その名前はリリィ

イケのタコ

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十八話

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屋根上がった途端に強い風が吹き抜け、イナミは腕で風を遮り目を瞑る。 
そして、瞼を上げれば待っていたかのように精霊が目の前いた。

「もしかして、魔術師のところに連れって行ってくれるのか」

精霊は体を上下する。
こっちだと言わんばかりにイナミの前を飛び回り軽々と前に進む。屋根から落ちないよう一歩は重く、次々と別の車両に身を移していく。そして、変わりいく景色、森から林、林から大きな岩が露出する崖に近づいてきた。

そのまま、列車を崖に投げ捨てる気なのか。

精霊のあとをついて行くと見えてきたのは、騎士の服を着た長い髪の人間。遠目からでも先ほどの魔術師だと分かる。

「いやーリリィ久しぶりだね、あれ以来だね。正直、お前は死んでいると思っていたよ」

イナミが来るのを分かっていた魔術師は振り返り、あざ笑う。

「知らないな」
「おいおい、知らないふりなんて悲しいよ。苦難を一緒に乗り越えた仲じゃないか。それに、アイツも喜んでいるさ」

名も性格も知らないのに、くるくると杖を回す魔術師が、妙に苛立つのはリリィの体だからだろうか。

「お前ってチップを埋められたんだよな。じゃあさ、魔術は使えないって事だよね。じゃあ、ぶっ殺せるって事だよね」

あっ……不味いと思わせたのは長年の戦ってきた勘か、それとも別の思考なのか。
とにかく魔術師が杖を振り切る前に、体が勝手に動いては窓を突き破り列車の中に潜り込む。
その瞬間、爆発のような音が天井から響いては、火の玉と爆風が窓から見えた。
魔術師は高みの見物といったように高らか笑う。

「逃げろ! 逃げまどえ! この俺様がっ、お前を追い詰めてやる。この俺の方が強いって証明してやるーーー!!」

リリィとは、仲がよろしくないようだ。
ガラスを突き破ったせいで、肌が露出している手や足首に傷がつく。手当を施したいが、それを気にかける余裕はなく、赤く燃えた火の玉が此方に目掛けて飛んでくる。
椅子の下にすかさず隠れ、火の玉は連鎖するように空中で一気に爆発しては全ての窓ガラスを吹き飛ばす。

「お前っ……なんでここに!」

椅子の下で出会ったのは、ニードとロードリックだった。

「お前らこそ何しているんだ。こんな所でサボりか」
「違うに決まってるだろっ!」

「静かにしろ」と興奮気味のニードの頭をロードリックは剣で小突いた。
ニードは小突かれた頭を掻いては口を固く閉めた。

「此方もお前のように、火の玉で追いやられた人間だ」
「同じく、ここから出れなくなった訳だ」


だから、窓ガラスが簡単に突き破れたのか。
改めて見ると、この先頭車両にはあちこち焼け焦げた跡が何ヶ所もあり、椅子も背もたれが吹き飛んでいる物があった。
安易に顔を出せば吹き飛ぶ状況、椅子下の住民になるのは仕方ない。

「こういうのは、アイツの仕事なのに何をしている」
「あー、レオンハルトは違う敵と戯れ中」
「……最悪だな」

状況が停滞している事にロードリックは長く息を吐く。
レオンハルトであるなら、爆風ごと切り抜けられる力があるーーーどうやらお互い、やりにくい相手と当たったようだ。
そこまで計算された罠なのかもしれないが、ここで待っていても敵の思う壺。

「俺よりここにいるロードリックは何か、気がついたのか」
「……」

いつものように話しかけたのが良くなかった、ロードリックに誰に口を訊いていると言うかのように、ものすごい剣幕で睨まれた。
しかし、隣に居たニードが鼻を鳴らして話を引き継ぐ。
 
「ふんっ、もちろん。隊長とただ待っていた訳ではない。ちゃんと、火の玉の特性くらいは分かったからな」
「へー凄いな、教えてほしいな」
「まぁ仕方ない、同じ状況だから教えてやる。
 あの、火の玉は動きによって反応する。先ほど、そこら辺のゴミを投げてみたところ、ゴミを目掛けて火の玉が飛んでいった。そもそもだ、あの魔術師はこちらを目視で出来ていない、となると火の玉の動きが限定的になるのは当たり前だ」

確かに、椅子下の住人となっているのに、火の玉は列車の中で浮遊しているだけで、一向にこちらに見向きもしない。

「ここでだ! 半端な魔術師、よく聞け。ここまで聞いていて、本人が術で操って僕達をやればいいと思うだろ。けれどしない、もしくは出来ないという事はあの魔術師は汽車を動かし続ける為には術文を唱え続けないといけないのだ。どうだ、僕の見解は」

両手が使えれば腰に手を当てて天を仰いでいるだろうニードの見解は、合っていると言える。操縦席の真上を頑なに動かない魔術師に説明がつくから。

「よし、状況は理解した。で、作戦は考えているのか」
「さっ作戦……はえっと……もちろん、そこは我らの隊長の仕事に決まってるだろ。でっですよね隊長」

先ほどの威勢は無くなり、途端に声が震えて情けない新人になったニードを見て、頭を抱えるロードリック。

「……使えるものは使えか」

ロードリックはポツリとそう言ってはイナミの方に向く。

「お前、リリィと言ったか。剣は使えるのか」
「それなりに」
「分かった。では……」




「よし、行くぞ」とロードリックが合図すると3人は一斉に座席から出る。
剣を引き抜いた、ロードリックは誰よりも音を出し、操縦席の反対側を勢い良く走り出した。
浮遊していた火の玉は隠れていた者を見つけ出したかのように、ロードリックに一斉に向かう。
しかし、どれだけ体力がある者が全力疾走しようと、火の玉から逃げる事はできず。
背中に追いついては、火の玉は辺りの空気を吸い込むように飛び散った。
これまでにない、爆風と地響きに線路から車輪が外れそうになるくらいに揺れる。

「馬鹿がいたもんだ。ワタシの魔術から逃げられるとでも思っていたのか」

高み見物をしている魔術は、ほくそ笑む。自分は絶対に安全な場所にいるという意味も含みながら、気楽に杖を回し続ける。

「あれくらいなら、二人くらいは飛び散ったかな。あー見たかったな、アイツがバラバラになるところっ」
「ーーーなぁ、お前の魔術はどれくらいまで使えるんだ」

魔術師は息を飲む。目の前に現れたのは、茶色い髪の毛が揺れる見知った顔だったからだ。
片手には鋭い小刀を持ち。その刃が魔術師の首を切ろうと振り下ろされているところだった。

「っ!!」

不意をつかれた魔術師は杖を突き出して刃を防ぐ、状況を立て直しては小さな火の玉を作り爆風でイナミをそのまま吹き飛ばす。攻撃を塞いだ杖は、パキリッとひび割れて木の破片を飛ぶ。

「お前っお前っ!」
「やっぱり、一回では無理か」

吹き飛ばされてどうにか屋根に留まったイナミは口から血を拭う。
魔術師との距離を詰めたが杖によって吹き飛ばされたイナミは、再び距離があく。

「どこから、入ってきた。下には魔術が張ってあっただろう」
「それは簡単な話だ。囮役が一人でもいれば誰でもここには上がって来れる」
「へっ……そうか、どれだけ早く詠唱しようと数秒の時間は出来る、そこ狙ってきたという訳か、アハっ」

ロードリックは火の玉の囮役になってもらい、イナミはその隙を狙って屋根に上がってきた。

「相変わらずっクソッウザい事をするよな。昔から俺を小馬鹿にしやがって、くそくそ」
「そこまで考えるのが魔術師でしょ」
「うるさいっ! ワタシに指図するな! 上に上がって来たからってなんだ。魔術が使えないお前なんか、無能と同じ、すぐにその空っぽの頭を吹き飛ばしてやるよ」

杖を構えると同時にイナミも魔術師の元に走る。

「ただの無能が! 生意気になるなよ」
「だから、お前は僕に負けるんだよ」

そして、一度の爆発音で全ての決着がつく。
振り切ったイナミの刃によって大元の杖は砕かれた。パラパラと落ちる木屑を見届けるように魔術師は脱力するように座り込む。

「こっ攻撃あたった筈なのに、なんで、リリィーーーお前っ無傷で」

片方の頬には炭のような丸い跡と、髪の毛は少しだけ焼けこげて、確かに火の玉はイナミの頭に命中していた。
けれど、ほぼ無傷な状態で魔術師の前に立ち、時間が経てば経つほど細かな傷が消えていく。
そして、イナミの背中が側からひょっこりと現れた光の玉を見た魔術師は、口を開けて枯れた笑いしか出てこなかった。

「精霊って……ははっ……嘘だろ」
「そういう事だ、そのまま大人しくしてろ」
「リリィっ……いや、お前は誰だ?」

突然、イナミの足元が揺れる。
術が解けた事によって、目覚めたように走り続けていた列車は急停止し始めたのだ。
スピードを一度も緩めずにブレーキをかけた事で、車体は前のめりになって止まると、手すりもない屋根にいた二人は大きく重心を崩した。

「またかよ、嘘っだろっ!」

急停止した列車の先に見えるのは線路がない崖。二人は空中に放り出され、崖から落ちていく魔術師を最初に見届けながら、イナミも抗えず空に身を投げる。
自分の力では無理だと覚悟したイナミは天に手を伸ばす。しかし、前のように奇跡も魔術も起こらず、空をただ掴むだけ。

転移魔術って、魔術は封じられているんだった。
あれれ、もしかしてマジで死ぬ?

そう思った時に紐のような物が飛んできて体を巻かれて掴まれた。宙に浮かぶ体は巻かれた黒い色の紐によって無事、列車に引き戻される。

「あっありがとう、死ぬかと思った」
「……」

紐は解かれた。
四つん這いになって息を整えつつ、助けてくれた恩人に顔を向けた。

「この状況で、よく助けられたな……えっ」

その恩人はフードを被り全身黒で身を包んだサエグサの一人だった。レオンハルトと戦い、命を狙っているはずのサエグサが何故かリリィを助けた。

「なんで、お前が助けて」
「……大事にして」
「何を? ちょっと、待て!」

言葉としては聞き取れないほどの小さな声だった。大事にとは一体何の事だと、聞き返す前に汽車から飛んで崖に落ちていく。
「嘘だろ」と列車の屋根から崖を覗いてみると、サエグサは転移魔術でもう飛んだのか、姿は消えていた。

「おーい、大丈夫?」

戦いの終わりを告げるように間延びた声が聞こえて振り返れば、奥の方で金髪の頭が屋根に登っては手を振っている。

終わったのか。

見慣れた頭にやっと肩の力が抜けて、俺は手を振りかえした。
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