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五話 謎の人
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残りは今日を含めて三日。
騎士団長と二番隊長がここまで何かをしていない事はなく。
『寝たところで崖っぷちは変わらないのだが、だからこそ見えて来るものがあるって事だ』
ある者から連絡がきたと団長に言われて、さっそく動く事となり魔術道具を使いイナミは西国と東国と近い町に飛んできていた。もちろん、戦力であるレオンハルトを連れて。
その町は、住宅が多く。それに伴うように学校、図書館など公共施設が多く建てられた町。その隣町は工場や商業が多いので、いわゆるベッドタウンである。
「本当にいるのか。その人は」
楽しそうに横を通り過ぎて行く子供達、あまりの平和すぎる光景にイナミは後ろ頭を撫でた。
「確かな情報なので、嘘ではないと思います」
少々目を泳がせながらも、レオンハルトを騎士団長のお墨付きで信頼があると断言する。
「それにしても、死人を探す事になるとは思わなかったですね」
「まだ、生きてるけどな」
「そうですね、頭がおかしくなりそうです」
「俺もそうだ」
レオンハルトは胸のポケットから一枚の写真を取り出しては、目的を二人で再確認する。
その写真には、男女二人が歩いているところを隠し撮りされたものである。一人は、身を隠すようにローブを被る、白い髪をした若い女性。同じく身を隠すように女性の隣を歩くのは、少々ふくよかな中年男性だった。
その中年男性を二人はよく知っている。なぜなら、帝都に所属する治癒師のベアリンという者だったからだ。
列車がある町で出会い、数週間前にリリィが殺した事になっている者であり、この写真が撮られたのは数日前であるという事実。
「俺に殺された設定じゃなかったか」
「ーーー、殺されたんだと思いますよ。サエグサに殺されかけたと言った方が正確ですね。役職は治癒師ではありますが、彼は魔術師でもありますから」
端に追いやられたからこそ見えてくるもの。他人の目を気にする二人の写真。
「姉妹とかじゃないよな」
ベアリンよりもっと問題なのはその隣にいる女性。その女性はどこにもいるような変哲のない綺麗な姿ではあるが、容姿に問題があった。
「だとしたら、良いんですけどね。とにかく、待ち合わせ場所に行って事情を聞きましょうか。話はそれからです」
レオンハルトは写真をポケットに片付けた。
写真に映る女性はサラ。ベアリンの奥さんであり、30年以上前には病気で亡くなっているはずの人である。
*
「っほんとうに来た」
長椅子から飛び出すように立ち上がったのはベアリンだった。
ここは民家を改築した小さな宿屋。ある部屋で待ち合わせた二人は身を寄せ合うように長椅子に座っていたところだった。
「うう、嘘ではなかったんだな。早く、私たちを助けてくれっ」
からりと平和そのものだった街中と変わり、ここどんよりと空気が重い。
ベアリンには初めて出会った時の穏やかな表情はなく。丸い頬はこけ、目元には大きな隈を作ってはレオンハルトの両肩を掴み早く助けろとせがむ。
「ベアリンさん、とりあえず落ち着いてください。私達にはどういう状況なのか、分からないのです。まず、落ち着いて話を」
レオンハルトはベアリンを落ち着かせるために両腕を掴んでは元いた場所に座らせた。
しかし、ベアリンはもう憔悴し切っていて、座った途端に力は抜け、机に肘をついて頭を抱えた。
誰が見ても、会話が出来る状態ではない。
「申し訳ありません。ベアリンは疲れているのです、お話は私からします」
ベアリンの隣に座る謎の人は、被っていたローブを取って姿を現した。
ローブの中から流れでるように出てきた特徴的な白い色の長い髪。緑色のコートを着た鼻筋の通った綺麗な女性だった。すぐに二人は写真に写っていた若い女性であると理解できた。
女性は向かいに座るよう二人に促し、二人は恐る恐る長椅子に座った。
「初めまして、私の名前はサラと言います。お二方の名前は、別の者に聞いていますから大丈夫です」
ベアリンの奥方と同じ顔と名前を待つ女性、サラ。
自己紹介はしなくてもいいと無表情なサラは淡々とアルバンの代わりに話を始めた。
「まず、私達がこうなってしまったのはサエグサに寝る暇もなく追われているからです。一度は偽装工作に成功したのですが、すぐに見破られてしまいました」
そこまでは騎士団長から聞いて知っている。問題は何故サエグサに追われるように羽目になったのか。
「そして私たちが追われる理由は……そうですね。証明した方が早いですね」
サラは黒い切り傷だらけの白い腕をこちらに伸ばした。
「イナミ、どんなものでもいいから刃物を下さいませんか」
突然名前を呼ばれたイナミは頭を小突かれたように混乱したが、自己紹介はいらないと言われた事を思い出し、腰に身につけていたナイフをサラに手渡した。
手の中に収まるサイズ。彼女はナイフのカバーを取り払うと、机に自身の片手を置いてはナイフを持つ手を振り上げた。
「っ!!」
「やめろっ!」
ベアリンの悲痛の叫び声。三人が止めに入る前に、サラの手の甲にはナイフが刺さる。
「サラっ! また君はなんて事を」
突き刺さるナイフをすぐに取り払ったベアリンは、もうやめてくれとサラに泣きついた。サラはすいませんと無表情で謝る。
その光景にイナミとレオンハルトは彼女の異常な行動より、手の甲の異様な違和感に気がつく。
「血が出てない……」
レオンハルトが呟く。
手の甲はナイフの形になって無惨に穴が空いているが、中は空洞のように真っ黒で血が一滴も出ていなかった。
刺した痛みにものともしない彼女は、まるで機械のように再びこちらに向き合い、冷静に、音声を流すようにして一言。
「見て通り、私は人間ではありません」
瞳は一切曇りがなかった。
騎士団長と二番隊長がここまで何かをしていない事はなく。
『寝たところで崖っぷちは変わらないのだが、だからこそ見えて来るものがあるって事だ』
ある者から連絡がきたと団長に言われて、さっそく動く事となり魔術道具を使いイナミは西国と東国と近い町に飛んできていた。もちろん、戦力であるレオンハルトを連れて。
その町は、住宅が多く。それに伴うように学校、図書館など公共施設が多く建てられた町。その隣町は工場や商業が多いので、いわゆるベッドタウンである。
「本当にいるのか。その人は」
楽しそうに横を通り過ぎて行く子供達、あまりの平和すぎる光景にイナミは後ろ頭を撫でた。
「確かな情報なので、嘘ではないと思います」
少々目を泳がせながらも、レオンハルトを騎士団長のお墨付きで信頼があると断言する。
「それにしても、死人を探す事になるとは思わなかったですね」
「まだ、生きてるけどな」
「そうですね、頭がおかしくなりそうです」
「俺もそうだ」
レオンハルトは胸のポケットから一枚の写真を取り出しては、目的を二人で再確認する。
その写真には、男女二人が歩いているところを隠し撮りされたものである。一人は、身を隠すようにローブを被る、白い髪をした若い女性。同じく身を隠すように女性の隣を歩くのは、少々ふくよかな中年男性だった。
その中年男性を二人はよく知っている。なぜなら、帝都に所属する治癒師のベアリンという者だったからだ。
列車がある町で出会い、数週間前にリリィが殺した事になっている者であり、この写真が撮られたのは数日前であるという事実。
「俺に殺された設定じゃなかったか」
「ーーー、殺されたんだと思いますよ。サエグサに殺されかけたと言った方が正確ですね。役職は治癒師ではありますが、彼は魔術師でもありますから」
端に追いやられたからこそ見えてくるもの。他人の目を気にする二人の写真。
「姉妹とかじゃないよな」
ベアリンよりもっと問題なのはその隣にいる女性。その女性はどこにもいるような変哲のない綺麗な姿ではあるが、容姿に問題があった。
「だとしたら、良いんですけどね。とにかく、待ち合わせ場所に行って事情を聞きましょうか。話はそれからです」
レオンハルトは写真をポケットに片付けた。
写真に映る女性はサラ。ベアリンの奥さんであり、30年以上前には病気で亡くなっているはずの人である。
*
「っほんとうに来た」
長椅子から飛び出すように立ち上がったのはベアリンだった。
ここは民家を改築した小さな宿屋。ある部屋で待ち合わせた二人は身を寄せ合うように長椅子に座っていたところだった。
「うう、嘘ではなかったんだな。早く、私たちを助けてくれっ」
からりと平和そのものだった街中と変わり、ここどんよりと空気が重い。
ベアリンには初めて出会った時の穏やかな表情はなく。丸い頬はこけ、目元には大きな隈を作ってはレオンハルトの両肩を掴み早く助けろとせがむ。
「ベアリンさん、とりあえず落ち着いてください。私達にはどういう状況なのか、分からないのです。まず、落ち着いて話を」
レオンハルトはベアリンを落ち着かせるために両腕を掴んでは元いた場所に座らせた。
しかし、ベアリンはもう憔悴し切っていて、座った途端に力は抜け、机に肘をついて頭を抱えた。
誰が見ても、会話が出来る状態ではない。
「申し訳ありません。ベアリンは疲れているのです、お話は私からします」
ベアリンの隣に座る謎の人は、被っていたローブを取って姿を現した。
ローブの中から流れでるように出てきた特徴的な白い色の長い髪。緑色のコートを着た鼻筋の通った綺麗な女性だった。すぐに二人は写真に写っていた若い女性であると理解できた。
女性は向かいに座るよう二人に促し、二人は恐る恐る長椅子に座った。
「初めまして、私の名前はサラと言います。お二方の名前は、別の者に聞いていますから大丈夫です」
ベアリンの奥方と同じ顔と名前を待つ女性、サラ。
自己紹介はしなくてもいいと無表情なサラは淡々とアルバンの代わりに話を始めた。
「まず、私達がこうなってしまったのはサエグサに寝る暇もなく追われているからです。一度は偽装工作に成功したのですが、すぐに見破られてしまいました」
そこまでは騎士団長から聞いて知っている。問題は何故サエグサに追われるように羽目になったのか。
「そして私たちが追われる理由は……そうですね。証明した方が早いですね」
サラは黒い切り傷だらけの白い腕をこちらに伸ばした。
「イナミ、どんなものでもいいから刃物を下さいませんか」
突然名前を呼ばれたイナミは頭を小突かれたように混乱したが、自己紹介はいらないと言われた事を思い出し、腰に身につけていたナイフをサラに手渡した。
手の中に収まるサイズ。彼女はナイフのカバーを取り払うと、机に自身の片手を置いてはナイフを持つ手を振り上げた。
「っ!!」
「やめろっ!」
ベアリンの悲痛の叫び声。三人が止めに入る前に、サラの手の甲にはナイフが刺さる。
「サラっ! また君はなんて事を」
突き刺さるナイフをすぐに取り払ったベアリンは、もうやめてくれとサラに泣きついた。サラはすいませんと無表情で謝る。
その光景にイナミとレオンハルトは彼女の異常な行動より、手の甲の異様な違和感に気がつく。
「血が出てない……」
レオンハルトが呟く。
手の甲はナイフの形になって無惨に穴が空いているが、中は空洞のように真っ黒で血が一滴も出ていなかった。
刺した痛みにものともしない彼女は、まるで機械のように再びこちらに向き合い、冷静に、音声を流すようにして一言。
「見て通り、私は人間ではありません」
瞳は一切曇りがなかった。
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