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第四章 獣人と魔人

工作部隊襲撃

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 グリア砂漠の中心、砂の海に浮かぶ岩で出来た島。
 カルデラ状のその島の中央には湧き水よって出来た真円形の湖があり、周囲にはその豊かな水の恵みによって緑が生い茂っていた。
 その緑の下で無数の砂竜が思い思いの場所で体を休めている。
 島では現在、額から角を生やした魔人族の工作部隊と、島を住処にしていた砂竜による奇妙な共生関係が生まれていた。

 砂竜は知能が低いとはいえ竜族であり、思考能力でいえば通常の獣よりはずっと高い。
 通常ならば魔人族といえど使役する事は出来ない。
 だが魔人族の目的はロガエストから獣人を排斥し、無人の荒野となった国土を密かに手中に収める事だった。
 その獣人の排斥という部分で砂竜と彼らは利害が一致していたのだ。

 魔人は地下に眠る鉱物資源を、砂竜は獣人や彼らが飼育している家畜を、それぞれが得る物がある事で砂竜は巣に紛れ込んだ魔人を受け入れていた。

 そんな竜の巣に入り込んだ魔人の一人、工作部隊の隊長ブラドバーンは魔法によって作られたむき出しの石造りの簡素な執務室で、行方の知れないグリゼルダについて部下の報告を受けていた。

「未帰還になった日、グリゼルダは北部の犬人族の小規模な集落を襲う予定になっていました。偵察隊を派遣し上空から集落のあったと思われる場所の様子を窺ったのですが、既に集落は移動した後でグリゼルダの痕跡等は発見出来ませんでした」

 報告を聞いたブラドバーンは両手を頭の後ろに回し、背もたれに体を預けた。

「ふぅ……遊牧民にやられたか……秘密作戦で無ければ魔法で直接、焼き払うんだがなぁ……」
「……いかがいたしますか?」
「死んでいてくれりゃあいいんだけど、捕虜にされてるとなると面倒だなぁ…………よし、計画を早めよう。明日からは二交代制での襲撃は取りやめて、総員で都を襲撃する事としようか」

 ブラドバーンの言葉に報告していた副官は顔色を変えた。

「都を? 上層部はロガエストの自然消滅を狙っていた筈ですが?」
「分かってるよ。だがグリゼルダが捕虜にされた可能性が否定できない以上、国王のランザが他国へ向けてエルダガンドの侵略を公表する恐れもある。それを防ぐ為だ。それに王が不在となればこの国はもっと荒れる、そうなれば俺達の仕事もしやすい、だろう?」

「……確かにそうですね……では隊員達には今日明日と休養してもらうとしましょう。砂竜も休ませねばなりませんし」
「ああ、頼んだ。その間に作戦の詳細は俺の方で詰めておくから。お前は隊員達に休暇と総攻撃の事を知らせておいてくれる?」
「了解しました」

 副官は踵をカッと音を立てそろえ、右拳を胸に当て頭を下げた。
 その後、彼が部屋を辞するの見送ったブラドバーンはデスクの引き出しからエルダガンド産の火酒を取り出し栓を開けると、瓶に直接、口を付けグビリッと喉を鳴らし琥珀色の液体を胃に流し込む。

「ふぅぅ……陰謀ばかり張り巡らせて……ホント、上層部は頭でっかちの間抜けばかりだ……そんなに陰謀が好きなら自分達でやりゃあいいのに…………ああ……帰りてぇ……」

 郷里の白壁造りの自宅、そこで自分の帰りを待っている家族を思い浮かべ、ブラドバーンは再度、火酒を口に含んだ。
 そんな彼の足元を長い足を持つ虫が走る。

「ヒェッ!? ほっ、炎よッ!」

 ブラドバーンは慌てて両足を椅子の上に持ち上げ人差し指を弾く様に突き出した。
 指差された虫は炎に包まれ足を丸めて床に黒ずんだシミを残し消えた。

「はぁ……ここは最低だぜ……ターシャ……グラム……」



 簡素な椅子の背もたれに身を預け、石の天井を仰ぐとブラドバーンは家で待つ妻と息子に想いを馳せた。


■◇■◇■◇■


 ブラドバーンが家族を思い出していた頃、その五キロほど西にある砂上の小島では健太郎けんたろう達が魔人襲撃の準備を整えていた。

「ミシマ、ホントに一人で大丈夫なのかい?」
「コホー」

 ああ、任せてくれ、多分これが一番被害が少ない方法だと思うんだ。

「ふぅ……確かにあたしもそう思うけどねぇ……いいかい、マズいと思ったらすぐに退却するんだよ、いいね?」
「コホーッ」

 分かってるさ。まったくミラルダは心配性だなぁ。
 そう言うと健太郎はその身をトラックへと変化させた。

「作戦は今説明した通りだ! 今回の任務は殲滅では無く捕縛だ! これは今後、エルダガンドとの関係性を左右する重要な任務である! 皆、気を引き締めて掛かって欲しい!!」
「ハッ!!」

 ファンゴが部下に作戦の説明と目的、そして鼓舞を行い彼らはそれぞれが砂上船に乗り込んだ。

「へッ、生真面目な奴らだぜ……いいか野郎共、国がどうこうとかはどうでもいいが、狼共におくれは取るなよッ!!」
「ハッ!!」

 ギャガンが率いる豹人族の部隊も、彼の言葉で次々と砂上船に乗り込んでいく。

「さて、んじゃ俺達も行こうぜ」
「あいよ」
「事前に説明したがこの作戦はスピードが命だ。ちんたらするなよ、ギャガン」

 グリゼルダの言葉にギャガンが鼻に皺を寄せ牙を剥く。

「あ? 誰に言ってんだコラ?」
「貴様しかいないだろう、子猫ちゃん?」
「その子猫ちゃんっての、次に言ったらマジで殺すからな」
「覚えておくよ、子猫ちゃん」
「テメェ……」
「はいはい、二人が仲がいいのは分かったから、今は船に乗るよッ!」

 睨み合うギャガンとグリゼルダにパンパンと手を叩いて、ミラルダは二人に乗船を促した。

「誰がこんな女とッ!?」
「それはこちらのセリフだッ!!」

 互いに顔をプイッと逸らし並んで船に向かい歩いていく二人を見て、ミラルダはふぅとため息を一つ吐くと彼らの後を追った。


■◇■◇■◇■


 砂の海を青黒い色のトラックが爆走している。
 小舟を引き連れたそのトラックは前方の島の斜面を止まる事無く頂上まで駆け上がり、そのまま人型に変化すると背中から燃焼ガスを噴射し島の上空へと飛んだ。



 その数瞬後、休暇を告知され、完全に気を抜いていた魔人族工作部隊の潜むカルデラ内部の湖に、上空から突然、赤い光が放たれた。
 光は真上から湖の中心を撃ち抜き、湖を爆発させ周囲に大量の水蒸気を発生させる。
 吹き上がった蒸気に追われ、湖畔で寝ていた砂竜が一斉に空へ逃れた。



 その水蒸気は当然、デスクに足を投げ出しボンヤリと火酒を呷っていたブラドバーンの執務室にも流れ込み、その事で彼の酔いも一気に覚めた。

「なっ、何事だッ!?」

 執務室に開けられた明り取りの窓から水蒸気が流れ込むなか、副官が執務室に駆け込んでくる。

「隊長、湖から大量の蒸気がッ!! もしかして火山活動が!?」
「いやそれは無い、この島の外縁は火山では無く隕石の衝突で出来たと確認が取れている」
「では一体!?」
「もしかしたら地下のブルーメタルが……とにかく確認するぞッ! 隊を招集するんだ!」
「りょっ、了解ですッ!!」

 彼らが執務室のある建物を出て、濃密な霧の中、声を張り上げて混乱する隊員の招集を始めた直後、ドンッという音と共に空から何かが落ちて来た。
 その人型の何かは頭部と思しき場所に二つの緑色の燐光を湛え「コホーッ!!」と呼吸音の様な音を響かせた。

「何者だ……貴様?」
「コホー」

 俺の名は三嶋健太郎。悪いんだけど君達には眠ってもらうよ。

「なんだ……ゴーレム?」
「コホーッ!!!!」

 ミシマ、プレゼンツッ……サンダー・ナイト・フィーバー!!!!



 健太郎が右腕を掲げ叫ぶと、右腕から突き出た突起から雷撃が放出され濃霧を切り裂き踊り跳ねた。

「ギャアアアッ!!?」
「ブブブブブッ!!?」
「ふひゃああっ!!?」
「あっ、こっ、これ、なっ、なんか、きっ、気持ち、いっ、いいぃ!!?」

 その電撃を受けた魔人たちは体を小刻みに揺らし、ビクビクと体を痙攣させ奇怪なダンスを踊る。
 様々な叫びが響く中、健太郎の放った雷撃はギャガン達が受けた物よりも広範囲に稲妻を撒き散らした。

「うわぁ……こりゃあ、滅茶苦茶だねぇ……」
「ミラルダ、アレをッ!!」

 島の外延部、その頂上に飛翔を使い辿り着いたミラルダが濃霧の中で光る稲妻と上がる叫びに顔を引きつらせていると、彼女と同様、飛翔を使ったグリゼルダが濃霧の発生源である湖を指差した。

「何だい、ありゃ? 水が吹き上がってる?」

「この国の地下にはブルーメタルと呼ばれるゴーレムの素材に使う鉱物が大量に眠っている。ブルーメタルは空気に触れると分解し熱と一緒にガスと大量の水を発生させるんだ……恐らくだがあの赤い光が大地に穴を開けて……それで」

「よく分かんないけどミシマの光で水が噴き出したって事かい?」
「だと思う。私が予想したよりあの光は強力だったのだろう……」

 二人が話していると一足遅れてギャガン達が頂上に駆け上がって来た。

「クソッ……はぁはぁ……お前ら魔法で飛ぶのは反則だろっ!?」
「ギャガン、アレを……」
「ふぅ……ああん? なんだぁ? 湖の水が……なんかアレ、ドンドン増えてねぇか?」
「とにかく、魔人を引き上げるよッ!!」
「お、おうッ!! 野郎共、一人も逃がすなよッ!!」
「はぁはぁ、んぐ、了解ッ!!」

 ギャガン達に遅れる事しばし、島の外縁を駆けあがったファンゴ達、炎狼族の部隊は湖の中心から噴水の様に噴き出る水に目を丸くした。

「ふぅ……これは…………あれはギャガン……魔人を確保するつもりか……豹人族にばかり手柄を立てさせるなッ!! 我々も下に向かうぞッ!!」
「ハッ!!」

 ファンゴの指示を受けて、炎狼族達もギャガンの部隊に続き外縁部を駆け下りた。
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