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※サヨナラ
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ヴェルダルクは自室の大きな寝台に沈んでいた。柔らかで上質なマットに心まで沈んでいく。黒朱の美しい天蓋をぼんやりと眺めて、これから他者を想い自らを不幸にしようという魔王らしからぬ自己犠牲に立つ心を宥める。サクライは気配を消し、気を使う。気配を探せばわかるが探さなければ分からないほどに、この部下は成長したようだ。
「サクライ、オレを慰める覚悟はあるか?」
弱々しい台詞だが、仕方がない。
オレはこれから大切なものを傷つけて失うのだから。
「︙ふっ、もちろんでございます。一晩でも二晩でも、一年でも、たとえ百年掛かったとしても、貴方の側に寄り添います。」
「ほう、健気なやつよのう。」
カラカラと笑いながら、ヴェルダルクは空間にグラスを出現させる。そして、サクライに最近お気に入りの天界の酒を注がせた。酒でも飲まないとやってられない。
もうすぐ、ヴァルスが街から帰ってくるだろう。ヴァルスはオレに囲われている身、はじめは拾ってきたオレの玩具だった。何故か予定が狂って、愛子になり、今やこのオレの胸を占める存在となってしまった。自由にしてやりたいと思う。でも、閉じ込めておきたいとも思う。オレだけのモノだと、隠しておきたい。けれどそれをヴァルスは望まないだろう。そんなオレの独占欲であの子の自由を奪ってはいけない。この気持ちは時間が経つにつれ深くなりオレ自身も彼も苦しめる、だから早く手放さなければならない。手放すべきなんだ︙。もしかすると、ヴァルスの方から城を出ていきたいというのも時間の問題かもしれない。好きな女ができたと、だから結婚したいと、そう告げられるかもしれない。そうなったらオレは、きっと相手の女を殺すだろう。何も聞かず、送り出したい。戻ってくることがないように、オレに出ていけと言わせて欲しい。
自分のどうしようもない感情と向き合っていると、酒がだいぶ進んでいた。瓶を一本空けてしまった、もう2本目の半分まで突入している。天界の酒は悪魔にはキツいから、すぐに酔える。ぼんやりとしていると、不意に気配を感じた。愛おしい、ヴァルスの気配を。帰ってきたようだ。呼び出そうと思っていたら、一度部屋で着替えを終えたヴァルスが自らやってきた。
「ヴェル様、よろしいでしょうか。」
「嗚呼、ヴァルスよ。どうした。」
「お話があります。」
話︙、その一言で胸の奥が凍りつく。嫌だ、やめてくれ、まだ言わないで︙︙。ぐるぐるとモヤが、ドロドロとした黒い蛇が、胸を這い回った。
早く、言わなければ。
どうか、何も言わずにオレの城から逃げてくれ。
「そうか、オレもお前に話がある。」
ヴァルスを見たらきっと言えなくなってしまう。ヴェルダルクは天蓋を下げて、視界を誤魔化した。部屋にヴァルスの靴音が響く、この気配も最後なのだと思ったら名残惜しくて仕方がない。天蓋の下ろされた寝台にヴァルスが歩み寄る。
「悪いが、今、お前の話を聴ける気分じゃない。」
「︙︙そうですか。」
「これからも聴く気はない。」
「︙どういう意味ですか?」
困惑か、怒りか、気配の薄い青年の感情のゆらぎは難しくて読み取れない。
「そこに金を用意した。受け取れ、お前のものだ。それを持って、この城を出ていけ。」
「何故ですか︙。」
地に響くような低い声だった。
「なぜ、か︙。理由は単純だ、お前に飽きた。」
渡した金は一生遊んで暮らせるだけある。遊んだって、家を建てたって、天界へ行くのだって、人間界に行ったって良い、なんなら相手の女との結婚のために使っても良い。ただヴァルスがこれからも健やかに暮らしていけることを願って、今までの幸福に感謝して、自己満足で渡したものだ。
早く、出て行ってくれ。
そして二度と戻ってくるな。
そうじゃないと、オレの決心が揺らいでしまう。
飽きたなんて嘘だ、今でもお前を心の底から大切に思っている。
だから、どうか広い世界で幸せになって欲しい。
「そうですか︙。わかりました。」
素っ気なく冷たい声がそう答えた。想像以上にあっさりとしていて、それが予想外でもなくて。彼は、はじめから城を出るつもりだった。はじめから、この城にも自分自身にも思い入れなどなかったのだということを思い知らされる。
ああ、天蓋を下ろしていて良かった。
オレはきっと今、酷く情けない面をしているだろう。
少し荒くも感じる靴音が、コツコツと遠ざかっていく。バタンと音を立てて閉じた扉、薄くなり遠のく気配にジワジワと瞼が熱くなった。行かないで︙︙、口にすれば彼を引き止めてしまう気がして口元を抑えた。ボタボタと涙が溢れてしまう、もう何百年も泣いたことなどなかったのに。
「魔王様︙。」
「サクライ︙︙んっ、ふ、んん。」
気配を現したサクライが寝台に入り込み、口吻をしてきた。驚いた隙に舌が口内へと侵入する。唇が離れると、涙を指先で拭いながら、女に好かれる顔立ちの男が甘ったるく微笑んだ。突然の出来事に驚いて、拒否すら忘れる。ただ、ぼんやりとする頭と心の隙間にはそれが心地よかった。
「魔王様は、ヴァルスに恋をなさっていたのですね。」
恋︙︙。
そうか、これを皆、恋と呼ぶのか。
なんて、苦しいのだろう。
「お辛いでしょう︙、魔王様。
そうぞ、私に身を任せて下さい。約束通り、私がちゃんと慰めて差し上げますから。何日でも、何百年でも︙。」
サクライの指先がガウンの紐を解く。それをぼんやりと眺めていた。苦しくて、身体が重だるく動けない。たった今、終わってしまった恋が悲しくて、抵抗する気すら起きなかった。
「あっ︙︙サ、クライ︙やっ、ぁ。」
遊び慣れた手がヴェルダルクの身体をなぞり、触れられたことのない飾りを口に含んだ。
「何も考えず、堕ちてしまえば良いのです。」
サクライは歪んだ笑みを浮かべ、白い首筋に吸い付いた。
朱色の花びらが咲いたのを撫でて、部屋の明かりを消した。
「サクライ、オレを慰める覚悟はあるか?」
弱々しい台詞だが、仕方がない。
オレはこれから大切なものを傷つけて失うのだから。
「︙ふっ、もちろんでございます。一晩でも二晩でも、一年でも、たとえ百年掛かったとしても、貴方の側に寄り添います。」
「ほう、健気なやつよのう。」
カラカラと笑いながら、ヴェルダルクは空間にグラスを出現させる。そして、サクライに最近お気に入りの天界の酒を注がせた。酒でも飲まないとやってられない。
もうすぐ、ヴァルスが街から帰ってくるだろう。ヴァルスはオレに囲われている身、はじめは拾ってきたオレの玩具だった。何故か予定が狂って、愛子になり、今やこのオレの胸を占める存在となってしまった。自由にしてやりたいと思う。でも、閉じ込めておきたいとも思う。オレだけのモノだと、隠しておきたい。けれどそれをヴァルスは望まないだろう。そんなオレの独占欲であの子の自由を奪ってはいけない。この気持ちは時間が経つにつれ深くなりオレ自身も彼も苦しめる、だから早く手放さなければならない。手放すべきなんだ︙。もしかすると、ヴァルスの方から城を出ていきたいというのも時間の問題かもしれない。好きな女ができたと、だから結婚したいと、そう告げられるかもしれない。そうなったらオレは、きっと相手の女を殺すだろう。何も聞かず、送り出したい。戻ってくることがないように、オレに出ていけと言わせて欲しい。
自分のどうしようもない感情と向き合っていると、酒がだいぶ進んでいた。瓶を一本空けてしまった、もう2本目の半分まで突入している。天界の酒は悪魔にはキツいから、すぐに酔える。ぼんやりとしていると、不意に気配を感じた。愛おしい、ヴァルスの気配を。帰ってきたようだ。呼び出そうと思っていたら、一度部屋で着替えを終えたヴァルスが自らやってきた。
「ヴェル様、よろしいでしょうか。」
「嗚呼、ヴァルスよ。どうした。」
「お話があります。」
話︙、その一言で胸の奥が凍りつく。嫌だ、やめてくれ、まだ言わないで︙︙。ぐるぐるとモヤが、ドロドロとした黒い蛇が、胸を這い回った。
早く、言わなければ。
どうか、何も言わずにオレの城から逃げてくれ。
「そうか、オレもお前に話がある。」
ヴァルスを見たらきっと言えなくなってしまう。ヴェルダルクは天蓋を下げて、視界を誤魔化した。部屋にヴァルスの靴音が響く、この気配も最後なのだと思ったら名残惜しくて仕方がない。天蓋の下ろされた寝台にヴァルスが歩み寄る。
「悪いが、今、お前の話を聴ける気分じゃない。」
「︙︙そうですか。」
「これからも聴く気はない。」
「︙どういう意味ですか?」
困惑か、怒りか、気配の薄い青年の感情のゆらぎは難しくて読み取れない。
「そこに金を用意した。受け取れ、お前のものだ。それを持って、この城を出ていけ。」
「何故ですか︙。」
地に響くような低い声だった。
「なぜ、か︙。理由は単純だ、お前に飽きた。」
渡した金は一生遊んで暮らせるだけある。遊んだって、家を建てたって、天界へ行くのだって、人間界に行ったって良い、なんなら相手の女との結婚のために使っても良い。ただヴァルスがこれからも健やかに暮らしていけることを願って、今までの幸福に感謝して、自己満足で渡したものだ。
早く、出て行ってくれ。
そして二度と戻ってくるな。
そうじゃないと、オレの決心が揺らいでしまう。
飽きたなんて嘘だ、今でもお前を心の底から大切に思っている。
だから、どうか広い世界で幸せになって欲しい。
「そうですか︙。わかりました。」
素っ気なく冷たい声がそう答えた。想像以上にあっさりとしていて、それが予想外でもなくて。彼は、はじめから城を出るつもりだった。はじめから、この城にも自分自身にも思い入れなどなかったのだということを思い知らされる。
ああ、天蓋を下ろしていて良かった。
オレはきっと今、酷く情けない面をしているだろう。
少し荒くも感じる靴音が、コツコツと遠ざかっていく。バタンと音を立てて閉じた扉、薄くなり遠のく気配にジワジワと瞼が熱くなった。行かないで︙︙、口にすれば彼を引き止めてしまう気がして口元を抑えた。ボタボタと涙が溢れてしまう、もう何百年も泣いたことなどなかったのに。
「魔王様︙。」
「サクライ︙︙んっ、ふ、んん。」
気配を現したサクライが寝台に入り込み、口吻をしてきた。驚いた隙に舌が口内へと侵入する。唇が離れると、涙を指先で拭いながら、女に好かれる顔立ちの男が甘ったるく微笑んだ。突然の出来事に驚いて、拒否すら忘れる。ただ、ぼんやりとする頭と心の隙間にはそれが心地よかった。
「魔王様は、ヴァルスに恋をなさっていたのですね。」
恋︙︙。
そうか、これを皆、恋と呼ぶのか。
なんて、苦しいのだろう。
「お辛いでしょう︙、魔王様。
そうぞ、私に身を任せて下さい。約束通り、私がちゃんと慰めて差し上げますから。何日でも、何百年でも︙。」
サクライの指先がガウンの紐を解く。それをぼんやりと眺めていた。苦しくて、身体が重だるく動けない。たった今、終わってしまった恋が悲しくて、抵抗する気すら起きなかった。
「あっ︙︙サ、クライ︙やっ、ぁ。」
遊び慣れた手がヴェルダルクの身体をなぞり、触れられたことのない飾りを口に含んだ。
「何も考えず、堕ちてしまえば良いのです。」
サクライは歪んだ笑みを浮かべ、白い首筋に吸い付いた。
朱色の花びらが咲いたのを撫でて、部屋の明かりを消した。
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