上 下
69 / 94
第十一章 名誉騎士と宝石の角

上への依頼

しおりを挟む
 エルダガンドの首都、クーリエ。
 そのクーリエの三番街の裏通りにある黒大理石の建物では、ドラッド商会の会長であるバード・ロックスが、目の前にいる部下たちを睨みつけていた。

「俺もこの商売初めて三十年以上になるが、こんな間抜けな話は聞いた事が無いぜ。たった一人と一匹によぉ」
「ボス、あのゴーレムは唯のゴーレムじゃねぇ。俺たちゃ気が付いたら宙を舞って湖の中。それに賊は鉄の鳥になって逃げたんだ」
「船の艦橋から見てたんですが、その鉄の鳥は青いゴーレムが変形した物です。あんなもん見た事ねぇ」
「部下の話じゃあいつは電撃をばら撒いたりしたそうです。拳を飛ばして俺を吹き飛ばしたりもしたし……」

 電撃と聞いてバードは眉を顰めた。

 確か少し前、ドラゴンが王宮を襲った時、電撃を放つ青黒いゴーレムの事が貴族の間で話題になった事があった。
 まさかその時のゴーレムが……。

 バードが聞いた話ではゴーレムは公娼のキュベルを誘拐したらしい。
 その後、キュベルは戻ってきたが以前の様な無謀な計画を口にする事は無く、マフィアのバードから見てもまともな事をやり始めた様に思えた。

「……なんにしてもだ。このままじゃ色々マズい事になる。客はこっちの警備の不備を追及するだろうし、奪われた商品もオークションが終わってたのが痛い。客は当然、商品を送って来いって言うだろうしな」
「それはそうですが……俺達じゃあのゴーレムには勝てそうにありませんぜ」
「だろうな……仕方ねぇ。こうなったら上に頼る事にするぜ」

 上と聞いて部下達は顔を青ざめさせた。
 トラッド商会はある組織の下部企業だ。
 組織の名はトライヘッズ、クーリエに拠点を置く犯罪組織で、主な活動は暗殺や誘拐。
 政財界からの依頼を受け、邪魔な人間を始末する事で大きくなってきた。

 その中でも暗殺部は凄腕だと裏社会で噂が流れている。
 超遠距離から額を撃ち抜かれたとか。ボディーガードが回りを固めていたのにいつの間に対象の首が落とされていたとか。
 極めつけは自分が狙われていると気付き、屋敷に引き籠っていたのに毒殺されていたとか。

 ただそれもあくまで噂で、本当に暗殺部の仕業なのかかどうかは分からない。
 死体が発見されて、恐らくこんな事が出来るのはトライヘッズの暗殺部ぐらいだろうと推測されるだけだ。

「あの……大丈夫でしょうか? ミスをした俺達が消されるなんて事は……」
「さあな。俺も含めて始末されるかもしれねぇな」
「そんな……」
「甘えた事言ってんじゃねぇッ!! お前も今までいい思いしてただろうがッ!! ヤバい仕事だからこそ見返りがデカいッ!! そう覚悟を決めてこっちの世界に飛び込んだんじゃねぇのかッ!?」

 バードが声を荒げデスクに拳を叩きつけると、部下達はビクリっと体を震わせた。

「ボス……」
「出掛ける。馬車を回せ。あと一応、身の回りの整理をしとけ」

 バードはそれだけ言うと、右手を振り部下達に退出を促した。
 彼らは一様に顔を青くし部屋を出ていった。

「青いゴーレムとハーフリングか……余計な事をしてくれたもんだぜ……」

 小さく呟き、バードが今後の事を考えていると、コンコンと扉がノックされた。

「ボス、表に馬車を回しました」
「ご苦労」

 バードはそう言うとコートを羽織り部屋を後にした。


■◇■◇■◇■


「どちらに向かいますか?」
「記念公園だ」
「了解しました」

 二頭引きの馬車の前方の小窓から顔を覗かせた御者に短く返すと、バードを乗せた馬車は王の即位を記念して作られた公園に向かって移動を始めた。
 トライヘッズの本部が何処にあるか、商会の会長であるバードも知らない。
 ただ、トライヘッズへの接触の方法だけは会長になった時、先代から聞いていた。

 馬車は石畳の上を走り、やがて木々で覆われた公園の入り口へと辿り着く。

「ここで待っていろ。一時間して戻らなければ商会に戻っていい」
「……分かりました」

 バードはコツコツと石畳を響かせ、公園中央に作られた広場に向かった。
 そこには公園を訪れる者目当てで様々な出店が軒を連ねている。
 その大半がいわゆるファストフードを売っている店だ。

 その中の一軒、パンに腸詰を挟んだ物を売っている店に歩みを進めた。

「二つだ。一つはキャベツ多めでマスタードは抜いてくれ」
「お二つ。うちお一つはキャベツ多めでマスタード抜きですね」
「ああ」
「少々お待ち下さい」

 注文を受けた青年は手際よく注文された物を調理していく。
 何度かこの方法で組織と接触しているが、青年が関係者かは分かっていない。

「おまちどう様です。二つで銀貨一枚です」
「ありがとよ」
「毎度どうもッ!!」

 銀貨と引き換えに手渡された紙袋を抱えバードは広場を出て、石畳の道の脇に置かれたベンチに腰を下ろした。
 やがてベンチに男が一人座る。
 運動用の服を着たこの公園では何処にでもいそうな男だった。

「いい天気ですね」



「まったくだ。こんな日は無性にコイツが食べたくなる」

 そう言ってバードが袋からパンを取り出すと、男は美味しそうだとバードに近づいた。

「用件は?」
「もう知っているだろうが、うちの商品が盗まれた。こっちじゃどうも対処できそうにない」
「……了解だ。今回は仕事として引き受けよう。えっ!? 一つ頂けるんですか!? ありがとうございます」
「いや、つい二つ買っちまったが、食い過ぎだって上さんに言われてるのを思い出してね」
「そうですかぁ。じゃあお言葉に甘えて」

 男はバードから受け取ったマスタード無しのパンを食べ終えると、健康の為にはランニングが良いですよと笑みを浮かべその場を立ち去った。

 男を見送ったバードはふぅとため息を吐く。

 これで後は上が全部やってくれる。その分、結構な額を請求されるだろうが、殺されなかっただけましという物だ。

 チラリと一つ残ったパンに目をやる。全く食欲の無かったバードはパンを袋ごとベンチ横のゴミ箱に捨て公園を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生でチートを授かった俺、最弱劣等職なのに実は最強だけど目立ちたくないのでまったりスローライフをめざす ~奴隷を買って魔法学(以下略)

朝食ダンゴ
ファンタジー
不慮の事故(死神の手違い)で命を落としてしまった日本人・御厨 蓮(みくりや れん)は、間違えて死んでしまったお詫びにチートスキルを与えられ、ロートス・アルバレスとして異世界に転生する。 「目立つとろくなことがない。絶対に目立たず生きていくぞ」 生前、目立っていたことで死神に間違えられ死ぬことになってしまった経験から、異世界では決して目立たないことを決意するロートス。 十三歳の誕生日に行われた「鑑定の儀」で、クソスキルを与えられたロートスは、最弱劣等職「無職」となる。 そうなると、両親に将来を心配され、半ば強制的に魔法学園へ入学させられてしまう。 魔法学園のある王都ブランドンに向かう途中で、捨て売りされていた奴隷少女サラを購入したロートスは、とにかく目立たない平穏な学園生活を願うのだった……。 ※『小説家になろう』でも掲載しています。

戦略RPGの悪役元帥の弟 落ちてた『たぬき』と夢のワンダーランドを築く - コンビニ、ガシャポン、自販機、なんでもあるもきゅ -

ふつうのにーちゃん
ファンタジー
僕は転生者アルト。9歳の頃から目の奇病を患っている。家族は兄のミュラーだけ。学校にすら通えていない。 そんな僕が16歳を迎えたその日、全てが一変する。 僕の目は病気ではなかった。特別な力がただ暴走していただけだった。力の制御が可能になった僕は、『事実の改変すらもたらす』極めて強大な力『箱庭内政システム』を見つけた。 そしてこの世界が、かつて遊んだ戦略RPG【ラングリシュエル】の中だと気付いた。 敬愛して止まない大好きな兄は、悪の元帥ミュラーだった。さらにその正体が転生者で、生前にこのゲームを貸し借りしたダチだったことにも気付く。 僕は兄を守りたい。戦犯となる運命をダチに乗り越えてほしい。 そこで僕は最前線の町『ザラキア』の領主となった。将来起きる戦いで、兄を支えるために、なんか庭に落ちていた『たぬき』と契約した。 自販機、ガシャポン、コンビニ、大型モール。時代考証を完全無視した施設がザラキアに立ち並んだ。 僕の力は『異世界の民が自販機から当たり前のようにハンバーガーを買うようになる』強大な一方で、極めて恐ろしい力だった。

最強勇者は二度目を生きる。最凶王子アルブレヒト流スローライフ

ぎあまん
ファンタジー
勇者ジークは人魔大戦で人類を勝利に導いた。 その後、魔王の復活を監視するために自ら魔王城に残り、来たる日のために修行の日々を続けていた。 それから時は流れ。 ある時、気がつくと第一王子として生まれ変わっていた。 一体なにが起こった。 混乱しながらも勇者は王子としての日々を過ごすことになる。 だがこの勇者、けっこうな過激派だった。

【毎日更新】元魔王様の2度目の人生

ゆーとちん
ファンタジー
 人族によって滅亡を辿る運命だった魔族を神々からの指名として救った魔王ジークルード・フィーデン。 しかし神々に与えられた恩恵が強力過ぎて神に近しい存在にまでなってしまった。  膨大に膨れ上がる魔力は自分が救った魔族まで傷付けてしまう恐れがあった。 なので魔王は魔力が漏れない様に自身が張った結界の中で一人過ごす事になったのだが、暇潰しに色々やっても尽きる気配の無い寿命を前にすると焼け石に水であった。  暇に耐えられなくなった魔王はその魔王生を終わらせるべく自分を殺そうと召喚魔法によって神を下界に召喚する。 神に自分を殺してくれと魔王は頼んだが条件を出された。  それは神域に至った魔王に神になるか人族として転生するかを選べと言うものだった。 神域に至る程の魂を完全に浄化するのは難しいので、そのまま神になるか人族として大きく力を減らした状態で転生するかしか選択肢が無いらしい。  魔王はもう退屈はうんざりだと言う事で神になって下界の管理をするだけになるのは嫌なので人族を選択した。 そして転生した魔王が今度は人族として2度目の人生を送っていく。  魔王時代に知り合った者達や転生してから出会った者達と共に、元魔王様がセカンドライフを送っていくストーリーです! 元魔王が人族として自由気ままに過ごしていく感じで書いていければと思ってます!  カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております!

無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~

鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!  詳細は近況ボードに載せていきます! 「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」 特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。 しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。 バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて―― こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

~前世の知識を持つ少女、サーラの料理譚~

あおいろ
ファンタジー
 その少女の名前はサーラ。前世の記憶を持っている。    今から百年近くも昔の事だ。家族の様に親しい使用人達や子供達との、楽しい日々と美味しい料理の思い出だった。  月日は遥か遠く流れて過ぎさり、ー  現代も果てない困難が待ち受けるものの、ー  彼らの思い出の続きは、人知れずに紡がれていく。

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~

ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ 以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ 唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活 かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし

処理中です...