王様は知らない

イケのタコ

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29 目が覚めれば

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重い瞼が開いた。
覚めた瞬間、頭にジーンと染みるような痛さが伝わってくる。寝ぼけた頭も直ぐに覚醒する程であった。

頭を抱えて上半身を起せば、白いベッドに白い壁、鼻を刺激する医薬の匂い。どうやら階段から落ちて病院に来たらしい。

「脳震盪、打撲に捻挫、全治2週間の軽傷。自宅療養。」

淡々と俺の症状の羅列を並べるのはチビではなく、中坊。家に帰らず直行で病院に来たのか、服装は未だ制服のまま。スクール鞄は床に乱雑に置かれていた。
ベッドの横に丸い椅子を置き何処か怠そうに座っている。

相当、怒っているな。

「何回、頭打ち付けても馬鹿って治らないですね。もしかして更に馬鹿になるのか。」
「何回って、まだ2回目だよ。明人くん。」
「なんだ、次は忘れてないんだ。」

小学生の時、一回崖から落ちた。その時、強く頭を打ち付けた。
その衝撃で、目が覚めた時は記憶は飛び混在し、自分ことすら分からなくなった事がある。
数日後、自分の記憶は戻っても、何故崖から落ちたのか、その時誰といたかも覚え出せないぐらいの後遺症は残った。
あの時の淡い夏の一ヶ月は泡のように消えて無くなっていたのだ。

「薄情野郎、先ずは俺の容態の心配とかないのかよ。」
「心配? 自分で起こした過ちが返ってきた奴に慰めの言葉はない。これで懲りろ馬鹿。」
「相変わらず、厳しい。話は一通り聞いたか。」

内情は知られたくなかったが、病院送りなってしまった以上は、話の内情は全部聞かされたのであろう。
中坊の嫌悪の目がそう語っている。

 「それだけ馬鹿して軽傷で済んでよかったな。」
「残念ながら、俺は悪運は強いからね。」
「なぁ、二度ある事は三度あるって知ってるか。そして三度目の正直もある。」
「遠回しに死ねって言っているのかな。」
「そう言っている。」

中坊の戯れはここまでにしといて、その横にいる、もう一人に事情を聞かなくてはならない。
きっと、相手も話したいからここにいる。

「お元気ですか。チカ先輩。」

チカ先輩は椅子がもう一つあるというのに、健気に座らず真っ直ぐと立って、鬱々とした表情であった。
俺が目を覚めてやり取りに一切入って来ず、別人のように大人しく、ずっとタイミングを見計らっていた。俺にとっては日常的な中坊との暴言会話に戸惑っていたのが正解である。

だから俺に突然話を振られて、狼狽し目をパチパチとさせる。

「チカちゃん大丈夫ですか。聞こえてますか。」
「近くにいるんだから、きこえてるわよ。」

もう一度、話しかけてやっと反応してくれた。

「で何か用ですか。話したい事があるなら聞いてあげますよ。まぁ良い返答は期待しないでくださいね。」
「期待なんてしてないわよ。あの………」

恥ずかしそうに口籠もり始めた、彼女にとっては言いにくい話、言いたくない話なのであろう。
横で見ていた中坊は気を使って、

「俺、出て行きましょうか。」
「いい、出て行かなくいい。ここに居て、余計に話が始められないから。」

退こうとした中坊を慌てて止める水澤。止められた中坊は俺の事で嫌だろうが、強制的に聞く事となった。
動けないと分かったのか、もう一つの椅子を引いて隣に持ってくる。

「分かりました。先ず椅子ぐらいには座りましょう。落ち着いて話もできないですし。」
「うん、そうだね。落ち着かないと。」

出された椅子に素直に座るチカ先輩。

「お前らいつのまにそんな仲良くなった。」
「あんたが数時間伸びてる時にな。言っておくが色々話合ったからな。」

中坊は咎めるように俺を指す。あれから数時間は経っているらしい。
窓の外は見たときより暗くなって星も出ていたから、それぐらいは経っている。
ーーー、ってことは俺が起きるまで待っていたのか。
待っててもらったことだし、話はきっちりと一言も聞き逃しの無いよう俺は耳を尖らせた。
チカ先輩は一度、大きく深呼吸し、落ち着いた。そして胸に手を当てゆっくりと話し始めた。


「………ごめんなさい。」

最初に口にしたのは意外にも謝罪。頭を下げ彼女は心から謝罪していると分かる。
最も頭を下げたくない相手に守ってきた重い頭を下げるのだから。

「本当にごめなさい。私、知らなかったの貴方が指を怪我したこと。知らないで許されないかもしないけれど。」

当たり前だ、昨日の一昨日の話ではない。周りにも釘を刺し口止めをしてきたのだから、余計に知らないはずだ。
怪我をした理由は俺が煽った原因でもあるが、負い目を感じている今は口出しせず聞いておこう。

「信じてもらえないと思うけど私、貴方に怪我までさせる気なんてなかった。皆んなに促し相手を脅して忠告して終わりだと思ってた。」

何時もならそれが上手くいった。あの人の近づいた、猛者共はそうして落選していった。
しかし、自分が言うのはアレだが相手が悪かった。

「そう思ってた。一言かければ簡単に終わると軽い考えではどうにもできない程、いつのまにか膨れ上がってた。ーーー、エスカレートとした時に止めておけば良かったと。気付いた時には私の手で止めるにはもう遅くて、晴乃ちゃんや貴方を怪我をさせてしまったわ。」

ずっと思っていたが、彼女、水澤チカの信者共は異様に盲目で酔狂であった。祟っているのにあるがままの彼女を一切見ていない。憧れ、敬称、愚僧、夢を見せてくれる彼女、見ていないからこそ馬鹿信者共の足元は崩しやすかった。

「自分で最悪作って、それなのに自暴自棄になって最後は自滅って笑えるわよ。本当、笑える。」

笑えると話す彼女は口元は笑ってはいない。

「帝くんの為って思ってた。でも結局は自分の為だった。気に食わないからって追い詰めて、謝っても許されないことをしてきた。だから、私の処罰は貴方が決めて欲しい。」


彼女のなりのけじめのつけ方であろう。
揺るがない目、今まで自分のしてきたことの踏ん切りをつけるために彼女はここに座っている。
前に出ようとしている水澤のために俺は答えなくてはならない。

「じゃあ、学校やめろ。」
「おい。」

中坊が横入りして来たがここは無視し、水澤の反応を見ることにした。
手は震えだし、ぐしゃりとスカートを掴む。喉奥から押し出すようなか細い声で

「覚悟はしてた。貴方がそういうなら辞める。」

綺麗に揃えられたひだ折りのスカートは、さらに手で強く握られ原型はなく皺が寄る。
水澤は今にも泣きだしそうで、それを必死に抑えて耐えていた。ないてきた分、ここで泣いてしまったら覚悟が嘘になると知っている。

「まぁ、嘘ですけどね。面白くないので。」
「えっ。」

先ほど上がらなかった頭を直ぐに上げ、水澤は予想外だったのか驚きの声を上げる。

「はぁ? えっ何言ってんの。なに、気持ち悪い。」
「やっぱり、退学してくれません。」
「ごめんなさい、余りにも驚きすぎて。」

口を押え平謝り。驚きで暴言とは、健気でかわいい女の子はどこか遠い所に旅をしたらしい。

「今のは絶対謝ってないだろ。……話がずれましたけど、私が言いたいことは裁かれたいのなら警察でも行ってください。それが無理なら大人しく首でも吊って、あの世でも懺悔すればいいんじゃないですか。と言いたいのは貴方のバカみたいなケジメに人を付き合わせないでください、面倒です。第一、俺がそんな糞どうでもいいことを決めるような人間に見えますか。笑えないほど面白くない話ですね。」

悠々と俺が話し終われば、二人とも顔が引きつっていた。
何を言われようが批判されようと知らない、彼女に返せる正直な答えだ。
ケジメをつけさせたところで、俺は一ミリも得はしないし、裁いた代償をもらうというなら、彼女自己満足に付き合われる俺の方が損をしてしまう。
糞みたいなことで払い損は嫌である。

「わたし……。」
「なんですか?」
「今まで謝ってきた健気な私を返して――――!」

水澤はベッドに喚くように泣きついた。

「あやまった事が馬鹿みたいじゃない。」
「みたいではなく、そうなんですよ。俺としては謝られたことより、貴方の泣きそうな顔を見れただけで充分なんですけどね。」
「この畜生ほんとさいてー!」

泣き喚かれたって、仕方ない。俺も本気の本気を答えたの、だから褒めて欲しいぐらいだ。
まぁ散々な暴言を吐いたが、彼女のように責任を素直に受け入れることは、俺には到底出来ない。そこは敬意払い、賞賛し素晴らしいと手を叩こう。
調子のりそうなので口には出さないが。
顔を布団に埋めていた水澤は起き上がり、膝をついては口元を尖らせ。

「もう、いいわよ。貴方がそう思うならそれで納得する。それでも、何か私に頼んでよ。焼きそばパン買ってきてとかでいいから。そうでもしないと貴方に弱味握られているようで落ち着かないのよ。」
「そこまで、言うなら考えておきます。」

彼女も承認していることだし、さてどうしようか。
案は一つある。
口元を自然と曲がり、見た水澤は、

「寒気がしたわ。今すぐ言ったことを撤回したい。」
「それは無しです。」
「分かってるわよ。なんで帝君は、こんなの好きなのかしら。話する程分からない。」

まだまだ俺の魅力に気付いていないのか、という冗談が言えないほど、目の前のにいる馬鹿が爆弾発言をした。
自分が爆弾発言をした事に気づいていない。その発言で俺は凍ったのに、水澤は不思議そうに大丈夫と心配そうに覗いてくる。

「おい、待て、待て。お前なんで、あれ、あの人の事情なぜ知ってる。」
「事情? よく分からないけど。まさか、この私が帝くんの恋路を邪魔するなんて思わなかった。誰を好きになるなんて本当に分からないって実感したわ。」

聞きたいのは恋路の邪魔とかの話題ではない、俺とこいつとの微妙に重点がずれている。
確かに帝君ではある。

「なんで俺たち付き合ってるみたい話何ですか。どこ情報だよ。」
「帝くんだよ。貴方が寝てる時にこっち側が照れるぐらい、はっきりと、」

『どうしようもないアイツの事が好きだ。』と公言したらしい。
水澤は乙女の憧れだよと頬を赤く染め、俺は青ざめた。
視線を隣に移すと、気まずそうに中坊は目を逸らし、そうか三人一緒にいるときか。

病院には霊安室があるはずだと、完全犯罪をこの時真剣に考えた。

あり得ない、堂々と人前で発言するものではない。
男同士、性格の不一致、など色々問題が山積みになっているのに、膝を立てて平然としている女に驚くしかない。

「なんで、簡単受けいられるのですか。普通、驚くと怒るとかないんですか。」
「なに? 言われ事気にしてたの。最初は確かに驚いたわよ。でも、全て不思議と帝くんだからで片付けられるのよね。」
「どういう解釈すると、そうなれるですか。」
「うーん、自分でも分かんない。なんか自然とそっかってなった。」

だからそんな事は気にしないでと、優しい言葉で解きほぐされ、そうだねと、危ない頷きそうになった。
水澤は幼馴染だから、否定することなく受け入れたのかもしれない。それか、長年拗らせたせいで頭が大分麻痺してるか、どっちか。
確かにあの人だから言うと、認めたくないが納得してしまう部分もある。
なに考えてるか、いまいちわかんない人ではあるから。

「話しているところ、すみません。」

あの発言から大人しく傍聴していた中坊が、携帯を手に持って話に入って来た。

「帝さんが用事が終えたので直ぐに此方に来るそうです。」

連絡を取り合っていたのか、携帯を見ながら言う。本当いつのまに、仲良くなったのか。もしかしてアイツ、周りから固めてきてないか。
そう言えば、俺的には先程まで一緒にいた、アレがいない事に気付いた。
人を巻き込んだ張本人、一番にここにいそうなのに、今はいない。

「せんぱ……帝さんってなんかあったですか。」
「なんで俺に敬語。まぁいいや。なんかじゃかくて、アンタが落ちたから事後処理。先生とかに事情説明とかそんなの。」

しかめっ面の中坊は他人に迷惑をかけている、と言いたげであった。
起こした事後処理をしてくれるとは流石。あの人なら、どうにかして、事件を誤魔化してくれるだろう。
伝えることが終わった携帯をポケットに戻す中坊は、椅子を鳴らして立ち上がった。


「どこか行くのか。」

そう尋ねてると、俺を虫を見るかのような目で見下げる。一つ聞いただけで舌打ちもかます。
あーこわい、こわい。

「今からアンタの事を言いに帰るんだよ。母さんに、どう説明しよか。」

それは大変な事である。早く帰ってもらわないといけない。
見ていなくても分かる、今ごろあの人、七海さんはリビングをグルグルと周り『どうしよう』とか呟いて思い詰めているのだろう。

「明人頼むわ。」
「言われなくても分かってる。病気になったらアンタの所為だ。」

こういう時は中坊を頼りにしている。唯一、こんな時にどう接すれば分からない人だから。
分からないと言って大雑把には接する事は出来ないし、得意な嘘をつこうとしても七海さんの前だと口籠もって役に立たない。
子供時から見てもらっている所為か、あの人を前にすると妙な緊張して平常心を保てない。
無能な俺は、七海さんの実息子である中坊に任せるしかない。
話が終われば置いてある鞄を持ち、中坊は座っていた丸椅子をなおす。
それに続くように水澤が背中を見せ、

「よし、私も帰ろう。」
「待て。」

ここを去ろうとしたを予期し、俺は瞬間的に腕をギリギリまで伸し制服の裾を掴む。
裾を掴むと身体が傾き、水澤の足を少し取られベッドに手をついた。

「なにしてるの、危ないじゃない。」

突然掴まれたことに怒り。水澤は、優しい笑を描いているのに放つ言葉はトゲがあった。
こっちが怒りたい。

「なに帰ろうとしてるですか。」
「いつ帰ろうと私の勝手でしょ。」

冷たく俺を突き放した。確かに俺には権限はなく、いつ帰ろうと勝手。
しかし、確実に帰るタイミングがおかしい。水澤があの人名前が出た途端に椅子を何度も座り直していことを知っていた。


「もうちょっとゆっくりしていけよ。」
「嫌よ」




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