上 下
69 / 73
吸血鬼と恋模様

緋沙女と尾毘芭那

しおりを挟む
 はなは双子のブロンドの吸血鬼、ニアとレアに導かれ緋沙女ひさめがいるという高層マンションを訪れていた。

「最上階に緋沙女様はいらっしゃるわ」
「ここからは君一人で行ってくれる?」
「お前ぇ達は来ねえだか?」

 花の問い掛けにニアとレアは顔を見合わせ苦笑を浮かべた。

「緋沙女様の命令は、君と妙って女の人を連れて来る事だったからね」
「女の人は連れて来られなかったから、私達は失敗したって事になるわ」
「……怒られるのが分かっているのに、わざわざ顔を出したく無いのさ」

「……逃げるつもりだか?」
「雲隠れって言ってよ……暫くほとぼりを冷ますさ」
「……そうだか……んだば達者でな」

 花は二人に微笑み小さく手を振ると、扉の開いたエレベーターへと姿を消した。

「……あの子、少し前に会った時は何処か寂しい感じがしたけど……」
「そうだね……今日は明るいっていうか……強かったね…………行こうか、ニア」
「そうね、レア……」

 ニアとレアは手を繋ぎマンションを出ると、街の雑踏の中へ姿を消した。


■◇■◇■◇■


 エレベーターを降りた花は廊下を歩き、一つしか無い扉の横にあるインターホンを押した。

『開いてるわ』

 インターホンから艶のある女の声が流れた。ドアを開けるとタイル張りの床が続いている。
 床には所々に穴やひび割れ等の傷が付いており、何やらきな臭い出来事があった事を連想させた。
 そんな廊下を通り抜け、匂いを頼りに花は廊下を真っすぐに進んだ。

 突き当りのドア、その奥からは目的の人物の他、よく知る匂いも漏れ出ている。
 花がドアを開き、深い青色の絨毯が敷かれた部屋に足を踏み入れると、一面ガラス張りの部屋の中央に置かれたソファーの上で目的の人物が優雅に足を組んでいた。
 その足元には首輪をされた黒猫が、花の顔を切なそうに見つめている。

「……タマも捕まえただか……オラたちを人質にしてさくちゃんに言う事聞かせる気だな?」
「ええ、咲太郎さくたろうには自分がした事の責任を取ってもらうわ」
「十郎……義経よしつねが作った陰陽おんみょう三課だか?」

「そうよ」
「緋沙女、悪ぃ事しなけりゃ三課なんてどうでもいいべ?」

「良くないわ……これまで人間達は私達の派閥を恐れ、ある程度の事は黙認してきたの、今回の一件でそのルールが崩れた……それは正さないといけないわ」

 緋沙女の言葉を聞いた花は珍しく皮肉げな笑みを浮かべた。

「よく言うだ。悪い事したら怒られるのは当然だべ。今までが変だったんだぁ」
「フフッ、フフフッ……悪い事ねぇ……それって人間が決めた事でしょう? 人間じゃ無い私達には当てはまらないわ」

「人間と一緒に生きてんなら、人間が決めた事には従わないといけねぇべ。決め事を守らねぇで好き勝手やって、都合のいい時だけ利用するなんて、自分勝手にも程があるだ」

「ニャーン!!」

 花の言葉を肯定する様に珠緒たまおがまるで普通の猫の様に鳴いた。

「……タマ、どうして猫みてぇな鳴き方してるだ?」
「フフッ、そもそも猫なんだもの、何にもおかしくないでしょう?」
「タマに何しただ!?」
「あんまり五月蝿いから、喋れない様に首輪を着けてあげたの……これって魔法が掛かっていて、力を封じる事が出来るのよ……フフッ、素敵でしょう?」

 緋沙女はそう言うと、首輪に繋がっていた鎖を左手でグイッと引っ張った。

「ニャッ!? ニャウウン……」

 鎖が引かれた事で喉が締め付けられ、珠緒は首輪に前足を掛け苦しそうに鳴き声を上げる。

「やっ、止めるだ!! 苦しがってるでねぇか!!」
「人の心配をしている場合? あなたにもコレ、プレゼントする予定なんだけど……フフッ、あなたはどんな風に鳴くのかしらねぇ……」

 右手に珠緒の物と同様の首輪を持った緋沙女は、愉快そうにニタニタと笑った。


■◇■◇■◇■


雪枝ゆきえだ君、その後、義手の調子はどうかね?」
「おかげ様で力の調節が難しい以外は何の問題も御座いません……それより先生、吸血鬼に……」

 慎一郎しんいちろうの運転する車で街に向かった真咲まさきは、意識を取り戻した桜井さくらいから連絡を受け、彼と合流していた。
 日も落ちた現在、大型トラックも止められる高速出口のコンビニの駐車場で、彼らはおにぎりを食べながら五人で話している。

「情けない話だが、戦闘中についよそ見をしてしまってね……娘の佳乃よしのが傷を癒す為に私を吸血鬼に……」
「花が……ディー、明日はちゃんと日を浴びろよ」
「分かっている……ただ、この状況下なら都合がいい。完全に吸血鬼にならずとも傷は癒えるのだろう?」

「まあな。でも過信すんなよ。限界を超えて傷付くと灰になるぜ」
「……了解だ」
「それより何だよ、この馬鹿でけぇトラックは?」

 真咲の言葉が示す通り、駐車場には慎一郎が乗って来た高級車の隣に、コンボイタイプのトレーラートラックが横付けされている。

「現状で私が所有している最高の装備を用意して来た」
「……まさか、戦車とかヘリじゃねぇだろうな?」
「そんな小回りの利かない物は使わんよ」

「鬼ぃ、この者が雪枝を治療した医者なのじゃろう?」
「そうだぜ。桜井大輔さくらいだいすけ、コードネームはディーだ」
「ふむ、中々に逞しくて好ましいのう」

 尾毘芭那比売おびはなひめはニヤニヤと笑いながら、ピッタリとしたボディースーツを着た桜井の肉体を視姦している。
 その視線に気付いた桜井は少し気まずそうに、真咲に助けを求める視線を送った。

「はぁ……あんた、ラルフの事が気に入ってたんじゃねぇのかよ?」
「もちろん、らるふは気に入っておる。じゃが桜井も中々に妾好みじゃ……いいじゃろ、別に好きなが何人おろうが……」
「……姫さん、あんた……」

 真咲は自分と同じ主張を口にしたオビハナの手を思わず両手で握っていた。

「何じゃ!? 突然何をするんじゃ!?」
「いや、俺もかねがねそう思っていたから、つい……」
「ぬっ……お主も目移りする派かの?」
「ああ! 世の中、可愛い子が一杯いるからさぁ……選びきれねぇよな!」
「確かにの!」

 笑みを浮かべハイタッチした二人に地の底から響く様な声が掛けられる。

「真咲ぃ……」
「姫様ぁ……」

「すいません!!」
「すまぬのじゃ!!」

 低く怒気のこもった声に真咲とオビハナは即座に謝罪した。

「まったく、これから敵のボスを探そうって時に……」

 桜井と雪枝に叱られた真咲達に慎一郎の呆れた声が浴びせられる。

「フフンッ、それならもう見つけたのじゃ」

 慎一郎の言葉にオビハナは得意気に胸を張る。

「ホントかよ姫さん!?」
「妾の鼻を舐めるで無いわ。ふむ、地図はあるか?」
「ああ」

 真咲はスマホを取り出し地図アプリを立ち上げた。

「鬼の小僧の記憶から見るに、緋沙女という女は、常に人の裏をかく事を考えて動いている様じゃ……それを加味して考えれば……ここが今いる場所かの?」
「ああ……」
「もっと広く出来るかや?」
「広くだな……」

 真咲はオビハナが覗き込んだスマホに指を沿わせ、地図の表示を広域に変える。

「ほぉ……便利じゃのぉ……ふむ、恐らくここじゃ。方角と距離から鑑みるに、ここから強い血の臭いを感じるのじゃ」
「ここって……」
「お主ら、この建物でなんぞやったじゃろう?」

 オビハナは真咲と桜井に視線を送りながらニヤッと笑った。
 オビハナが指差した場所、それは以前、真咲と桜井が乗り込んだ場所、義経よしつねがアジトに使っていたマンションだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇帝癒し人~殺される覚悟で来たのに溺愛されています~

碧野葉菜
キャラ文芸
人を癒す力で国を存続させてきた小さな民族、ユニ。成長しても力が発動しないピケは、ある日、冷徹と名高い壮国の皇帝、蒼豪龍(ツアンハウロン)の元に派遣されることになる。 本当のことがバレたら、絶対に殺される――。 そう思い、力がないことを隠して生活を始めるピケだが、なぜか豪龍に気に入られしまい――? 噂と違う優しさを見せる豪龍に、次第に惹かれていくピケは、やがて病か傷かもわからない、不可解な痣の謎に迫っていく。 ちょっぴり謎や策謀を織り込んだ、中華風恋愛ファンタジー。

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

裸の王様社会🌟

鏡子 (きょうこ)
エッセイ・ノンフィクション
そんなつもりじゃなかったのに、こんな展開になっちゃいました。 普通の主婦が、ネットでサイバー被害にあい、相手を突き止めようとしたら、C I Aにたどり着きました。 レオナルド・ダ・ヴィンチの魂(原告)による訴えをもとに、神様に指示を受けながら、サイバー被害の探偵をします。 ◎詳細 『真理の扉を開く時』の件は、解決しました。 妨害ではなかったようです。 お騒がせしました。 って書いた後、色々な問題が発生… やっぱり、妨害だったかも? 折角なので、ネットを通じて体験した不可思議なことを綴ります。 綴っている途中、嫌がらせに合いました。 そのことが、功を奏し、アイルワースのモナ・リザが ルーブルのモナ・リザ盗難時の贋作であるとの、証拠が掴めました。 2019.5.8 エッセイ→ミステリー部門に、登録し直しました。 タイトルは、「こちらアルファ“ポリス”サイバー犯罪捜査官」にしました。 ↓↓↓↓ 2019.5.19 「普通のおばさんが、C I Aに目をつけられてしまいました」に、 タイトル変更しました。 ↓↓↓↓ 2019.5.22 度々のタイトル変更、すみません。 タイトルを 「こちらアルファ“ポリス”裸の王様社会のあり方を見直す」にしました。 ◎ 2021.01.24 カテゴリーを、経済・企業から、ミステリーに変更します。

泣き虫の幼馴染がヤンデレ拗らせ魔王化したのって私のせい?~その溺愛は致死量では?~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「じゃあコンハクカイショウしたら、セレナは僕のお嫁さんになってくれる?」 「私の婚約解消時に、ルーファの好きな人が変わってなければ……いいよ」  遠い昔の約束。  王家との期限付きの婚約をした天使族のセレナーデ。  前世の記憶を持つセレナーデは、いずれ来る王太子との婚約破棄に希望を持ちながら王宮で王妃教育や政務をこなしていた。  幼馴染ルシュファとの約束は五年前に絶たれてしまったけれど、それでも魔法のあるファンタジックな世界を楽しみたいと気持ちを切り替えていた。だがいざ婚約破棄となった途端、王家がセレナーデを手放したくないと強権を発動させる。  側室になるよう強要するが、そんな空気を打ち破って王太子を吹き飛ばしたのは漆黒の甲冑に身を包んだ幼馴染であり、魔王化したルシュファだった。  パーティーに参加していた皇帝と法王が魔王化したルシュファに敵対するが──誰彼も一癖も二癖もあり、セレナーデを狙う目的があった。  ドタバタラブコメ×泣き虫溺愛ヤンデレ魔王

神様はラノベ作家を目指すようです。

智恵 理侘
キャラ文芸
 忍野浩太郎(おしのこうたろう)は、ある日本屋で妙な少女と出会った。  ラノベについて話は盛り上がり、「実際に見てみたい」と、少女は言う。  その時は何の事か解らなかった浩太郎だが、翌日――唯一の男友達は女友達に、冴えない牛乳瓶の似合うチビの幼馴染は長身の美少女になり、彼の日常は徐々に変わっていった。

【ショートショート】雨のおはなし

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

虐げられた臆病令嬢は甘え上手な王弟殿下の求愛が信じられない

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「オリビア・クリフォード子爵令嬢。おめでとうございます。竜魔王の生贄に選ばれました!」亡国の令嬢オリビアは隣国のエレジア国に保護され、王太子クリストファと婚約者を結んでいたが、叔父夫婦に虐げられ奴隷のように働かされていた。仕事の目途が付きそうになった矢先、突如グラシェ国の竜魔王の生贄として放り出されてしまう。死を覚悟してグラシェ国に赴いたのだが、そこで待っていたのは竜魔王代行、王弟セドリックだった。出会った瞬間に熱烈な求婚、さらに城の総出で歓迎ムードに。困惑するオリビアは、グラシェ国の使用人や侍女、城の者たちの優しさに裏があるのではないかと警戒するのだが、セドリックの溺愛ぶりに少しずつ心を開いていく。そんな中、エレジア国はオリビアの有能さに気付き、取り戻せないか画策するのだが。 これは「誰からも愛されていない」と絶望しかけた令嬢が、甘え上手の王弟に愛されまくって幸せになるまでのお話。 ※甘々展開のハッピーエンドです(糖分高めミルクティーにハチミツたっぷり+お砂糖五杯ぐらい)。※ざまあ要素在り。※全26話想定(一話分の文章量が多いので話数を修正しました)。※R15は保険です。 《主な登場人物》 オリビア(19) フィデス王国(亡国)の令嬢。エレジア国クリストファ殿下と婚約。 付与魔法と錬金術が使える。 クリストファ  エレジア国王太子 オリビアと婚約をしていた。 セドリック  グラシェ国竜魔王代行、王弟。オリビアに求愛。  オリビア<<<<<<<<<<<<セドリック 聖女エレノア  エレジア国の聖女。異世界の知識がある?

ナナシ荘の料理係

天原カナ
キャラ文芸
 住み込みバイトをしている大学生の佐々木田篁四郎(こうしろう)はある日、バイト先の閉店に伴って家も働き先も失ってしまう。  そんな中、偶然出会った潤子に「ナナシ荘」で働かないかと勧められる。  ナナシ荘で住み込みでバイトをすることになった篁四郎はそこに住む男性シンとタツキ、そして潤子と暮らすことになる。  そこで「ナナシ」というのは人間でも妖怪でもない分類できない能力を持つ存在のことで、潤子たちも「ナナシ」だと知らされる。  「ナナシ荘」は彼ら「ナナシ」の集まるシェアハウスだった。  彼らの料理係として雇われた篁四郎は「ナナシ」たちのことを一つずつ知っていくのだった。

処理中です...