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第九章 錬金術師とパラサイト

アウラの終わり

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 健太郎けんたろうが左腕の銃口から放った光は寄生生物アウラの意識を形成していた神経パルス、その中継地点を正確に撃ち抜いていた。
 その事でアウラの意識は分断され、思考はちりじりになった。
 ただ、その分断された意識は全てが等しく恐怖を感じていた。

 恐怖とは生物が生きる為に感じる信号だ。
 例えば人が猛獣を目の前にした時かんじる恐怖、生き延びる為には逃げなければならない。

 その時のアウラたちも同様に現状からの逃亡を考えた。
 彼らはこぞってベヒモスの頭蓋から抜け出そうと藻掻き、手を脳のゆりかごの外に伸ばした。

 骨を突き破り巨獣の眉間からその身を高く長く伸ばす。



 だが、頭蓋の外は彼らの身をむしばむ雨が未だ降り続いていた。

“おのれ……こんな所でこの私が……”
“こんな事になるなら、体等、求めなければ良かった……”
“どうして……私はただ、世界に広がりたかっただけなのだ……”
“ああ、雨が……雨が体を焼いて行く……”
“消える……私が……私達が消えてしまう……”

 バラバラになった意識がそれぞれに悲鳴を上げる中、降り続く薬の雨は彼らの体にしみ込み結合を融解していく。
 更にベヒモスの体から抜け出た事で栄養と酸素を受け取れなくなり、アウラは根元から壊死を始めていた。

“グウゥゥ……せめて種子だけでも残さねば……”

 霞始めた意識の中、アウラは弾力のある粘液に包んだ粘菌の欠片を一つ吐き出した。
 バレーボール程の大きさのそれは、粘液を傘の形に変えゆっくりと大地へと落ちていく。

“……お前は広がるな……願わくば生き延び……私がこの世界に生きた残滓として…………”

 融解し壊死したアウラを雨が削り取り大地に雫となって落ちていく。
 その日、オルニアル各地に混乱を引き起こした寄生生物は、一つの種子を残しその殆どが駆逐される事となった。


■◇■◇■◇■


 アウラの開けた額の穴から脱出した健太郎は、崩れゆく粘菌の姿を茫然と眺めていた。

「パシュ―……」

 これで終わりか……こうして崩壊していく所を見ると少し可哀想にも思えるな……。

「確かにね……でも、沢山の人を不幸にしたんだ。同情は出来ないよ」
「……パシュ―」

 ……そうだな。

「ヴァアアアアッ!!」

 健太郎が操縦席のミラルダと話していると、背後にいたベヒモスが突然大声で鳴いた。

「パッ、パシュ―ッ!?」

 エッ、こいつ、アウラに脳みそ食われたんじゃないのッ!?

「ミシマ、額がッ!!」

 ミラルダが操縦席でベヒモスの額を指差す。
 そこにはほんの少し前までアウラが開けた穴があった筈だが、現在は肉が盛り上がりその穴は塞がれていた。

「ヴァアア?」

 ベヒモスはその巨大でつぶらな目を空を飛ぶ健太郎に向けながら小首を傾げる。
 どうやら何か言いたい事がある様だが、獣の鳴き声は健太郎にもミラルダにも分かりかねた。

「なんか話があるみたいだけど……ミシマ、あんた、あの子の言葉を翻訳出来ないかい?」
「パシュ―……」

 そんな事出来るならもうやってるよ……そういえば、婆ちゃんがベヒモスの話をしてた時は……。

 健太郎はエルダガンドから戻った後、聞いたレベッカの話を思い出した。
 あの話の中でレベッカは確か仲間の魔人族にベヒモスと話して貰っていた筈だ。

「パシュ―ッ!」

 グリゼルダがいれば話を聞ける筈だッ!

「そういえばそんな事言ってたねぇ……えっとグリゼルダは……」
「パシュ―ッ!!」

 いたッ!! ミラルダ掴まってろッ!!

「ちょっ、ちょいとミシマッ!? グエッ!!」

 背中のスラスターが推進剤を噴出し健太郎の体は一瞬で負傷者を癒す為、戦場上空を飛んでいたグリゼルダの下へと移動した。
 その急加速によってミラルダの体はシートに押し付けられる。

「パシュ―ッ!!」

 グリゼルダッ、ベヒモスの言葉を通訳してくれッ!!

「ミシマッ、やはり無事だったか!?」
「うぷっ……ミシマ、急に動くのは止めておくれ……はぁ……胃がひっくり返るかと思ったよ」
「パッ、パシュ―ッ」

 すっ、すまんミラルダッ。

「ふぅ……ともかくこのハッチを開けておくれ、グリゼルダと話すから」
「パッ、パシューッ」

 わっ、分かった。

 健太郎が腹部ハッチが開いたイメージを思い浮かべると、それを反映してハッチが開き、操縦席に風と雨が吹き込む。

「グリゼルダッ、ちょっといいかい!!」

 操縦席から顔を覗かせ声を上げたミラルダに、グリゼルダが飛翔を使い駆け寄る。

「巨人に変形したミシマに保護されたのは見えたが、無事で良かった。しかしこれは……これも人が乗って動かすタイプか……?」
「乗るのはお勧めしないよ。移動速度が速過ぎてジェットよりもキツイからね」

 興味深そうに操縦席を覗き込むグリゼルダに、ミラルダは青ざめた顔で苦笑を浮かべる。

「そうか……少し残念だ……それで何の用だ?」
「アウラに乗っ取られてたベヒモスが言いたい事があるみたいなんだけど……」
「何? ベヒモスは脳に根を張られていたんじゃないのか?」
「確かに脳に粘菌がまとわりついてるのは見たけど……伝説の魔物だけあって回復力が凄いみたいでねぇ」
「なるほど、人間や他の動物とは違うと言う訳か……だが少し待ってくれ、負傷者の治療を優先したい」
「了解だよ……ミシマ、下ろして貰えるかい。あたしもグリゼルダ達を手伝うからさ」
「パシュ―?」

 大丈夫なのか?

「ああ、平気だよ。あんたも負傷者を運ぶのを手伝っておくれ」
「パシュ―ッ」

 了解だ。

 推進剤を噴射し速度を調整しながら大地に降り立つ。
 空を舞う巨大なゴーレムを間近に見たオルニアルの兵達は人工降雨装置が変形した場面を見ていた為、それが事前に説明されたラーグの冒険者であるゴーレムだとは認識していたが、少し怯えた様子を見せていた。

「パシュ―ッ」

 ミラルダを地面に下ろした後、健太郎はそんな兵達に親指を立てた手をギュッと突き出して見せた。
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