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第九章 錬金術師とパラサイト

生存者

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 男を施設の敷地に埋葬した後、健太郎けんたろう達は本格的に施設の探索を開始した。
 寄生された者は最初に出会った男の様に、全身に粘菌を纏わせた状態の者もいれば、遺体安置所で見た男の様に首の後ろから粘菌が盛り上がっている状態の者もいた。
 ただ、どちらも脳まで根が伸びており、健太郎の能力では助ける事は出来なかった。
 そうして探索を続ける内、ようやく健太郎達は会話の出来る者と出会う。

 一階の左奥、食堂の隣の食料庫に健太郎が生態反応を見つけ、その鍵のかかったドアをパムがこじ開ける。

「ヒッ……」

 小さな悲鳴がドアを開けると同時に聞こえて来た。
 食料庫は薄暗く肌寒かった。部屋の中には食材だろう果物や野菜のほか、小麦の袋や木箱が大量に積まれている。
 ミラルダはその部屋の中へそっと声を掛ける。

「大丈夫かい? あたし等は依頼を受けてこの施設に来たんだけど……」
「……依頼? あなた、外から来たんですかッ!?」
「まあね」
「だったらお願いッ!! 私をここから連れ出してッ!!」



 食料庫内に積まれた木箱の影に隠れていた女は掛けられた声を聞いて飛び出すと、その声の主であるミラルダに縋りつき叫んだ。
 恐らく二十前後だろう、白い服に黒いズボンの金髪を短く刈り込んだ女性は緑の瞳を潤ませていた。
 服装から見るに食堂のスタッフだと思われる興奮状態の女性の肩を掴み、ミラルダは潤んだ瞳に視線を合わせた。

「落ち着いて聞いておくれ……連れ出してもいいけど対岸のベントもここと同じ、いやそれよりも酷い状況なんだ」
「ベントも!? ……そんな……」

 呆然とした彼女にミラルダは笑みを浮かべ続ける。

「あたし等はさっきも言ったけど、国の依頼でここにあるモノを探しにきたんだ。それがあれば、あの寄生生物を体から排除出来る」

 国の依頼、その国とはラーグでオルニアルでは無いが、女性をこれ以上混乱させない為にミラルダは詳細な説明は省いた。

「本当ッ!?」

 絶望の中に希望を見出した女性の顔に生気が戻る。

「ああ、状態が進行すると助けるのは難しいけど、初期なら助かるって薬を作れる奴は言ってたよ」
「……じゃあ、ここのみんなを助けるのは……」
「すまないねぇ……」

 再度ガックリと肩を落とした女性にミラルダは視線を逸らしながら呟いた。

「……いいえ……それである物って……?」
「その前に、あたしゃミラルダ、半獣人の魔法使いさ。それでその青いゴーレムがミシマ、ゴーレムだけどあたし達の仲間だから安心しておくれ」
「コホーッ!!」

 三嶋健太郎、二十四歳の元ホームレスで今はロボットだよッ!!

 ギュッと、親指を立てた手を突き出した健太郎を見て、女性はビクッと体を震わせた後、おもむろに口を開いた。

「あの……フィル・カランです。コック見習いをしています」
「フィルだね。残りの仲間を紹介しとくね。獣人のギャガン」
「豹人族のギャガンだ。よろしくな」
「あ、はい……よろしくお願いします」

 フィルは見慣れない獣人に少し気後れしながら返事を返した。

「あと魔人のグリゼルダ」
「グリゼルダだ。怪我をしているなら言ってくれ、治癒魔法を掛けよう。それと確認だが、奴らに噛まれてはいないだろうな?」
「かっ、噛まれてはいませんッ! みんながおかしくなってから、ずっとここに隠れていたので……」

 倉庫には果物の他、瓶詰の飲み物も見られたので、恐らくそれで渇きを癒していたのだろう。

「そうか……」
「……えっと、最後は盗賊シーフのパム」
「パムだよ。よろしくねッ!」
「……子供?」
「わたしは子供じゃないよッ、ハーフリングはこれで大人なんだからッ!」
「あっ、すいません……よろしくお願いします」

 一通り自己紹介を終えた一行は、取り敢えず探索を終えた食堂に移動しフィルから話を聞く事にした。
 食堂はロビーと同じく板張りの床に長テーブルと椅子が置かれ、奥にはフィルが働いていたであろう厨房が見える。
 その食堂の一角に陣取り、健太郎達はフィルに話を促した。

「……突然、働いていた研究員の一人が暴れ出して……その時は何人かが噛まれて、暴れた研究員は警備員の人が押さえ込んでだんです。噛まれた人はみんな治療を受けて……それから暴れた研究員さんが本土に送られて……そんな事があった何日か後、今度は噛まれた人達が暴れだして……私は危ないから料理長が倉庫に隠れろって……」

 フィルはポツリポツリと施設で起こった事を話した。

「何度か倉庫から出ようと思ったけど……そのたび、何処かから獣の鳴き声みたいな物が聞こえてきて……覗いたら緑の怪物が廊下を……急いでドアを閉めたけど、私怖くて……」
「ふむ……最初に暴れた研究員は生きて中央に送られたんだな?」
「はい……よく分からないですけど、動けない様な服を着せられてたみたいです。それで担架に乗せられて……」
「拘束具を着せ移送したのか……なるほど、オルニアル国内での広がりはそれが原因か……」
「オルニアル国内ッ!? あれは国全体に広がってるんですかッ!?」

 フィルは眉を寄せ目を見開いた。

「ああ、でもここにある筈の寄生体のオリジナルがあれば、さっき言った様に薬が作れる。それでフィル、あんたオリジナルの在処に心当たりはないかねぇ?」
「オリジナル……私はさっき話した通り、コック見習いなので研究については…………でも、重要な物なら地下にあると思います」
「地下? ここは地下もあるのかい? 階段とかは見当たらなかったけど……」
「はい、詳しくは知らないんですけど、一度、所長達が一階にある鉄の扉を開けて、その先の階段を降りて行くのを見ました」
「あれかぁ……確かに扉はあったけど、わたしじゃ開けられなかったんだよねぇ」

 パムの言葉通り健太郎達も扉の存在は確認していたが、他のフロアの探索を優先しそちらにはまだ手を付けてはいなかった。
 健太郎やギャガンなら破壊出来ただろうが、寄生された者が溢れたり、逆にフィルの様な生存者が中に籠っていた場合を考え後回しにしていたのだ。

「んじゃ、次はその扉の先だな」
「あの、私はどうすれば……?」
「一応、施設内の寄生者は排除したが……また倉庫に籠ってもらうのは……」

 そう言ってグリゼルダがフィルに目を向けると、彼女は眉を寄せ瞳を潤ませながらフルフルと首を振った。

「一人で籠るのは嫌か……」
「かと言って二手に別れるってのは、あんましたくねぇな」
「だねだね。わたし達も噛まれてすぐならミシマが治してくれるだろうけど……」
「コホーッ」

 連れて行こう。ようやく見つけた生存者だ。死なす訳にはいかない。

「……そうだね……フィル、あたし達と一緒に来ると危険かも知れないけど……」
「構いませんッ!! もう一人で怯えているのは絶対に嫌ですッ!!」

 余程、恐ろしかったのだろう。フィルは必死で訴えた。

「了解だよ。それじゃあ、フィル。一緒に行こうか?」
「はっ、はいッ!! よろしくお願いしますッ!!」

 両手を握り締め、瞳一杯に涙を溜めたフィルは何度も強く頷いた。
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