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吸血鬼と恋模様

雪女の二人の子

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 ドイツ行きの飛行機に乗り込んだラルフは、ようやく帰れると座席に座りふぅと息を吐いた。
 日本では疫病により閉じ込められ、結果、自身も罹患し人間を襲いそうになる等、トラブル続きだった。
 その事で日本に対する印象は悪くなったが、最終的には真咲まさき達のおかげで良いイメージを持てたと思う。

 どの国にも気の合う人間もいれば、相容れない者もいる。
 当たり前の事だが、酷い目に遭うとつい国全体がいけ好かない者の集合体だと考えてしまう。
 そんな事がある筈も無いのに……。

 ラルフがそんな事を考えている間に機体は離陸し高度を上げていく。

「次に来るのはいつになりますかね……」
「お前に次は無い」

 独り言に返事が返って来た事で思わずそちらに視線を向ける。
 彼の座った席の左隣、顔にタトゥーの入った黒髪の少年が無表情にラルフを見つめていた。
 少年を見返したラルフはスンッと鼻を鳴らし眉を顰めた。

「確かあなたははなさんの……」
「お前には他の乗客もろとも墜落してくたばってもらう。そういうシナリオだ」

 少年は感情を感じさせない平坦な口調でそう囁くと、座っていた座席の横、窓に向かってラルフに視線を向けたまま手を翳した。
 ラルフが制止する間も無く、少年の手から噴き出した血が真っ赤な刃に変わり窓に突き立てられる。

「なっ!?」

 驚きの声を上げたラルフを見つめながら少年は躊躇なく窓から刃を引き抜いた。
 窓が吹き飛び機内の気圧が一気に下がり、天井から酸素マスクが落ちて来る。

「クッ、何という事を!?」

 機体が揺れ悲鳴と騒めきが起きる中、ラルフは少年の首を掴み締め上げた。
 それでも少年は更に刃を伸ばし別の窓も割ろうと藻掻く。
 このまま次々と窓を割られれば、機体はバランスを崩し本当に墜落してしまうだろう。
 そう考えたラルフは少年の首を締め上げたまま、座席から立ち上がった。

 右隣りに座っていたビジネスマンらしき男が、そんな少年とラルフの行動に目を丸くしている。

「申し訳ない、通していただけますか?」

 ビジネスマンはブンブンと首を縦に振り、揺れる機内で床に這いつくばりラルフに道を開けた。

「お客様!? 何をするおつもりですか!? 危険です!! その方を放して席にお戻り下さい!!」

 機体の揺れをもろともせず、少年の首を締め上げながら引きずるラルフに、キャビンアテンダントの一人が震える声でそう叫ぶ。

「申し訳ありません。少々トラブルが起きましたので、ここで降りようと思います。これからドアを開けますから、機長には空港に戻るよう伝えて頂けますか?」
「降りる!? 何を言っているんですか!? 既に投機は一万フィート、地上約三千メートルを飛行しているんですよ!?」

 ラルフの前で座席の背もたれを掴み、眉根を寄せたキャビンアテンダントに優しい微笑みを向け、そっと彼女の右肩を押し道を開けさせた。
 そのまま通路を進み、搭乗口の前に立ったラルフは閉ざされたドアに思い切り拳を打ち付ける。
 轟音と共にドアが弾け飛び先程よりも激しく機体が揺れ、悲鳴が上がる。

「お騒がせして申し訳ありませんでした」

 ラルフはそれだけ言うと、首を締め上げられてもなお抵抗を続ける少年を抱え、白く雪に覆われた山の上を飛ぶ旅客機から虚空に身を躍らせた。


 ■◇■◇■◇■


 緋紗女ひさめが去った後、真咲は思いつく限りの知り合いにメールを送り襲撃の可能性を示唆しさした。
 珠緒たまおの店には雷神の響子きょうこと蛇神の巳郎しろうがいるので、緋沙女の部下に襲われても撃退出来るだろう。
 だが、梨珠りじゅ拓海たくみ達は普通の人間だ。襲われれば一溜ひとたまりもない筈だ。

 真咲一人では守れる数には限界がある。そう結論付けた彼はスマホの電話帳から陰陽課おんみょうか木船正太郎きふねしょうたろうの名前をタップした。
 数コールで正太郎の声が真咲の鼓膜を揺らす。

『何の用だ?』
「すまねぇが手を貸して欲しい。緋沙女って吸血鬼が俺の仲間を狙ってる……俺一人じゃどうにも守り切れねぇ……頼む」

『緋沙女……氷雨栞子ひさめしおりこか?』
「ああ……」

『……確か吸血鬼の派閥の一つ、赤月せきげつの牙の幹部の一人だな……保護対象者のリストを送れ、人員を派遣する』
「やってくれんのか!?」

 電話口の正太郎は真咲の言葉を鼻で笑った。

『フッ、当然だろう? 言っておくが貴様の依頼だからでは無いぞ。市民を守るのは警官として当たり前の事だからだ』
「……恩に着るよ」
『だから貴様の為では無いと言っている!! さっさとリストを送れ!!』
「分かった! あんがとな正太郎!!」
『貴様の為では無いと何度もい』

 正太郎が苛立ちの言葉を言い切る前に真咲は電話を切り、保護対象者の名前と住所を纏めた物をメールに添付して正太郎へと送った。
 その後、不安そうに真咲の前に座っていたはなたえに目を向ける。

さくちゃん、皆は大丈夫だか?」
「ああ、正太郎に応援を頼んだ」
「正太郎……あの陰陽課の刑事じゃな……それならば少しは安心出来るの……」

「俺は二人をディーの屋敷に送ってからラルフを探しに行く。あの屋敷なら大丈夫だと思うが、二人とも気を付けてくれ」
「任せておけ、儂は死のうと思うても死ねぬ女じゃ、花は儂が必ず守ってやろうぞ」
「妙……よろしく頼む……」

 真咲の言葉に妙は無言で頷きを返した。


 ■◇■◇■◇■


 真咲は花達を桜井に預け、ラルフが飛び降りたであろう場所へ羽根を使い飛んだ。
 旅客機は既に空港へ戻っており、テレビ、ネットでは何が起きたのか様々な報道がなされている。
 その中には旅客機の飛んだコースと事件の起きた時間が描かれた物もあった。
 恐らく乗務員への取材によって判明した事をマスコミが描き起こしたのだろう。

 情報を元に真咲は男性二人が飛び降りたとされる場所へと急ぐ。
 そんな真咲の前に十名程の赤い目の者達が立ちふさがった。

「……てめぇら……」
咲太郎さくたろう、いい加減、我らの派閥に加われ。そうすればこれ以上犠牲は出さん、まぁ義経よしつね達は別だがな」

 そう言って集団の中央から、リーダーらしき二十代前後の、長い黒髪を風になびかせた若い男が進み出た。
 男は黒いロングコートを纏い、腰には矢筒を下げ左手には和弓を持っている。
 そのコートの背中部分を突き破って生やした羽根を羽ばたかせながら、彼は真咲に射抜く様な視線を送っている。

 高そうなコートを駄目にするたぁ、相変わらず羽振りが良さそうだねぇ。
 上着を抱えた真咲はそんな事を思いながら男に言葉を返す。

「御免だね。大体、脅迫して仲間にした所で、いつ寝首を掻かれるか分かんねぇだろうに……何でそこまでする?」
「それはひとえに貴様の力が強大だからだ……なぜその力を同胞の為に……親である緋沙女様の為に使おうとせん?」
「同胞? 親? 元々俺たちゃ人から生まれたただの人間だろうが、そうだろ、紫法丸しほうまる?」

 紫法丸と呼ばれた長髪の男は真咲の言葉に顔を歪める。

「私同様、緋沙女様に拾われたのに何故、お前は緋沙女様に逆らうのだ? 人間は我らを生かす糧であり、同胞の候補を生み出す土壌にすぎぬ……そう教わった筈だろう?」

「ああ、あの教えね。馬鹿馬鹿しい、吸血鬼なんて人の血がねぇと力も使えねぇ、いわば寄生虫じゃねぇか? なのに何で上から目線でもの言ってんだか?」

「…………どうしても派閥に加わる気は無いのだな?」
「昔からそう言ってるだろうが」

 その真咲の答えを聞いた紫法丸の腕が水平に上がり、それを合図に彼の引き連れた部下達が真咲を取り囲むように周囲を固めた。

「……昔から貴様が気に入らなかった。緋沙女様を敬愛し力の限り尽くしているのは、この私なのに……あの方はいつもお前の事ばかり……良い機会だ……この場で八つ裂きにして、その灰をあの方に届けるとしよう」

「ハッ、てめぇにそれが出来んのかよ?」
「舐めるな!!」

 紫法丸は真咲に向かって両手を突き出す、すると彼の手から噴き出した血が二つの人型に変化した。
 片方は牛の頭を持つ鬼、もう片方は馬の頭を持つ鬼が形作られる。

牛頭ごず馬頭めずか……相変わらず人に頼りてぇみたいだなぁ?」
「黙れ!!」

 吸血鬼の発現する力、それは心に深く刻み込まれた記憶に左右される。
 真咲の場合は大火に焼かれた都、そして燃えた家と焼け死んだ両親や兄妹の記憶がそれにあたる。
 忘れたいのに忘れられない心の傷、それが彼の力の源となったのだ。

 紫法丸の力、彼の力もその記憶に起因していた。
 貴族の子弟だった彼は屈強な男達に守られて育った。だが都を焼いた大火は彼を守った者達を容赦なく焼いた。
 失われた庇護、それを彼は求め続けた。結果として紫法丸の力は鬼を凌駕する力を持つ影達を呼ぶ物となった。

「そんな用心棒じゃ俺はやれねぇ……ダチを探さねぇといけねぇんだ。火傷したくなきゃあ、今すぐそこを退け」
「退かぬ、貴様の灰を緋沙女様に届けるのだ!!」
「退けって言ってんだろッ!!」

 言葉と共に炎が真咲の体から噴き出し爆発する様に広がった。
 その広がった紅蓮の光は前に進み出ていた紫法丸のみならず、遠巻きに真咲を取り囲んだ吸血鬼達も飲み込んだ。
 吸血鬼達は火炎に巻かれ一瞬で炭化し、紫法丸が作り出した影も蒸発する様に消えた。しかし紫法丸だけは真咲の炎を浴びながらも健在だった。

「何だと!?」

 血で体の半分を補っている所から見て全くの無傷では無いようだが、彼が炎に耐えた事実に真咲は驚きの声を上げた。
 そんな真咲に、血で作り出した右手で矢を番えた紫法丸が叫ぶ。

「緋沙女様にご助力頂いたのだ!! 氷漬けになるがいい!!」

 叫びと共に放たれた矢の先端部分には真っ赤な氷の矢じりが付けられていた。

「チッ、あのクソ女」

 真咲は舌打ちして向かって来る矢に炎を浴びせた。だが矢じりから噴き出した吹雪が炎を切り裂きそれを無効化していく。
 どうやら先程の炎を防いだのはあの矢じりの力だったようだ。そう気づいた時には放たれた矢は真咲の心臓を捉えていた。

 矢は貫通する事無く体内に残り、体の中で雪と風を撒き散らす。
 気付けば真咲の体を覆っていた炎は消え、胸を中心に血の混じった氷が全身を覆いつつあった。

「ちく……しょう……」

 氷が羽ばたきを阻害し真咲は氷漬けにされたまま眼下の森へと墜落していく。
 それを追おうとした紫法丸だったが、流石に体の半分を持っていかれた事での消耗が激しく、これ以上行動し続ける事は出来そうに無かった。

「クッ……回復し次第……粉々に……砕いて……灰に……して……や」

 そこまで言って限界を迎えた紫法丸も真咲同様、森の中へと落ちて行った。
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