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第九章 錬金術師とパラサイト

公爵の依頼

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 ミラルダの師匠レベッカに暗い森の奥にある不気味な小屋にいざなわれ、大鍋で煮込まれる夢を見た健太郎けんたろうはその日、精神的な疲労を感じながら目を覚ました。

 うー、最悪だ……。

 ヒーッヒッヒッ、そんな笑い声を上げながら黒い大鍋で健太郎を煮込むレベッカ。
 そんな悪夢でうなされた彼は重い頭を振りながらリビングへ顔を出した。
 そこには食事を終えたミラルダ達の他、パムの姿もあった。

「おはよう、ミシマ。今日は珍しく遅かったじゃないか?」
「コホーッ」

 ちょっと嫌な夢を見ちゃって……その夢から抜け出せ無かったんだ。

 ミラルダに返事をしながら健太郎はリビングのソファーに腰を下ろす。

「嫌な夢ねぇ……まっ、悪夢はいい事の裏返しっていうから気にする事ないさ」
「悪夢か……伯爵の呼び出しが悪いモノじゃなけりゃいいが……」
「ふむ、アーデンでは貴族に逆らう形で逃げ出して来たからな」
「うぅ、ホントにわたしも一緒に行くの?」

 アドルフの使いが指名したのはミスラの件に関わった者という事だった。
 ならばあの時、一緒にいたパムも含まれる。
 ミラルダはそう考え宿屋にいたパムにも声を掛けていた。

「パムもあの件じゃ牢屋に入れられたんだろう?」
「まぁ、そうだけど……」
「じゃあ十分関係者だからねぇ……大丈夫さ、伯爵様はミスラみたいな理不尽な人じゃないから」
「ホントかなぁ……」
「コホー……」

 確かに角刈りおじさんは道理を通す人だけど……。

 健太郎がアドルフが会わせたい人というのに、一抹の不安を不安を感じていると玄関のドアがノックされた。
 はいはーい、そう言いながらミラルダが玄関に向かいドアを開けると城からの使いが馬車で迎えに来ていた。

「準備はよろしいですか?」
「はい、こちらはいつでも」
「では馬車にお乗り下さい。城までお送りいたします」
「分かりました。それじゃみんな、行くとしようか」

 ミラルダの言葉にそれぞれが返事を返し、健太郎達は腰を上げ馬車へと乗り込んだ。
 その馬車の中で健太郎は昨夜、レベッカに言われた専属についての忠告をミラルダ達と共有した。


■◇■◇■◇■


 アドルフの城に馬車に揺られ到着した健太郎達は、いつもの執務室では無く応接室へと通された。
 応接室は旅館の部屋の様な作りで上がり框の向こうに畳が敷かれ、開かれた障子の先、縁側から城の庭が見えた。
 十畳のその部屋の真ん中には背の低い木製のテーブルが置かれ、奥側の座布団の上に着流しの金髪角刈りおじさんアドルフと、青い軍服を着た銀髪オールバックの口髭のおじさんが胡坐を掻いている。

「よく来たな。取り敢えず座ってくれ」

 アドルフに促された一行は靴を脱ぎ座敷へと上がり、健太郎だけは用意された水の張られた桶とタオルで足を拭いて一行に続いた。
 全員が用意された座布団に腰を下ろした所で、アドルフがおもむろに口を開く。

「今日来てもらったのはダチの頼みをお前ぇらに聞いてほしいからだ」
「ダチ?」
「ああ、コイツはガッド。公爵でお前らに迷惑かけたミスラの親父なんだが……」

 ギャガンの言葉でアドルフがそう言って隣に座っていた銀髪オールバックおじさんに視線を送ると、彼は健太郎達に頭を下げた。



「ガッド・ブラックウッドだ。今回は娘が迷惑をお掛けした様で誠に申し訳ない。この通り、娘に代わり謝罪申し上げる、すまなかった」

 ガッドは健太郎達に頭を下げ謝罪の言葉を口にした。

「話はコイツから聞いた。なんでも魔法具でミラルダを操って、ミシマに言う事聞かせようとしたそうじゃねぇか?」
「ああ、それに我々三人を牢屋に閉じ込め人質に使ったようだ」
「まぁ、あの迷宮の騒動を治めたんだ。ミスラが欲しくなるのも分かるぜ」

 グリゼルダの言葉を聞いてアドルフは苦笑を浮かべる。

「だからって人を物扱いすんのは頂けねぇ」
「まぁな……そういえばお前ぇとそこのちびっ子と会うのは初めてだな。俺はこの領の領主やってるアドルフ・フィッシュバーンだ」
「ギャガンだ」
「パムだよ。体は小さいけど二十二歳だよ」

 アドルフはパムの言葉で彼女がハーフリングだと気付いた。

「そりゃ悪かったなお嬢ちゃん」
「それで伯爵様、ガッド様の頼みというのは……?」
「それはだな……」

 アドルフは顎に右手をやり、視線をガッドに向ける。
 それを受けたガッドは頭を上げ、布に包まれた物をテーブルの上に置き口を開いた。

「その前にこちらを返しておこう、娘が君達から預かっていた武具。それと失礼かもしれないが今回の娘の行いに対する謝罪としてこちらも受け取って欲しい」

 布の中からはギャガンの預けた竜の牙の剣とグリゼルダの妖精銀の細剣が現れた。
 それとは別に、恐らく金貨の入った袋をガッドはテーブルに置く。

「おっ、もう戻ってこねぇと思ってたが……」
「手持ちのミスリルは使ってしまっていたので有難い」

 ギャガンとグリゼルダは失ったと思っていた物が返ってきた事で、ガッドに対する警戒感を少し解いた。
 その様子を見て取ったガッドは表情を緩め小さく頷いた。

「それで改めて君達に頼みたいことなのだが……私は王国議員として外交にも携わっていてね……最近、西の錬金国家オルニアルとの国境周辺の村で、村人が突然狂暴化して他の村人を襲うという事件が複数件起きているのは知っているかね?」
「コホー?」

 村人が村人を襲う?

 首を捻った健太郎を見て、ガッドは苦笑を浮かべた。

「君がミシマ君だね……報告では迷宮の事件の首謀者、イシドウアキラが取り込んだ魔物の力を分解したとか……」
「コホーッ!」

 俺にも体がどうやったのかよく分かんないけど、確かに分解したよッ!

 両腕で丸を作った健太郎にガッドは笑みを返す。

「うむ、その力を見込んで頼みたい。人を襲っていた住民なのだが、首の後ろにスライム状のモンスターが張り付いていたと報告を受けている。調査隊の見立てではモンスターが住民に寄生し、操っていたという線が濃厚だ。これはこれまでラーグでは見られなかった種類の魔物だ。オルニアルにその事について国として正式に質問状を送ったのが、我々は関与していないの一点張りでね……我々も間諜を潜り込ませて探りを入れ、怪しいと思われる研究施設を突き止めはしたのだが……」

「証拠は見つけられなかったと?」

 グリゼルダの問いにガッドは頷きを返した。

「研究施設に送り込んだ間諜は誰一人戻っては来なかった……また数は少ないがオルニアルでもその魔物の存在が確認出来たそうだ……推測だがオルニアル側でも魔物の封じ込めに失敗しているのではと我々は考えている」
「あの、私達は一介の冒険者です。そんな国規模の依頼は……」
「勿論、君達にラーグにいる魔物の排除を頼みたい訳では無い……頼みたいのは研究所に潜入し、オルニアルが魔物を作り出す事に関わった証拠を見つけて欲しいという物だ」
「証拠を手に入れてどうすんだよ?」

 腕を組み尋ねたギャガンにガッドは視線を向ける。

「正式にラーグからオルニアルに抗議文を送る。その上で問題解決の為に協力する旨を伝えるつもりだ」
「ふむ……現状では他国に被害を及ぼす魔物の流出をオルニアルは認めない。だから証拠を突き付け自らの非を認めさせる。そういう事か?」
「うむ、このまま場当たり的な対処を続ければ、魔物が増えてラーグ国民の被害も増大する可能性がある。かといってオルニアルの協力なしに人員を送ればそれはもう侵略であるしな……」
「コホーッ」

 こういうのは早いうちに対処した方がいい。

 健太郎は無理矢理友人に見せられたゾンビ映画の冒頭を思い浮かべながら意見を述べた。
 映画では手をこまねいている間に被害が拡大、最終的に街にゾンビが溢れていた。

「うーん、でもその魔物は人に寄生するんですよね?」

 ミラルダは自分も含めた仲間が魔物に寄生される事を危惧しているようだ。

「うむ、だが君達にはミシマ君がいる……魔物と融合したイシドウを分解した君なら、寄生された仲間も救えるのではないか?」
「ふむ……確かに完全に混じり合っていたアキラを分解再生出来たのだ。体の外部に張り付き寄生する程度なら問題無く対処出来そうだな」
「わたしはそんな気持ち悪いのに張り付かれたくないよ」
「……たしかにな」
「コホー……」

 そう言われると寄生されるとか、精神的に嫌なものがあるなぁ……。

「……無理にとは言わんが受けて貰えんかね?」
「俺からも頼むぜ。普通の兵隊送った所で、操られて全滅って絵が見えるからよぉ」

 ガッドとアドルフの言葉を聞いたミラルダは少し考えたのち健太郎達に視線を送り、おもむろに口を開いた。

「……あたしは受けてもいいと思う。今は西の国境だけだけど、ひろがりゃ家族や仲間も巻き込まれちまうからね」
「家族か……ガキ共がそんな魔物に操られるのは確かに御免だぜ」
「そうだな、やるか」
「うぅ、気持ち悪いけどディランが操られちゃうのはヤだし……ミシマ、もしわたしが操られたら絶対助けてくれる?」
「コホーッ!!」

 任せろッ!! 多分俺は寄生されないし、みんなが操られてたら責任を持って俺が分解再生してやるぜッ!!

 健太郎はパムに親指を立てた手を突き出した。

「だったらいいかなぁ……」
「みんないいんだね?」

 ミラルダの言葉に健太郎達は頷きを返した。

「決まりだね……公爵様、この依頼、お受けします」
「そうか。そう言ってもらうと助かる」

 ミラルダの言葉を聞いたガッドはホッとした様に笑みを浮かべた。
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