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第十章 南洋の密林の島に八つ首の大蛇は存在した

折れた魔人の角

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 VTOLモードの健太郎けんたろうが破壊されたンネグラ族の中央集落に降り立つと、森の中から逃げ延びていた蜥蜴人リザードマン達が姿を見せた。
 開いたハッチから飛び出した族長のテダハがその蜥蜴人達に駆け寄り鼻と喉を鳴らす。

「……ヒドラを引き連れた女の魔物が集落を襲ったようです」

 テダハと蜥蜴人達の会話を聞いたラデメヒが、VTOLモードの健太郎から降りたミラルダ達に何が起きたか説明してくれた。

「魔物に襲われたんなら、留守番してたグリゼルダが動いた筈だぜ。それにパムやイレーネは?」
「…………集落の人達はヒドラを刺激したからこんな事が起きたと族長を責めています。あと…………異国人達は女の魔物に攫われた。あいつ等を集落に入れた事がそもそもの間違いだと……」
「攫われたッ!? 三人ともかいッ!?」
「……ミシマ、聖地とやらに乗り込むぞ。きっとそこにいる筈だ」

 ギャガンは乗員を下ろし人型モードに変形した健太郎に、低くドスの聞いた声で告げる。

「ちょいと待ちなギャガン」
「ああ!? 仲間が攫われたのにちんたらやってられるかよッ!!」
「きっとグリゼルダはヒドラを迎え撃った筈だよ。あの子の魔法の才能はあんたも認めてるだろ? そのグリゼルダが敵わなかった相手だ。情報を集めて立ち向かわないとやられるのはこっちだよ。それに攫ったならきっと生きてる筈さ」
「なんでそんな事が分かんだよッ!?」
「殺すつもりなら、この場でやってる。きっとあたし達に対する人質に使うつもりさ」

 ミラルダの言葉を聞いたギャガンは鼻に皺をよせつつも、彼女に視線を向け、話を聞く体制になった。

「……分かったよ。だが情報を集めるつっても、ラデメヒの話じゃ俺達も疫病神にされてるみたいだぜ」
「すみません……集落の人も誰かに怒りをぶつけないと収まらないみたいです……悪いのはミラルダさん達じゃなくてヒドラなのに……」
「ふぅ……気にしなくても嫌われるのには慣れてるさ。それよりラデメヒちゃん、集落の人達からその女の魔物とヒドラについて話を聞いて来てくれるかい?」
「プシュ……分かりました」

 ラデメヒは護衛のオミノミと共に森から出て来た蜥蜴人達に歩み寄った。
 蜥蜴人の中には健太郎達を群れに連れ込んだと怒りをあらわにする者もいたが、比較的冷静な者達から話を聞く事が出来たようだ。

「コホー……」

 子供を殺された報復か……グリゼルダ、パム、イレーネ……三人とも無事だといいが……。

 彼女達の事を思い浮かべた事で健太郎の視界に映像が表示された。
 青竜の子供、タニアが攫われた時に打ち上げた衛星からの映像だろう。ギャガンが予想した様にグリゼルダ達は島の中央、蜥蜴人達の聖地カガネ山にいる様だ。
 黒い岩の大地の中央に建物、恐らく蜥蜴人達が作った社だろう、が映されている。その横に表示された広域マップでも表示は島の中心を指している。

 三人は山頂に作られた社の中にいるらしく、状態はうかがい知る事は出来なかった。
 社の周囲には健太郎達が倒したヒドラよりも二回りほど大きな深紅の鱗のヒドラが数体、社を守る様に徘徊していた。

「コホー……」

 衛星で確認したんだけど、三人の居場所はギャガンの言う通りカガネ山の山頂。龍穴のある聖地近くの社の中みたい。周りには俺達が倒したヒドラより大きな奴が……えっと……六体いるよ。

「大きなヒドラが六体……それプラス女の魔物……そいつら全部を相手にしながらグリゼルダ達を救出する……難しい作戦になりそうだね」
「……コホー……」

 ……ミラルダ、俺、ちょっと試してみたい事が……。

 健太郎が何か言い掛けた時、情報を仕入れたラデメヒが息を切らせて駆け戻って来た。

「プシュープシュー……ングッ……襲って来たヒドラは皆さんが倒したモノより大きく、数は六体。あと女の魔物は背中に羽根が生えていて、上半身は角の生えた人族の女で腹から下は蛇だったと……」
「ありがとね、ラデメヒちゃん……翼に角、腹から下は蛇……多分、エキドナだね」
「何だよそりゃ?」
「エキドナは全ての魔獣を生んだ母親とされてる伝説的な魔物さ。あたしの読んだ文献だと殆どの魔法が効かず、周囲の魔物を配下にして力を高める事が出来るって話だ」
「力を高める……それでヒドラが大きくなってたのか……んで、どう攻める?」
「ミシマ、ヒドラの配置を書き出せるかい?」
「コホーッ」

 動き回ってるから大体だけど。

 健太郎はそう言いつつ、地面に社とその周囲をうろつくヒドラの配置図を描いた。

「六匹が社の周りをグルグル回ってる感じか……ミシマの光の剣を使えば一体は確実にやれるだろうが……」
「多分、気付かれてグリゼルダ達を盾にされちまうだろうねぇ……大規模魔法は危険だろうし……」
「コホーッ」

 あの、さっき言いかけたけど試してみたい事があるんだ。

「何だい、試したい事って? なんかこの状況を打開できる新機能でも見つけたのかい?」
「コホーッ!」

 ああ、これが使えればヒドラを一網打尽に出来る筈だッ!

 親指を立てた健太郎にミラルダとギャガンは期待に満ちた視線を向けた。


■◇■◇■◇■


 フェンデア中央、休火山カガネ山山頂に作られた社の中、ロバートは集落から奪った酒を飲みながら、満足気に社の柱に繋いだ三人の女を眺めていた。
 その中の一人、グリゼルダは角を折られ顔を青ざめさせている。

「反抗しなければそこまでする気は無かったのだがな」



「ググッ……魔法さえ効けば貴様など……」
「グリゼルダ、駄目だよ。今度はもっと酷い目に……」

 パムの言葉を聞いたロバートは楽しそうに笑みを浮かべる。

「もっと酷い……そうだな舌でも抜くか、口汚く罵られるのも不愉快だしな」
「もう止めてッ!! 私達は人質なんでしょうッ!?」
「多少、傷付いても生きてさえいれば人質として成立するだろう。それに黒豹を殺したらお前達は用済みだ」

 叫んだイレーネを冷たく見返しながら、ロバートは静かにそう告げた。

 ロバートが危険視しているのは、あくまでヒドラを一撃で葬ったギャガンのみで、魔法が主体のグリゼルダやついでに連れて来たパムやイレーネには人質としての価値しか認めていなかった。
 イレーネという女は生前のロバートの好みに近かったが、エキドナになり女の体、それも魔物となった為かイレーネに対して性的興奮を覚える事は無かった。

 だからといって精神的に男なロバートは、男に抱かれたいという気持ちも持ち合わせてはいなかったが……。

「ふぅ……とにかく大人しくしていろ。黙っているならこれ以上の危害は加えん。今、死なれても面倒だしな」
「クッ……」
「グリゼルダ、我慢だよ。きっとミシマ達が助けに来てくれる。その角もクルベストに帰れば治せる人がいるよ」
「そうよ、グリゼルダさん。なんだったら中央ギルド所属の高ランクの僧侶を紹介するわ」
「……二人ともすまないな。私がふがいないせいで……」

 ヒソヒソと話す三人を見ながらロバートは馬鹿々々しいと鼻を鳴らした。

 この三人はまだ生きて帰れると思っているらしい。イレーネと名乗った女の話ではこの世界には冒険者、確かテレビゲームに登場するヒーローやユウシャ的な者がいて、イレーネ以外の二人はその冒険者らしい。
 冒険者は依頼を受けて危険な魔物を討伐するそうだ。

 そんな面倒な連中を生かして帰す訳がない。脅威となる黒豹を排除したらこの三人の口も封じて……そういえばミシマという正体不明の敵もいるのだったな……まぁ、そのミシマ……妙に日本人めいた名前だな……まぁいい、ともかくそいつも消して……。

 ボンヤリとそんな事を考えていたロバートだったが、手にした木の器を取り落とし驚愕に目を見開いた。

「馬鹿なッ!? 六体のヒドラクイーンを同時に倒しただとッ!?」

 突然、クイーンたちとの繋がりが絶たれた事で、ロバートは思わず叫びを上げ社から飛び出し周囲に視線を送った。
 社の周辺を徘徊させていたヒドラクイーンは、一匹残らず全ての首を引きちぎられ大地に突っ伏していた。
 そのクイーンたちの亡骸の先、青黒いゴーレム……いやロボットがロバートに緑に輝く目を向けている。

「貴様、一体なにを……」

 下半身の蛇体をくねらせつつ、ロバートが問いかけた直後、社の中から何かが倒れる音が響いた。
 思わず振り返ったロバートの瞳に女達を抱えた黒豹の姿が映る。
 黒豹の後ろには切り裂かれた社の壁、足元には女達を繋いでいた柱が転がっていた。

「こいつ等は返してもらうぜ……よくもグリゼルダの角を……お前の首は必ず俺が貰うからな」

 折れた魔人の角を懐に入れてロバートを睨み、女三人を抱えた黒豹の姿は社の中から掻き消えた。

「何ッ!?」

 エキドナに進化した事でロバートの動体視力はクイーンだった頃と比べて格段に上がっていた。
 そのエキドナの目をもってしてもギャガンの動きを捉える事が出来なかった。

「何なのだ……どうなっている? 私は賭けに勝った筈だ……エキドナは最強の……グフッ!?」

 呆然と社に開いた穴を見つめていたロバートの体に衝撃が走り、十メートル以上の蛇体を持つ体を吹き飛ばす。

「コホーッ!!」

 最強だか何だか知らないけど、仲間を傷付ける奴は容赦しないよっ!!

 健太郎はそう叫ぶと、吹き飛ばされ社に突っ込んだロバートに握った金属の拳を構えてみせた。
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