらった。ふっふっふ。これはちょっとした贈り物なのだ。僕はこっそりと、洗濯に出されたヴィクトの騎士服を漁る。あ、心配しないでね、ちゃんと返すから。
そんなこんなで、神子生活が始まって以来一番の満ち足りた日々を送っていたように思う。
ある日の昼の祈りの儀式までは。
ジリリリリリリッ!
突如、鳴り響いた警報。白亜城は耳をつんざくような警戒音に包まれた。騎士も魔導士も神官もみな血相を変えて動き出す。
「緊急警戒! 王城近くで大型の魔物の発生を確認! 緩やかにこちらに接近中!」
誰かが叫んだ。僕は跪いたまま息を飲む。大型の魔物の発生自体が久しぶりな上に、すぐそこまで迫っているだなんて。ひやりとした。
「全員配置に付けっ! ……ヴィクト、お前はここに残れ」
もう一度、ひやりとした。上官からの指示を耳にしたヴィクトの表情に。
聖騎士はすでに祈りの間の出口に向かって大きな一歩を踏み出したところだった。そしてぴたりと止まった。奥歯を噛みしめて何かに耐えている。握りしめられた拳は白くなっていて、小刻みに震えていた。意識的に深呼吸をしているのがわかった。
行きたいのだろう。
だけど、行ってはならないのだ。
「僕のせいだ」
僕もまた拳をぎゅっと握って、ないまぜになる感情と戦っていた。
しばらくするとそこに、輪をかけて悪い知らせが飛び込んでくる。
「最前線に出ていた団長の班が早くもダメージ大! 負傷者多数!」
あがるどよめき。連絡係の男が続けて叫ぶ。
「医務室には負傷者を収容しきれないとのこと! こちらにも運び入れる!」
慌ただしかった祈りの間が更に騒然とした。運ばれてきた負傷者の痛々しすぎる姿にみなぎょっと目を剥く。
床に横たえられた四人の聖騎士はすでに全員意識がなく、一人に至っては右腕がなかった。彼らこそ医務室に運び入れるべきだがそうされなかったということは……もうなす術がないと判断されてしまったのか。
僕は震える足で血濡れの聖騎士たちに近づいた。誰かが「何をするつもりだ!」と非難めいた声を出した。だが僕には気にしている余裕などない。今やらないでいつやるというのだ? 僕がやらないで誰がやるというのだ?
冷たい石造りの床に広がる鮮血で魔法陣を構築した。不思議と集中できていた。周りの雑音が消える。寒気も消える。最後の紋を描き入れ、そっと魔力を流し込めば、発動。……成功だ。
魔法陣がギンと唸りをあげて光った。腹の奥底ではぶわりと火が焚かれたような感覚に陥る。僕は右腕をなくした聖騎士のそばに跪くと、その胸にそっと両手を当て、目を閉じた。
そして祈った。
「おおっ……これは」
「まさか」
「癒しの力だというのか」
この聖騎士が失ってしまったものを取り戻すこと、それだけを考えた。そのうちにちぎれた右腕の切断面が淡く光り出し、再生を始める。目には見えないが、内側で複雑に折れた骨の数々も原形を取り戻しつつあるに違いない。感覚でわかった。僕の額には熱く冷たい汗が滲んだ。
「……っうあぁ」
やがて治癒が完了し光が収束すると、聖騎士が呻く。目をカッと開いた。一時的に意識を取り戻したのだろう。
「だ、団長からだ」
「え?」
「ヴィクト、戦場に来い。お前が必要……だっ」
そう伝言を口にして、彼はまた意識を失った。僕は振り返る。太陽の瞳とぶつかった。燃えるような煌めきがゆらゆらと揺れている。
ほんの一瞬だけ、行ってほしくないと思ってしまった。エルドラード最強とて無事で済むだろうか? 仮にヴィクトが大けがをして帰ってきた時、僕には彼を癒せるだけの魔力が残っているだろうか?
「ユアン様。大丈夫。俺は死んだりしない」
こちらの気持ちを見透かした聖騎士が、まっすぐに言う。
「すぐにカタをつけてくる」
ユアン様をよろしく、と神官に声をかけた男はそれ以上振り返ることなく祈りの間をあとにした。扉の向こうは昼の光に白んでいて、ヴィクトの輪郭だけが黒く映る。僕はそれが小さく遠ざかるのを見送ってから、ぎゅっと目をつぶり、両手で頬を叩いて思考を切り替えた。
集中し直せ。今は目の前のこの人たちを助けるんだ!
正直、安定したらなんて言ってないで早く報告しに行きたい気持ちで爆発寸前だ。なんてったってついに、僕にも役に立てる時が来たんだからな!
「メアリー、お願いがあるんだ」
「はい、何用でございましょうか」
僕は膨らむ衝動への応急処置として、あることを思いついた。まずは部屋に顔を出した侍女に刺繍道具を貸してもらえるよう頼む。次には侍女繋がりで王城の洗濯係とのツテを紹介してもらった。ふっふっふ。これはちょっとした贈り物なのだ。僕はこっそりと、洗濯に出されたヴィクトの騎士服を漁る。あ、心配しないでね、ちゃんと返すから。
そんなこんなで、神子生活が始まって以来一番の満ち足りた日々を送っていたように思う。
ある日の昼の祈りの儀式までは。
ジリリリリリリッ!
突如、鳴り響いた警報。白亜城は耳をつんざくような警戒音に包まれた。騎士も魔導士も神官もみな血相を変えて動き出す。
「緊急警戒! 王城近くで大型の魔物の発生を確認! 緩やかにこちらに接近中!」
誰かが叫んだ。僕は跪いたまま息を飲む。大型の魔物の発生自体が久しぶりな上に、すぐそこまで迫っているだなんて。ひやりとした。
「全員配置に付けっ! ……ヴィクト、お前はここに残れ」
もう一度、ひやりとした。上官からの指示を耳にしたヴィクトの表情に。
聖騎士はすでに祈りの間の出口に向かって大きな一歩を踏み出したところだった。そしてぴたりと止まった。奥歯を噛みしめて何かに耐えている。握りしめられた拳は白くなっていて、小刻みに震えていた。意識的に深呼吸をしているのがわかった。
行きたいのだろう。
だけど、行ってはならないのだ。
「僕のせいだ」
僕もまた拳をぎゅっと握って、ないまぜになる感情と戦っていた。
しばらくするとそこに、輪をかけて悪い知らせが飛び込んでくる。
「最前線に出ていた団長の班が早くもダメージ大! 負傷者多数!」
あがるどよめき。連絡係の男が続けて叫ぶ。
「医務室には負傷者を収容しきれないとのこと! こちらにも運び入れる!」
慌ただしかった祈りの間が更に騒然とした。運ばれてきた負傷者の痛々しすぎる姿にみなぎょっと目を剥く。
床に横たえられた四人の聖騎士はすでに全員意識がなく、一人に至っては右腕がなかった。彼らこそ医務室に運び入れるべきだがそうされなかったということは……もうなす術がないと判断されてしまったのか。
僕は震える足で血濡れの聖騎士たちに近づいた。誰かが「何をするつもりだ!」と非難めいた声を出した。だが僕には気にしている余裕などない。今やらないでいつやるというのだ? 僕がやらないで誰がやるというのだ?
冷たい石造りの床に広がる鮮血で魔法陣を構築した。不思議と集中できていた。周りの雑音が消える。寒気も消える。最後の紋を描き入れ、そっと魔力を流し込めば、発動。……成功だ。
魔法陣がギンと唸りをあげて光った。腹の奥底ではぶわりと火が焚かれたような感覚に陥る。僕は右腕をなくした聖騎士のそばに跪くと、その胸にそっと両手を当て、目を閉じた。
そして祈った。
「おおっ……これは」
「まさか」
「癒しの力だというのか」
この聖騎士が失ってしまったものを取り戻すこと、それだけを考えた。そのうちにちぎれた右腕の切断面が淡く光り出し、再生を始める。目には見えないが、内側で複雑に折れた骨の数々も原形を取り戻しつつあるに違いない。感覚でわかった。僕の額には熱く冷たい汗が滲んだ。
「……っうあぁ」
やがて治癒が完了し光が収束すると、聖騎士が呻く。目をカッと開いた。一時的に意識を取り戻したのだろう。
「だ、団長からだ」
「え?」
「ヴィクト、戦場に来い。お前が必要……だっ」
そう伝言を口にして、彼はまた意識を失った。僕は振り返る。太陽の瞳とぶつかった。燃えるような煌めきがゆらゆらと揺れている。
ほんの一瞬だけ、行ってほしくないと思ってしまった。エルドラード最強とて無事で済むだろうか? 仮にヴィクトが大けがをして帰ってきた時、僕には彼を癒せるだけの魔力が残っているだろうか?
「ユアン様。大丈夫。俺は死んだりしない」
こちらの気持ちを見透かした聖騎士が、まっすぐに言う。
「すぐにカタをつけてくる」
ユアン様をよろしく、と神官に声をかけた男はそれ以上振り返ることなく祈りの間をあとにした。扉の向こうは昼の光に白んでいて、ヴィクトの輪郭だけが黒く映る。僕はそれが小さく遠ざかるのを見送ってから、ぎゅっと目をつぶり、両手で頬を叩いて思考を切り替えた。
集中し直せ。今は目の前のこの人たちを助けるんだ!
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