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吸血鬼と恋模様

血の色に似た炎

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 高層マンションの最上階、その一室で首輪を付けられた黒髪の少女と黒猫が寄り添う様に床に座っていた。

「タマ、なんも心配いらねぇ、きっとさくちゃんとお父が助けに来てくれるだ」
「ニャーン……」
「ふぅ、言葉が喋れねぇのは難儀だなぁ」

 緋紗女ひさめと対面したはな珠緒たまおを人質に取られた事で、戦う事無く囚われの身となった。
 現在は緋沙女の部下と思われる、花達の正面の椅子に座った白鞘を持った陰気な男に見張られていた。

 男は恐らく二十代後半から三十代前半、前髪を長く伸ばし、その表情はうかがい辛い。
 ライダースジャケットに革のパンツ、鋲の打たれた革のブーツ、両手には革のグローブを嵌めていた。
 黒一色のその男に花はおずおずと話しかける。

「なぁ……お前ぇも緋沙女のやる事に賛成してるだか?」
「……」
「咲ちゃんに聞いたけんど、この国はもうちょっとしたら、オラたちみたいな者の存在も認めるみてぇだ……そしたら、普通に働いて生きていけるかも知んねぇだ……悪ぃ事さ止めて真っ当に生きた方がきっと楽しいだぞ」
「……真っ当か……そんな事は俺にはどうでもいい」

 長い前髪の隙間から覗く目が楽しそうに笑みを浮かべている。

「俺は……俺は斬れればいいんだ。誰かを切断して、そこから噴き出る血を飲む……それ以外は興味が無い」
「ニャー」
「…………猫の皮は粘りがあって、試し斬りに良いと聞いた事がある……試すか?」

 左手の親指が白鞘の柄を押し上げる。

「止めるだ。抵抗出来ねぇ者を斬るなんて、剣客のする事じゃねぇだ」
「剣客……剣客かぁ……クククッ、随分古い言い回しをする……そういえばお前は見た目はガキだが、俺より年上だったなぁ……ふぅ……興が冷めた……もう黙っていろ」

 男はそう言うと刀を鞘に戻し、目を瞑った。これ以上話すつもりは無いらしい。

「はぁ……力さ使えれば、こんな首輪、すぐ外せるだが」
「ニャン」

 珠緒が花の手に前足を乗せ、焦るなとでも言う様に首を振る。

「そだな、焦ってもしょうがねぇべ」
「ニャッ!」

 うんうんと頷いた珠緒の顎の下を、花は少し微笑んで優しくゆっくりと撫でた。


■◇■◇■◇■


 窓から見える街の光に目をやりながら、緋沙女は苛立ちを感じていた。
 紫法丸しほうまるからの連絡は途絶え、ニアとレアは報告もせずに立ち去り、真咲が最近よく接触していた人間達の下へ向かわせた者達からも何の音沙汰もない。

「これだから他人は信用出来ないわ……」

 そもそも、ナインジャッジが警察に取り込まれた事で、派閥の意見は割れていた。
 政府は吸血鬼も含めた闇の住民、これまでいない者とされて来た者達の存在を認める方向で動いている。
 つまり、人間と同様、市民としての権利と義務が発生するという事だ。
 そうなれば非合法活動を続ければ、一般的な犯罪者と同じく捕らえられる者も増えるだろう。

 その為のより強力な実働部隊、警視庁特殊事案対策部第三課の存在が、人間達が本気でそれをやろうとしている事の現れとも取れた。

 緋紗女は現状維持を訴え、自分達の力を誇示すれば人間側が折れる筈だと主張した。
 しかし、武闘派として名の知られた九郎率いるナインジャッジの存在に、及び腰の吸血鬼達は慎重論を唱えた。

 自分達はおいそれと死ぬ事は無い、だからこそ捕まれば長い時間、自由を失う可能性がある。
 なぜなら殺せない者は無期懲役にするしかないのだからと。

 仕事がやりにくいと国を去る者、どうなるか事の経緯を見定める為、派閥を離れ身を隠す者。
 そんな風に派閥が割れた事で必然的に情報収集能力も低下した。

「こんな時こそ、団結すべきなのに……馬鹿ばかりだわ……」

 爪を噛んでそう呟いた緋沙女の目の前に、突然、巨大な影が現れ街の光を遮る。
 その影は、恐らく瞳だろう緑色の光を緋沙女に向けるとスッと左手を翳した。
 次の瞬間、轟音が響き渡り窓ガラスが砕け散って、直後、数百発の金属の球体が緋沙女を襲った。

「カハッ……」
「おい、ディー、花やタマもいるかもなんだぞ!?」
『当然スキャン済みだ、射角からは外れている。仮に跳弾があっても壁が止める』

 ゴーッとジェット機に似た音を立てホバリングしながら、その巨大な何かは右腕をマンションの割れた窓に突き入れた。
 その突き入れられた右腕の上から、金髪の青年が風に髪と服をなびかせながら飛び降りる。

「咲太郎!? どうしてここが!?」

 体を再生させながら、緋沙女は目を見開く。

「新しく知り合った奴に鼻のえらく利くのがいてな」
「そう……じゃあ、仕切り直すわ……」

 そう言って体を霧に変え一旦引こうとした緋沙女だったが、割れた窓から出ようとした体は一メートルも進まぬうちに、何かの力で弾かれマンションに押し戻された。

「何ッ!? 結界!?」

 仮に結界が張られていても、自分であれば陰陽課程度の物ならすり抜けるか、あるいは強引に突破する事が出来る筈だ。
 だが先程、霧となって触れた物はそんなレベルの物では無かった。

「逃げられねぇぜ……なんせ現役バリバリの神様の張った結界だからよ」
「神ですって? 闇の住人である吸血鬼の貴方がどうやって対極にある神と……?」
「へへッ、俺はあんたと違って誰とでも仲良くなれるタイプだからよぉ」
「クッ……以蔵いぞう!! 二人を連れて来て頂戴!!」

 緋紗女が声を上げると、廊下の奥、闇の中から黒髪の少女と黒猫を抱えた黒づくめの男が姿を見せた。

「花、タマ!!」
「咲ちゃん!!」
「ニャーッ!!」
『佳乃ッ!!』
「……お父……だか? ……だからやり過ぎだべ……」

 空をホバリングしながら緑色に光るカメラアイを向ける巨体を見て、花は苦笑しつつため息を吐いた。

「この子達が大切なら一旦引きなさいな」
「チッ、そしたらどうせ雲隠れする気だろうが?」

 睨み合う緋沙女と真咲を横目に以蔵と呼ばれた男が花に尋ねる。

「あの化け物はお前の父親なのか?」
「……んだ。養子だけんども……あれはお父が持ってる一番強いロボットだぁ」
「一番強いか……クククッ、いいぞ、興が乗って来た! 緋紗女、下らん駆け引き等止めろ!」
「以蔵!? あなた何言ってるの!? ここは一旦引いてこちらに有利な条件で……」
「そんなつまらん事は止めだ!! ……俺はアレと死合しあう……」

 そう言うと以蔵は花達を床に投げだし、真咲と緋沙女の間をスタスタと窓際まで歩いた。

「貴様、名前は?」
『ディー……いや、桜井大輔さくらいだいすけだ』
「桜井大輔だな? 俺は岡田以蔵おかだいぞう。一介の人斬りだ、桜井、不躾な願いだが俺と死合うては貰えんか?」
『……いいのかね? 私はこれを降りる気は無いぞ?』
「当然だ!! それに乗った貴様と俺は戦いたいのだ!!」

 桜井はモニターに表示されたスキャン情報を確認し、最上階に動体反応は五つしか無い事を見て取った。

『……承知した。ついて来い』

 あまりの事に即座に対応出来ず、茫然とそれを眺めていた真咲と緋沙女を他所に、以蔵と桜井は上空へと消えていった。

「何なのよ!? どいつもこいつも勝手ばかり!!」
「へへッ、人はそう簡単に思い通りにはならねぇさ」

 緋沙女が桜井達に気を取られている間に、彼女より早く我に帰った真咲は花達に駆け寄り、力を封じている首輪を炎で焼き切りつつ囁く。

「咲ちゃん……やっぱり来てくれただな!!」
「うぅ、酷い目にあったにゃあ……真咲、ありがとだにゃあ!!」

 胸に飛び込んで来た花と、同じく人の姿になって真咲に抱き着いた珠緒を抱き止め、彼はその二つの頭を優しく撫でてやる。

「二人とも無事で良かった……すまねぇがちょっと離れていてくれるか?」
「咲ちゃん、緋沙女とやるつもりなら、オラも戦うだ!」
「にゃッ! 私も牽制ぐらいなら出来るにゃッ!」

「いや、あいつとは俺一人でケリをつけてぇんだ……心配しなくても、俺が負けても大丈夫な様に、結界を張った神さんには上手く治めてくれるよう頼んであるからよ」

 ニヤッと笑った真咲に花は瞳に涙を溜めて、珠緒は思い切り眉根を寄せて言う。

「意地張ってねぇでその神様に頼めばいいだ!!」
「そうだにゃあ!! 何を拘ってるんだにゃッ!!」

「いけ好かない女だが、あいつがいなけりゃお前達にも会えなかったからな……やれるなら自分の手でやりてぇんだ」

「咲ちゃん…………分かっただ……でも負けたら許さねだぞ!」
「花!?…………そうだにゃッ!! 絶対に勝ってもらわないと困るにゃッ!!」

 戦うと言う真咲を認めた花を見て、珠緒も覚悟を決めた様に声を張り上げた。

「……本当にあなた達を見てると仲良しこよしで…………吐き気がするわ」

 そのやり取りを聞いて苛立ちに顔を歪めた緋沙女に、立ち上がった真咲は振り返り告げる。

「腐れ縁に決着をつけようぜ、緋沙女」

 そう言うと真咲は右手の掌の上に真っ赤な血の色に似た炎を灯した。
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