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第八章 迷宮行進曲

隣り合わせの死と栄光

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 迷宮都市アーデン、大魔導士の迷宮。
 主の去ったその迷宮に今日も一人、新人の冒険者が足を踏み入れる。

「うぅ、何故じゃ……何故、妾がこんな目に……」



「ちょっと、いくらあたし達がいるからって、気を抜いてたら一瞬で死ぬわよ」
「そうだよ。この迷宮にゃあ魔物だけじゃなくて、罠も無数に仕掛けられてるんだからね」
「まぁ、そうは言っても地下一階じゃあ、そこまでえぐいのはねぇけどな」

 まっさらな皮鎧を身に着けた銀髪の女に周囲のパーティーメンバーが声を掛ける。
 パーティーメンバーは彼女の他に、金髪の女戦士、禿頭の巨漢戦士、金髪に口髭の僧侶、フードを被った目つきの鋭い魔法使い、最後に黒髪に黒革鎧の盗賊といったメンツだ。

 彼らは銀髪の女(どうやら彼女も戦士らしい)を中央に配置し向かって左へと迷宮を進み、一番最初に現れた玄室の扉を押し開けた。
 玄室の中では緑色の肌の小柄な魔物が侵入者に気付き唸り声を上げる。

「万能なる魔の力よ、彼の者らに眠りを誘う安らかな空気を、眠りの雲スリープクラウド

 小柄な魔物、小鬼ゴブリンが一行に襲い掛かる前に魔法使いの生み出した眠りを誘う霧が半数以上を眠らせた。

「一匹は残すんだよッ!」
「分かってるって!」

 続いて魔法に耐えた残りを金髪の女戦士と禿頭の巨漢戦士が狩っていく。
 その後二人は残った一匹を追い立て、銀髪の女の前に誘導した。

「さぁ、お膳立てはしてやったわ。後は自分で何とかしなさい」
「なッ!? 妾が倒すのかッ!?」
「当たり前でしょ。戦わないでどうやって強くなるっていうのよ?」

「大丈夫です。多少の怪我なら地母神の加護で痕も残さず治療いたしますよ」
「ビビってると逆に危ないよッ、思いっきり行きなッ」

 僧侶は笑みを浮かべ盗賊は女に発破をかける。

「グガアアアアッ!!」
「ヒッ!?」

 小鬼は怯えた様子の銀髪女に威嚇の雄叫びを上げ、手にした刃こぼれの酷いショートソードを振り回した。
 女は思わず左手に持った真っ新な皮の円盾ラウンドシールドを突き出し小鬼の連撃を防ぐ。
 連撃は軽く、力の無い女でも何とか受け止める事は出来たが、にかわで固められた盾の表面を抉り、新品を中古へと変えていく。

「クッ、はぁはぁ……」
「後は任せていい? あたし等は眠った奴らを始末するから」
「了解、騙し打ちに気を付けて」
「分かってるわ、油断はしない」

 盗賊の言葉に女戦士は片手を上げ答えると、巨漢戦士と共に魔法で眠った小鬼の始末を始めた。
 どうやら誰も女に手を貸すつもりは無い様だ。

「おのれぇ……本来、妾はこんな所に、グゥッ!!」
「ほら、気を抜いてると小鬼一匹相手でも痛い目見るよッ!」

 女の脳裏に自分をこんな境遇へと押しやった者達の顔が浮かぶ。
 青いゴーレム、赤髪の半獣人、豹の獣人に紫の髪の魔人、栗色の髪の小人、そしてかつて宰相であり、自分が閑職である宝物庫の番人へと左遷した老人。
 だが、そんな集中力を欠いた状態は、彼女の新品の鎧に新しい傷を増やす結果を生んだ。

「グッ……」
「まだ余計な事考えてるのかいッ!! 集中しないとマジで死ぬよッ!!」
「いくら地母神の加護があるとはいえ、死んだ者の復活は神の力でも難しい。出来れば怪我くらいでお願いします」
「……どうする、アレも眠らせるか?」
「駄目だよッ、クライアントからは他の新人冒険者と同様に育てろって言われてるんだから。甘やかしたらお金もらえないよッ」

 依頼者、恐らく自分をこの迷宮に送り込んだ老人だろう。
 女は老人への怒りを滾らせ目の前の小鬼に剣を振るった。
 使い慣れない剣の一撃は容易に躱され剣は迷宮の床を打った。それと同時に女の手首に強烈な痛みが走る。

「グゥゥ……」

 痛みで女は剣を取り落とし迷宮にカラカラと乾いた音が響いた。

「グルァアア!!」

 女が剣を落とした事で小鬼は歓喜の叫びを上げて女に襲い掛かった。

「あ……」

 女は自分に襲い掛かる小鬼を目を見開き呆然と見つめている。

「チッ、ここまでかね……」

 小さく舌打ちをすると、盗賊は腰から大振りの短剣を抜き黒革のロングブーツに覆われた足で地面を蹴った。
 一瞬で小鬼に肉薄し、剣を振り上げ無防備になった肋の浮いた胸の中心、骨の隙間へ正確に短剣を突き入れる。

「……グガ?」
「悪いね、死なすなって厳命されてるんでね」

 盗賊はそう呟くと短剣の柄をグイッと押し込み、その後、小鬼の心臓を切り裂いた刃を引き抜いた。

「グギャアアアアッ!!」

 刃を引き抜いた傷口から盛大に血を吹き出し、小鬼は迷宮の床に倒れた。
 噴き出した血は飛びのいた盗賊では無く、茫然としていた銀髪の女を赤く染める。

「あ……あ……」
「ん? 大丈夫かい? こんな程度で根を上げてちゃ、冒険者なんかにゃなれないよ」
「わッ、妾は冒険者等には」
「なりたくないって? 詳しい事情は知らないけど、あんたを中堅冒険者にしろってのが依頼でねぇ。それまでは逃がしゃしないよ」
「へへ、なんせあんたが中堅になるまで、毎月報酬が貰える美味しい仕事だからなぁ」
「ちゅ、中堅とはどの程度でなれるのじゃッ!?」

 銀髪の女は魔法使いの言葉を聞いて、希望を見つけた様に血に塗れた顔を上げた。

「そうだなぁ……一年も迷宮に潜ればどんなに才能の無い奴でも中堅ぐらいにはなれるさ。まっ、その一年の間に半分以上は死ぬけどな」
「こんな事を一年?……それに半分以上死ぬ?」
「そう、それが冒険者って仕事さ」
「死と栄光が隣り合わせの世界へようこそって奴だ。まぁ安心しなよ、他の連中と違ってあんたは俺達が守るからよ」

 そう言って笑った魔法使いを銀髪の女、ミスラは茫然と見つめたのだった。
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