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第十一章 名誉騎士と宝石の角

トラスみたいに

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 エルダガンドの首都、クーリエ。
 そのクーリエの高台にある住宅地の一つ、魔人族の老婦人の住む家の一室で額に宝石の角を生やした女が丸椅子に座り目を瞑っていた。

「これで繋がった筈……どう?」

 女の対面でその角を観察していた老婦人は、魔法を使い繋げた幻獣の角の具合を女に尋ねた。

「……凄い……以前と同様……いや、魔力の流れを感じ取る力は前以上だ」
「そうなの? 私が治療した子は元々、角に障害を持っていたから……少し魔法を使ってみてくれる?」
「魔法……では浮遊を……万能なる魔力よ、彼の者と大地との軛を断ち切れ、浮遊フロート

 詠唱と共にその女、グリゼルダの額にある宝石の角は淡い輝きを放ち、部屋にあった椅子をフワリと持ち上げた。
 グリゼルダはその椅子に手を翳し、回転させたり左右に揺らしたりして感覚を確かめる。

「これは……今までとはまるで違う……」
「そんなに感覚が違うの?」

 老婦人、カルディナは角の移植はしたが自分自身でその違いを確かめた訳では無い。
 眉根を寄せて不安げに尋ねるカルディナにグリゼルダは笑みを浮かべる。

「いい意味でだ。そうだな……分かりやすく説明するなら、これまでの魔法操作が手袋をはめてやっていたとするなら、今の状態は素手でやってる感覚だ。これなら思い通りに、微調整なんかもより繊細に行える筈だ」
「そこまで……うーん、カーバンクルが危険を察知する能力が優れているのは、その角の所為もあったのかも……その鋭敏な感知能力が移植によって引き継がれたのかしら……?」
「恐らくそうだろう。カーバンクルの記憶を見たが、確かに音と臭い以外にも魔力の流れを感じていた」
「記憶を見た? グリゼルダ、先輩冒険者と言わしてもらうけど、他者の記憶を見るのは魔人にとって禁忌よ」
「分かっている」

 またかと顔を顰めたグリゼルダにカルディナは「はぁ……」とため息を一つ吐いて続けた。

「いい、角を使った記憶の追体験はあなたの人格にも影響を及ぼす可能性があるわ」
「それも分かっている」
「分かっていないッ!! 人格を形成しているのは経験、つまり記憶による部分が大きい。その記憶を実体験のように感じて取り込むのよ? 当たり障りの無いものなら影響も少ないでしょう。でもその人物が深く傷付いた記憶だったりすれば、あなたはあなたじゃ無くなるかもしれない」

 角を使った記憶の共有は単に映像や音だけでなく、その時の感情も流れ込んでくる。
 もし、その者のトラウマとなった記憶を共有すれば、グリゼルダ自身もそのトラウマを担ってしまう可能性もある。
 それに安易に人の心を覗けばトラウマだけで無く、グリゼルダが耐え切れない記憶を見る事もあるだろう。

「カーバンクルの角が魔法操作能力を上げたのなら、あなたはより深く潜る事が出来る様になった筈よ。自分でいたいのなら今後、角で他者の記憶を見るのは止めなさい。いいわね?」
「……分かったよ。もう二度と記憶は覗かない」
「約束よ」
「はぁ……約束だ」

 念を押すカルディナにグリゼルダは、おせっかいな事だとため息をついて答えた。

「さて、それじゃあ、相棒さんを呼んでお茶にしましょう。今回の冒険の話、聞かせて頂戴」

 グリゼルダの言質を取った事で満足したのか、カルディナは笑みを浮かべると腰を上げてグリゼルダを手招いた。
 ドアを開けると、その音に気付いたギャガンがリビングから足早に二人に歩み寄って来る。

「成功したのか?」
「ええ。どう、宝石の角、彼女に良く似合ってると思わない?」

 カルディナはそう言うと後ろにいたグリゼルダの背中を押して、ギャガンの前に立たせた。
 グリゼルダはギャガンの反応が気になるのか、少し俯きがちにチラリと彼に視線を送る。



「……どうだ、ギャガン?」
「……ああ……良く似合ってるぜ」
「……そうか……」

 笑みを浮かべたギャガンに安心したのか、グリゼルダも頬を染めて恥ずかしそうに微笑んだ。

「フフッ、若いっていいわねぇ……さあさあ、庭に出てお茶にしましょう。グリゼルダには言ったけど、今回の冒険、聞かせて頂戴」

 カルディナは初々しい二人の様子を見て、両手を合わせ満面の笑みを浮かべた。


■◇■◇■◇■


「んで、ミシマが幹部連中を締め上げてトライヘッズは壊滅したって訳だ」
「フフッ……あなた達、本当にトラスみたいに回りくどい事してるのねぇ」
「うるせぇよ。俺やグリゼルダはもっとスマートにやりたいんだ。回りくどくなるのはミシマとミラルダの所為だぜ」
「だな。だがまぁ、故郷が良くなるのは悪い気はしない」
「確かにな」

 庭でお茶を飲みつつ、ギャガン達がカルディナにカーバンクルを巡る今回の一件の顛末を語っていると、突然、空がかげった。
 見上げれば宇宙船モードの健太郎けんたろうがクーリエの上を飛んでいる。

「ありゃミシマか?」
「どういう事だ? なぜ船のまま……?」
「アレがミラルダが話してた空飛ぶ船?」
「ああ、だがミラルダが話した通り、いつもなら混乱を避ける為に、鉄の鳥に変化して着陸する筈なんだが……」
「降りて来てねぇか? アレ?」

 ギャガンの言う通り、宇宙戦艦モードの健太郎はカルディナの家の上空で制止し、そのまま高度を下げ始めていた。

「何考えてやがるミシマッ!!」

 ギャガンが声を張り上げた瞬間、船体下部から光が照射され、ギャガン達がお茶を飲んでいた裏庭にミラルダの姿が現れた。

「ミラルダ、どういう事だ!? 何故ミシマは空飛ぶ船のまま……」
「詳しい話は後で……グリゼルダ、角が治ったんだねぇ……カルディナさん、ありがとうございます……えっとお礼とかちゃんとしたいんですけどちょっと問題が起きてて……取り敢えず、この二人、連れて行っていいですか?」
「それは構わないけど、問題って?」
「ダークエルフのリューって子を国に送って行ったんですけど、そこにミシマと同じゴーレムがいて、それでそのゴーレムがダークエルフの村を襲撃して大人を攫って、残されたのは子供達だけで……」
「落ち着けミラルダ……カルディナ、また厄介事が起きたようだ。角の事感謝している」

 グリゼルダは立ちあがりカルディナに深く頭を下げた。
 それに合わせてギャガンもありがとよと礼の言葉を口にする。
 ミラルダも二人に合わせ頭を下げた。

「いいのよ。レベッカの弟子の仲間なら家族みたいなものだし……それにカーバンクルの角を四本も貰っちゃったしね」
「あの角は私の様な者の為に役立ててくれれば嬉しい」
「ええ、分かってるわ。王宮から治療方法についての問い合わせも来たし、また忙しくなりそうよ」
「すまねぇなカルディナ。隠居してたってのによぉ」
「フフッ、気にしないで頂戴。隠居生活にも飽きて来た所だったから」
「そう言って貰えると助かります。えっと、それじゃあ急ぐので私達はこれで、パムッ!!」

 ミラルダが上空に向かって声を上げると、先程と同様、船体下部から光が照射されミラルダ、ギャガン、グリゼルダの姿が一瞬で掻き消えた。

「……ホントに忙しない子達……フフッ、まるで昔の私達みたいね」

 ゴウンゴウン、そんな音を立てて街の中心、王宮へ向かう空飛ぶ青黒い船を見送りながらカルディナはクスクスと楽しそうに笑った。
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