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不老不死と少年の恋

不死という名の苦痛

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 自家製だという酒とたえが作った肴を摘みながら、真咲まさきは彼女に乞われるまま離れていた間に起きた事を話し続け、やがて話し疲れ眠りに落ちた。
 そんな真咲を布団まで運んでやった妙は彼の寝顔を見て思う。

 この変わり者の吸血鬼とは随分長い付き合いになる。
 最初は水死を試みようとしている所を助けられた、それから何度も死ぬ事を試みた自分を真咲は諫め慰めてくれた。
 たまに会い話をする……それだけの関係だが、何百年も付き合いの続く関係性を壊すのが怖くて、それ以上になる事が妙には出来なかった。

 女好きの真咲が妙には手を出そうとしないのも、もしかしたら同じ理由かもしれない。

咲太郎さくたろう……お主はつらく無いのか? ……愛した者が自分を残し去っていくのが……」

 そう言ってそっと真咲の頭を撫でると、彼女は自室へと去って行った。

「……別れは辛いさ……でもよぉ……誰かと出会って過ごした時間と思い出は、俺にとっちゃあ宝物なんだよ……それにはあんたもふくまれてんだぜ……妙……」

 妙が去った部屋で真咲は小さく呟くと少し笑って静かに目を閉じた。


 ■◇■◇■◇■


 翌日、人魚を抱え、妙と共に山を下りた真咲は都心を目指し高速を走っていた。
 人魚は藁で編んだむしろに巻かれワンボックスカーの後部に置かれている。

 真咲は妙が家の奥から持ち出してきた人魚を筵をめくって確認したのだが、彼女は以前見た時と同様、まるで生きている様だった……不老不死を授けるという人魚……彼女たちも精神の死はあってもその肉体は時間の枠の外にあるのかもしれない。

 そんな事を考えつつ妙に話しかける。

「ずっとあそこにいたのか?」
「ここ百年程はそうじゃ……人除けの結界のおかげで静かに暮らせたわい」
「……昨日も聞いたが街で暮らす気は無いのか?」

「一日があっという間に過ぎると言うたじゃろう……都会の速さには儂は付いてゆけぬよ」
「そうか……まぁ気が変わったら訪ねてこいよ。はなやタマも喜ぶだろうしよ」
「花にタマか……懐かしいの」

 そう言って微笑みを浮かべた妙を見て、真咲も優しく微笑んだ。

 そうこうしている内に二人の乗った車は高速を降り、佐藤の待つ高級ホテルへと辿り着いた。
 昨日とは違いフロントで部屋番号を告げ佐藤さとうに来訪を告げてもらう。
 程なくホテルマンの一人が、筵を抱えた二人を佐藤の部屋まで案内してくれた。

 ホテルマンは二人の抱えた筵を見て、一瞬眉を動かしたが何も言わず、何も聞かなかった。
 想像だがオークションの主宰者である佐藤の下には、こんな風に荷物を抱えた客がよく訪れるのだろう。

 ホテルマンがコンコンとドアをノックし、真咲達を案内して来た事を告げると中から通してくれと返事が帰って来た。
 ホテルマンが開けたドアを通り部屋に入ると、昨日と同じくバスローブ姿の佐藤が二人を出迎えた。

「早かったな木村きむら
「まあな、それじゃあ早速見てもらおうか?」
「待て、その前にその女は誰だ?」

「……儂は妙、この人魚の管理者じゃ」
「管理者……よく手放す気になったな」
「若い人魚の命が懸かっていると聞いたんでの」

 妙の言葉を聞いた佐藤は鼻から息を吐きながら苦笑を浮かべた。

「随分とお優しい事だ……まぁいい、見せてくれ」
「へいへい、妙、床に降ろすぞ」
「分かった」

 筵を床に降ろし、筵同様、藁で編まれた紐を解き人魚の体を露わにする。

「ほほう……聞いていた通り欠けはあるが、立派な品だな」

 ソファーから立ち上がり人魚を見た佐藤は満足気な笑みを浮かべた。
 その様子を見た真咲は上手く行きそうだと微笑む。

「それじゃあ、出品者と交渉してくれるか?」
「……それなんだが……」
「なんだよ? まさか、この人魚じゃ駄目だって言うんじゃねぇだろうな!?」

「いや、私としては文句は無い……ただ、出品者がオークションに出したくないとごね始めてな」
「はぁ? 何だよ、どういう事だよ?」
「管理している内に渡したく無くなったそうだ……多少、手荒な手を使おうとしたんだが、止めないと人魚と一緒に死ぬと言い出してな……」

 佐藤は肩を竦めお手上げといった様子で苦笑した。
 その後、ソファーに座り直し、テーブルの上のグラスにワインクーラーに入った白ワインを注ぐ。

「君に交渉すると言った手前、こちらとしても困っているのだよ」
「……そいつの居場所を教えろ」
「直接交渉するのか? 奴は下手に手を出せば人魚もろとも焼け死ぬ気だぞ?」
「そんな事はさせねぇよ……どこにいる?」
「ふむ…………住所は…………ここだ」

 佐藤はテーブルの上にあったメモにサラサラと住所を書き止め、それを真咲に差し出した。

「出品者は上田うえだという三十代の成金の若造だ」
「随分簡単に教えてくれたが……いいのか? 信用に関わるんじゃ無かったのか?」
「あの若造は契約を破った、もう客でも何でもない」

「ドライだねぇ……」
「俺は出品する人魚が手に入りさえすればいい……それより済まんな、押し付ける形になって……今回の借りは何か別の形で返すとしよう」
「アンタ、意外と悪い奴じゃ無さそうだな?」

 そう言って笑った真咲に佐藤は皮肉げな笑みを返した。

「この商売、義理を欠いちゃおしまいなんでな……」
「知っているかもしれんが……人魚を食べても全ての者が不老不死になる訳ではない……一応、客にも伝えておけ」
「分かってる。それでも人間って奴は自分はなれるって思ってしまう生き物だ……だからこんな商売が成り立っているのさ」

 忠告をした妙に佐藤は、鼠に似たその顔にニタリとした笑み浮かべ答えた。


 ■◇■◇■◇■


 佐藤に人魚を渡し、ホテルを出た真咲と妙は車で渡された住所、上田がいるという海辺近くの一軒家へ向かった。
 場所は駿しゅん翡翠ひすいと会っていた岬の近く、もしかしたら上田は二人の姿を見たのかもしれない。

「気味の悪い男だったの……」
「佐藤の事か?」
「そうじゃ……アレはなんというか、ただの商売人では無いと感じた……」

「へぇ、女の勘はやっぱ凄ぇな……あいつは多分悪魔だよ」
「悪魔? 比喩では無く、本物のかえ?」

「ああ……永遠の命といやぁ人間の夢の一つだが、そうなった俺達からすりゃあ終わりの無い生は苦痛だろ? あいつはそれを分かってて客に人魚を売ろうとしてる……悪魔らしいやり口だぜ」

 悪魔……そう呟いて妙は考える。競売で肉を口にした者の何人かは不老不死を手に入れるだろう……そして最初の数十年……まぁ人によるのだろうが、ともかく最初は喜び、やがて死なない体にうんざりする筈だ……その内、生きる事が苦痛になってくる……佐藤が悪魔ならそんな者の苦痛を喰らう事が目的かもしれない。

 絶対に死なない者が出す苦痛の感情、悪魔にとってそれは永遠に舐めれる飴玉ではないだろうか……。

「着いたぞ」

 妙の思考は真咲の声で断ち切られた。視線を巡らすとそこには高い塀に囲まれた大きな家が建っている。
 その周囲からは海の近くという事もあるのだろうか、潮の匂いに混じり魚の腐敗臭に似た臭いが漂っていた。
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