その名前はリリィ

イケのタコ

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二話

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その日、バルトが父親になり息子となった俺の毎日は教育だった。
騎士とは何か、貴族としての振る舞いとは、を毎日欠かさず叩き込まれた。間違えては叱られ、同じ過ちを犯せば罰として使用人達に鞭で打たれた。
最初は痛くて泣き叫んだが、ある時に使用人の一人が同情して鞭を打つ事をやめた。
けれど、その使用人は次の日には大きな隈を作り、服に染み込むほど背中に赤い跡を付けていた。
使用人は大丈夫だと口端を震わせて笑うけど、俺が罰を受けないと彼らが犠牲になるのだと。その時に気がつき、それからは一切泣く事はやめた。
遊ぶ暇もなく必死に勉強をして、一年くらいには日常となっていた。

慣れてきて全ての事がそつなくこなせるようになれば、当然空いた時間が出来てくる。その時間が一番嫌いだった。何をすればいいのか分からないし、勉強をしている方が気が休まっていた。
その事を、勉学を教えてくれていた使用人に愚痴ってみると意外な返答が返ってきた。

「外に出掛けてみては」
「外?」
「ここの辺りなら公園がありますから、遊びに行かれてはどうでしょうか」
「……家から出ていいのかな」
「もちろんです。旦那様からは、勉強が終わり次第何をしても良いと、許可をもらっていますから是非」

勧められるまま、1年ぶりに外に出てみた。
孤児院のあった場所とは違って、ゴミのない綺麗な街路に、立派で大きな屋敷が立ち並ぶ。道を歩いている人々も立派で綺麗な服を着て歩く。見た事がない物ばかりで、まるで異世界に来たような気分になる。
物珍しくて周りを気にしながら真っ直ぐと進んでいると、子供がはしゃぐ声が聞こえてきて、その声に導かれるように歩いていくと、使用人が言っていた公園があった。
駆け回ったり、騎士ごっこをしたりと皆それぞれ色んな遊びをして楽しそうであったが、グループがしっかりと分けられていて自分が入る隙間はなさそうである。

「地面から突き出るような茎と尖った草から球根植物と思われる。だからーーー」

遊んでいる子供達とは少し離れた所、花壇がある前に少女が一人座り込んで分厚い本を広げていた。
その分厚い本は植物図鑑のようで色々な植物の写真が載り、目の前で咲く花の名を探しているようだ。

「白百合じゃないのか」
「あっ本当だっ!」

図鑑に載っている似た花を指してみれば、どうやら合っていたようで少女は喜んだ。

「もしかして、貴方って植物に興味あるかしら!」
「えっ」

本を閉じ立ち上がった少女は、勢い良くこちらに近づいて来てはその分厚い本を見せた。

「えっと、興味というか……少しだけ知っているだけ」
「そうなの! そうなの! 私のね、周りはね、興味無い子ばっかりで、知ろうともしないから面白くなかったの。ねぇねぇあっちに沢山植物が生えている所を知ってるの、来て!」

少女は行くとも言っていないのに俺の腕を奪っては引っ張った。思わず足がよろけたが、楽しそうに前を歩く少女に断りを入れるのは億劫で、戸惑いながらも俺は着いて行く。
これが、幼馴染のミオンとの最初の出会いである。まさか、大人になっても付き合いがあるとは、この時は到底想像は出来なかったが。
そして、研究者のようでオタク気質のある彼女はとても話が長い。それらを含め途中から、殴ってでもいいから、逃げる事をお勧めしたい。
何故なら、話が終わるまで律儀に待っていたら日が暮れるまで付き合わされるという事を忘れてはいけない。

「あの……ミオンさん。そろそろ日が暮れて」
「大丈夫! 私の親まだ帰ってこないから」
「いや、俺が困るんだけど、いい加減帰らせろ!」

と今日初めて会った少女にブチ切れたのは人生初めてだった。そして、一年ぶりに声を荒げ怒鳴った気がする。
その日から彼女とは友人となった。
 




あれから、あまりにも家に帰るのが遅すぎた為に、心配したミオンの親が向かいに来ては「心配したんだから」と母親は怒りながらも優しくミオンを包む。心配をかけたミオンは「ごめんなさい」と謝りながら「分かった、今度は夜に帰るって言うね」と言って「そうじゃない」と再び怒られていた。
母親がミオンの泥がついた頬を撫でる。
何気ない親子の会話。これが親子というものなのかと思うと、胸の奥が少しだけ苦しくなる。

すると、母親とミオンの会話を見守っていた父親が此方に振り向いては、腰を低くして目線を合わせてきた。

「イナミ君? だったかな。ごめんね、ミオンが連れ回したみたいで、嫌な時は怒っていいからね」
「いえ、僕も楽しかったので止められなくてごめんなさい」
「いいよ、謝らなくても。ミオンと遊んでくれてありがとう。これからもミオンと友達でいてくれたらいいな」
「はい、勿論です」

「ありがとう」と父親は嬉しそうに口角を上げた。
「確か、メーゲンハイムさんのところの息子さんよね」と母親はそう言うと、ここから近いからという理由で自宅に送ってもらった。
家が近くても、遠くても、理由がなくとも彼らは子供を送ってくれる、そんな人達だった。

「明日も遊ぼうね!」
「うん」
「絶対だよ、まだ教えてない事が沢山あるんだから」
「うん」

ミオンは俺の姿が見えなくなるまで手を振って帰って行く。
そして、帰ってきた自分の居場所。夜に帰ってきた事を必ず咎められると分かっていたので、大きな扉を開けては隠れるように中に入ると、バートはまだ帰って来ていないようで玄関は冷たく静かだった。

力んでいた肩を撫で下ろす。

「お帰りなさい、イナミ坊ちゃん。帰ってきたのですね」

屋敷の奥から出てきては俺を迎えたのは、勉強を教えてくれる使用人の一人だった。

「帰ってこない方が良かった?」
「いえ、そうわけではないですよ……ここから逃げても良かったのですよ」
「嫌だよ」

逃げても良かった。外に出てもいいというのは使用人の気遣いだったのだろう。
確かにここにいて、痛い思いか、苦しい思いしかしていない。
辛いなら屋敷から逃げるという選択もあるが、俺はバートの事を親だとは認めているし、部屋を貰い不自由の生活を提供してくれた事にも感謝している。だから、厳しいけれど運良く与えられた俺の居場所だと思っている。
あと、優しくしてくれる使用人達も好きだったから、ここに帰ってきた。

「だって僕が逃げたら、みんなが恐い目にあうんでしょ。ここに帰ってくるだけなら、僕は逃げないよ」
「……そっそうですね。私は何を言っているんでしょうね」

使用人は喉を詰まらせては、何故か泣きそうな顔だった。

「何か嫌な事があったのか」
「いえ、何もありません。それより、公園はどうでしたか息抜きできましたか」
「楽しかったよ。愉快な友人が出来たんだ」
「そうでしたか、それは良かったです。また暇が有れば遊びに行かれてはどうですか」
「うん、そうするよ」

使用人はいつものように俺の手を繋いで部屋に案内をしてくれる。しかし、その手が震えていた事を俺は指摘しなかった。

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