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「……あーだめだ、今思い出しても笑える……ユアン様おやっさんにめっちゃくちゃ気に入られてたのサイッコー、ふははっ」
 南端塔の殺風景な一室を満たすのは陽気な笑い声だった。僕はその発生源をこれでもかと睨みつける。木製の椅子に我が物顔で腰かける聖騎士ヴィクト・シュトラーゼ。あのさぁここって僕の部屋じゃなかったっけ? ねぇねぇ。
 最近のヴィクトには困ったものだ。人の生活圏にするすると入り込んでくるのだ。一体どんな反応をするのが正解なのだろう? 僕は戸惑った。だって、これまでのどの騎士とも行動が異なるのだから。
 例えばある日の午後はとくに用事もないのに部屋にやってきて読書中の僕にちょっかいを出してきた。
「あれ、魔導書なんて持ってたんだ?」
「あ、えぇっとこれは違くって」
 自分でも何が違うのかわからないが、どこで手に入れたのか聞かれるわけにはいかない。彼の注意を逸らすべく、魔法陣がいかに素晴らしいかについて熱烈に語るはめになった。
 実際のところ魔法陣は相当に優れものだ。僕はそれをどうにか使いこなせないかと魔導書片手に独学で勉強している。魔法陣が発動できれば、少ない魔力量でも何十倍、何百倍と強い癒しの力が発現できるようになる。だが発動はおろか、その前段階の構築の仕方でさえなかなかに難しい。
 そう説明をすればヴィクトは感心したように嘆息した。「頑張ってるんだね」と僕の頭をわしゃわしゃ撫でる。子ども扱いされているのだろうか?
 また別の日には庭に降りて草花の手入れをしているところにヴィクトがやってきた。一緒に作業をするという。何が目的か聞いてみれば、
「ユアン様、前にさ、自由時間に何してるかは秘密だって言ってたじゃん」
「言ったけど?」
「秘密って言われると知りたくなるよね」
 と返ってきた。
 彼は僕のジト目を気にするでもなくにっと口角を上げて、「ユアン様のことをもっとちゃんと知りたいんだ。本当だよ。色々質問していい?」と続ける。
 花が好きなのかって? 好きだよ。
 何の花が好きかって? 全部好きだけど白くて小さな花びらをつける花が好きだよ。
 いつから手入れをしているのかって? ここに来てからずっとだよ! なぁもういいだろ?
 ……え、庭師を紹介してやる? そ、それはありがたく紹介されてやっても……いいぞ。
 南端塔の庭にも庭師がいるのだ。僕は彼のことを長らく気になってはいたけど話しかけることができないでいた。そんな彼とも挨拶が交わせたのは僥倖だ。単純な僕の機嫌がすぐに戻っていく。
 だがその庭師に別れを告げた後の作業中、頬に土がついてしまったのだけれど、拒む暇もなくヴィクトに拭われた。そこから更なるわしゃわしゃだ。これはいよいよ子ども扱いされていると言っていい。またしてもモヤモヤが胸の中に広がる。
 そりゃエルドラードの成人男性平均と比べたら身長は低いし、体重も軽いし、幼く見える顔ですよーだ。でも僕はれっきとした男なんだ。
 こっほん。話を戻そう。
 こんなふうにヴィクトは僕の毎日にヴィクトの色を残し始めた。今だってそうだ。わざわざ午後の休憩時間を潰してまで南端塔にやってきている。まさか、厨房での僕のビビり具合を笑うためだけに来たとは思いたくないが。
「冷やかしなら帰ってよ、ヴィクト。邪魔」
「ひっどいなぁ」
「こちとら掃除中なの。見てわかるでしょ。邪魔しないで」
「言うようになったねぇユアン様も」
「思ってることは伝えろってヴィクトが言ったんじゃないか」
「そうだよ。嬉しいな。変わっていくユアン様を見ていると楽しい」
「うぐっ……とにかく、出てって」
「手伝うよ」
「いいから! 一人でできる!」
「つれないのはそのままかぁ。いつになったら甘えてくれるんだろうねぇ」
 キッと見やればわかったわかったと聖騎士が立ち上がった。だが言ってることとやってることが真逆だ。ヴィクトはそのままの勢いで僕の手からほうきを奪うと、床を掃けばいい? と小首をかしげて聞いてくる。
「大丈夫。学院の寄宿舎にいたころ掃除は嫌と言うほどやらされたから勝手はわかる。ユアン様は座って休んでて。疲れてるんだろ?」
「え」
 確かに最近寝不足だ。昨日も孤児院から帰ってきたあと深夜まで勉強していたからベッドに入るのが遅くなった。でもおかしいな、それがわかるくらいに疲れが顔に出ているのだろうか。
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