上 下
36 / 132
放浪開始・ブドパス編

35.木工ギルドは相変わらずだったよ

しおりを挟む
「というかレニさん、実は俺たちその仲介手数料っていうのが分かってないんですけど……ギルドには支払うものなんですか?」
「失礼ですけど、おふたりはどちらの街から?」
「エステルですけど」
「エステルだと確かに一般の人が聞くことはないかもしれませんね。あそこは国境都市で貿易都市なので、大体の人が何かしらの専門職ギルドに入っていますが、都市運営母体がギルドによる合議制なだけに税金と補助金で全て賄われていると聞きます。
 エステルだと専門職ギルドで取り扱うほぼ全ての商品に10%の消費税がかけられていて、年度末に集まった分を各ギルドに分配するという方式をとっているようですが、故郷地帯以外の都市……例えばここブドパスの場合ですが、各ギルドはメンバーへの達成報酬の110%でその成果物を販売することが許可されています。この加算された10%が仲介手数料と呼ばれるもので、税金と違って国や都市に納めなくていいお金になります」
「……だって」
「なるほど、つまりギルドに直接入るか間接的に入るかの差でしかないんですね……」
「で、直接納入する際にはその仲介手数料の半分、ってことは生産者に5%上乗せした額を直接支払うってことになるわけだ」

 確かにそうすれば、生産者にも消費者にも一応のメリットはある。……5%っていう微々たる額だけど、取引の額が大きくなるならそれはそれで馬鹿に出来ない。

「はい。ただ直接納入とギルド仲介は、相手を特定するか不特定にするかという大きな違いがありますけど」

 ……あー、何となく読めてきたな。

「つまりマイルズ商会はその5%ですらケチって払わなかったって事ですね」
「ええ、買い叩かれました……喜び勇んでここまで来て、ほんとバカみたい」

 いや、5%だし買い叩かれたっていうほどでもない気がするんだけど……それにしても気にあることはまだある。

「マイルズ商会は茶檀をどうするつもりだったんでしょうね?」
「トーゴさん? それってどういう意味ですか? ギルドの価格で買ったんなら10%上乗せしてうまいこと売るつもりに決まってるんじゃ」
「いやどうだろう……茶檀は確かに高級木材ではあるんだけど、それをやったらマイルズ商会のやってることはギルドと変わらなくなる。あの木材を見る限り何かしら工芸的なアプローチをしなければ使えない材質のようだし、専門職の人間からすれば同じ値段ならギルドで買った方が安全だろう。
 それに第一、マイルズ商会自体がそんなギルドを敵に回すような商売をするとは思えないしな……そこのところレニさんは何か聞いてませんか?」
「ええと、自分たちのところの調度に使うつもりだと言ってました。だから恒久的な契約を結ぶつもりはないと。マイルズ商会は木工ギルドの商工会メンバーなので、職人は自前で多数抱えているらしくてですね」
「商工会メンバー?」

 名前の響きからすると前世の組合なんかに会ったような法人会員とかと同じような意味合いなのかな……なんて思ってたら、やっぱりそういう感じのメンバーだとレニさんは教えてくれた。

 商工会メンバーはギルドに納められた仲介手数料からギルド運営費を引いた額を配当としてもらう事が出来、その代わりより多くの依頼をギルドに回す責任を負うのだという。
 それは自分たちの所の作業でも、全然関係のない作業でも構わない。一度きりの作業であっても期間契約であっても構わない。ただし専門職ギルドの業務内容に沿ったものでなければならない、例えば作業場の清掃などの業務は認められない――そんなルールがあるからこそ、ギルドに持ち込まれる依頼は減らないわけだ。
 いずれにしてもマイルズ商会は完全に自分らのためにレニさんの持ち込んだ木材を買い叩いたわけだ。しかもギルドの依頼達成報酬と同額にすることにより違法性は回避、そもそも5%の上乗せと言っても規則ではなくあくまで慣例なため無視しても構わない……とまあ、これでもかってくらいケチな話だった。

 ……なんて話をエリナさんにも聞かせたら、やっぱりというか何というかとても嫌そうな顔をしていた。

「何か……木工ギルドってどこもこんな感じなんですか? 確かエステルでもあわよくばペトラ杉を買い叩こうとしてませんでした? 私たちがペナルティ払わず済んだから目論み通りに行かなかっただけで」
「ああ、そう言えばそんな事もあったね……」

 俺たちが杉山村に初めて行くことになったきっかけの依頼だったな。あれから木工ギルドを初めとした色々なギルドに入ることになって、それらの依頼もこなすようになってすっかり記憶の隅に追いやられていたけど。
 でも、ここの木工ギルド……というか、木工ギルドの上の人間が同類なのも当たり前っちゃ当たり前な気がする。何せ。

「この国のギルドは国ごとに存在、つまり各街にあるのはいわば支店。総合職ギルドに至っては国と国との間でも深く連携してる……そんなところだから街が変わった程度で中身が変わるわけもないね」

 もっともその理屈だと、これだけドケチでろくでもない木工ギルドも国を跨げば多少はまともになるのかもしれない……けど、その木工ギルドはもはやマジェリアのそれとは別組織だし、その国はその国でまたろくでもない別のギルドがおそらく存在する。
 結局その辺については、そうなりやすい環境にあるがゆえの必然の一言に尽きる。そんな木工ギルドに登録している俺が言えた義理でもないけど。

「それで、レニさんはこのまま帰るんですか?」
「本当なら、そうしたいところだったんですけど……このまま帰るには少し辺りが暗くなりすぎてしまったので、このままどこかに泊まろうかと。と言ってもマジェリア語が使えないので、泊まれる場所は限られているんですけどね」

 ……そうか、言葉が分からないってことはつまりそういう事だもんな。ブドパス市内でも高地マジェリア語が通じる場所は探せばあるかもしれないけど、前世と違ってガイドブックなんて期待出来ないし、その情報を手に入れたくても手に入らないか。
 なんて話を、レニさんの発言の翻訳も含めてエリナさんに話したら、途端に彼女の顔が青くなった。

「え、それまさかどこかで野宿するとかそんな話じゃ……」
「野宿? ほんとに?」
「いえいえいえいえ!! 流石にそんな事出来ません!! 総合職ギルドの受付で一応高地マジェリア語対応の窓口があるんですよ! そこに宿泊先を紹介してもらうんです!」

 聞けば高地マジェリア語は確かにマジェリア語との互換性はないものの、ハイランダーエルフの出身地である北部の言語と若干の互換性が認められるため、その地方出身者を介して総合職ギルドで対応する窓口があるのだという。
 もっともそれでも完全に言葉が通じるわけではなく、せいぜい宿の予約や施設のチケット購入、食事の世話といった簡単な業務に限られるそうで、総合職ギルドの依頼を受注したりといった複雑な事は出来ないのだとか。

「マイルズ商会は大きい商会ですし、高地マジェリア語対応も総合職ギルドと同レベルでしてくれたので安心してたんですけど……過ぎてしまったことは仕方がないです、村への説明は後で考えるとして、お風呂に入ってご飯食べて寝たいですよ」

 ん? ……おふろ!

「お風呂あるんですか!? ブドパスに!?」
「え? ええ、私もこの街に来たのは初めてなので詳しくはないんですけど……取引していた木工ギルドの方に何度か話を伺ってましたし、お風呂自体は私の村にもありましたので。この国、火山がそれなりにありますから」
「……ああ、それで」

 道理で硫黄なんてものが取引されるほど採れるはずだ。あんなものの取引、国内に火山が沢山なければ割に合わない。そして隔絶された高地の村にも湧くほど豊富な温泉ということは……

「エリナさん! 軽食の前に温泉行こう! すぐ行こう!!」
「え、ト、トーゴさん? どうしたんですか、いきなりそんなに目を輝かせて? 船の時よりはしゃいでませんか!?」

 ほっといてくれ……もとい、興奮しないでいられるかこれが!

「エリナさん、ひとついいこと教えてあげよう。エリナさんにとってのサウナが命そのものであるように、俺にとってはお風呂が命そのものなんだよ!!」
「お、おー? なるほどー?」
「というわけで行こう! すぐ行こう! ……あ、ところでレニさん」
「な、何ですか?」
「温泉って……水着着用必須ですか?」



 ――後に俺はこの時の気持ち悪い自分を思い出して自己嫌悪に陥るんだけど、それはまた別の話っていう事で。



---
お風呂は日本人の命、はっきりわかんだね
でもトーゴさん普通にキモいです(

次回更新は12/20の予定です!
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~

芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。 駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。 だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。 彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。 経験値も金にもならないこのダンジョン。 しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。 ――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

武田義信に転生したので、父親の武田信玄に殺されないように、努力してみた。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 アルファポリス第2回歴史時代小説大賞・読者賞受賞作 原因不明だが、武田義信に生まれ変わってしまった。血も涙もない父親、武田信玄に殺されるなんて真平御免、深く静かに天下統一を目指します。

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

ぽっちゃりおっさん異世界ひとり旅〜目指せSランク冒険者〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
酒好きなぽっちゃりおっさん。 魔物が跋扈する異世界で転生する。 頭で思い浮かべた事を具現化する魔法《創造魔法》の加護を貰う。 《創造魔法》を駆使して異世界でSランク冒険者を目指す物語。 ※以前完結した作品を修正、加筆しております。 完結した内容を変更して、続編を連載する予定です。

ひたすら楽する冒険者業

長来周治
ファンタジー
意識低い系戦士のだらだら冒険記。吉日更新。

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

処理中です...