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エスタリス・ジェルマ疾走編

114.ホテルにチェックインするよ

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 その後やたらと速いエレベーターに乗ってあっという間に12階まで着くと、想像以上に入り組んだ客室階の廊下に悪戦苦闘しながらもなんとか自分たちの1263号室に着いた。これ、こんな複雑な経路で非常時なんか大丈夫なんだろうか……
 ちなみにエレベーターに乗る時も手すきのスタッフがついていてくれて、今も荷物を部屋までいっしょに運んでくれている。
 いや、むしろこれだけ入り組んでいるからこそスタッフの案内がないと客室までたどり着けないとかそういうことなのかもしれないけど……
 そんなことを考えているなんて想像もしていないのか、スタッフは俺から受け取ったカードキーで部屋のドアを開け、ここまで台車で運んできた俺たちの荷物を部屋の荷物置き場に載せ替えて言う。

「お部屋の方こちらになります。お荷物こちらでお間違えございませんでしょうか。非常口に関しては道案内がドアの内側に貼ってございますので、おくつろぎの前にご確認ください。
 その他館内設備につきましてはそちらのテーブルに案内の方ございますのでそちらをご参照くださいませ。何かご不明な点ございますでしょうか」
「いえ、今のところは大丈夫です。ありがとうございます」
「ご用命の際にはそちらの魔道具にてフロントまでお願いいたします。それではごゆっくりおくつろぎくださいませ」

 言って、空の台車を押して部屋に戻るスタッフ。……何か色々と面食らったけど、やっと一息つけそうだ。

「何か、想像以上に至れり尽くせりって感じでちょっと怖いんだけど私」
「……むしろ慣れって怖いねって話なんだけども」

 今までホテルといっても割とアットホーム感があるのばっかりだったから、こんな高級ホテル然としたところなんか前世を含めてもそうそう泊まっちゃいない。それもそうだし――

「さっきのエレベーター、見た?」
「うん、見た。船にあったのよりももっと前世感があったわよね。流石魔導国家エスタリス……」
「確かにそれもそうなんだけど、問題はそこじゃないんだ」
「というと?」
「エリナさん、俺たちがあの船に乗った時、フロントの人はあのエレベーターのことを何て言ってたか覚えてる?」
「ええと、確か新型魔道具だって――」
「そう、新型魔道具なんだよ。あの船にあったエレベーターはそれでも木組みの部屋が上下する程度のものでしかなかった。逆に言えば、あれが新型と認識される程度のレベルでしか本来の魔道具はないわけだ。
 でも俺たちが今見たエレベーターは、ほぼ完全に俺たちの前世のエレベーターと同一のレベルにある。まあ生産している国によってレベルは違うだろうけど、少なくとも俺の国では少し前のオフィスビルに付けられているようなレベルのだね」
「つまり……どういうこと? 本当の新型を隠しているっていうこと?」
「というより本当の技術レベルを隠しているんだろうね」

 実際エレベーターそのものを新型魔道具というのであれば、確かにあの船でのエレベーターは理解出来る。実際前世でも、エレベーターが出たての頃はあんな感じのが普通だっただろうし。
 でもこのエスタリスで、俺が死んだ時の前世レベルのエレベーターがあるというのであれば話は変わってくる。それが意味するところは、エスタリスはエレベーターを作り慣れている――エレベーターそのものが新型というのは偽りであるということだ。
 とはいえあの船のスタッフが嘘をついているようには感じられなかった。ということは、エスタリスが周辺諸国にそういう嘘をついているということに他ならない。

「正直底が見えないな……ちょっと注意しながら情報収集する必要があるか。そういえばさっきの話はどうなった?」
「ああ、そうそう。その話もあったわよね……あ、バルコニーがあるじゃない。街の景色見てもいい?」
「ああ、いいよ」

 エリナさんの要望通りバルコニーに場所を移す。まだ日が高いから夜景というわけにはいかないけど、こうしてみるとこのヴィアンという街の広大さがよくわかる。
 備え付けの椅子に座ってひと息ついたエリナさんは、先ほどの話の続きを始める。

「さっきの話だけど、閣下の方で合流するように指示を出してくれたわ。ただ向こうの都合上、合流可能なのは日が沈んでかららしいから……午後6時くらいに指定されたダイニングバーに来るようにですって。
 服装は半袖の青い開襟シャツ、待ち合わせということで席をとっているからその旨店員さんに言えばいいって。で、暗号なんだけど――」
「うん」
「待ち合わせの場所に来たら

『閣下があなたのお作りになるお菓子をご所望です』

 と先方が聞いてくるから、それに対して

『ハニーラスクを作るには材料が少し足りませんね』

 って答えてくれればいいんですって」
「何だその暗号……暗号っていうか合言葉だよねそれ」

 しかもそんな文章を合言葉にするって、あの人どんだけ食い意地が張ってるんだ……そもそもあの人の前で俺がお菓子を作ったことも食べてもらったこともないはずなのに、まさか噂話と報告だけでうらやましく思ってるのか……?
 ……まあしょうがない、今回の件が終わったら色々お世話になったお礼に献上するとしますかね……
 それはともかく。

「合言葉はそれでいいんだね? 他に何か指示とかはなかった?」
「今のところは、特に他のことは言われてないかな……それじゃそれまでどうする? ちょっと時間があるけど」
「……取り敢えずちょっと休んでから出かけようか。このホテルにどんなのがあるかも確認しないといけないし……エリナさん、ベッド使って休んでていいよ」
「そうさせてもらうわねー、正直ここに来るまでちょっと眠くなってたし……あ、とは言ってもトーゴさん?」
「ん?」
「寝ているのをいいことに……ってのは、今はなしだからね?」
「今はどころか今までしたことないよそんなこと!? 今もしないけど!」
「もー、そこはもうちょっとアグレッシブになってもいいところなのに……」

 俺に言わせれば、正直エリナさんはアグレッシブすぎると思う。だからと言ってうんざりするなんてことは全くないけど。

「さてと……」

 これだけ大きなホテルには、一体どんな設備が整っているんだろうか……楽しみ半分怖さ半分でそんなことを思いながら、俺はホテルの館内案内のページをめくった。



 案内を読んだり転寝したり、何だかんだで2時間ほどをホテルの客室で過ごした俺たちは、いい頃合いになったところでホテルを出た。ここの宿泊プランについている夕食というのにも興味があったが、その楽しみは明日にとっておくことにしよう。
 それでエリナさんいわく、待ち合わせ場所になっているダイニングバーというのがこのホテルから徒歩10分程度の場所にあるらしく、ちょうどいい機会だからと俺たちはこの街の空気感を確かめながらゆっくりと歩いていくことにした。

「……それにしても、細かいところでマジェリアみたいな中世ヨーロッパ的な装飾がみられるね」
「うん、でもとってつけた感はないかな。むしろ私から見ると、リノベーションの結果のようにも見えるんだけど……どっちかっていうと高層ビルの方が……」
「蛇足?」
「そこまでは言わないけどね」

 ……前世ではヘルシンキにいたエリナさんには、この街並みはどこか思うところがあるらしい。言ってることや口ぶりからすると、街並みの感じがちぐはぐでコンセプトが統一されていないように感じる……そんなところかな。

「あ、トーゴさん。この建物の地下1階よ」
「……へえ、見た感じおしゃれじゃない」
「前世でもヨーロッパだと割とこういうお店多かったけどね……行きましょう?」

 俺からすると新鮮だったんだけど、流石にそこはエリナさん。今更見慣れてるものにいちいち感動はしないか……



---
エリナさんがバルコニーで報告の内容をトーゴさんに伝えたのは、明確に盗聴対策です。
本文中では分かりませんが、声も割と抑えめになってます。

次回更新は08/14の予定です!
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