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第十章 南洋の密林の島に八つ首の大蛇は存在した
助け、助けられて
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ヒドラの子供を倒した健太郎達は、その死体から噴き出た光の粒子を吸って健太郎が発光したりしながらも、討伐の証である首を回収し、再びンネグラ族の族長のいる集落への移動を再開した。
その道中、イレーネがミラルダに声を掛ける。
「ミラルダさん、ちょっといいかしら?」
「何だい?」
「あなた達、王都に来るつもりは無い?」
「はぁ?」
「さっきの戦闘、素晴らしかったわ。四人のコンビネーションであれほど巨大なヒドラを無傷で倒した。王都の冒険者ギルドでも上位として十分やっていける筈よ」
ミラルダは首を傾げ少し考えた様子を見せたが、すぐに苦笑を浮かべ首を横に振った。
「遠慮しとくよ。せっかく公爵様と伯爵様がクルベストに家を用意してくれたし、あたしゃ忙しないのは苦手なんだ」
「何でよッ? 王都で活躍すればもっと効率よく名を売る事が出来る、そしたらもっと富と名声が……」
「イレーネ、俺たちゃ別に名を売りたい訳じゃねぇぜ」
「じゃあ、何が目的なのよッ?」
「我々の目的は我々がいていい場所を作る事だ。クルベストはアドルフのおかげで今の所、居心地がいいからな」
「だよねぇ。まさかあんなお屋敷に住めるとは思って無かったよ」
「コホーッ」
王都って都会だろうし、イメージ的に忙しくて冷たい印象があるんだよね。だから俺も地方都市のクルベストぐらいが丁度いい。
「だねッ!」
健太郎の言葉を聞いて微笑みを浮かべたミラルダに、ギャガン達が通訳をサボるなと小言を言う。
そんな健太郎達の後ろ姿を見て、ずっと仕事に生きて来たイレーネは立ち止まり、理解出来ないと思わず親指の爪を噛んだ。
「……イレーネさん、どうしてあなたはそれ程、富や名声を求めるのですか? 富……物が沢山あっても持て余すだけでしょうし、名誉も守りたい人達からのものだけで十分だと思うのですが……?」
立ち止まったイレーネに歩み寄り、彼女を見上げたラデメヒが不思議そうに首を傾げながら尋ねる。
「それはあなたが外の世界を知らないから……」
「確かに私は島の外の事は伝え聞いた事でしか知りません。でも人の営みの根幹は変わらないと思うのです」
「営みの根幹?」
「はい。人は人を助け、人に助けられ生きていく。本当はそれだけでいい筈だと私は思うんです」
蜥蜴人の少女の言葉にイレーネは押し黙り、足元に視線を落とした。
ギルドの本部では常に競争で、仕事の成果によって待遇が変わる。
辺鄙なフェンデアの調査に真っ先に手を上げたのも、人の嫌がる仕事をこなしギルドでの地位を向上させる為だ。
イレーネの周囲はそんな彼女を妬み、隙あれば彼女を失脚させようとしてくる人間ばかりだった。
「助けてくれる人なんていない……全部、自分の力でもぎ取らないと……」
「そんな事はないでしょう? さっきだってパムさんは私達を守ってくれましたし、ミラルダさん達はヒドラを撃退してくれたじゃないですか」
「それは私が依頼人で、彼女達の仕事に私の護衛も入っているからよ……」
「そうでしょうか? たぶんですが、ミラルダさん達はイレーネさんが依頼人じゃなくても守ってくれると思いますよ」
「なんでそんな事言えるのよ」
ラデメヒはイレーネの足に巻かれた包帯を指差した。
「それ、とても丁寧に巻かれていますよね。蜥蜴人の教えに、丁寧な仕事をする者はそれだけで信用に値するっていうのがあります。きっとギャガンさんもその仲間の皆さんも信頼に足る、優しい人達なのだと私は思いますよ」
イレーネは視線を包帯の巻かれた自らの足に向けた。
確かにミラルダは報酬の話をする前に蜥蜴人達の問題を解決しようとしていた。
信頼を得る為というのもあったのだろうが、彼女の様子にはそれ以上に困っている人を助けたいという思いが先行していた様に思う。
「……そんなの甘いわ……世界はそんなに優しく出来てはいないのよ……」
イレーネの囁きはジャングルが生み出す葉擦れの音と獣と虫たちの声によって掻き消された。
■◇■◇■◇■
結局、その日のうちに健太郎達が族長のいる集落に辿り着く事は無かった。
イレーネの足に合わせた序盤の遅れに加え、ヒドラとの戦闘でミラルダとグリゼルダが魔力的に疲弊していた事も大きかった。
「プシ、シャアアア、プシッ!!」
「ここをキャンプ地とするッ!! ですッ!!」
青い鱗のリザードマン、オミノミが槍の石突を地面に打ち立てそう宣言すると、その横で通訳のラデメヒが腰に手を当てオミノミを真似て叫ぶ。
「ふぅ……ラデメヒちゃん、ここら辺は危険な魔物とかは出ないのかい?」
オミノミがキャンプ地としたのは族長の集落の途中に在った洞窟だった。
火山活動によって盛り上がった地面に出来た自然洞の様だが、内部は人の手が入っている様で石積みの竈の他、丸太のテーブルやいす、木の簡易寝台等が設置されている。
それはいいのだが、洞窟の入り口は解放されており魔物の侵入を防ぐ事は出来そうに無い。
「大丈夫です。これを周囲に撒いておけば、この近くにいる獣や魔物は近づかない筈です」
ラデメヒはそう言って、動物の皮で作っただろう袋を掲げて見せた。
チャプッと音がした所を見るに中には液体が入っているようだ。
「何だよそれ?」
ギャガンの問い掛けにラデメヒは目を細め答える。
「これは聖地近くの森に住む森竜のおしっこです」
「えっ、竜のおしっこっ!?」
顔を顰めたイレーネにラデメヒはプシプシと鼻を鳴らし笑った。
「はいッ! 獣は基本、森竜の縄張りには近づきませんので、これを撒けばキャンプ地は安全ですッ!」
「そう……理屈は分かったけど竜の排泄物の臭いの中で食事をとったり眠ったりする事のは……」
「あっ、大丈夫ですよ。森竜は基本、木の葉っぱしか食べないのでおしっこも爽やかな香りしかしないんです」
ラデメヒはそう言うと嬉しそうに袋を揺らした。
「うーん、おしっこが爽やか……異文化だねぇ……」
「コホー……」
そうだな……。
うんうんと頷いた健太郎に彼の言葉が分からない筈のパムもうんうんと頷きを返した。
その道中、イレーネがミラルダに声を掛ける。
「ミラルダさん、ちょっといいかしら?」
「何だい?」
「あなた達、王都に来るつもりは無い?」
「はぁ?」
「さっきの戦闘、素晴らしかったわ。四人のコンビネーションであれほど巨大なヒドラを無傷で倒した。王都の冒険者ギルドでも上位として十分やっていける筈よ」
ミラルダは首を傾げ少し考えた様子を見せたが、すぐに苦笑を浮かべ首を横に振った。
「遠慮しとくよ。せっかく公爵様と伯爵様がクルベストに家を用意してくれたし、あたしゃ忙しないのは苦手なんだ」
「何でよッ? 王都で活躍すればもっと効率よく名を売る事が出来る、そしたらもっと富と名声が……」
「イレーネ、俺たちゃ別に名を売りたい訳じゃねぇぜ」
「じゃあ、何が目的なのよッ?」
「我々の目的は我々がいていい場所を作る事だ。クルベストはアドルフのおかげで今の所、居心地がいいからな」
「だよねぇ。まさかあんなお屋敷に住めるとは思って無かったよ」
「コホーッ」
王都って都会だろうし、イメージ的に忙しくて冷たい印象があるんだよね。だから俺も地方都市のクルベストぐらいが丁度いい。
「だねッ!」
健太郎の言葉を聞いて微笑みを浮かべたミラルダに、ギャガン達が通訳をサボるなと小言を言う。
そんな健太郎達の後ろ姿を見て、ずっと仕事に生きて来たイレーネは立ち止まり、理解出来ないと思わず親指の爪を噛んだ。
「……イレーネさん、どうしてあなたはそれ程、富や名声を求めるのですか? 富……物が沢山あっても持て余すだけでしょうし、名誉も守りたい人達からのものだけで十分だと思うのですが……?」
立ち止まったイレーネに歩み寄り、彼女を見上げたラデメヒが不思議そうに首を傾げながら尋ねる。
「それはあなたが外の世界を知らないから……」
「確かに私は島の外の事は伝え聞いた事でしか知りません。でも人の営みの根幹は変わらないと思うのです」
「営みの根幹?」
「はい。人は人を助け、人に助けられ生きていく。本当はそれだけでいい筈だと私は思うんです」
蜥蜴人の少女の言葉にイレーネは押し黙り、足元に視線を落とした。
ギルドの本部では常に競争で、仕事の成果によって待遇が変わる。
辺鄙なフェンデアの調査に真っ先に手を上げたのも、人の嫌がる仕事をこなしギルドでの地位を向上させる為だ。
イレーネの周囲はそんな彼女を妬み、隙あれば彼女を失脚させようとしてくる人間ばかりだった。
「助けてくれる人なんていない……全部、自分の力でもぎ取らないと……」
「そんな事はないでしょう? さっきだってパムさんは私達を守ってくれましたし、ミラルダさん達はヒドラを撃退してくれたじゃないですか」
「それは私が依頼人で、彼女達の仕事に私の護衛も入っているからよ……」
「そうでしょうか? たぶんですが、ミラルダさん達はイレーネさんが依頼人じゃなくても守ってくれると思いますよ」
「なんでそんな事言えるのよ」
ラデメヒはイレーネの足に巻かれた包帯を指差した。
「それ、とても丁寧に巻かれていますよね。蜥蜴人の教えに、丁寧な仕事をする者はそれだけで信用に値するっていうのがあります。きっとギャガンさんもその仲間の皆さんも信頼に足る、優しい人達なのだと私は思いますよ」
イレーネは視線を包帯の巻かれた自らの足に向けた。
確かにミラルダは報酬の話をする前に蜥蜴人達の問題を解決しようとしていた。
信頼を得る為というのもあったのだろうが、彼女の様子にはそれ以上に困っている人を助けたいという思いが先行していた様に思う。
「……そんなの甘いわ……世界はそんなに優しく出来てはいないのよ……」
イレーネの囁きはジャングルが生み出す葉擦れの音と獣と虫たちの声によって掻き消された。
■◇■◇■◇■
結局、その日のうちに健太郎達が族長のいる集落に辿り着く事は無かった。
イレーネの足に合わせた序盤の遅れに加え、ヒドラとの戦闘でミラルダとグリゼルダが魔力的に疲弊していた事も大きかった。
「プシ、シャアアア、プシッ!!」
「ここをキャンプ地とするッ!! ですッ!!」
青い鱗のリザードマン、オミノミが槍の石突を地面に打ち立てそう宣言すると、その横で通訳のラデメヒが腰に手を当てオミノミを真似て叫ぶ。
「ふぅ……ラデメヒちゃん、ここら辺は危険な魔物とかは出ないのかい?」
オミノミがキャンプ地としたのは族長の集落の途中に在った洞窟だった。
火山活動によって盛り上がった地面に出来た自然洞の様だが、内部は人の手が入っている様で石積みの竈の他、丸太のテーブルやいす、木の簡易寝台等が設置されている。
それはいいのだが、洞窟の入り口は解放されており魔物の侵入を防ぐ事は出来そうに無い。
「大丈夫です。これを周囲に撒いておけば、この近くにいる獣や魔物は近づかない筈です」
ラデメヒはそう言って、動物の皮で作っただろう袋を掲げて見せた。
チャプッと音がした所を見るに中には液体が入っているようだ。
「何だよそれ?」
ギャガンの問い掛けにラデメヒは目を細め答える。
「これは聖地近くの森に住む森竜のおしっこです」
「えっ、竜のおしっこっ!?」
顔を顰めたイレーネにラデメヒはプシプシと鼻を鳴らし笑った。
「はいッ! 獣は基本、森竜の縄張りには近づきませんので、これを撒けばキャンプ地は安全ですッ!」
「そう……理屈は分かったけど竜の排泄物の臭いの中で食事をとったり眠ったりする事のは……」
「あっ、大丈夫ですよ。森竜は基本、木の葉っぱしか食べないのでおしっこも爽やかな香りしかしないんです」
ラデメヒはそう言うと嬉しそうに袋を揺らした。
「うーん、おしっこが爽やか……異文化だねぇ……」
「コホー……」
そうだな……。
うんうんと頷いた健太郎に彼の言葉が分からない筈のパムもうんうんと頷きを返した。
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