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 と、そうこうしているうちに中央塔へと入り、祈りの間の手前までやってきた。いつものように神経質そうな神官たちが並んで立っているのが見える。両開きの扉の周りには複数の王国騎士が警備にあたっていた。彼らは聖騎士ではない。第二部隊以降に所属する一般の騎士だ。そして彼らもいつものように神子の登場を認めるとひそひそ声で話し始めた。
「おい来たぞ、役立たずのご到着だ」
「見ろよ。また近衛が変わってやがる」
「聖騎士のヴィクト・シュトラーゼだ。話は本当だったのか。ごく潰しの神子なんかの近衛だなんてもったいなさすぎるだろ」
「あぁ。ろくに仕事もしないくせにな」
「恥ずかしくないのかね」
「おこちゃまだからな」
 彼らは額をつきあわせてくすくすと笑った。聞こえるか聞こえないかの音量だ。隣を歩くヴィクトが弾かれたように騎士たちのほうを見る。お喋りはすっとやんだ。
「あいつら……」
「ヴィクト、いい」
 聖騎士の眉は歪められていた。案外曲がったことが嫌いなのかもしれない。だけどこんなのはへっちゃらだ。慣れている。今に始まった話ではない。僕はそれをヴィクトに伝えた。
「慣れているだと? ずっとこうなのか」
 ショックを隠さない赤橙色の瞳にどうしてか後ろめたさを感じて、逃げるように目を伏せた。心の中ではひたすらに母さんの教えを繰り返す。
 ――傷ついた顔は相手を喜ばせるだけよ。どんな時も堂々としていなさい、ユアン。
 定刻を告げる鐘の音が鳴る。ぐっと拳を握って祈りの間に入った。
 心配しないで母さん。僕は負けたりなんてしないよ。
 そうやって心を殺して祈りを捧げれば儀式なんてあっという間だ。僕はそそくさとその場をあとにした。ヴィクトが腕をとって引き留める。
「言わせたまんまでいいのか」
「別に」
 正論だからなぁ。聖騎士の顔を見上げながら「眩しいな」なんて僕は思った。この人は、不正を嫌う、騎士の鑑みたいな人だったのか。僕なんかの近衛騎士にはもったいないよ、ほんと。心底同意する。
 そんな内省を見抜いたのか、ヴィクトが口を開いた時だった。
「ユアン」
「っ!」
 それは懐かしい音色だった。僕は息を飲む。長廊下の突き当り、曲がり角を迎えたところだった。そう、この人は、
「げっ、セオドア……」
 セオドア・ルシェルツ。ルシェルツ伯爵家の嫡男であり、僕と半分血を分けた兄だ。そしてあの頃の幼き少年の運命を変えた人。
 喜びを見せる僕とは対照的にヴィクトは嫌そうな顔をしていた。仲でも悪いのだろうか。年齢的には二人は同期のはず。
「久しぶりだな。元気にしているか」
「うん。元気だよ。兄さんも変わりない?」
「あぁ」
 鳶色の髪の毛と瞳は伯爵にそっくりだ。僕にはとても理知的な色に見える。そしてその胸に光るのは第二部隊を示す紋章。非常に心残りなことに、兄さんは聖騎士にはなれなかった。聖属性魔法の適性を持っていなかったのだ。
「聖騎士ヴィクト・シュトラーゼが新しい近衛になったと聞いたが、どうやらそのようだな」
「うん。そうなんだ」
「素晴らしい」
 兄さんはヴィクトのほうを向いてにこっと笑う。一瞬、あれ? と思った。なんだか見たことのない笑い方に見えたからだ。こんなふうに目元だけを細めて笑っていたっけ?
「よかったな、ユアン。彼は非常に出来る男だから……そのままずっと近衛騎士をやってもらえるよう王に願い出たほうがいい」
「え? うん、えぇっと」
 それ以上何かを返す前に兄さんは他の騎士に呼ばれてしまった。じゃあまたと言って僕の肩をぽんと叩く。ハッとする。
 これだ!
 エルドラードの騎士たちの間には、労りの意味を込めて互いの肩を叩く風習がある。僕の体は兄さんからかつて受けていたこれを覚えていたのだろう。数えるほどしかなかった経験だけれど、でも、多分、これだ。だからヴィクトに叩かれた時もじんわりと温かくなったのだ。
 一つ謎が解決したことと兄さんに会えたことが純粋に嬉しくて、南端塔に辿り着く頃には僕は踊りだしそうになっていた。部屋の前でくるりと振り返り、ヴィクトの明るい瞳を見上げる。
「ありがと、ヴィクト。ここまででいいよ」
「なんだよ随分ご機嫌だな」
「そりゃあ兄さんに会えたからね。あぁ今日も優しかったな」
「優っ……は?」
 ヴィクトの眉間に力が込もる。
「神子様、まさか、気がつかなかったの?」
「え? 何か変なとこあった?」
「あー……」
 僕はこの聖騎士を絶句させるのが得意らしい。小首をかしげて答えを待てば、彼は苦々しげに話し始めた。弟に向かって兄のことを悪く言いたくはないんだけど、と前置きをして。
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