王様は知らない

イケのタコ

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神社に辿り着く前にはしゃぎ回るチビ。神社の階段を上る時には、疲れているだろうな。
そんな事を思いながら、一応チビを連れて行くのでアパートの扉についている郵便受けに置き手紙を投げ入れてきた。

走り回るチビもそうだが。隣でワクワクが伝わってくるほどに足取りが軽いミカド。
夏祭りがあるならまだしも、何もない日にあの長い階段を上がるのことを楽しみにするなんて、分からない奴だと改めて思った。
もしかして、夏祭りがある事すら知らないのか。

「なぁ、あの神社で夏祭りがある事知ってる。」
「えっ、夏祭りってなに?祭りは何個もあるの。」

思わず足を止めてしまった。
現実にはいないだろと思っていた人物が今目の前にいる。
前から遊んでいて俺たち庶民的な空気とはなにか違うと察していた。寿司は回らないとか、犬は8匹も買っているとか、お手伝いさんがいるとか。
出てくる話題は浮世離れしていた。
一切、こいつの家族の事は聞いた事がないが、聞かなくてもわかってしまった。

「なぁ、ミカちゃんって出店知ってる。」
「知らない。なんにかのお店なの。」

あの、楽しみを知らないなんて、人生損している。くじを引いて景品をもらい、美味しい物を食べ、馬鹿と勝負して奢らせるという楽しさを知らないのか。と思うと同情する。

「夏祭りってのはな。夏に人が集まって楽しことをする祭りなんだ。出店でたこ焼き食ったり、空気鉄砲打ったりなんか遊んで、醍醐味はやっぱり花火。暗い夜に打ち上げらる花火は綺麗なんだ。」
「なんだが楽しそうだね。でも花火は窓から見た事あるよ。空に咲く花でしょ。あれは綺麗だね。」

可愛い言い方である。窓から見るから分かっていない、外で見る花火ほど大きく派手で華やかな綺麗さは知らないのであろう。

「中より外の方がもっと綺麗だからな。来週あるから連れて行ってやるよ。」
「え、いいの! 絶対行く。」
「任せとけ。」

一緒に夏祭りで遊んで花火を見よう、また約束を交わす。
笑うミカドに、少しだけ耳が熱くなった。
登る小山は人の手で整備された木が上まで綺麗に並び、そして神社に長く真っ直ぐ伸びる階段。
階段の下にたどり着くと一番乗りと言ってチビが先導する。
足は短いのに、足取りは軽く先に行ってしまう。

「馬鹿チビ転ぶぞ。」
「うるさいバカ。」

足が引っかかって転び落ちればいいのに。
最初に飛ばすと疲れると知っていた。一段一段ゆっくりと上がる。
あのチビは後半、背負えと言ってくるのが目に見えている。


「あきとくん、何時もあんな感じなの。」
「俺だけにな。普段は大人しい。」
「そうなんだ。仲がとってもいいんだね。」

ミカドはどこを見て仲が良いとは思ったのか。喧嘩と争いで、ほとんど原因は俺のからかいであるが、楽しく仲良くした事は一度もない。

「仲良くないし。それより体力温存しながら上れよ。ミカちゃん直ぐに疲れるからな。」
「言われなくても分かってるよ。」

珍しく強気な発言である。いつ頃、弱音を吐くか楽しみ。

上がって中間、後ろから荒い息が聞こえ始めた。チビは前でまだ先を走っている。
一人しかいない。

「ミカちゃん大丈夫か。一旦休むか。」
「平気、先に行ってて。」

平気ではない。後ろを振り返ると明らかに息の切れ方もおかしいし、顔色も悪くなってきていた。やはり、体力の限界がきている。
先程の俺の発言でムキになり、必ず持っているぬいぐるみを強く握り、意地を張るよう休もうとしない。
痩せ我慢をして気を失って倒れても、大人がいない今俺が困るだけ。
気を失う前に、俺は背負うことを提案した。俺より体は小さいし細いから、後半分ぐらいは行けるはずだ。

「背負って、やるから我慢するな。」
「大丈夫だって。」

次は強く返された。階段を必死に上り切って何か会得することはない、疲れるだけだ。わざわざ辛い道を選ぶ、こいつを馬鹿とも思う。
ミカドが階段ぐらいで固執する理由が分からない。

「さっき言ったことは悪かった。だから、」
「あきた。」

上の方で腑抜けた声が聞こえた。
忘れていた、もう一人馬鹿がいた。


「あきた。」
二回同じ言葉を吐くチビは石の階段に座り込み、俺たちを上から傍観した。

「聞こえてる。飽きたって半分だけだろ。さっさと行けよ。」
「おんぶ。」

話を聞いていないのか。背後に時限爆弾がいるのに、このチビまで面倒になると手をつけられない。

「おんぶしないと、ここからうごかない。」
「もう、いいからさ。早く立て。」
「……」

次は黙り、本当に宣言した通り一歩たりとも動こうとしない。
俺は頭を抱え、こいつらと遊びに行かない方が良かったのでは後悔した。

「僕は大丈夫だから、あきとくん背負ってあげて。」

咳き込んだ息で大丈夫ではない奴がチビの後押しをした。言われても『はい、そうですか』なんて素直に頷けない。
どっちかを選んで行くのも、どっちも置いていくのも手、しかし俺はこの時馬鹿二人を無事に返すという謎の使命に駆られていた。

「おんぶ。」
「大丈夫だから。」

その使命を追い立てるように、前と後ろが追い詰める。俺は両方から板挟みにされ、動けくなり頭が混乱していった。
最初にチビを運べばいいのか、それだとミカドが先に倒れる可能性が高い。ミカドを先に運べば、待てよ、チビが我が儘を言って大泣きし始めるもあり得る。さらに面倒なことになる。
どうすれば、どうしたら。
嫌な汗が額から流れる。

極度に追い詰められ、全部やれば全てどうにかなるという意味が分からない安易な方向に向かい、吹っ切れた。

「あ―――!うるさいお前ら!」

突然俺が多い声で叫ぶから二人ともビクリと肩を揺らす。

「チビ!おんぶしてやるからこっちに来い。」
「やった。」

嬉しそうに上から見ていたチビは下りてくる。その元気を後半分ある階段に使って欲しい。
取りあえず背負う。背負うとチビは「うわーつめたい。」と文句を口にした、危うく怒りで階段から落としそうになった。
次に後ろにいる馬鹿に俺は片方の手を差し出した。

「ほら、手を握れ引っ張ってやるから。これだったら自分で上ったことになるだろ。」

差し出された手に戸惑うミカドは、言われて掴もうと上げた手を一度は引っ込め、今度はゆっくりと腕を伸ばし手を重なる。
そして、しっかりと俺の手を握る。

「よし行くぞ。今から文句言ったやつ殴る。」

足と腕に俺は力を入れた。

一人は背負い、もう一人は引っ張り上げる。一段一段踏ん張り、階段を上る俺はこれにまでにない疲労を抱えた。何時もなら楽勝だというのに。
上り切った時には目の前は少しかすみ、地べたバタンとに引っ付くように倒れた。
疲れた。もう、歩けない。

たどり着くとチビは直ぐさま俺から降り、走り回った。

「じんじゃーとうちゃーく。」

俺の背中で休んでいたので元気は更に増し、はしゃぎ回った。
横で俺と同じように倒れたミカドがいた。ぬいぐるみも、心なしか疲れているように見えた。

「元気だね。弟くん。」
「あー、うん。」

ミカドに震えた指で指し、あれを弟と言った。訂正しようと思った。しかし説明するにも従兄弟でもない、アレの説明は疲れた俺は面倒になりそのまま流した。

「なぁなぁ鬼、あそこいこ。」

クルクル駆け回っていたチビはこちらに駆け寄り、俺たちの事は気にせず話を持ちかけてくる。
チビの言う、あそことは神社の奥にちょっと隠れスポットみたいなとてもいい場所がある。
確かに日も落ちてきて暗くなって来たのでいい時間ではあった。
ここでグダグダとしていたら時間は遅くなるだけなので重い足に鞭を打ち力を入れた。

「ミカド、休憩はおしまいだ。行くぞ。」
「えっどこに。」
「いいからいいから。」

疲弊仕切っているところでは悪いがミカドを無理矢理起こし、フラフラとした足元で神社の奥に連れ出す。
木々の間を抜け、足元は整備されていない草道を掻き分け踏んで進む。
辺りは目星い印はないのでいつも方向は勘で探る。前に来ていたチビも同じ方向を歩いている事だし大体合っているのだろう。
辿っていけば、少し開けた場所にたどり着く。草原は心地いい風に揺られ、

「きれいー。」

窶れて疲れていたミカドがここで始めて元気のある声を出し、俺より一歩前に出た。
ここは、崖になっていて前に邪魔な木もなく、町を一望出来るいい場所である。
大空も綺麗にオレンジで色づいていた。

「いいところだろ。夜になると星空も綺麗なんだけどな。」
「いいところだよ。」

ミカドは夕日をバックに振り返った。

「僕、本当にここに来て良かった。本当に自分の足で来れよかった。こんなに綺麗なものが見れてーーー、ありがとう。」

告白とも取れるミカドの涙ぐんだ嬉しそうな表情に俺は、まだ知らない心が浮かされた。
それが、哀れな恋心と知らず。








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