その名前はリリィ

イケのタコ

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二話 宿敵

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レオンハルトに連れてこられたのは暖炉がある食堂。
部屋の真ん中に置かれた長い机とずらりと並べられた椅子。その端に座るのは三人の大人。
フォーマルな服を違和感なく着こなす初老の男女と、もう一人の服装はカーゴパンツと動きやすそうな上下を着た男。足を組み大勢な態度である。
態度の悪い男は俺を見つけなり飛び跳ねるように手を振った。

「アルバン……隊長か……」
「よっ、リリィ隊長」

挨拶する男の名は、騎士団騎士団長アルバンである。
イナミは、なぜこの屋敷であるのかを全て理解した。随分と昔に東の国に親戚がいると聞いていたし、命が危ない甥の為に夫婦が屋敷を貸してくれたのだろう。

「こら、アルバン。その口の使い方はよしなさい」
「すいません、叔父さん。以後気をつけます」
「あと、それをあと何年言う気だ。まったく」
「まぁまぁ、まずは二人の話を進めましょうよ」

上座に座る叔父さんと呼ばれた初老の男は、一度ため息を吐いてから、すぐに切り替えてこちらに優しい笑顔を向けて席に案内する。

「リリィさん、レオンハルトさん、どうぞこちらにおかけになってください」

初老の女性とアルバンの、対面に二人は座った。

「レオンハルトさんに二度目となりますが、まずは自己紹介から。私の名前はアルバートと言います。アルバンの叔父になります。そしてこちらが、わたくしの妻」
「アルバンの叔母にアリネと申します」

アルバンの叔父が隣の女性を紹介すると、アルバンの叔母は丁寧に会釈する。
レオンハルトとイナミも、「今回はありがとうございます」と同時に頭を下げた。
両者の挨拶が交わされたところでアルバンの口を開らく。

「まぁ、そう言う事だ。まぁ……リリィさんなら察していると思うが、叔父夫婦の屋敷で匿ってもらっている状態だ」

「すまないが叔父さん達、席を外してもらえるか」とアルバンがそう言うと夫婦は何も言わずに席を外し、周りにいた使用人も連れ部屋を出ていく。

「人も払ったし、これから本題だな」

アルバンはやっと腰が据えられると、二人の方に改めて向き直る。

「えっと……イナミ隊長でいいのか」

先ほど威勢はどこに行ったのか、後ろ頭を掻きながらたどたどしく訊ねてきた。見た目が全く違うから戸惑うのも仕方ない。
自身が誰であるか、ここに来たからにはレオンハルトが事情を説明しているのだろう。

「イナミであってます、アルバン隊長……そうですね、今は団長と呼んだ方がいいですか」
「いや、アルバンでいい。本当にイナミさん、なんだな。頭がこんがらがるけど」
「見た目はいずれ慣れるので大丈夫でしょう。というか、よく信じれましたね」
「本音を言えばまだ幽霊を見てる気分だが、隣の部下が熱心に説明してくるものだから、信じるしかなかった。いい部下を持ったな」

「はぁ」と生返事をするイナミに、ニヤニヤと口角を上げるアルバン。

「もっと嬉しそうにすれば良いのに。ここまで着いてきてくれる部下、なかなか居ないんだからさ」
「それもそうですね。ありがとう、レオンハルト」

レオンハルトに対して改めて礼を言うと何とも言えない顔をして「うーん、なんか違う……」と頬を掻いた。

「まぁ、とりあえずイナミ隊長として会話するがいいか」
「問題ないです」

アルバンは本題に入る。

「そうだな、まずは今のヤイトと出会ってどう見えた。率直な意見でいい」
「あれは別人ですね」
「だよな。よかったー、間違えてないよな。何も変わってないとか言われたら、死ぬところだった」
「あれは、いつからですか」
「恥ずかしい話だが、確信したのは数ヶ月前だ。数年前から、ずっと違和感があったんだが、証拠もないし、いまいち自信が持てなかったのが原因だ」

周りも特に気に留める事はなく、気のせいだと淡々と毎日が過ぎたらしい。
誰であっても、姿形が同じ、しかも親しい人物に突然『お前は別人だ』などと言える人間はそうそういないだろう。

「姿も、声も仕草も行動も考え方も同じ、けれどヤイトではない。ものすごい抽象的で感覚的なものだ。
で、確信したきっかけは些細な出来事だったけどな」

きっかけは数ヶ月前、ヤイトがコップに珈琲を注いでいるのをたまたま見かけた時だ。ガラスポットは傾けられ、コップを珈琲で満たしていく。
なみなみと注がれたコップを持ってヤイトはそのまま飲み始めて、アルバンは確信が持てたという。

「アイツ、一度も砂糖を入れなかったんだ。砂糖がない時は入れない事もあったけど、目の前にあるのに一切手をつけなかったからだ」

アルバンらしい目の付け所であるが、きっかけは何でも良かったのだろう。

「それでも、好みが変わったと言われればお終いですけど」
「そこなんだよな。別人だと分かっているのに一切粗が出てこないんだよな。ふわふわしすぎて他人にも説明できない事柄だし」
「だいぶ道を塞がれていますね」

腕を組んで頷くアルバン。ヤイトという実態がつかめているのに、いざ表に出そうとすると消えてなくなる幽霊みたいな男だ。

「確信された後、どうされたのですか。そのまま見張り続けていたのですか」
「いや、その場でお前誰って言った」
「……」

言葉が溶けて無くなった。レオンハルトも初めて耳にするようで無言で口を開けていた。

「そうしたらさ、口がぽっかーんってして、すげー睨まれて、頭おかしくなったんですかって突き返されたな。またこれが、怒り方が一緒でさ。ずっと冷たい態度をとられた」

当たり前である。わざわざ、敵に知らせてどうする。

「それを言った数ヶ月すぐだったか、城の襲撃が起きただろ。あっ、これ、殺される奴だって思ったな。まぁ死んでないけど」
「あーなるほど。だから、アルバン団長だけが広間にいたんですね」

レオンハルトの中で何かが辻褄が合ったようで、スッキリとした顔をしていた。

「ずっと、不思議だと思っていたんですよ。城が襲われる緊急時に、アルバン団長だけが別の場所にいたのだろうと」
「そうそう。あの時は広間の方に用事があって、城の方が緊急事態だった事を知らなくてな。気付いた時には」

アルバンが指を指したのはイナミではなく、リリィである。

「リリィと戦うことになったと……」
「そういう事。戦って、久しぶりに死ぬかと思った。リリィはサエグサだったと聞いているし、本気でこちらを殺そうとしたんだろうな」

アルバンを暗殺する為にヤイトはサエグサを使い、表で暴れ騎士団を誘導し、サエグサであるリリィをアルバンに向かわせたとなる。
辻褄は合うが、リリィの意見とは全く合わない。
リリィも、アルバンと出会わなければ良かったと言っていた。城に来た目的はサエグサの仕事ではなく、個人的な仕事とも話していた。

「サエグサにとっても、リリィの存在自体がイレギュラーだったのでは」

声に出してみると思いのほか納得がいった。サエグサがアルバンを処分しようとしたのは合っていると思うが、まさか広間にリリィが居るとは思わなかったのだろう。
だから、暗殺は失敗に終わった。当然失敗に終われば必ず疑われる、そんなリスクをとってまでヤイトは作戦を組んだのか。違う、それなら確実消す方法を練ってから実行に移すはずだ。

「となるとリリィはサエグサにとって予定ない存在。なら、相手の番を狂わせた青年が俺を助けたって事になるな」
「そうなりますね」
「嫌な連鎖だな……なんか、色々ショックだ」

目を細め、アルバンは項垂れるように机の上に顎をのせては息をついた。
会話は一度ここで区切り別の話題へと変わる。次は過去から未来へ。ここから、どう挽回するかである。

「現状は、俺たちは騎士団を裏切った。少なからず味方がいるとしてもかなりの戦力不足だ。城に攻め込むというのは、まず無理だな」
「その様子だと、誰が握っているか。分かっているんだな」

椅子の背にもたれては、得意げな顔をするアルバン。

「おっ、イナミ元隊長も分からないのか。そうか、そうか」
「話をお願いします、アルバン団長」
「じゃあ、ヒントをやるよ。団長以外に騎士団の命令ができる者は誰だと思う」

騎士団団長より格上の存在は、王か王族しかいない。その中で騎士団に団長がいない今、誰に権利が渡るのか。
あの城にいる王族で、騎士団と関係が近く、元騎士団に所属していた者。

「……スーフェン第一王子」
「そうなってくる。まぁ、消去法だがな」

勝手に無いと決めつけていた、彼は全ての条件に当てはまり、全ての辻馬が合う。

「崖も崖。お互い死なないよう、頑張ろうぜ」

赤髪を揺らし、アルバンは歯を見せて笑った。

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