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海 ―波瀾の前兆―

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 燦々さんさんと輝く太陽。その光が当たり、海はキラキラと輝いていた。
 今日で学校が終わる。学生にとっては長期休暇――夏休みが待っていた。課題の量にはため息が出るが、それでも楽しみではある。
 終業式を終えて各々家に帰り、待ち合わせて皆で海に来た。ビニールシートを浜辺に敷き、ビーチパラソルを挿して日陰の準備万端だ。飛ばないように重しとして皆の荷物を置いて、今は各々遊んでいた。ミノリはそのビニールシートに座り、空を眺めている。

「ミノリ、平気か?」

 隣にハルカが座り込む。彼は水着姿で生地の薄いパーカーを羽織っているようだ。その姿もカッコイイと思う。

「大丈夫だよ」

 海に来て長袖・ズボンという格好なので、他者の視線が痛かった。だが、この綺麗な空を見れたことで、それはどうでもよくなっている。

「そう」

 わしゃわしゃと頭を撫で、ふわりと柔らかく笑った。

「ハールーカぁー」
「気持ちいいよ、早くおいでよぉ」

 白い水着に身を包んだ女子、黒い水着に身を包んだ女子――海の中で遊ぶ女の子達はハルカに手を振る。

「呼んでるけど、行かないのか?」
「行かない。メンドクサイからな」

 きっぱりと即答し彼はその場に寝転がる。視線の先にあるのは、色白でも健康的な指。

「ミノリは……」
「なに?」
「指、綺麗だな」

 言い放ちながら、ハルカはミノリの指に触れる。

「なに言ってんだよっ! バカじゃねえのっ」

 くすぐったさと恥ずかしさで手を引こうとするが、逆に手首を掴まれた。

「なっ!?」
「離さない」
「離せっ」

 手を引こうとするが、動かない。二人を比べれば勿論、腕力もハルカの方が強いのでどう足掻いても敵わない。

「離すと、逃げるから」

 声と共に引き寄せる。

「わっ」

 引き寄せられた彼は逆らえずにそのまま体勢を崩し、眼下にいるハルカを押し倒したような格好になる。絵的になにかが違う気がするが、口には出さない。息が触れるほど近くにいるから。

「逃げないで……」

 躯を起こし耳元で囁かれ、顔が熱を帯びる。

「俺から離れないで、ミノリ」
「離れないよ。ちゃんと傍にいるから」

 彼の頬に手を添える。


「いるよ。ハルカの傍に」


 離れたくない。それは一緒の願い。

「うん」

 ハルカは笑顔を溢しながら手を離し、ミノリの頭を撫でた。

「よかった……」

 ポソリと呟く。離れてほしくない。一緒にいたい。でも、一緒にいることで相手が辛い思いをするのは嫌だ。

「ハルカっ」

 女子が駆け寄ってくのが視界の端に映った。ハルカは面倒くさそうに起き上がるが、一瞥してまた寝転がる。

「ハルカ?」
「寝てるって言っといて」

 言い放ち、目を閉じてしまう。

「は? ちょっ、えぇっ?」
「ハルカ」

 声と共に近くで砂を踏む音が聞こえた。

「あ、の……」

 ミノリはゆっくりと振り返る。見ると女子が呆然と立ち尽くしていた。

「ハルカ、どうしたの?」
「ね……、寝てるよ」
「さっき、顔が見えたけど?」

 盲点を突かれる。そもそも端から嘘がバレているであろう。

「き、気のせいじゃないかな?」
「気のせいじゃない」

 彼女は履いていたビーチサンダルを脱いでビニールシートに上がり、ハルカに歩み寄れば屈んでそっと触れる。

「――触るな」

 パシッ、とその手を軽く払い除けた。彼女はすぐに引っ込めて、掌を握る。

「なっ、なにしてんだよ! 相手は女の子だぞっ」
「性別は関係ない」

 起き上がり、女子を睨み付ける。

「気安く人に触れないでくれる?」
「だって……わたしっ」

 彼女は俯きながら言い放つ。

「悪いけど、俺は好きな人がいる。その人以外には触れたくないし触れられたくない」
「わたしだって……っ、わたしだって、ハルカが好きだもんっ!」

 言い放ちながら顔を上げる。彼女はその綺麗な顔に、涙を浮かべていた。真剣な表情。淡く赤く染まる頬。――恋する女の子だ。誰が彼女を侮辱できるだろう。ただ人を好きになっただけじゃないか。バカになんてできない。

「わたしだって、ハルカが好きなの!! わたしだけじゃなくて、他にもハルカを好きな子は沢山いるよっ? でもっ……ハルカは木下くんだけ構ってっ……」

 手の甲でぐしぐしと涙を拭く。それでも溢れる涙は止まらないらしい。

「あ……えと、ハルカ、あー、オレ散歩してくるから」

 ミノリは言い放ち、早々に立ち上がった。

「おい、ミノリっ? お前なに考えて――」

 ハルカの言葉を聞かず、彼は走り去ってしまう。

「またかよ」

 また逃げられてしまう。これで二度目だ。仕方なしに軽いため息を吐き、後頭部を掻く。

「なんで逃げるんだよ」

 逃げないで。置いていかないで。一人に――――しないで。一緒にいたから哀しくなかった。一緒にいたから、痛みを忘れられた。

「ハルカ……、泣いてるの……?」

 そう言われて気付く。目頭が熱く、頬が温かい。彼は顔を膝に埋めた。

「ダメなんだ……。ミノリじゃないと、ダメなんだよ……」

 消え入りそうな声で、彼は言い放つ。どうしても、彼じゃなきゃダメだ、と。そんな彼の想いに、きゅうっと胸が締め付けられる。誰も敵わないと悟った。

「…………ハルカ。判ったよ、ハルカの気持ち」

 ――好きなんだね。どうしようもなくどうしても好きなんだ。

「わたし、木下くんを捜してくるね」

 涙を拭いながら彼女は立ち上がり走り去る。ハルカには砂を踏む音だけが聞こえた。

「ミノリ……」

 早く来て。早く、触れたい。

「ハルカ」

 この声は――。

「ミノリっ」

 顔を上げると、屈んでこちらを窺うミノリと目が合う。

「頬、濡れてる」

 そっ、とハルカの頬に触れ、はたと気付いた。

「あ、もしかして――泣いた?」
「――っ」

 愛しい彼の顔を見て涙が溢れてきた。泣き方を忘れたのに、涙腺は壊れていなかったらしい。嬉しい、哀しい、淋しい、いろんな感情が溢れ出した。

「なっ、ハルカ!?」

 もっと触れてほしい。自分が自分でいられるように。

「ミノリ」

 ぎゅっ、と抱きしめる。強く。

「……悪かった。あの子はハルカのことを好きだから、話をする機会を作ってあげたかったんだ……」

 ハルカの頭を優しく撫でれば、彼は流した涙を手で拭う。

「そんなことする必要なんてないのに」
「なに言ってんだよ。ただ人を好きになっただけなのにさ」
「優しいんだな」
「優しくなんかねぇよ」

 遠くで二人を見ているのが、とても嫌だと思ってしまった。触れてほしくない。一緒にいてほしくない、と思ったのだ。こんな自分のどこが優しいというのだろうか。

「……嫉妬か……」

 ぽそりとミノリは呟く。

「なに?」
「なんでもない」

 嫉妬――。こんな感情を抱く日がくるとは、思いもしなかった。浅ましい自分がいる。

「……なぁ、ハルカ」


 もしも、自分がいなかったら――。


「なんだよ?」
「もしもの話だけどさ、オレがいなかったら……ハルカはちゃんと女の子を好きになれてたかも知れないよ?」
「なに……言ってんだよ」

 ハルカはミノリを引き剥がし、肩を掴む。

「っ……!」
「なに言ってるのか、解ってるのか!?」

 それはミノリの全てを否定することになるし、ハルカの生きた証がなくなることにもなる。なにも残らなくなり、意味なんて持たない。

「解ってるよ! ちゃんと……解ってる……」
「じゃあ、なんで――」

 彼の言葉を遮るように言い放つ。

「だって男同士は白い目で見られるだろっ? 可笑しいだろっ? ハルカはちゃんと女の子を好きになった方がいいよっ」

 彼の言葉を全て聞き終えて、力任せにビニールシートに押し倒した。

「なっ、にすっ……!?」

 一瞬、驚きで目を見張り、次いで起き上がろうとするミノリを無理矢理組み敷く。

「なんでそんなこと言うんだよ? それとも誰かに変なこと吹き込まれた?」
「違うっ!」

 これでもかという程に左右に首を振る。なら、どういうことなのか。全く解らない。

「俺はミノリがいれば、なにもいらない。生きてきたのはミノリの為なんだよっ! お前が好きなのに、それなのに……っ、女と付き合えっていうのか?」

 彼は眉根を寄せている。しかも声が低い。これは完全に怒っている。いや――怒らせたんだ。怒らせるつもりなんて、なかったのに。

「ごめんなさいっ。そ、ういうつもりじゃ……なくてっ」

 自分のなにげない一言が、ハルカを傷付けてしまった。女の子と付き合った方がいいなんて、本気で言った訳じゃない。自分が嫌だから。だから、言葉を紡いだ。

「じゃあどういうつもりだよ!?」
「って……なんだ」

 怒声に躯を震わせて、ポソリと呟く。それは小さすぎて聞き取れない。

「なに? 聞こえない」
「だって、嫌なんだよ……」
「嫌って、なにが?」

 呆気に取られたが優しく問えば、彼は口を開く。

「ハルカが……っ、女の子といた時に嫉妬する自分がいてっ、ハルカに触れてほしくなくてっ……そうやって……、そう思う自分が……、嫌だ、よ……」

 両手で前髪を掴み顔を隠す。見られたくないから。
 こんなにも好きで、でも自分じゃどうしようも出来なくて。離れたくはないけれど、離れたら嫉妬とかそういうモノがなくなるのかも知れないと思ったのだ。浅ましい自分を知られたくなかったから――。

「嫉妬って……」

 なんだよ、それ。自分のことが嫌になったのかと思ったのに。全然違ったんだ。
 そっ、とミノリの手に触れれば、ぴくんと躯を竦めた。

「ミノリ、怒鳴ってごめんな」

 前髪から手をやんわりと退けて、その手の甲に唇を落とす。

「好きだ」

 言い放ち、今度は額に唇を落とした。額から鼻、鼻から頬と次々にキスの雨を降らす。キスをする度に、ミノリは躯を竦めた。

「ハ……ルカ……、人が見てるよ。だからっ……」

 大衆から離れた場所にパラソルを挿しても、近くには人の気配がある。見ていようがいまいが、羞恥はあった。

「恥ずかしい?」
「あ、当たり前だろっ」
「じゃあ、あと少し待って」

 言い放ち、口を塞いで片手に指を絡める。

「っ……ふ……」

 離れては口付け、離れては口付けの繰り返し。

「……ん……」

 ミノリはきゅっ、とハルカの手を握る。
 なにかを確かめるように、何度もキスを繰り返す。
 好きだ。好きなんだ。ただ好きなだけ。どうしようもなく好きなだけ。
 時間が経てばどちらかともなく唇が離れた。空気を吸い込み、乱れた呼吸を整える。

「お前らさぁ……」

 いきなり声を掛けられ、びくりと躯が竦まる。声がした方向を窺えば、そこには一緒に海に来ていたクラスメイトが立っていた。男八人、女十人の割合だ。呆れた顔をする人や、顔を背けている人もいる。他にも一緒に来た人はいるが、思い思いに遊んでいる。

「往来でなにしてんの?」
「は、激しいんだね……」

 半数の女子は顔を背けていた。驚きか羞恥かは解らないが、見ているのがはばかられたのだろう。

「いたんだ?」

 ハルカはミノリの腕を掴み、一緒に起き上がる。

「いたよ」

 一人の男子は呆れながら答えた。

「う、あ、あ……な、なんっ……なん、でっ……」

 ミノリの顔が瞬時に朱に染まる。見られた恥ずかしさが爆発したのだ。

「ハルカ、お前、おれらがいること判ってただろ?」
「さぁ?」

 抱きしめながら、ハルカは肩を竦める。

「は、な、せっ」

 反してミノリはハルカの腕の中で、ぐぐっと腕を突っ張る。

「ミノリ?」
「こんなに見られて……っ、平気でいられるわけないだろっ」

 真っ赤な顔でハルカを見上げる。しかし彼は微笑むだけで、離してはくれない。端から離す気はないのかも解らないけれど。

「っは……ははっ」

 一人の男子が笑う。お腹を押さえて、躯を曲げている。目尻には涙が浮かんでいた。

「な、なに?」

 恐る恐るミノリは男子を見る。彼は目尻に溜まった涙を拭って、目を細めた。

「木下って可愛いなぁ」
「え?」

 首を傾げる。ミノリにはなにがどう可愛いのか解らない。

「経験あるからさ、んな狼狽えなくてもいいし。あ、ついでに言うと、その先とかも。なぁ?」

 男子は周りに問うた。

「まぁ……」
「ないと言えば嘘になるけど……」
「わたしはあるような、ないような感じかな」
「あたしはキスはしてるけど、まだしてないなぁ。こういうのは大事だしさ、まだ先かな」

 男女それぞれ返答する。答えはまちまちだ。
 聞き終えたハルカはカバンの上に置かれたビーチボールを手に取り、それを思い切り投げつけた。

「ほら。だから大丈――え? ぎゃほっ!」

 男子に当たったボールは跳ね返り、砂浜に落ちた。各々ポカンと口を開けたまま、二人を見遣る。

「アホか」
「アホってなんだよ!」
「ミノリに変なことを吹き込むな」

 ぱんぱんと手を払い、男子を睨む。

「はぁぁっ!? 木下だってそれぐらい知ってるって」

 言い終わるなり彼と視線が合ってしまう。同意を求めようとウインクを繰り出した。

「あ、と……う、うん」
「ほらっ! ほらっ」

 軽く頷くミノリを見遣り、男子は興奮気味にハルカを見る。が、彼はなにがほらだよ、と冷ややかに言い放った。


◇◆◇◆◇◆


「……ムカつく」


 皆から離れた場所でやりとりを見ていた女の子は呟いた。彼女は鮮やかな黒色の水着に身を包んでいる。
 後ろで束ねられたポニーテールの髪が風になびき、ネイルアートで綺麗になった爪を噛んだ。

「ハルカは――」

 黒目がちの双眸の先にはミノリがいる。

「木下……。アンタだけのものじゃないんだよ」

 彼女は血管が浮き出る程に強く手を握りしめた。


◇◆◇◆◇◆


 一瞬躯が震え、ミノリは首を傾げる。

「どうかしたのか?」
「ううん……なんでもない」

 嫌な感じがしたが、気のせいだろう。ぞわりと全身に走った不快感は一瞬だった。

「そう」

 ハルカはくしゃりとミノリの頭を撫で、小さく笑う。

「なぁ、ハルカぁ」

 一人の男子はハルカに歩み寄り、肩に手を置いた。

「腹減ったし、飯食いに行かね?」
「触るな……」

 軽く男子の手を払う。彼はミノリ以外が触れるのを嫌がるのだ。

「あ、そっか。悪ぃ、忘れてた」
「お前ならありえるな」

 呆れた顔で言葉を紡ぐ。失礼だが、友人は頭がよろしくない。言われたことはすぐに忘れる鶏頭である。ある意味羨ましいけれど。

「次から気をつけろよ」

 言い放ちつつミノリの手を取ったが、彼は立ち上がることはせずに、掴む手に掌を乗せた。

「あのな……ハルカ」
「ん?」

 見遣れば困ったように眉を下げ、荷物を指差す。

「皆ご飯食べに行くと、荷物番いなくなるよ?」
「あー……そうなるな」
「オレがするから皆はご飯食べてきなよ」

 また、だ。また彼は自分を犠牲にしようとする。そんなことはさせたくない。

「ミノリが残るなら、俺も残るよ」
「ハルカも?」
「そう。俺も」
「嫌だ……」

 ミノリは小さく呟き、唇を噛む。

「なに?」

 聞き返そうとすれば手から逃れ、ビニールシートから出てしまう。ともすれば、陽射しが容赦なく彼を襲った。

「ミノリ?」
「ハルカが楽しめないのは嫌だ!」

 振り返ることなくそう叫び、なにを思ったのか走り出してしまう。

「なっ!?」

 ハルカは驚くしかなかった。目を丸くさせ、小さくなるミノリを眺めるしかない。

「っ……んで、逃げるんだよ?」

 嫌いじゃないなら逃げないでほしい。空いた距離が、離れた温もりが淋しさを呼び起こす。

「あ、戻ってきた」

 一人の女の子が言い放つ。伏せた瞼を上げれば、彼は確かに近付いてきていて。

「ハルカっ」

 ミノリは声をあげ、だーっと傍まで走り寄った。

「ミノリ、どうして――」

 どうして戻ってきたのか。声を出そうとしても、訳が解らず声が出ない。
 ミノリは困惑気味の彼の手を掴み、掌になにかを乗せる。それは貝殻だった。小さくて白い。その小さな貝殻を彼は見詰める。

「オレは……ハルカに友達と楽しんでほしいんだ」
「楽しんでるよ」
「嘘つくな。ハルカはオレといるだけで、皆と泳いでない」

 ミノリはハルカの目を見る。瞳に映し出される自身の姿はどこか頼りない気がする。

「ミノリといれば、どんなことでも楽しいよ」

 そう紡いでハルカは微笑む。その言葉は嬉しいけれど、胸に突き刺さるのだ。
 一緒にいたい。しかし、一緒にいすぎると二人ともダメになってしまう。

「ダメだよ……。一緒にいすぎると、ダメになる」
「ならない」
「そう……言い切れるのか?」
「言い切れるよ」

 ハルカは真っ直ぐに彼を見詰める。不安に揺れているであろうミノリを安心させる為に。


「言い切れる」


 嘘ではない。瞳を見れば判る。それでも猜疑心さいぎしんは消えてくれない。顔を逸らして俯くミノリには微笑むハルカは見えてはなくて。

「だから俺といて下さい。悩むなら二人で悩もう、ミノリ」

 頬に手を添えれば、彼は躯を跳ねさせて顔を上げた。揺らぐ瞳は目前の愛しい人を映している。

「二人、で……?」

 二人で悩んだことなんてない。ずっと一人で悩んでいた。ハルカに迷惑は掛けたくないその一心で、抱えたものを一人で溶かそうとしている。

「言いたいことがあるなら聞く。ちゃんと、聞くから」

 頬から離した手できゅっとミノリの手を握る。

「だから――離れないで」

 逆に、不安でしょうがないんだ。何時離れてしまうのではないか、と不安が四六時中付きまとう。いなくならないで。離れたくない。ただ一緒にいたいだけ。

「一緒に空を見るんだろ?」

 言われた言葉に、はっとする。目を見開くと同時に思い出した。


『綺麗な空をハルカと一緒に見たい』


「っ――……」

 そう言ったのは自分自身。なのに、今まで思い出せないでいるなんて。

「一緒に見よう」

 軽く抱きしめてハルカは囁くように語り掛ける。

「うん。一緒に、見たい」

 胸の中でミノリは小さく笑う。
 あの時に思ったじゃないか。二人だったら大丈夫だと。二人ならそれでいいと。そう思ったのに、それも忘れていたんだ。
 ――悩むなら二人で悩もう。放たれた言葉を心の中で反芻して、広い背中に腕を回した。


 ――もう、一人で悩まない。



 
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