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上げる足が重い。3年の教室に続く階段を上っているのだが、何時ものように足が動かない。
なぜなら、到着地点がある意味斬首刑である。運試しなんて2度とするか。
窓から見える晴れた空が羨ましく思う。
会いに行くなら怒りがおさまり、何日か経ってから行きたい。
相手もそうなら、こちらも憂鬱な気分になり、階段をやっとの思いで上りきる。
次は廊下を右に曲がって歩く。確かあの人は5組のはずだ。
教室呼び出すとき、どうしようか。先輩って、この階では全員先輩だしな。
王様の名前はなんだったか。ミカ、ミカエル、考えるほどにゲシュタルト崩壊してくる。
極力、名前呼びたくないし。
考え事をしながら歩いてた為か、肩が誰かと軽く当たってしまった。
「すいません。」
軽くなので俺は平謝りで横を通り過ぎようとしたが、肩を掴まれた。面倒くさい人に絡まれたらしい。
「おい、2年なんだ生意気な態度は。調子こいてんじゃねよ。てか何だその格好。」
振り向けば、制服を着崩しヤンキーですと言っているような風貌をしていた。しかもそれが3人も。
「これはすいません先輩方。お怪我なさってないですか?」
「それで謝ってるつもりかよ。もっと先輩に敬意を持てよ。」
肩を掴んでいる金髪の手に力がこもり、痛みで顔が歪む。跡が残ったらどうしてくれる。
敬意を払って欲しかったら、まともな先輩になってからにして欲しい。
「当たってすみません。今後ともこうならないように以後、気をつけます。」
少し棒読みになった。でもこういう人はきっかけさえ有れば絡んでくるので大人しく彼らのシナリオ通りが1番いい。
すると3組の一人が俺を指して。
「あっ、こいつ知ってる弟切だ。確か帝の小間使いだ。」
学校って本当に狭い、違う学年まで名前がどうやら知れ渡っている。それにしても、第三者から俺の印象って、コバンザメみたいな感じだったとは。
「へぇーじゃぁこいつ、帝の下でペコペコしてるのか。うわぁーダッサ。なぁこいつさぁ。」
確認し合うように3人組が気持ち悪い笑みを浮かべる。この、パターンは非常にまずい。3人一緒に相手できるほど俺は喧嘩は得意ではない。出来るだけ喧嘩なく温和に過ごしたい。
「お前ついて来い。」
と言っても俺にも許容範囲が有りまして、さっきの事でだいぶイライラしてるし冷静でいられない程に限界がきている。
連れて行くために金髪が俺の髪の毛を掴もうとしたのでそれをはたき落とした。
「汚い手で触んないでもらえます。先輩方。」
彼らを鋭く睨みつけた。
彼は脅えるように一歩下がり言葉が詰まる。
「っなんだ。その口の利き方は。お前タダじゃおかねぇ!」
次は勢いに任せて必死に汚い手が俺を殴ろうとしたので、腕を掴む。掴んだ腕には、跡が残るように力を入れた。残りの二人は唖然として、動くこともなく仲間を助けようとしない彼が可哀想である。
「聞いてなかってんですか。触るなって。」
「いでで、離せくそ野郎!」
「そんなに離してほしかったら離してくださいとでも懇願したらどうですか。先輩。」
冷静ではいられない、アイツらと俺の出会うタイミングが悪すぎたのだ。
今日は水に被るし、あの人には理由もわからず殴られるし、運にも見放されている俺は今最高に虫の居所が悪い。
だから、今持っている腕を力ずくで曲げたら、此奴はどんな悲鳴で泣きわめくかを見てみたい。そうしたら、少しでも俺の気が晴れるが気がした。
俺は腕を持っている手を反対方向に力を入れようとしたが、突如目の前を何かに覆われて視界が悪くなる。
覆われたものを取るために、握っている手を離す。今日で二回目の真っ白い視界は後ろから何かを投げられたので、それを取り怒りに任せて後ろ勢いよく振り向く。
「なにしがる!このく……おはようございます。先輩の今日はご機嫌いいかですか。」
二度あることは三度ある、後ろに立っていたのご機嫌斜めの王様。あの目で睨まれたら、怒りで沸騰していた頭が一瞬で冷凍保存された。
誰が来たのかを持っているバスタオルを冷静に見れば分かる事で、先ほど王様が服と一緒に持っていたものだということに。
「ああ、お陰で元気だ。」
「それはなによりです。はは。」
「でお前は三年の廊下で騒いでやがる。」
騒ぎ? 周りを見渡すと人の集まりが俺らを囲んでいた。
知らず内に、いつの間にひと騒ぎになっていたらしい、アイツらに夢中過ぎて見ていなかった。
『先生呼んだほういいじゃない』とか『やばいってあれ』など、小声でヒソヒソと話し、俺の立たされている状況が非常にまずい。複数人いる中で相手を怪我させれば禁止処分になってもおかしくない。
すると王様が固まっている俺の耳元で、
「とりあえずお前、タオル羽織れ。首元から傷が見えるぞ。」
静かに聞かされた声に俺は持っていたタオルを急いで肩にかける。すると、王様に首元を腕で挟むように持たれ、五組とは逆方向に引きずられていく。
「あのえっと先輩、どこに。」
「お前大丈夫か。教師が来るのは時間の問題だ。ここから、さっさと退くぞ。」
数秒引きずられて思考がやっと動いた。そうだ、早くここから逃げくては。
「待ちやがれ。おとぎり!」
腕を曲げそうになった金髪が復活し腕を抱いて、俺の名前を叫ぶ。意外にしぶといようだ。
「なんかようか。」
言い返そうと思ったが俺の口を手で塞ぎ、王様が答えた。王様に離せと目で訴えるが目線を送るだけで無視である。
そしえ答えた相手が王様だったことに驚いた金髪は怯み声の大きさがどんどんと小さくなっていく。
「帝さんではなく用は…弟切にありましてですね。えっとほら腕がこんなことになってまして。」
手跡がついた腕を見せるが王様は構わず。
「何ようかと聞いている?」
「えっ、はい何にもないです。なにもありません。」
「腕。」
「はい腕もそうです!転がってケガしました。」
「それは気の毒だ。」
王様、心配なんて欠片もない言葉を投げかければ、嘘の事実を本当の事実だと言わんばかりに周りを黙らせ丸め込む。
周りも騒然としていたのに一気に静まり返り、誰一人として意義を申し立てる事はない。そう、王様の絶対的な支配力に勝てる者がここにはいないのだ。
静寂とした中で、先輩は人の集団をかき分けて俺を引きずる。まだ、俺の口を塞いだまま。
腕を剥がそうと頑張るが、どこにそんな力があるのかを悩むほどに、腕が銅像のように固く動かない。きっとこの人の腕は機械改造でもして強化していると、迷走し始めたぐらいに剥がすことを諦めた。
なるがままにどこでもいいから、人のいない落ち着くところに早く行きたい。教室の前を通るから余計に注目を浴びて、それなりに恥ずかしい。
引きずられていく中、三組二組と数が減り一組にたどり着きやっと三年の教室の横を通り過ぎようとした時にだった。
一組の扉から女が一人俺を凝視し、俺もその一人の女を注視する。数人こちらを覗いている野次馬のような興味と好奇心の目ではない、恨みに嫉妬ような甘く恐ろしい目をである。
あーそうだった女の名前は知っている、水澤チカ。
俺たちが見えなくなるまで下唇を噛ん耐える健気な姿はまるで人魚姫である。
連れてこられたのは人気のない階段の踊り場。暗くて日の明かりが少し入るだけ。そこで落ち着けば、王様は腕と手を離す。
塞がれていた口から大きく息し、混乱したていた頭の中を整理する。
「とにかく、先輩ありがとうございます。」
「お前は随分暴れていたな。」
「相手がおいたが過ぎていたので、すこし制裁をしてただけです。」
人の癪に触る言動をした相手が悪いのだ。
「すこし?お前の制裁とやらは相手の骨を折るほどか。」
「……」
「おい、目を逸らすな。」
咎められて言い返す言葉がない。
確かに相手の掴んだ腕の骨がミシミシと軋む音が鳴っていたのは、分かっていた。ーーー緩めるどころか手が抑えられなくて、さらに曲げようとしていた。
王様が止めに入らなければ、俺は相手の骨を折っていただろう。
顔を逸らしているが、強く責め立てるような目が俺を圧迫する。
「そんなに見ないでください、わかってます。次は周りを注意しながらやります。」
「わかってねぇな。」
「それより先輩、保健室の戸締りをお願いしに来ました。」
本来の目的は、保健室が開いているので鍵を閉めてほしいことを伝えに来たわけで、あいつらの喧嘩を買いに三年の階段を上がった訳ではない。
「忘れてたな。閉めねぇとうるさいからな。」
「そうです。ひと騒ぎをしに行った訳ではないですからね。わざわざ、3年5組まで戸締りのこと伝えに行こうとしたの、ですから誉めてほしいです。」
「褒めてやるが、言っておくが俺は1組だ。」
えっ嘘だ。逸らしていた顔を元にも戻す。
「この前、言っていなかったですか。」
「どこ情報だよ。」
「知っていたのですが、迷いまして反対方向に。」
「意味の分からない嘘をつくのをやめろ。」
不機嫌な王様。駄目だ、喧嘩した興奮と混乱がまだ残っているのか、余韻で言葉を選びが最悪である。分かり切った意味のない嘘をついてしまっている。
王様の、対象の仕方を探り実践しているのだが、発言次第では殴られる。
「えっとですね……」
「もういい。」
さらに眉間に皺を溜めた王様が動き出したので、殴られると思い構えたが、これといった動作も何も起きず、横を通り過ぎた。
通り過ぎた王様は、俺の顔を見るなり、指摘する。
「なんだその、ポカンとした顔は。」
「殴られると思って、構えていたのですが意外に殴らないので驚いてます。」
「はぁ? お前のみたいにすぐを手は出したりしない。俺は野蛮じゃないからな。」
「よく言いますね。さっき訳も分からず頭を殴っておいて、よくそんな言葉が吐けますね先輩?」
俺は保健室で意味も分からないまま頭を殴られ、痛さに悶えた。痛さなら小さい手で叩かれた頬より、大きい拳で殴られた頭が痛い。
それでもこの男は、野蛮ではないという。
階段を下りようとした足を止め、王様は珍しく神妙な面持ちで
「分からなかったのか。」
「分かる訳ないでしょ。空気を読み取れは無理ですからね。言葉にしないと伝わりませんからね。」
そう言えば、王様は考えたのち一人で『そうか』と自己完結した。勝手に話を進めるのはやめてほしい、嫌な予感と不安が脳裏に浮かぶから。
「分かった。」
「何がですか。」
「お前が結構鈍感だって事。他のことには頭は回るが自分になると頭は回らないらしいな。お前の欠点だな。」
「欠点って、どいうことですか。失礼な。一応、頭はいいほうだと思いますけど。」
欠点と言われて、ドキッとする。
欠点は、自分のことは回らないとはどういう意味なのだろうか。自分の周りという意味なのか、それとも自身の事なのか、分からない情報が少なすぎて考えるほど迷宮に入っていくのがわかる。
悩む俺を、あの人は笑っている。苛立ち、頭の中に答えが浮かばない。
「深く考えるなよ。余計に分からなくなるぞ。」
「うるさいですね、必死になっているんですから。」
「ヒント出してやりたいが、さっさと鍵閉めないとな。」
「えっ、先輩待ってください。」
俺の呼びかけには無視して、階段を足早に下りて行ってしまった。今、下りて追いつくこともないので上から俺は呼びかけた。
「先輩、ヒントだけでもお願いします。朝が寝れなくなるんですけど!」
「俺のしてきたことを考えろ。分かったらご褒美をやる。」
階段上から見えなくなる直前にヒントを一つくれた王様。
ご褒美もあるらしいので、考えてみることにした。
保健室の事は王様に任せて、自分の教室に戻る事にした。扉の前に立つと廊下まで響く楽しそうな声と笑い声が聞こえた。
しかし、俺が教室の扉を開ければ途端に爆弾が落とされたかのように静まり返る。
皆、俺の様子を伺う仕草を見せる。まるで腫れもの扱い、これだと誰が王様なのか。
けれど、慣れてしまった俺は静かに席に座る。
何があろうと、いつも通りに授業は始まるのだった。
なぜなら、到着地点がある意味斬首刑である。運試しなんて2度とするか。
窓から見える晴れた空が羨ましく思う。
会いに行くなら怒りがおさまり、何日か経ってから行きたい。
相手もそうなら、こちらも憂鬱な気分になり、階段をやっとの思いで上りきる。
次は廊下を右に曲がって歩く。確かあの人は5組のはずだ。
教室呼び出すとき、どうしようか。先輩って、この階では全員先輩だしな。
王様の名前はなんだったか。ミカ、ミカエル、考えるほどにゲシュタルト崩壊してくる。
極力、名前呼びたくないし。
考え事をしながら歩いてた為か、肩が誰かと軽く当たってしまった。
「すいません。」
軽くなので俺は平謝りで横を通り過ぎようとしたが、肩を掴まれた。面倒くさい人に絡まれたらしい。
「おい、2年なんだ生意気な態度は。調子こいてんじゃねよ。てか何だその格好。」
振り向けば、制服を着崩しヤンキーですと言っているような風貌をしていた。しかもそれが3人も。
「これはすいません先輩方。お怪我なさってないですか?」
「それで謝ってるつもりかよ。もっと先輩に敬意を持てよ。」
肩を掴んでいる金髪の手に力がこもり、痛みで顔が歪む。跡が残ったらどうしてくれる。
敬意を払って欲しかったら、まともな先輩になってからにして欲しい。
「当たってすみません。今後ともこうならないように以後、気をつけます。」
少し棒読みになった。でもこういう人はきっかけさえ有れば絡んでくるので大人しく彼らのシナリオ通りが1番いい。
すると3組の一人が俺を指して。
「あっ、こいつ知ってる弟切だ。確か帝の小間使いだ。」
学校って本当に狭い、違う学年まで名前がどうやら知れ渡っている。それにしても、第三者から俺の印象って、コバンザメみたいな感じだったとは。
「へぇーじゃぁこいつ、帝の下でペコペコしてるのか。うわぁーダッサ。なぁこいつさぁ。」
確認し合うように3人組が気持ち悪い笑みを浮かべる。この、パターンは非常にまずい。3人一緒に相手できるほど俺は喧嘩は得意ではない。出来るだけ喧嘩なく温和に過ごしたい。
「お前ついて来い。」
と言っても俺にも許容範囲が有りまして、さっきの事でだいぶイライラしてるし冷静でいられない程に限界がきている。
連れて行くために金髪が俺の髪の毛を掴もうとしたのでそれをはたき落とした。
「汚い手で触んないでもらえます。先輩方。」
彼らを鋭く睨みつけた。
彼は脅えるように一歩下がり言葉が詰まる。
「っなんだ。その口の利き方は。お前タダじゃおかねぇ!」
次は勢いに任せて必死に汚い手が俺を殴ろうとしたので、腕を掴む。掴んだ腕には、跡が残るように力を入れた。残りの二人は唖然として、動くこともなく仲間を助けようとしない彼が可哀想である。
「聞いてなかってんですか。触るなって。」
「いでで、離せくそ野郎!」
「そんなに離してほしかったら離してくださいとでも懇願したらどうですか。先輩。」
冷静ではいられない、アイツらと俺の出会うタイミングが悪すぎたのだ。
今日は水に被るし、あの人には理由もわからず殴られるし、運にも見放されている俺は今最高に虫の居所が悪い。
だから、今持っている腕を力ずくで曲げたら、此奴はどんな悲鳴で泣きわめくかを見てみたい。そうしたら、少しでも俺の気が晴れるが気がした。
俺は腕を持っている手を反対方向に力を入れようとしたが、突如目の前を何かに覆われて視界が悪くなる。
覆われたものを取るために、握っている手を離す。今日で二回目の真っ白い視界は後ろから何かを投げられたので、それを取り怒りに任せて後ろ勢いよく振り向く。
「なにしがる!このく……おはようございます。先輩の今日はご機嫌いいかですか。」
二度あることは三度ある、後ろに立っていたのご機嫌斜めの王様。あの目で睨まれたら、怒りで沸騰していた頭が一瞬で冷凍保存された。
誰が来たのかを持っているバスタオルを冷静に見れば分かる事で、先ほど王様が服と一緒に持っていたものだということに。
「ああ、お陰で元気だ。」
「それはなによりです。はは。」
「でお前は三年の廊下で騒いでやがる。」
騒ぎ? 周りを見渡すと人の集まりが俺らを囲んでいた。
知らず内に、いつの間にひと騒ぎになっていたらしい、アイツらに夢中過ぎて見ていなかった。
『先生呼んだほういいじゃない』とか『やばいってあれ』など、小声でヒソヒソと話し、俺の立たされている状況が非常にまずい。複数人いる中で相手を怪我させれば禁止処分になってもおかしくない。
すると王様が固まっている俺の耳元で、
「とりあえずお前、タオル羽織れ。首元から傷が見えるぞ。」
静かに聞かされた声に俺は持っていたタオルを急いで肩にかける。すると、王様に首元を腕で挟むように持たれ、五組とは逆方向に引きずられていく。
「あのえっと先輩、どこに。」
「お前大丈夫か。教師が来るのは時間の問題だ。ここから、さっさと退くぞ。」
数秒引きずられて思考がやっと動いた。そうだ、早くここから逃げくては。
「待ちやがれ。おとぎり!」
腕を曲げそうになった金髪が復活し腕を抱いて、俺の名前を叫ぶ。意外にしぶといようだ。
「なんかようか。」
言い返そうと思ったが俺の口を手で塞ぎ、王様が答えた。王様に離せと目で訴えるが目線を送るだけで無視である。
そしえ答えた相手が王様だったことに驚いた金髪は怯み声の大きさがどんどんと小さくなっていく。
「帝さんではなく用は…弟切にありましてですね。えっとほら腕がこんなことになってまして。」
手跡がついた腕を見せるが王様は構わず。
「何ようかと聞いている?」
「えっ、はい何にもないです。なにもありません。」
「腕。」
「はい腕もそうです!転がってケガしました。」
「それは気の毒だ。」
王様、心配なんて欠片もない言葉を投げかければ、嘘の事実を本当の事実だと言わんばかりに周りを黙らせ丸め込む。
周りも騒然としていたのに一気に静まり返り、誰一人として意義を申し立てる事はない。そう、王様の絶対的な支配力に勝てる者がここにはいないのだ。
静寂とした中で、先輩は人の集団をかき分けて俺を引きずる。まだ、俺の口を塞いだまま。
腕を剥がそうと頑張るが、どこにそんな力があるのかを悩むほどに、腕が銅像のように固く動かない。きっとこの人の腕は機械改造でもして強化していると、迷走し始めたぐらいに剥がすことを諦めた。
なるがままにどこでもいいから、人のいない落ち着くところに早く行きたい。教室の前を通るから余計に注目を浴びて、それなりに恥ずかしい。
引きずられていく中、三組二組と数が減り一組にたどり着きやっと三年の教室の横を通り過ぎようとした時にだった。
一組の扉から女が一人俺を凝視し、俺もその一人の女を注視する。数人こちらを覗いている野次馬のような興味と好奇心の目ではない、恨みに嫉妬ような甘く恐ろしい目をである。
あーそうだった女の名前は知っている、水澤チカ。
俺たちが見えなくなるまで下唇を噛ん耐える健気な姿はまるで人魚姫である。
連れてこられたのは人気のない階段の踊り場。暗くて日の明かりが少し入るだけ。そこで落ち着けば、王様は腕と手を離す。
塞がれていた口から大きく息し、混乱したていた頭の中を整理する。
「とにかく、先輩ありがとうございます。」
「お前は随分暴れていたな。」
「相手がおいたが過ぎていたので、すこし制裁をしてただけです。」
人の癪に触る言動をした相手が悪いのだ。
「すこし?お前の制裁とやらは相手の骨を折るほどか。」
「……」
「おい、目を逸らすな。」
咎められて言い返す言葉がない。
確かに相手の掴んだ腕の骨がミシミシと軋む音が鳴っていたのは、分かっていた。ーーー緩めるどころか手が抑えられなくて、さらに曲げようとしていた。
王様が止めに入らなければ、俺は相手の骨を折っていただろう。
顔を逸らしているが、強く責め立てるような目が俺を圧迫する。
「そんなに見ないでください、わかってます。次は周りを注意しながらやります。」
「わかってねぇな。」
「それより先輩、保健室の戸締りをお願いしに来ました。」
本来の目的は、保健室が開いているので鍵を閉めてほしいことを伝えに来たわけで、あいつらの喧嘩を買いに三年の階段を上がった訳ではない。
「忘れてたな。閉めねぇとうるさいからな。」
「そうです。ひと騒ぎをしに行った訳ではないですからね。わざわざ、3年5組まで戸締りのこと伝えに行こうとしたの、ですから誉めてほしいです。」
「褒めてやるが、言っておくが俺は1組だ。」
えっ嘘だ。逸らしていた顔を元にも戻す。
「この前、言っていなかったですか。」
「どこ情報だよ。」
「知っていたのですが、迷いまして反対方向に。」
「意味の分からない嘘をつくのをやめろ。」
不機嫌な王様。駄目だ、喧嘩した興奮と混乱がまだ残っているのか、余韻で言葉を選びが最悪である。分かり切った意味のない嘘をついてしまっている。
王様の、対象の仕方を探り実践しているのだが、発言次第では殴られる。
「えっとですね……」
「もういい。」
さらに眉間に皺を溜めた王様が動き出したので、殴られると思い構えたが、これといった動作も何も起きず、横を通り過ぎた。
通り過ぎた王様は、俺の顔を見るなり、指摘する。
「なんだその、ポカンとした顔は。」
「殴られると思って、構えていたのですが意外に殴らないので驚いてます。」
「はぁ? お前のみたいにすぐを手は出したりしない。俺は野蛮じゃないからな。」
「よく言いますね。さっき訳も分からず頭を殴っておいて、よくそんな言葉が吐けますね先輩?」
俺は保健室で意味も分からないまま頭を殴られ、痛さに悶えた。痛さなら小さい手で叩かれた頬より、大きい拳で殴られた頭が痛い。
それでもこの男は、野蛮ではないという。
階段を下りようとした足を止め、王様は珍しく神妙な面持ちで
「分からなかったのか。」
「分かる訳ないでしょ。空気を読み取れは無理ですからね。言葉にしないと伝わりませんからね。」
そう言えば、王様は考えたのち一人で『そうか』と自己完結した。勝手に話を進めるのはやめてほしい、嫌な予感と不安が脳裏に浮かぶから。
「分かった。」
「何がですか。」
「お前が結構鈍感だって事。他のことには頭は回るが自分になると頭は回らないらしいな。お前の欠点だな。」
「欠点って、どいうことですか。失礼な。一応、頭はいいほうだと思いますけど。」
欠点と言われて、ドキッとする。
欠点は、自分のことは回らないとはどういう意味なのだろうか。自分の周りという意味なのか、それとも自身の事なのか、分からない情報が少なすぎて考えるほど迷宮に入っていくのがわかる。
悩む俺を、あの人は笑っている。苛立ち、頭の中に答えが浮かばない。
「深く考えるなよ。余計に分からなくなるぞ。」
「うるさいですね、必死になっているんですから。」
「ヒント出してやりたいが、さっさと鍵閉めないとな。」
「えっ、先輩待ってください。」
俺の呼びかけには無視して、階段を足早に下りて行ってしまった。今、下りて追いつくこともないので上から俺は呼びかけた。
「先輩、ヒントだけでもお願いします。朝が寝れなくなるんですけど!」
「俺のしてきたことを考えろ。分かったらご褒美をやる。」
階段上から見えなくなる直前にヒントを一つくれた王様。
ご褒美もあるらしいので、考えてみることにした。
保健室の事は王様に任せて、自分の教室に戻る事にした。扉の前に立つと廊下まで響く楽しそうな声と笑い声が聞こえた。
しかし、俺が教室の扉を開ければ途端に爆弾が落とされたかのように静まり返る。
皆、俺の様子を伺う仕草を見せる。まるで腫れもの扱い、これだと誰が王様なのか。
けれど、慣れてしまった俺は静かに席に座る。
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